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貴音 「Once @gain」【前編】
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再び、数週間が経ちました。
『プロジェクト・フェアリー』の人気は未だに健在。
皆も全員力をつけてきており、テレビなどで皆の顔を見ることも多くなってきました。
これもみな、わたくし達を支えて下さる皆様のおかげです。
それだけでなく、皆の知名度が上がったおかげか、様々なお仕事が事務所に入ってくるようになりました。
それにしてもつい最近の料理対決の番組……あれはまこと、面妖かつ素晴らしきものでした。
……げろっぱ。
さて、本日も無事に仕事を終えることができました。
撮影が長引き、遅くなってしまったので、赤羽根殿と共に夕食(無論らぁめんです)を取っているところなのですが……。
P「どうした、貴音?いつもより少食だな」
貴音「はい。今日は少し、減らしておこうかと……」
ーー本当は、いつもの半分くらいしか食べておりません。
普段なら大盛りにするところを普通にするだけで、これほど違うとは……!
実際、まだ食べ足りないのですが……
P「貴音、少し無理してるだろ。まだ食べたそうな顔してるじゃないか」
貴音「……あなた様」
P「……ん?」
貴音「わたくしが物を食べる量は、一般の女性のそれよりもはるかに多い……そのことは、わたくしも分かっております」
貴音「もちろん、あなた様もご存知のはずです」
P「まあ、そうだな。男である俺と同等か、それ以上の量食べてるし」
貴音「はい。……そこで一つ、思ったことがあるのです」
P「?」
貴音「あなた様は……異常とも言える量を平然と平らげるわたくしを見て、どう思われますか?」
貴音「もしや……『はしたない』、とお思いに……?」
P「……いや、別になんとも思わないけど」
貴音「例えそれが、引くくらいの量だったとしても、ですか?」
P「なんとも思わないって。むしろ、嬉しそうに何かを食べてるのを見るの、俺は好きだよ」
P「……例えば、いつもの貴音みたいにさ」
貴音「……///」
貴音「ま……まことですか、あなた様?」
P「うん。いつもクールに振る舞ってる貴音が、何かを食べているときは嬉しそうにニコニコしている」
P「そのギャップが『可愛い』、って思うんだよなぁ」
貴音「はぅっ……///」
ま、また可愛いと言われてしまいました……///
赤羽根殿は、わたくしが照れることをわかっておっしゃっているのでしょうか?
ーーそのようなことはない、とは思いますが。
P「我慢しないで、しっかり食べなよ。今日は俺の奢りだ」
P「別に変に気にしたり、遠慮しなくてもいいんだぞ?」
P「それも貴音の個性だ、別にいいじゃないか」
貴音「し、しかし……」
貴音「……すみません、替え玉をお願い致します……」
ーーあなた様は、本当にいけずな方です。
ですが……そんなあなた様だからこそ、わたくしはあなた様に惹かれたのかもしれませんね……。
替え玉を食べ終わり、結局いつも通りの量を食べ終えたわたくしは、すでに食べ終えていた赤羽根殿と共に店を出ました。
もう遅いので、なるべく早くに家に帰るために、素早く自動車に乗り込みます。
勿論、乗り込むのは助手席です……!
いつも通りしーとべるとを締めるとすぐに、自動車は動き始めました。
貴音「ーーそういえば明日は、『竜宮小町』のオーディションでしたね、あなた様」
P「そうだな。『これに勝てばランクが上がるチャンスだ』って、律子も張り切ってたよ」
『竜宮小町』は現在『フェアリー』と同等の人気と知名度を誇っており、次のオーディションに勝てばアイドルランクが上がる、というところまで来ていました。
そして明日が、その『竜宮小町』のオーディションの日なのです。
わたくし達のゆにっと『プロジェクト・フェアリー』よりも早くトップアイドルに近い存在になる、というのは嬉しいようで悔しいような気が致しますが……。
P「実は明日、『フェアリー』のメンバーでそのオーディションを見に行こうと思ってるんだ」
貴音「なんと。そうなのですか?」
P「ああ。響も美希も明日はレッスンしかないし、いい刺激になるだろうと思ってさ」
貴音「そうですね。良い機会かと思われます」
貴音「ぜひ、連れて行って下さいませ」
P「ああ、言われなくてもそのつもりだ」
れべるの高いパフォーマンスを見ることもまた、修練の一つ。一つでも多くのものを学ばねばなりません。
……
そして翌日。
わたくし達は、オーディションが行われる会場に来ていました。
会場にいるのは、どこかで見たことがあるようなアイドル達ばかり。
自分が出る訳ではないのに、少し緊張してしまいます。
ーーこの場の空気がそうさせるのでしょうか……?
響「ううっ、結構緊張感あるね。自分、なんだか緊張してきたぞ」
P「別に響が出る訳じゃないんだから大丈夫だよ。リラックスリラックス」
響は周りの緊張感を感じ取り、かなり緊張しているようです。
美希「あふぅ……プロデューサー、もう帰ってもいい?」
P「美希は緊張感無さすぎ」
美希は美希で、いつものようにあくびをしています。
大物なのか、ただ緊張感が無さすぎるだけなのか……おそらく両方かと思われます。
伊織「あら。あんた達、来てたのね」
丁度、準備運動をしていた伊織が声をかけてきました。
P「ああ、『竜宮小町』のパフォーマンスを参考にしようと思ってな」
あずさ「伊織ちゃん、せっかく応援に来て下さったんだから……」
あずさ「プロデューサーさん、わざわざありがとうございます♪」
伊織「……来てくれてありがと」
すかさずあずさが伊織をたしなめます。
伊織も小さめの声で、感謝の言葉を述べました。
亜美「あ、兄ちゃんだ!見に来てくれたの?」
律子「来て下さったんですね、プロデューサー殿。わざわざすいません」
亜美はいつも通り元気いっぱいですし、律子嬢もにこやかに挨拶をしています。
見たところ、どうやら今日の『竜宮小町』のこんでぃしょんはかなり良いようですね。
これなら、このオーディションを勝ち抜くことは容易いでしょう。
伊織「私達の出番は62番、一番最後よ。この伊織ちゃん達の華麗なパフォーマンスに酔いしれるといいわ!」
その時、拡声器を持った男性が一人、舞台に上がりました。
貴音「……おや、始まるようですよ?」
P「そうみたいだな。みんな、よく見ておこう」
P「『竜宮』のみんなは、持てる力を出し切って頑張ってくれよ」
律子「激励ありがとうございます、プロデューサー殿。さあみんな、円陣組むわよ!」
律子嬢を含めた四人が、円陣を組み始めました。
律子「765プロ、ファイトーッ」
いおあずあみ「「「おー!」」」
周りに配慮して、少し音量は少なめです。
円陣が終わると、ちょうど舞台の男性が拡声器のすいっちを入れ、喋り出しました。
スタッフ「えー、これよりオーディションを開始します。出場する方々は、舞台の方にお集まり下さい……」
……
多くのアイドル達によるパフォーマンスが行われ、『竜宮小町』の出番が近づいてきました。
今まで見たところ、『竜宮小町』に匹敵するようなユニットはありません。
このまま順調にいけば、勝ち上がるのは容易でしょう。
スタッフ「ありがとうございました。では次に61番、お願いします」
ーーおや、もうそんなところまで来ていたのですか。
最後の『竜宮小町』は62番目……これはランクアップ間違いなしでしょうね。
……そう、わたくしは思っていました。
伊織「……何よ、あれ・・」
あずさ「……!?」
亜美「……!」
そのユニットがパフォーマンスを始めた途端、会場の空気が一変しました。
かなり洗練された、切れのあるダンス。それに歌もかなりの物です。
律子「こんなことって……!」
会場内の人々は皆、その三人組の男性ユニットのパフォーマンスに惹きつけられていました。
常に冷静な律子嬢さえ、驚きを隠せずにいるほど。
……あれこそまさに、トップアイドルの器かもしれません。
スタッフ「……ありがとうございました。では最後に62番、お願いします」
スタッフの方からの指示が聞こえます。
伊織「い、行くわよみんな!」
あずさ「え、ええ……」
亜美「あ、うう……」
律子「ほら、亜美!」
亜美「う、うん」
亜美は緊張のためでしょうか、震えて進むことができないようです。
凄まじいパフォーマンスを見せつけられた後です、仕方がないことではありますが……。
……
その後の『竜宮』のパフォーマンスは、お世辞にも良いものであるとは言えませんでした。
亜美は動きが硬く、いつもの元気の良さもありません。
伊織は状況を打破しようと自分のことで精一杯になり、周りから浮いてしまっています。
二人の息が合わないせいで、あずさのふぉろーも行き届いていません。
結局状況は良くならないままで、そのままパフォーマンスは終了しました。
スタッフ「これで全てのグループの演技が終了しました。それでは、結果発表に参りたいと思います」
スタッフ「今回のオーディションで選考されたのは61番……」
スタッフ「961プロ所属『ジュピター』の皆さんです。おめでとうございます」
貴音「っ……!?」
ーー961プロ・・
スタッフ「それ以外の皆様は、お帰り頂いて結構です。皆様本当にお疲れ様でした」
まさか961プロからも参加するユニットがいるとは、思いもしませんでした……。
ですが、わたくしがいた時間軸には、あの様なユニットは存在していません。
あれは961プロにおける『プロジェクト・フェアリー』に代わるユニット、という訳でしょうか?
わたくしがこの時間軸に来たことで、このような影響まで……!
あずさ「ごめんなさい、伊織ちゃん、亜美ちゃん……私がもっとちゃんとしてれば」
亜美「あずさお姉ちゃんのせいじゃないよ、亜美が緊張しちゃって動けてなかったからだし……」
伊織「そんなことはないわ、リーダーである私の責任よ……!」
わたくし達は、オーディション会場から出ました。
『竜宮小町』の皆は、悔しそうな表情を隠せていません。
かなりの実力差を見せつけられては、無理もないことです……。
今のわたくし達では、あの『ジュピター』なるユニットに勝利することは到底不可能でしょう。
悔しいですが、実力差がありすぎます……!
その時。
「ふん……765プロも、その程度か」
伊織「だ、誰・・」
後ろから聞こえた声の主は……先程のオーディションで『竜宮小町』を制した、『ジュピター』の一人でした。
「黒井のおっさんが『気を付けろ』なんていうから少し期待してたんだが……がっかりだぜ」
「まあまあ、そこまで言うことないだろう?」
背の高い、金髪の男性が茶髪の男性を諌めます。
伊織「何なのよ、あんた達は!?」
「俺達は961プロ所属のアイドルユニット、『ジュピター』さ」
「よろしくね、エンジェルちゃん達♪」
……
突然、わたくし達に接触してきたユニット『ジュピター』。
961プロのアイドルが、わたくし達に何を……?
北斗「まだ自己紹介がまだだったね。俺は伊集院 北斗」
北斗「そしてさっき失礼なことを言ったのが、天ヶ瀬 冬馬さ」
冬馬「ちょっと待て北斗、失礼なことってなんだよ!」
北斗「……いきなり悪態をつくのはどうかと思うぞ?」
冬馬「うっ、それは……悪かったよ」
翔太「僕は御手洗 翔太だよ。よろしくね」
緑がかった髪をした少年が、わたくし達に自己紹介を続けます。
金髪が伊集院 北斗、茶髪が天ヶ瀬 冬馬、緑髪が御手洗 翔太……そう覚えることに致しましょう。
少々、荒っぽい覚え方ではありますが……。
P「……ごほん。それで、君達は俺達に何か用があるのかな?」
P「俺でよければ、話を聞くけど」
赤羽殿の対応に応え、天ヶ瀬 冬馬が口を開きました。
冬馬「いや、別にこれといった話はないんだが……」
P「……挑発しに来ただけってことか?」
冬馬「いや、そんなつもりはない。これは宣戦布告だ」
P「宣戦布告?」
冬馬「ああ。一つ言っておきたくてな」
冬馬「ーー今まで全くの無名だったのが嘘みたいに、765プロは力をつけてきている。それは認めるぜ」
冬馬「だが、最強の座は俺達『ジュピター』が頂く!」
冬馬「正々堂々勝負して、最終的には俺達が勝つ……そう決めてるからな」
最初の印象とは違い、わたくしは天ヶ瀬 冬馬から誠実な印象を受けました。
『正々堂々』が似合う熱血漢……といったところでしょうか?
P「ーーいや、そうはさせないさ。勝つのは俺達、765プロだ!」
P「確かに今回、『竜宮』は負けたかもしれない。今はそっちの方が実力があるのも分かる」
P「でもこっちだって、まだ伸び代がある。それに、他のアイドル達もいる」
P「……例えば、ここにいる『プロジェクト・フェアリー』の三人とか、な」
赤羽根殿からの信用が伝わってきた気が致します。
目の前で言われると嬉しい反面、少し恥ずかしいですね……。
翔太「そういえば、他にもメンバーがたくさんいたんだったね」
翔太「また戦う機会があるかも。楽しみだなぁー♪」
北斗「翔太の言う通りだな。次に戦える時を、楽しみにしとくよ」
冬馬「……言っておくが、俺達もまだ本気じゃない。もっと腕を磨いておけよ!」
そう言うと、そのまま三人は去って行きました。
P「……何だったんだ、あいつらは?」
その場に残されたのは、静寂のみ。
亜美「そんなのわかるわけないっしょ、兄ちゃん……」
突然やって来て、言いたいことだけ言って嵐のように去っていく。
そんな彼らを見て、わたくし達は唖然とすることしかできませんでした。
本当に、何だったのでしょうか?『宣戦布告』、と言ってはいましたが……
伊織「ーー何だったかはよく分からないけど、あいつらが私達のライバルであることは分かったわ」
伊織は、そう言って立ち上がりました。
もう負けない……そんな思いが伝わってくるような気が致します。
伊織「プロデューサー……さっきは間に入ってくれてありがとう。感謝するわ」
珍しく、伊織は素直に赤羽根殿に感謝の気持ちを伝えます。
律子「本当にすいませんでした、プロデューサー殿」
律子「あの時は『竜宮』のプロデューサーである私が、なんとかすべきだったのに……」
P「いや、大したことじゃないって。俺だって、765プロのプロデューサーだからな」
赤羽根殿は、にっこりと笑みを浮かべます。
P「今日負けたからといって、別に気にすることはないさ」
P「またレッスンを積んで、強くなればいいだけのことだろ?」
律子「……ええ、そうですね!」
律子「ありがとうございます、なんだか吹っ切れちゃいました♪」
それに応じて、律子嬢にも笑顔が戻りました。
美希「……」
ーーふと隣を見ると、美希が震えています。どうしたのでしょうか……?
響「美希、どうしたんだ?お腹痛いの?」
貴音「何かあったのですか、美希?」
貴音「もしや、先ほどの『ジュピター』なるユニットが関係するのでは?」
わたくしと響が声を掛けると、美希は顔を上げて言いました。
美希「心配してくれてありがと。しんどいとかじゃないから、安心してほしいな」
美希「ミキ、さっきのパフォーマンスを見て、怖くなっちゃって。あんなにすごいパフォーマンス、初めて見たから」
美希「でもね。それと同時に、すっごくワクワクしたんだ」
美希「いつかミキ達もあんなすごいことをしてみたいって、そう思った。メラメラーって、やる気が湧いてきたの」
美希「だからミキ、変わる!今日……ううん、今から!」
美希「もうテキトーにやったりしない……マジメに頑張るの!」
美希「ミキ、変わるからっ……!だから……よろしくお願いします、なの!」
そう言うと美希は、わたくし達に向かって頭を下げました。
ーーそこまで言われては、応えないわけにはいきませんね。
貴音「ええ。……こちらこそ、これからもよろしくお願い致します」
響「当然だぞ!みんなでトップアイドル、目指そうね!」
響の意思も変わらないようです。
これからが、わたくし達『プロジェクト・フェアリー』の本当の始まりなのですね……!
P「美希……!よく言ってくれた!」
赤羽根殿が少し真剣な表情で喋り始めます。
P「俺達は、本気でトップアイドルを目指しに行く。ここからまた、再出発だ!」
P「……だからみんな、俺について来てくれ!」
響「当然だぞ!」
貴音「ええ、言うまでもありません」
美希「うんっ!」
赤羽根殿の言葉をきっかけに、律子嬢も喋り始めます。
律子「私達だって、負けていられないわ!」
律子「プロデューサー殿の言う通り、一度負けたからって、へこむ必要なんてないのよ!」
律子「次は『ジュピター』にも負けないんだから。行くわよ、みんな。私について来て!」
いおあずあみ「「「……はいっ!」」」
確かに、『竜宮小町』はこのオーディションに負けてしまいました。
しかしそれによって、よりわたくし達の団結が強まった気がします。
目指すは、トップアイドル。
負ける訳には、いきません……!
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『ミキ、変わるからっ……!だから……よろしくお願いします、なの!』
美希のその意思は、半端なものではありませんでした。
……それは、わたくしがいつもより早めに事務所に着いた時のこと。
貴音「おはようございます」
小鳥「おはよう、貴音ちゃん。今日はいつもより早いわね?」
わたくしが事務所に着いた頃、小鳥嬢は事務所の掃除をされていました。
貴音「はい、今日はいつもよりも早くに目が覚めまして……おや?」
そこにはいつもとは違い、美希がいました。
雑巾を手にした彼女は、わたくしに向かって手を振っています。
美希「あ、おはよーなの、貴音!」
やよい「うっうー!おはようございますー!」
小鳥嬢とやよいだけでなく、美希も掃除に参加していたようです。
貴音「美希ではありませんか。一体どうしたのです?」
美希「前に言ったでしょ?『ミキ、変わる』って!」
小鳥「美希ちゃん、プロデューサーさんと私の次にやって来て、『ミキも手伝うの!』って言ったのよ?」
小鳥「突然だったから、びっくりしちゃったわ~」
美希「えへへ〜。ミキね、自分が変わるために、少しでも皆の役に立とう、と思ったの」
美希「だからやよい達と一緒に、毎週この時間にお掃除するって決めたんだ〜」
貴音「なんと、そうだったのですか!」
なるほど。これが美希の第一歩、という訳なのでしょうね。
思わずくすり、と笑みが漏れてしまいました。
貴音「では、わたくしも及ばずながら助力致しましょう」
やよい「貴音さんもですか?ありがとうございますっ!」
貴音「いえ、当然のことです。始めましょうか」
……
数分後、わたくしがゴミ袋を縛って、掃除は終了となりました。
やよい「はわわっ、いつもより早く終わっちゃいました〜!」
小鳥「本当ね。みんなのおかげだわ」
美希「まだまだこんなものじゃ足りないの!ミキ、お仕事もレッスンも頑張っちゃうから!」
貴音「ふふ。ですが、張り切りすぎもよくありませんよ?」
そんな中ふと、事務所にこーひーの香りが漂って参りました。
そう言えば、小鳥嬢は『自分と赤羽根殿の次に』美希がやってきた、とおっしゃいましたね。
赤羽殿の机を見ると、起動されたままのぱそこんと、数枚の資料が置かれています。
もう既に彼はやって来ている、ということで間違いありません。
いつもこのような朝早くから……大変なのでしょうね……。
貴音「……して、小鳥嬢。プロデューサーもいつもこのような時間に来ておられる、ということですよね?」
小鳥「ええ。いつも私の次に事務所に来るのよ」
小鳥「社長がいるときは、いつも社長が一番なんだけど……社長、いつも色々なところで営業とかしてるから」
小鳥「今日も何かの下見とかでいないらしいし……一番大変なのは社長なんじゃないかしら」
縁の下の力持ち、という言葉に相応しい人物だということでしょう。
この事務所に入った日、高木殿に出会えたのは本当に幸運だったのですね……。
もしあの日に出会っていなかったらと思うと……!
P「社長も音無さんも早いから、俺じゃ絶対に勝てないんだよなぁ」
貴音「!」
そう言いながら、後ろからこーひーかっぷを持った赤羽根殿が近づいて来ました。
貴音「おはようございます、あなた様」
P「ああ。おはよう、貴音」
P「今日は午前中レッスンで、午後からはレコーディングだったな」
P「『フェアリー』三人でで、としてはこれが初レコーディングだ。頑張っていこう!」
貴音「はいっ♪」
今日はわたくし達三人で行う、始めてのCDレコーディングです。
ーーもっとも、わたくしにとっては初めてではないのですが……。
驚くべきことに、曲は前の時間軸と同じ、『オーバーマスター』。
事務所が違うにも関わらず、全く同じ楽曲が用意されるとは思いもよりませんでした。
二重の意味で、これがわたくし達にとっての『始めての曲』となるのですね……まこと、嬉しきことです。
ーーですが……だからこそ、失敗は許されません。
その時、奥の方から響が姿を現しました。
響「……あれ?貴音、来てたんだ。おはよう!」
貴音「おはようございます。いつの間に来ていたのですが、響?」
響「三人でのレコーディングって初めてだから、完璧にしたくって。ちょっと練習してたんだ」
貴音「そうですね。是非、素晴らしき一枚にしてみせましょう」
響「うん。自分、頑張るぞ!」
そんな話の途中、赤羽根殿がきーぼーどを叩く音が止まりました。
P「帰ってきたか、響。これでみんな揃ったな」
P「それじゃあ出発だ。貴音、響、美希。駐車場に集合な」
……
いつものように、わたくしは助手席へ。
美希「あれ?貴音、助手席なんだ」
P「まあ、もはや定位置だからな。貴音は助手席が好きなんだよ」
貴音「ふふ、その通りです」
……本当はあなた様の隣にいたいだけ、なのですよ?
P「ーーよし。準備完了、っと」
P「シートベルトは閉めたか?それじゃあ、出発するぞ」
たかみきひび「「「はーい」」」
赤羽根殿のその一言とともに、自動車は走り出します。
……そして十数分後、わたくし達はレッスンスタジオに到着しました。
更衣室に移動し、じゃーじに着替えます。
いつも通り、皆のじゃーじはそれぞれのいめーじからーに合った色となっております。
時間は限られておりますし、ゆっくりしてはいられません。急いでレッスンルームへ向かいましょう。
ふむ……そういえば、美希の黄緑色のじゃーじも珍しいですね。
ーーまあ、どうでも良いことではありますが。
レッスンルームには、既に赤羽根殿がいらっしゃいました。
P「みんな来たか。今日は久しぶりに、俺がレッスンを見るよ」
P「みんながどれくらい成長したか、俺に見せてくれ!」
赤羽根殿にレッスンを見て頂くのは、本当に久しぶりです。
これは良いところを見せねばなりません!
P「ダンスは頭に入ってるな?それじゃあ一度曲に合わせてやってみよう!」
美希「ーーじゃあミキ、本気出しちゃってもいい?」
響「えっ……本気って?」
美希「うんっ♪ ミキ、やるからにはもう手を抜きたくないな〜って。いいよね?」
P「……まあ、一度やって見せてくれ。じゃあいくぞ」
わたくし達がそれぞれの位置に着くと、音楽が流れ出します。
貴音「……!」
ーー始まってすぐ、わたくしははっと息を飲みました。
真ん中にいる美希の動きに、いつも以上の切れがあるのです。
これが美希の、全力ですか……!
ですが、わたくしも負けてはいられません。
響と美希のばらんすを調節し、崩れつつある立ち位置を調節せねば……。
『経験』だけはこの事務所の誰にも負けていないのですから、これくらいのこと……!
ーーなんとか、ばらんすを崩すことは無いまま曲は終了しました。
美希「はあっ、はあっ……ど、どうだった?」
P「……」
聞こえてくるのは、わたくし達の息遣いのみ。
赤羽根殿は、何もおっしゃいません。
ほんの少しして、赤羽根殿は口を開き、こう呟きました。
P「ーー今のままじゃ、ダメだな」
美希「……!?」
美希「そ、そんなのってないの!」
美希の顔には焦りが浮かんでいます。
せっかく本気を出して、完璧に踊りきることが出来たのに、褒めてもらえなかった……それが原因でしょう。
響「なんで!? 美希、いつも以上に完璧だったよね!?」
美希「ミキ、本気出したのに……!」
P「だからこそ、だ」
美希「!?」
P「確かに、今の美希はすごかった。あれだけのパフォーマンスはそう見たことがないよ」
P「でもな、あれが通用するのは『美希がソロで活動していたら』の話だ」
P「今のじゃ、一人で突っ走っていただけにすぎない」
P「貴音が上手くとりなしていなかったら、バラバラになってしまっただろう。……これはソロじゃない、『ユニット』なんだ」
貴音「まさに、その通りです」
貴音「あれでは『竜宮小町』の二の舞になって終わり、でしょうね」
P「その通り……美希、お前はリーダーなんだ」
P「リーダーが周りのことを考えられないなんて、話にならないぞ」
美希「……」
P「それに、最初から本気を出せていなかったのも問題だな」
P「……美希、お前はまだ、ちゃんとしたリーダーとは言えないよ」
美希「そんなぁ……」
美希はしょんぼりと項垂れました。
響「ちょっと、あんまりだぞプロデューサー!」
響「美希だって頑張ってるんだし、そこまで……」
P「まてまて、さすがに叱って終わりじゃないって……確かに、美希が突っ走ってしまっていたのは事実だ」
P「……でもな、全員があのレベルまでたどり着けばいいだけの話」
P「三人ともあれだけの動きができれば、トップアイドルは狙えると思う」
P「まだまだ、『プロジェクト・フェアリー』の活動は始まったばかりだ。ゆっくり一歩ずつ、進んでいけばいいさ」
P「ごめんな、少し言い過ぎたかもしれない」
しょげてしまった美希を撫でながら、赤羽根殿はこうもおっしゃいました。
響「……そうだよね!もっと自分達が上手くなればいいだけの話さ〜!」
響「よーっし、もっと頑張るぞ!」
P「その意気だぞ、響」
P「今の美希以上の実力が出せれば、『jupiter』なんて目じゃない。みんなで頑張っていこう!」
その後、細かい動きの確認や立ち回りの指導を受けるなどして、レッスンは終了しました。
美希のあの行為が良い刺激になったようで、今回のレッスンは大成功。
また一歩、前に進めた気が致します。
美希「さっきは、一人で突っ走っちゃってごめんなさい」
美希「ミキ、リーダーなのに、みんなのことちゃんと見てなかったよね……」
響「大丈夫さー。すぐに自分達も美希に追いつくから、心配しないでほしいぞ」
貴音「そうですよ。わたくしも精進致しますゆえ……」
美希「ーーありがと、二人とも。美希、リーダーとしてもっと頑張るの!」
勿論、『フェアリー』の間での反省会も忘れませんでした。
……
さて……次はついにレコーディングですか。
ですがもうお昼時です、少々お腹が……。
P「そういえば、腹減ったなあ……。なんか食べに行くか?」
貴音「是非!」
P「お、おう……」
そのままレコーディングに向かえるよう、スタジオの近くで昼食をとることになりました。
P「さて、何食べたい?ラーメンか?」
貴音「あなた様、わたくしはらぁめんしか食さない訳ではありませんよ?」
P「あ、ごめん。でも貴音はいつもラーメン食べてるイメージがさ」
……否定できないのが辛いところです。家では、他のものを食べるように心がけてはいるのですが。
P「……で、結局何を食べるんだ?」
P「店に入るにしても何か買うにしても、早く決めるべきだと思うぞ」
美希「じゃあ、ミキのお気に入りのお店を紹介するの。ついて来て!」
美希に促されるまま、わたくし達は足を動かします。
……一体どこへと向かっているのでしょう?
P「ーーで、ここが?」
美希「うん。ここなの!」
わたくし達がやって来たのは……なんと『おにぎり専門店』。
このような店があるのですね。初めて見ました……!
店の中に入ります。
入ってみると、店内はそこまで広くありませんでした。
どうやら店内で食べるのではなく、持ち帰り専門のようです。
そして漂ってくる炊きたてのお米のにおい……これはたまりません。
美希「さっ、何か頼もっ!」
P「そうだな。俺が奢るから、好きなのを頼んでいいぞ」
具材は昆布や鮭のような定番から滅多に見られない変わり種まで、様々なものがあるようです。
響「自分、美希のオススメが食べたいな!」
貴音「そうですね。美希、注文を頼めますか?」
美希「分かったの。すいませーん、これとこれとこれ、あとこれも……」
数分後。
美希「これがミキのお気に入りなの!食べて食べて!」
すたじおの前の公園のべんちで、わたくし達はおにぎりを食べることになりました。
響「美希、これ何が入ってるんだ?」
美希「ヒミツなの!まず食べてみて?」
貴音「ふむ、ではまずわたくしが」
わたくしはその、海苔が巻かれていないしんぷるなおにぎりを一口かじりました。
貴音「……なるほど」
響「何が入ってたの、貴音?」
貴音「ふふ。食べてみれば分かりますよ、響」
響「むぅ〜、なんなのも〜!」
P「おっ……これ、うまいな」
美希「でしょ?響も、早く食べてほしいな!」
響「わ、分かったぞ……はむっ」
響は、おそるおそる一口かじりました。
響「……これ、何も入ってないぞ!?」
そう……このおにぎりには何も具が入っていませんでした。
美希「そうだよ?具は何も入ってないの」
美希「なんて言ったってこれ、『塩むすび』だもん」
貴音「ですが、この『塩むすび』……かなり美味ですね」
P「そうだよな。なんというか……米の旨みがしっかりしててさ、美希が勧めるのも分かる気がする」
美希「でしょでしょ?」
響「ほんとだ、これ美味しい!」
美希のおすすめは、皆に好評だったようです。
その後、他のおにぎりも美味しく頂きました。
そして、ついにレコーディングの時間がやってきました。
P「これが、記念すべき『フェアリー』としてのデビューシングルだ!」
P「……みんな、楽しんで来いっ!」
ひびたかみき「「「はいっ!」」」
……
……ふぅ。
失敗も無く、見事一発で収録を終えることができました。
これはとても素晴らしい一枚になった、と自負しております。
特に、美希の歌声。あれはとても素晴らしいものでした。
まるで曲に引き込まれそうな……そんな雰囲気が彼女の歌にはあったのです。
P「……お疲れ様。すごく良かったぞ!」
P「いやぁ、今までで一番良かったんじゃないか?」
響「ふふん!そりゃそうだぞ。自分達、完璧だからな!」
響が胸を張って、そう答えます。
確かに今回は、今まで以上の力が出せたような感覚でした。
美希「ミキ達なら、もっともっと上を目指せるって思うな!」
美希「これからもよろしくね、プロデューサー……ううん、ハニー♪」
P「ぶふっ!? な、なんだそれ!?」
美希「ミキ、これからはプロデューサーのことハニーって呼ぶね。はい、決まりっ!」
P「決まり、って……流石にマズ」
美希「ーーダメ?」
P「……好きにしてくれ……時と場合を考えてくれよ?」
涙目での上目遣い……美希、恐ろしい技を使いますね……!
その後挨拶をするなどして、わたくし達はすたじおを後にしました。
P「えっと、みんな今日はこのまま直帰だったよな。送って行くよ」
美希「本当?やったあ!」
貴音「いつもすみません、あなた様」
響「本当にそうだぞ。ありがとう、プロデューサー!」
P「ははは、じゃあ行こうか」
駐車場に着きました。
いつものように、すかさず助手席に乗り込みます。
美希「貴音、やっぱりそこなんだね?」
貴音「ええ。勿論です」
美希の『はにー』に対抗するためにも、絶対にこの場所は譲れません……!
……
しばらくして響、美希の家に到着し、車内に残っているのは赤羽根殿とわたくしのみとなりました。
P「さて、あとは貴音だな」
貴音「はい。よろしくお願い致します、あなた様」
P「おう、じゃあ行くぞ」
P「それにしても、今日の収録は大成功だったな」
P「美希と響の歌声を、貴音がまとめあげる……かなりいい感じだった」
貴音「ありがとうございます」
P「今日はみんな調子良かったし、言うことなしだよ」
P「それにしても、貴音って本当に歌が上手いよな」
P「ダンスやビジュアルも基礎がしっかりしてるし。頭一つ抜き出ているっていうか、なんというか」
P「何か秘訣でもあるのか?それとも、アイドルにある前までに何かやってたとか……」
貴音「っ……!」
P「?」
……言えるわけがありません。
わたくしが別の時間軸から来たことを話してしまえば……その時点で終わり。
わたくしは、この世界から消えてしまうのですから。
貴音「……あなた様」
貴音「ーー人には誰でも、秘密が一つや百個はあるものです」
貴音「お答えしたいのは山々なのですが……本当に申し訳ございません」
貴音「申し訳ありませんが、それは『とっぷ・しーくれっと』とさせて下さいませ」
P「いや、別にいいよ。まあ、誰にだって知られたくないことくらいあるよな」
P「気になるけど、貴音が話したくないなら、別に話さなくていいさ」
貴音「ーーお気遣いありがとうございます、あなた様」
本当に申し訳ありません。このことだけは、誰にも話すことはできません……。
『とっぷ・しーくれっと』でございます、あなた様。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
貴音「おはようございます」
今日もわたくしは、いつものように事務所へとやって参りました。
貴音「……おや?」
ですが今日は、いつもとは様子が違います。
P「……zzz」
ーーいつも美希が愛用しているそふぁーで、赤羽根殿が眠っておられたのです。
よほどお疲れだったのでしょうか、眼鏡はかけっぱなし、書類は出しっぱなしです。
最近忙しかったのですから、無理もありません……。
もしかすると、わたくし達は赤羽根殿に負担をかけ続けてしまったのかもしれませんね。
感謝の気持ちを込めて、何か一つでもお返しができれば良いのですが……。
貴音「!」
ーー良いことを思いつきました!
一応他に事務所に誰もいないことを確認して、わたくしはそふぁーに腰を下ろします。
そして眠っている赤羽根殿の頭を、わたくしの膝へ。
いわゆる、『膝枕』というやつです。
これで少しでもあなた様の疲れが癒せればいいのですが……ふふっ♪
ですがこの体勢、少し恥ずかしいですね……///
……
P「んんっ……しまった!寝てたか……!?」
貴音「お目覚めですか、あなた様?」
P「た、貴音?これって、まさか」
貴音「はい、膝枕です♪」
P「!?……ご、ごめんな、すぐにどくよ」
貴音「ーーあなた様は最近、少々根を詰めすぎかと思われます。少しお休みになってもよろしいのでは?」
P「そうは言っても、仕事しないとさ」
貴音「そう言って、このまま『明日の分の仕事』をなさるつもりですか?」
P「!……バレてたのか」
わたくしは、赤羽根殿がもう既にすべき仕事を終えているのを確認していたのです。
貴音「今はまだ、時間に余裕がございます。わたくしの膝で、ゆっくりとお休み下さい」
P「貴音……ありがとう。もう少し休ませてもらうよ」
貴音「はい。お休みなさいませ、あなた様」
そう言うと赤羽根殿は、すぐに寝入ってしまわれました。よほどお疲れだったのでしょうね……
今はただ……しばしお休みください、あなた様。
……
赤羽根殿が起きたのは、数十分後でした。
P「うーん、よく寝た!本当に気持ち良かったよ。ありがとうな、貴音」
貴音「いえ、お役に立てて何よりです」
P「これは何かお返ししないとな。何がいい?」
貴音「ではよろしければ、頭を撫でて頂けませんか?」
P「……えっ、そんなことでいいのか?」
貴音「はい。あのひとときは、何ものにも代えがたいものですから」
そう言ってわたくしは、頭を差し出します。
少し訝しげな表情を浮かべつつも、赤羽根殿はゆっくりとわたくしの頭を撫で始めました。
わたくしの胸の奥に、じんわりと温かさが広がっていくようです……。
貴音「はやぁ……」
P「ーー本当にこんなことでいいのか?もっと他のことにすればいいのに」
貴音「先程も申し上げましたが、この時間は何ものにも代えがたいものなのですよ?」
貴音「こうしているだけで、わたくしは幸せです」
P「そういうもんなのか……? よしよし」
貴音「……///」
赤羽根殿のなでなでは、本当にくせになってしまいます……。
これだけで幸せな気分になれるのですから、不思議なものです。
この時間がずっと続けばいいのに、とも思ってしまいそうです。
P「貴音の髪、さらさらでふわふわだな。枝毛なんかもないし、綺麗だ」
貴音「ふふっ、髪は女の命ですから」
貴音「そんなことよりあなた様、もっと……」
P「はいよ」
貴音「〜♪」
そのまま撫でられ続けて数分。
貴音「ふふ……///」
P「貴音、そろそろいいか?」
貴音「ーーはっ!……も、申し訳ありません……」
気付けば、かなりの時間が過ぎておりました。
なでなでおそるべし、ですね……
……
数分後、次々と事務所に人が集まってきました。
全員集まったところで高木殿による朝礼があり、皆はそれぞれの仕事へ。
赤羽根殿はそのまま春香と雪歩を送りに行ってしまわれました。少し寂しいですね……
ですが、赤羽根殿もいつもわたくしに付いているわけにもいかないのです。仕方ありません。
今日は『フェアリー』としての活動ではなく、わたくしひとりでの活動。
さて、今日のお仕事は……。
『幻のらぁめんを食す旅』……!? なんと面妖な!
つい、腹の虫が粗相をしてしまいました。
こうしてはいられません。いざ、参りましょう……!
……
貴音「ふぅ……」
『幻のらぁめん』の仕事を終え、わたくしは事務所へと向かいます。
幻のらぁめん、というのは伊達ではありません。まこと、素晴らしき一杯でした。
貴音「おや……?」
事務所に帰り着いてみると、赤羽根殿と小鳥嬢、そして高木殿がなにやら話しています。
P「本当ですか?なら……」
社長「ほう、それもいいね。では……」
……少々聞き取りづらいですね。少し近づいてみましょう。
小鳥「ですから、ここで……ってうわぁっ!? た、貴音ちゃん!?」
社長「き、聞いていたのかね!?いつからそこに……」
貴音「申し訳ありません、驚かせるつもりはなかったのですが……」
P「ーー頼むから気配を消すのはやめてくれ、怖いから……」
気配を消していたつもりはないのですが……申し訳ないことをしてしまいましたね。
貴音「ーーして、何のお話をされていたのですか?」
P「まあ、遅かれ早かれ伝わる話だしな。話しておくよ……実は、オールスターライブを開催しようと思っているんだ」
P「765プロのアイドルが全員出演する、一大イベントだよ」
貴音「なんと!」
社長「そこで、だ。海の見える旅館でも貸し切って、合宿でもしようかと思っていてね」
社長「三人で、そのための計画を練っていたのだよ」
P「これからのさらなる飛躍と、オールスターライブの成功のためにどうかな、ってさ」
小鳥「少し慰安旅行も兼ねて、みんなで楽しんじゃいましょ!」
合宿……なんとも楽しそうな響きです。
仲間達とさらに親睦を深めることができ、自分自身の鍛錬にもつながる……なんと素晴らしきことでしょう!
貴音「それは素晴らしきことです!して、それはいつになりそうなのですか?」
P「はは、それはまだ決まってないんだけどな」
社長「みんなの了承を得た上で決めることにするつもりだが……行けるなら、早く行きたいだろう?」
社長「今月中に行けるようにはするからそのつもりでいてくれたまえ、四条君」
貴音「ふふっ、分かりました」
P「貴音は今日の仕事はもう終わりだったっけ。もう帰るのか?」
貴音「はい。合宿の準備をしようかと」
P「気が早いな!?」
……
さて、早速準備をせねばなりません!
『善は急げ』という言葉があります。
準備は早ければ早いほど良いのです……早くしすぎて困ることはありませんから。
確か高木殿は『海の見える旅館』とおっしゃっていましたね。
ではまず、水着を見に行きましょうか。
そうしてわたくしがやって来たのは、事務所の近くにある大手でぱーとの水着売り場。
びきにと呼ばれる一般的なものから、わんぴーす型の物、さらにはなんとも面妖なものまであります。
水着といっても、様々なものがあるのですね……少々驚きました。
さて、どのようなものを選ぶべきなのでしょうか?
思った以上の種類のため、選ぶのに時間がかかりそうです。
け、けっして、赤羽根殿を誘惑しようなどというやましい思いはありませんよ?
ですが、『似合ってるよ』という一言を期待することくらいは、構いませんよね……///
貴音「失敗は許されません……いざ!」
……
数分の試行錯誤の末、最終的にわたくしの手元に残ったのは三つ。
一つ目は濃い桃色(わたくしのいめーじからーである臙脂色に似ています)と黄緑色を基調とした、びきに型のもの。
二つ目は黒地に白い水玉模様、胸元に赤いりぼんをあしらったわんぴーす型のもの。
そして三つ目は、黒地に濃い桃色の線が入っており、胸元に白いりぼんをあしらったこれまたわんぴーす型のもの。
どれも捨てがたいですね……迷いどころです。
P「あれ、貴音じゃないか」
貴音「ひゃあ!」
突然声をかけられ、妙な声を出してしまいました。お恥ずかしい……///
そして驚くべきことは、声の主が赤羽根殿であった、ということでした。
貴音「あ、あなた様でしたか……驚かせないでくださいませ……///」
P「ごめんごめん。水着を選んでたのか?」
貴音「はい。して、あなた様はなぜここへ?」
P「ん、俺か?丁度事務所の備品が切れててさ、ちょっと買い物だよ」
P「音無さんが手が離せなかったから、代わりに買いに来たんだ」
そう言って彼は、予備のせろはんてーぷやすてぃっくのりを買い物かごから出しました。
P「ーーへぇ、可愛い水着だなぁ。どれにするつもりなんだ?」
貴音「それが、少々決めかねておりまして……困っていたのです」
貴音「もしよろしければ、あなた様の意見をお聞かせいただけますか?」
P「俺か?そうだな……」
P「むむむ……」
P「うーん、難しいな。選べないよ」
少しの思案の後、赤羽根殿はそう呟きました。
貴音「あなた様もですか?」
P「ああ。困ったな、全部買う訳にはいかないし」
貴音「そうですね、グラビア撮影の際でもなければ、水着など使いませんし……」
P「……それだっ!」
P「それだよ、貴音!グラビア撮影の時のため、って事にして経費で全部買っちゃえばいいんだ!」
貴音「そ、そのようなことが可能なのですか?」
P「ああ、大丈夫だ……多分。いざとなったら俺がポケットマネーで買うよ」
P「……きっとどれも、貴音に似合うからさ」
貴音「まあ……///」
そんな事をおっしゃられては、照れてしまいます……///
P「よし!そうと決まれば、早速購入だ!」
P「ほら、行くぞ貴音!」
気付けば赤羽根殿は、わたくしの手を握っておりました。
貴音「あ、あなた様……!?」///
わたくしはそのまま少し強引に手を引かれ、引きずられるように歩き始めます。
……
P「ふう、いい買い物したな」
水着の精算を終え、水着売り場を後にしたわたくし達は、休憩所へ。
手を取られたときは、思わず胸がときめいてしまいました。
ああ、あなた様……///
P「買った水着は貴音が持っておいてくれ。必要になったらまた言うからさ」
貴音「良いのですか?事務所の備品となるのでは……?」
P「おいおい、元々は合宿のための物だろう?必要な時にちゃんと持って来てくれれば、それでいいって」
貴音「そうでしたね……ありがとうございます」
P「おっと、もうこんな時間か。そろそろ事務所に戻らないと」
P「それじゃまた明日な、貴音」
貴音「はい。それではごきげんよう、あなた様」
ふふ、合宿が待ち遠しいですね。まこと、楽しみです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
青い空、白い雲。そして、さんさんと降り注ぐ太陽の光……
わたくし達は、ついに合宿の日を迎えました!
やよい「うわぁ~。凄いね、伊織ちゃん!」
伊織「そうね。ま、私の別荘の近くの海の方がすごいけど♪」
あずさ「あらあら、広くて迷っちゃいそうだわ~?」
目の前に広がるのは、きらきらと光り輝く大海原。
この日が来ることを、どれほど待ちわびたでしょうか……!
亜美「ねぇねぇ!早く泳ごうYO!」
真美「そうだそうだ!せっかく来たのに、時間がもったいないじゃん!」
律子「全く、あんた達は遊ぶことばっかり……」
小鳥「まあいいじゃないですか律子さん。せっかくの海なんですよ?」
律子「……仕方ないわね。まあ、せっかくの海なんだし……遊びましょうか!」
あみまみ「「イェーイ!」」
雪歩「ついにこの新しいスコップの出番ですぅ!」
真「ゆ、雪歩……穴を掘るのもほどほどにね?」
春香「さあ、泳ぐぞー!ほら、千早ちゃんも早く早く!」
千早「えっ?ちょ、ちょっと春香……」
皆、とても楽しそうです。
久しぶりの休暇にも等しいのですから、無理もないかもしれませんね。
P「はあ~、しんどかった。なんで俺だけ荷物持ちなんだよ……」
ちょうどその頃、赤羽根殿が大量の荷物を抱えてやって来ました。
律子「わざわざすいませんね、プロデューサー殿」
小鳥「流石は男の人ですよね~。頼りになります♪」
P「二人とも、なんか楽しんでないか……?」
今日の彼はいつもの背広ではなく、赤いTしゃつに膝が隠れるくらいのずぼん、といった出で立ちです。
貴音「お疲れ様です、あなた様。荷物、ありがとうございました」
P「はは……そう言ってもらえると、少しは慰めになるよ」
赤羽根殿は砂浜にれじゃーしーとを敷き、そこに座りました。
P「貴音、今日はその水着にしたんだな。似合ってるよ」
貴音「まあ……/// ありがとうございます♪」
今日のわたくしの水着は、以前赤羽根殿と購入したうちの一枚、黒地に白い水玉模様をあしらったわんぴーす型のものです。
『似合っている』の一言……どれほど期待したことでしょうか……///
……とそこへ、響と美希が。
響「貴音、泳がないの?自分久しぶりの海だから、早く泳ぎたいぞ!」
美希「そうだよ、貴音!せっかく来たんだから、いっぱい遊ぶの!」
小鳥「そうよ。滅多とない機会なんだから、楽しまなきゃ!」
貴音「そう、ですね。では行きましょうか」
準備運動をきちんとし、わたくし達は海へ入りました。
暑い日差しの中の海は、少し冷たくて気持ちが良いですね。
そもそもわたくしは、海に来たのはこれが初めてなのですが。
貴音「これが……海なのですね」
初めての海……これが、わたくしが合宿が楽しみで仕方がなかった原因のうちのひとつなのです。
真「響!クロールであの岩のところまで競争しようよ!」
響「いいね、それ!自分、負けないからな!」
美希「ミキ、少し眠くなっちゃったの……あふぅ」
そのうちに響は真と競争を、美希は昼寝を始めてしまいました。
さて、わたくしは何を致しましょうか?
貴音「……む?」
ーーどこからか、美味しそうな匂いが……。
間違いありません!これはらぁめんのにおいです!
噂に聞く『海の家』が、この近くにあるに違いありません!
においに導かれるまま、わたくしは歩みを進めます。
そしてたどり着いたのは、まさしく『海の家』でした。
おや、このちらしは?
『海の家特製・大盛り限定ラーメン!一人で三杯食べ切れたら無料!』
……なんと!
これは見逃せません、早速注文を……!
貴音「店長殿、この限定・大盛り特製らぁめんとやらを!」
制限時間は三十分。
戦いの始まりです。いざ、参ります!
塩味のあっさりとした出汁、細めのすとれーと麺。厚切りの焼豚……。
素晴らしい逸品が、そこにはありました。
箸が止まりません!ああ、幸せです……!
素早く一杯目を空にし、二杯目へと入ります。その二杯目も程なく完食し、三杯目へ。
……おや?なにやら人だかりが。
P「ちょっと失礼……やっぱり貴音か」
貴音「おや、あなた様。どうなさったのですか?」
P「どうしたもこうしたもない。目立ちすぎだ」
P「人気アイドルなんだから、目立たないようにしないと。気を付けてくれよ?」
貴音「なんと」
ーーらぁめんに気を取られて、つい自分の立場を忘れていました。
畏れ多くも、わたくしは人気アイドルの一員。人目を気にしなければならないのは当然です。
貴音「申し訳ございませんでした、あなた様……」
P「次から気をつけてくれればいいよ。ほら、行こう」
貴音「はい……」
……反省です。
……
このようにして午前は過ぎ、午後はレッスンをして過ごしました。
場所を変えることによって皆の意気が高まり、良きレッスンとなった気がします。
広々とした温泉に浸かり、りらっくすすることもできました。
ーー浴場を出た所で、何やら赤羽根殿とハム蔵殿が意気投合しているように見えたのは、気のせいでしょうか……?
浴衣のまま、『フェアリー』の三人で部屋に戻ります。
部屋は男性組、中学生組、高校生組、大人組、そしてわたくし達フェアリー組の五つに分かれています。
わたくしとしては、女性陣全員で一つの大部屋が良かったのですが……。
そこまでの大部屋が存在しない以上、致し方ありませんね。
響「うーん、いいお湯だったね!広々としてて、気持ちよかった~!」
美希「そうだよね~。あんなに広いお風呂、久しぶりだったの!」
貴音「ええ。まこと、良き湯でした」
やはり、合宿を行ったことは間違いではありませんでしたね。
企画して下さった高木殿に、感謝しなくてはなりません。
響「ところでさ……自分、ちょっと海を見に行きたいんだけど、二人とも付いてきてくれないかな?」
美希「え~、昼間に散々遊んだから、もういいって思うな」
響「それとこれは別なの!夜の海は、星が出てて綺麗なんだぞ!」
貴音「……天体観測、という訳ですか?面白そうですね」
響「そうでしょ?ここ、空気がけっこうきれいだから、きっと星も綺麗さー」
美希「うーん。眠いけど、気になるかも……」
夜の海辺での天体観測……なかなかろまんてぃっくですね。
満点の星空の下で、赤羽根殿と二人きりになれたとしたら……///
ふふっ、きっと素晴らしき夜となるでしょうね。
きっと夜の逢瀬も、風情があって良いことでしょう……。
ーー流石にそううまくはいかないでしょうが。
響「だけど、自分達三人だけで歩くには、夜は少し危ないかな……?」
美希「そうかもね。ミキ、ちょっと怖いの」
貴音「それなら、保護者を付ければ良いのでは?大人の誰かが付き添ってくだされば、大丈夫でしょう」
響「そうだね。それじゃ行こっ!」
わたくし達は、大人組がいる部屋へと向かいました。
響が、大人組の部屋の扉を叩きます。
響「おーい……あれ?誰もいないのかな?」
貴音「いえ、それはないでしょう。ちゃんと明かりがついていますよ」
響「うーん……もう一回やってみようかな」
響が扉を叩こうとした瞬間、中から律子嬢が顔を出しました。
律子「誰かと思ったら……何か用かしら?」
響「自分達、星を見に行きたいんだけど……誰か大人に付き添ってもらいたいな、って思って」
律子「あー、なるほど。確かに星、綺麗でしょうね」
律子「……でも、今は手が空いてないのよ。それに一応、私まだ未成年よ?」
美希「え?何かあったの、律子?」
律子「……」
美希「……さん」
律子「実際に見た方がわかりやすいかもね。見てみる?」
貴音「はあ……では、失礼します」
わたくしはそっと、中を覗きました。
響「うっ、お酒くさいぞ……」
中を覗くと、そこには……
小鳥「飲んでますか~、あずささ~ん!」
あずさ「うふふふふふ〜。飲んでますよ~♪」
小鳥「さささ、飲んで飲んで!今日は飲み明かすピヨ~!」
あずさ「わぁ~、いいですねぇ。楽しそうです~♪」
……お酒を飲んで、すっかり出来上がってしまっている二人が。
律子「……分かったでしょ?」
貴音「ええ、よく分かりました」
美希「ダメな大人の典型的例、って感じなの……」
これは……流石にどうしようもありませんね……。
律子「あの二人の介抱しなきゃならないから、私も行けないの。ごめんなさいね」
響「ううん、別に大丈夫さー」
律子「そうね……あっ、プロデューサーに頼んだらどうかしら」
律子「社長と一杯やってなければ、私なんかより頼りになってくれると思うわよ?」
美希「あ、ハニー男の人だもんね」
律子「こら、外では控えなさいってば」
律子「ーーまぁ、そういうことね。そういうことで悪いけど、他をあたってちょうだい」
律子「……ってわあっ!? 小鳥さん、大丈夫ですか!? ……ごめん、ちょっと行ってくるわ」
貴音「はあ……お気をつけて」
そのままゆっくりと、扉は閉まりました。
中から、何やら面妖な声が聞こえてきます。まこと、面妖な……。
そうしてやって来た、男性陣の部屋。
男性陣、と言っても赤羽根殿と高木殿しかいませんが……。
部屋の明かりがついていることを確認し、わたくしは扉を叩きます。
数秒後、赤羽根殿は出てきました。
P「あれ、どうしたんだ、みんなして」
貴音「あなた様、少しよろしいでしょうか?……響」
響「了解さー!」
P「うわあっ!?」
響が赤羽根殿に飛びかかり、においをちぇっくします。
響「うん、大丈夫。お酒のにおい、しないぞ」
貴音「ありがとうございます、響」
P「お酒は飲んでないけど……いったいなんなんだ……?」
美希「実は、かくかくしかじかなの」
響「プロデューサー、いきなりあんなことしてごめんね……」
響「うう、今更になって恥ずかしくなってきた……///」
P「そういうことだったのか。実は俺も、ちょっと気になってたんだ」
貴音「と、いうことは、あなた様」
P「ああ。俺で良かったら、付き合うよ」
……
そうしてわたくし達は、海辺へと足を運びました。
空には満天の星、そして見事な満月が輝いています。
まこと、素晴らしい光景です。わざわざやって来た甲斐がありましたね。
先程まで眠そうにしていた美希も、とても楽しそうです。
この素晴らしい星空なら、無理もないかもしれません……。
美希「うわぁ~!ハニー見て!キラキラしてて、綺麗なの!」
P「そうだなぁ。それに、月も綺麗だ」
貴音「!」
P「ん?どうした、貴音?」
貴音「い、いえ。なんでもありません」
P「あ、夜の海といえば。こんな話知ってるか?」
響「えっ、なになに?」
P「ちょっとした怪談話なんだけどさ、海に現れる幽霊の話」
貴音「」
P「今日みたいな満月の夜……」
貴音「め、面妖なぁぁぁぁ!!」
P「……た、貴音!?」
わたくし、このような物の怪の類や、幽霊の類などが出てくる話は大の苦手でして……。
お化け屋敷などももちろん無理ですし、心霊写真や怪奇現象などはもってのほか。
聞きたくありません、見たくありません、知りたくありません……!
響「プロデューサー、続き話してよ!自分、気になるぞ!」
貴音「ひ、ひ、響!もうやめましょう!やめです、やめ!」
美希「むぅー、美希も聞きたいの。貴音って、案外怖がりさんなんだね。あはっ☆」
貴音「み、美希まで!?」
二人は、怖くないのでしょうか!?
……ぶるぶる。
P「うーん、貴音も怖がってるし、無理に話すのもどうかと……」
響「そ、そうだけどさ……でも自分、気になって眠れなくなっちゃうよ!」
……仕方がありません。
わたくしは覚悟を決めました。
貴音「……あなた様、お話し下さい」
P「え、大丈夫なのか?」
貴音「わたくしは耳を塞いでおりますので、どうかお早めに……」
P「でも、無理はよくな」
貴音「早くしてくださいませ!」
P「あ、ああ……分かったよ」
P「ーーごほん。じゃあ話すぞ?……それは今日みたいな満月の夜……」
P「とある女性が三人、夜の海辺にやって来たんだそうだ。ちょうど今のみんなみたいに、星でも見に来たんだろう」
P「三人がしばらく海辺にいると、突然雲が月を隠して、辺りは真っ暗になった」
P「……するとどこからか、ヒタヒタという音が聞こえてきたそうだ」
貴音「」
み、耳を塞いでも、話が聞こえてくるではありませんか……!
聞くまいと思えば思うほど、話はわたくしの頭に残ってしまいます……!
P「そのヒタヒタという音は、次第に近くなって来る。三人もなんの音だろう、と気になってきた」
P「そして音がする方を見ると、全身がびしょ濡れの、長い髪の女の幽霊が……」
貴音「ひぃやぁぁぁぁぁ!!!」
P「ごふぅっ!」
思わずわたくしは、赤羽根殿にしがみついてしまいました。
もう限界です!面妖なっ、面妖なあっ!
美希「貴音、どうせ作り話だよ?」
貴音「聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない……」
響「そ、そうだって。きっと作り話だからさ……」
貴音「おばけなんてなーいさ、おばけなんてうーそさ……」
P「……ダメだ。現実逃避してる……よしよし」
そう言って赤羽根殿は、わたくしの頭を撫でて下さいました。
……ふふっ、落ち着きます……///
P「そろそろ帰って来い、貴音。どうせ作り話なん……!」
そう言いかけて、赤羽根殿は口をつぐみ、周りを見回しました。
美希「あれ?ハニー、どうしたの?」
P「……いや、なんでもない。気のせいだと思う」
響「えー、なになに?」
P「ーーみんな、今の音、聞こえなかったのか?」
美希「なんのこと?ミキ、さっぱり聞こえなかったの」
響「自分も。貴音は?」
貴音「わ、わたくしも、特には……」
P「気のせいかな。そうならいいんだが」
ーーその時雲が月を隠し、辺りが薄暗くなりました。
そして。
ヒタ…ヒタ…
たかひびみき「」
響「う、あああ……」
美希「これって、もしかして……」
P「ーー逃げろぉっ!」
皆、一目散に走り始めました。は、は、早く逃げなくては……!
貴音「!」
っ、体が、動きません!
貴音「ひいっ……あ、あなた様ぁ……」
腰が抜けてしまいました……。
足に力が入らず、立ち上がることができません……!
P「貴音っ!……しっかり掴まってろよ!」
赤羽根殿が、わたくしの体を抱き上げました。
ーーこれは、俗に言う『お姫様抱っこ』では……///
わたくし達はそのまま、走って旅館まで帰りました。……ただ、わたくしは走っておりませんが。
本当に、あの音の正体はなんだったのでしょうか?
ーー思い出しただけで、寒気がします。忘れることに致しましょう。
おばけなんてなーいさ、おぼけなんてうーそさ……
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
明くる朝がやって来ました。
昨晩は、本当に恐ろしい夜でした……!
思い出しただけで、寒気が致します。
ーーただ……赤羽根殿に『お姫様抱っこ』をされるという、嬉しい誤算はありましたが。
さて……今日は一日、ひたすらレッスンだと聞いております。
わたくし達の本来の目的……『オールスターライブ』に向けての特訓、という訳ですね。
本番では、ファンの皆様にみっともない姿は見せられません。心して取り掛かりましょう。
律子嬢いわく、旅館から少し離れた場所にレッスンスタジオがあり、そこで特訓が行われるようです。
全体練習を行う機会は滅多とないですし、きっと良い刺激となることでしょうね。
P「よーし、そろそろ出発するぞ。みんな、準備はいいか?」
as「「「はいっ!」」」
赤羽根殿と律子嬢、それぞれが運転する自動車に乗り込み、わたくし達はレッスンスタジオへと向かいました。
着いてみるとスタジオは思っていたよりも広々としており、作りもしっかりとしたものでした。
このような都会から離れた場所に、このような設備が……まこと、驚くべきことです。
P「早速だけど、更衣室で着替えてきてくれ。更衣室は入って一番奥にあるからな」
「「「はーい」」」
律子「一分一秒でも惜しいんだから、ちゃっちゃと着替えちゃいなさい!」
P「……みんな、もう行っちゃったぞ?」
律子「……嘘!?」
皆動きやすい服装に着替え、準備運動を行います。
その後柔軟体操をしっかりと行い、レッスンの準備は整いました。
P「よーし、アップは終わったな?まずはダンスレッスンからだ」
そう言って赤羽根殿は、数枚のCDを取り出しました。
千早「プロデューサー、それは?」
P「オールスターライブに向けての新曲だよ。まずは、あらかたの動きを覚えてもらう」
P「みんなに一曲ずつ、『フェアリー』と『竜宮』に一曲ずつ。そして全員の二曲、新曲を用意させてもらったよ」
P「一人ひとり、しっかりマスターしてくれよな」
春香「わっ、本当ですか?」
雪歩「えへへ、嬉しいですぅ」
美希「新曲なんて、久しぶりなの!ミキ、本気出しちゃおっかな~?」
P「おお、やる気満々だな。さて、まずは全体曲の一曲目、行くぞ!」
……
P「……よし、一旦休憩だ。ちゃんと水分補給しろよ~」
亜美「うぐぐ……兄ちゃん、りっちゃん並に鬼軍曹だYO……」
真美「なんかいつもよりしんどい気がする……」
真「亜美も真美もだらしないなぁ。まだまだ続くんだから、気を引き締めていこうよ!」
伊織「アンタが体力あり過ぎなだけでしょ……?」
貴音「ふう……」
なかなか、はーどなレッスンでした。
かつての961プロのレッスンよりも、今回のレッスンの方が厳しいような気も致します。
ですがこれだけのものを続ければ、確実に実力は付いてくるに違いありませんね。
今回、わたくしの歌う新曲は四曲。
どれも歌い甲斐のある曲です。自然と気合が入ってくるように思われます……!
響「四曲もあるのか……少し緊張するなぁ……」
P「ん?響らしくないな」
響「だってオールスターライブが成功したら、『フェアリー』はトップアイドルに王手でしょ?」
響「もし失敗したらと思うと……」
美希「そんなの関係ないの。ミキ達なら、きっとうまくいくって思うな?」
貴音「そうですよ、響。きっと良き方向へと向かいます」
P「二人の言う通りだ。本番で失敗しないように、今練習するんじゃないか」
P「お前達なら、きっとやれる。みんなで頑張っていこう!」
響「プロデューサー……うんっ、自分も頑張るぞ!」
その後練習と休憩の繰り返しが数回続いたのち、昼食の時間となりました。
午後のレッスンに支障をきたさないよう、よく考えられた献立です。
美希「うわぁ、おにぎりがいっぱい!幸せなの~♪」
やよい「はわぁ……数えきれないです~」
小鳥「午後からのレッスンのことをよく考えて食べてね。……特に貴音ちゃん!」
貴音「なんと!」
釘を刺されてしまっては、仕方ありません……。
夕食まで、我慢……ふぁいとです、わたくし!
……
さて。昼休憩も終わり、れっすんも後半戦へ。
そんな時に赤羽根殿は、わたくし達全員を集めました。
まだ準備運動も始めていないのですが……。
P「みんな集まったな。突然だが、ここでちょっとした発表がある」
P「今回のライブ限定で、ユニットを組むことにした」
P「午後からは、オールスターライブ限定ユニットでの練習をしてもらうぞ」
真美「えっ、ユニット!?」
P「そうだ。何せ特別なライブだからな、何か特別なことしたいだろ?」
亜美「んっふっふ~、兄ちゃんは亜美達のこと、よく分かってますなぁ~」
真美「真美、めっちゃ嬉しいよ!ありがと、兄ちゃん!」
『竜宮小町』の結成時、一番羨ましがっていたのは真美でした。
ようやく念願が叶った、という訳でしょう。
律子「それじゃ、ユニットの振り分けを言うわね」
律子「まず一組目は、春香・伊織・雪歩。王道アイドルである三人を集めたユニットよ」
律子「二組目は、亜美・真美・やよい。元気さが売りのユニット」
律子「三組目は、美希・真・響。ダンサブルな曲が似合うユニットね」
律子「そして四組目は、千早・あずささん・貴音。765プロが誇る三大歌姫のユニット、ってとこかしら」
律子「それぞれのユニットでまとまって行動すること。良いわね?」
それぞれの特色を生かしたユニット、という訳ですね。腕がなります……。
早速千早、あずさと集合し、打ち合わせを行うことに。
千早「まさか本当に、四条さんとユニットを組むことになるなんて……」
あずさ「そういえば、そんな話を聞いたことあったわね~」
あずさ「確か『フェアリー』が出来る前、千早ちゃんと貴音ちゃんの二人で組む案が……」
貴音「確かに、そのような話もありましたね」
千早「あずささんが『竜宮』に抜擢されてから、こんなユニットは結成し得ないと思ってました」
千早「お二人とユニットを組むことができて、本当に嬉しいです。よろしくお願いします!」
貴音「ふふっ、こちらこそ」
あずさ「私も、足を引っ張らないように頑張っちゃうわよ~♪」
早速、本番に向けての曲の練習が始まりました。
足を引っ張らぬよう、気を引き締めねばなりませんね。
……
発声練習や基本的な歌合わせ、一つ一つの動きの確認などをして、練習は終了しました。
流石は千早にあずさ……歌のれべるが半端なものではありません。
他の動き一つ一つも、かつて共にレッスンを行った時より格段に上達しているように思われます。
それだけではありません。特に千早は笑顔も増え、表情も明るくなりました。
ーーこれも赤羽根殿の指導の賜物なのでしょうか?
最後の全体練習が終わる頃、外はもう真っ暗になっておりました。
P「うわ、暗っ……もうこんな時間だったのか」
春香「レッスンに集中しすぎて、全く気付きませんでしたね……」
P「全くだ。それだけいいレッスンになったってことだろうし、良しとするか」
P「それはさておき、これで合宿は終了だ。みんなお疲れ様!」
律子「本当にみんな、よく頑張ってたわよ。きっとオールスターライブもうまくいくわ!」
P「おいおい、律子もレッスンしてた側だろ?」
律子「あっ、そうでしたね……あはは」
P「はは。大丈夫か、律子?」
律子嬢も疲れている様子です。
アイドルとプロデューサーの兼任というものは、かなり堪えるものなのでしょう……。
そんな時、小鳥嬢からある提案が。
小鳥「みんな、本当にお疲れ様」
小鳥「疲れている中悪いんだけど……みんな、ちょっといいかしら?」
春香「なんですか、小鳥さん?」
小鳥「実は合宿の打ち上げに、海辺でバーベキュー大会を予定しているの。みんな、時間は大丈夫?」
……なんと!
響「本当に!?自分、お腹ぺこぺこだったんだ~!」
やよい「はわわ、バーベキューなんて贅沢です~!」
小鳥「みんな大丈夫みたいね、良かったわ……」
小鳥「先に社長が仕込みをしていてくれているはずだから、行きましょうか♪」
その後わたくし達は、高木殿が連れて来たやよいの弟妹を交えて、ばーべきゅーを楽しみました。
皆と食す料理はとても美味で、わたくしの箸はいつも以上に止まることがないほど。
最初から最後まで、まこと楽しき合宿となりました。
ーー『オールスターライブ』で歌う曲の一つに、『フラワーガール』という曲があります。
恋する女性の心情を描いた曲である、とわたくしは感じました。
……まるで、わたくしの心の内を暗示しているような……そんな曲。
ーーこの曲は……プロデューサー、あなた様のことを思って歌います。
期待していて下さいね、あなた様。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
オールスターライブは、見事大成功を収めました。
かなり大きな会場だったにもかかわらず、座席はすぐに完売。物販の売れ行きもかなりのものだったそうです。
わたくし達も失敗をすることなく、普段以上の実力を発揮することができた、と感じます。
支えて下さった皆様には、感謝の気持ちが絶えません……。
オールスターライブが成功したことを皮切りに、わたくし達の知名度はさらに上昇。
入った当時は空きが多かったほわいとぼーども、いまでは真っ黒です。
その人気と知名度のおかげか、765プロによる生放送番組『生っすか!?サンデー』も放送を開始しました。
過去の世界のわたくしでも、ここまでの知名度は無かったでしょう。
ここまで来られたのも、全て仲間達とファンの皆様のおかげです。
もうひとつ変わったことと言えば、『竜宮小町』と『フェアリー』に続く、新ユニットの結成でしょうか?
やよいと真美の『わんつーているず』、雪歩と真の『ザ・モノクローム』の二つが、新たに結成されました。
春香は正統派アイドルとして、千早は歌姫系アイドルとしてそれぞれ単独で活動することに決めたようです。
さらなる躍進を図るべく、『竜宮小町』に律子嬢が参加するようになったことも見逃せません。
さらにオールスターライブの成功がきっかけとなり、わたくし達全員のアイドルランクはAランクまで上昇。
765プロのアイドル、13人全員によるユニット『765pro allstars』としてのお仕事も来るようになりました。
ここまで来ればもう、ほとんどトップアイドルといっても過言ではないでしょう。
しかし、アイドルランクにはまだ上が存在します。
真の頂点……Sランクにならねば、真のトップアイドルとは言えません。
ーーオーバーランク、と言われるものも存在するようなのですが……どうすればそこに到達することができるのでしょうか?
そんな中、765プロに一枚の封筒が届けられました。
小鳥「ご苦労様です。……あら?」
貴音「どうされたのです、小鳥嬢?」
小鳥「あ、貴音ちゃん。実はこの封筒、差出人が書いてなくて……」
貴音「はて、それは妙ですね……」
P「音無さん、俺が開けますよ」
小鳥「いえいえ、プロデューサーさんに何かあったらいけませんから」
P「何言ってるんです、俺だって音無さんに何かあったら困りますよ」
小鳥「ぴよ……それじゃあ、お願いします」
赤羽根殿は手袋をはめて封筒を受け取ると、ぺーぱーないふで封を開けました。
P「……!これは」
貴音「どうされたのです?」
P「見てくれ、貴音。……961プロからだ」
赤羽根殿から手渡された、一通の手紙。
そこにはライブバトルの日程と会場名、そして正々堂々、小細工なしでの勝負がしたいなどの旨が記されていました。
貴音「あなた様……これは」
P「ああ。向こうはおそらく、『フェアリー』との対決を希望しているんだろう」
P「前の『竜宮小町』のオーディションの時の事を考えると、間違いないはずだ」
貴音「わたくしも同意見です。これは、わたくし達へ向かってのものに思えます」
『ジュピター』の三人……そして961プロがわたくし達を認めた、ということなのでしょう。
まこと……喜ばしいことです。
P「日付は一ヶ月後か。……これで優秀な成績を残せば、トップアイドル間違いなしなほどの大勝負だ」
P「負ける訳にはいかないぞ、しっかり調整していこう!」
貴音「はい、あなた様!」
『竜宮小町』の雪辱を晴らす時です、心して取り組みましょう……!
とは言っても、わたくし達の実力もかなりついていると感じます。
……少なくとも、いつかのレッスンで美希が出した『本気』についていける程には。
今までの成長した分を全て出し切れば、少なくとも互角には戦えるでしょうか?
ーーまあそれは、実際に勝負しなくては分かりませんが。
P「以前よりも、『フェアリー』のレベルは格段に上がっている」
P「一番そばで見てきた俺が言うんだから間違いないさ」
貴音「ええ、そうですね……ですが」
P「ああ。向こうのレベルも、上がっていると見るべきだろうな」
P「ここからおよそ一ヶ月、しっかりトレーニングしていこう」
それからおよそ一ヶ月、ライブバトルの日まで、わたくし達は鍛錬と調整を念入りに行いました。
『ジュピター』のアピールのたいみんぐなどの研究も怠らず、対策も十分に行いました。
勝てる確率は、おそらく五分。
ーー厳しい戦いになりそうですね。
ーーですが、ここで負けるようではトップアイドルなど夢のまた夢。
わたくしの……いえ、『わたくし達の』夢のために、決して負けるわけにはいかないのです。
……
そして迎えた、ライブバトル当日。
わたくしと美希、響、そして赤羽根殿は記されていた会場を訪れていました。
調整のおかげか、いつもより体が動くような気が致します。
……こんでぃしょんは最高、と言えるでしょう。
P「ついに……この日が来たな」
響「そう……だね」
美希「響、緊張してるの?」
響「し、しないわけないでしょ!?美希はどうなんだよ~!」
美希「ミキも緊張、してるよ?」
響「え、美希も?珍しいね」
美希「ミキだって、緊張くらいするの」
美希「でも、それ以上にワクワクの方が大きいってカンジかな」
美希「こういうのって、楽しまなきゃ損だって思うの。あはっ☆」
P「大した奴だよ、美希は……俺なんか、緊張しっぱなしだっていうのに」
響「プロデューサーが緊張してどうするんさ……」
貴音「そうですよ、あなた様。別にあなた様が出る訳ではないのですから」
ーーわたくし達と同じ視点で物事を見て下さる赤羽根殿だからこそ、同じ緊張を味わっているのかもしれません。
会場はかなり有名な場所であり、控え室や舞台も豪華な作りになっています。
このライブバトル自体も有名なものらしく、『フェアリー』や『ジュピター』以外にも多くの有名アイドルが参加している模様。
これだけの整った環境なのです、『優秀な成績を残せばトップアイドル』、というのもうなずけます。
そんなことを考えながら控室で待機していると、突然ノックの音が。
美希「あふぅ……誰?」
P「俺が出るよ」
赤羽根殿は返事をすると、扉を開けました。
扉を開けると、そこには天ヶ瀬 冬馬が立っていました。
冬馬「よっ、邪魔するぜ」
P「お、お前は……!」
P「お前は確か……ピピン板橋!」
冬馬「俺は天ヶ瀬冬馬だ!文字数しか合ってねぇじゃねーか!?」
P「ははは、まあ冗談はさておき」
P「どうしたんだ、いきなりやって来て。また挑発か?」
冬馬「うぐっ……前は悪かったって。今回は激励に来たんだよ」
貴音「激励、ですか。敵であるわたくし達に?」
冬馬「まあ、なーーだが、俺は……俺達はお前らのことを敵じゃなくてライバルだと思ってる」
冬馬「お前らはすごいよ。本当にそう思う」
冬馬「全くの無名だった事務所から、全くの無名だったアイドルが13人も出てきて、その全員がトップに王手をかけてるなんてさ」
冬馬「しかもそのアイドル達を育て上げたのは、最近入ったばかりのプロデューサーときてる」
冬馬「普通だったらありえない話だ……でも、お前らはそれをやってのけた」
冬馬「だから、俺達は……最大限の敬意をもって戦わせてもらう」
わざわざ、その話をするためにここに……?
初対面のとき感じたいめーじは、どうやら本当だったようです。
冬馬「勝つのは俺達『ジュピター』だ、それは譲らねぇ」
冬馬「だが今日は、来てくれて本当に感謝してる。お互い、全力を尽くそうぜ!」
冬馬「……っとと、もうこんな時間か。そろそろリハーサルだから、俺は行くぜ!また後でな!」
そう言うと、天ヶ瀬 冬馬は去って行きました。
P「……相変わらず変な奴だなぁ」
貴音「はい……悪い者ではないようなのですが」
わざわざ対戦相手の控え室に現れては、激励をして素早く立ち去る。
そこまで接点のない相手に、そこまでするものでしょうか?
するとしても普通は挨拶程度かと思われますが……『正々堂々が似合う熱血漢』であるだけでなく、『変な奴』でもあるのかもしれません。
……
予行を終え、本番が始まろうとしている頃、わたくし達は舞台袖で待機していました。
響は絶えずそわそわとしており、美希も緊張を隠せていません。
ーーそれは、わたくしも同様。
落ち着いたように見せてはいますが、背筋や手にとめどなく汗が湧き出てきます。
前の時間軸で既に何度か経験していたとしても、この時間に慣れることはできそうにありません……。
赤羽根殿も先程まで険しい顔つきを浮かべておられましたが、深呼吸をしたためでしょうか、落ち着きを取り戻しています。
そして彼は腕時計を覗き込んで、わたくし達の方に向き直りました。
P「よし、そろそろ時間だな。円陣でも組もうか」
響と美希、そしてわたくしは無言で頷くと、全員で円陣を組みます。
P「ーーなんども言うようだが、ここで優秀な成績を残せばトップアイドルの仲間入りだ」
P「みんなの力なら絶対大丈夫だ、落ち着いて行こう!」
たかひびみき「「「はいっ!」」」
P「……行って来い、『プロジェクト・フェアリー』!」
ステージ裏を通って、舞台へ。
大勢の人々が、歓声と共にわたくし達を迎えます。
響「みんな、お待たせ~!」
美希「ミキ達『フェアリー』のステージを見に来てくれて、ありがとうなの!」
貴音「皆様、今宵は共に楽しみましょう……!」
運命の舞台が、今、幕を開けました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『ジュピター』との決戦の舞台であるライブバトルから、数ヶ月。
あの日、『ジュピター』と『フェアリー』の勝負は引き分けに終わりました。
……結果は同着の一位。お互いに譲らず、最終的な点数は同点だったとか。
同点である『ジュピター』以外の他のユニットを大きく引き離しての優勝であったためでしょうか、何の問題もなく『フェアリー』はトップアイドルの座を獲得しました。
その後、翌週にアリーナで行われた961プロとの合同ライブにより、765プロのアイドル全員にトップアイドルの称号が与えられたのです。
『所属アイドル全員がトップアイドルである』事務所になったためか、事務所の忙しさはより一層のものとなりました。
朝早くにお仕事に向かい、帰るのは夜遅く……といった毎日。
確かに忙しくて仕方のない毎日ではありますが、それを楽しんでいる自分がいるのも事実です。
この『トップアイドル』という場所が、わたくし自身が望んだものであるのも関係するのかもしれませんね。
そんなことを考えつつ床に就こうとしていると、すまーとふぉんに着信が。
貴音「……はて、誰からでしょう」
夜遅くに、いったい何なのでしょう……?
わたくしは、重い瞼ををこすりながら着信欄を開きました。
貴音「これは……?」
めーるを開いてみると、差出人は春香となっていました。
夜遅くに申し訳ない、明日の朝早くに事務所に集まってほしい……とのことです。
明日の朝、何があると言うのでしょう?
貴音「……ふむ」
了解の意を示す返信をし、わたくしはそのまま床に就きました。
……
次の朝早く、13名のアイドルと小鳥嬢が事務所に集まりました。
どうやら……赤羽根殿は呼ばれていないようですね。
美希「あふぅ……まだ眠いの」
春香「ごめんねみんな、こんな早くに呼び出して」
伊織「別に構わないわよ。それより、要件を言ってちょうだい」
春香「それもそうだね。……実はみんなに、頼みたいことがあるんだ」
雪歩「えっ、頼み……?」
真美「わざわざこんな時間じゃなくてもいーじゃん……真美もまだ眠いよ」
亜美「そーだYO……昼とかでもよくない?」
春香「ううん、今じゃなきゃダメ」
春香「今じゃないと、プロデューサーさんが来ちゃうから……」
あずさ「……うふふ、なんとなく分かった気がするわ~♪」
あずさ「プロデューサーさんがこの場にいてはいけないってことは、プロデューサーさんに聞かれてはいけないってこと」
あずさ「春香ちゃんはプロデューサーさんに、ここにいるみんなで何かしようとしてるんじゃないかしら?」
春香「わっ、正解ですっ♪」
……何か特別なことをするのでしょうか?
春香「実は、いつもお世話になっているプロデューサーさんに何かできたらなって考えてて」
春香「サプライズを企画してみようかな、な〜んて……」
小鳥「なるほど……だからプロデューサーさんには内緒なのね?」
小鳥「お世話になっているプロデューサーさんを労おう、ってことかしら」
律子「ふふっ、春香らしいって言えば、春香らしい考えね」
春香「えっ、そうですか?」
真「そうだと思うよ。春香って、そういうの大切にするタイプだし」
真「みんなの誕生日は、どんなに忙しくてもパーティーを計画するくらいだもん」
亜美「あっ、そういえば亜美達の誕生日もそうだったYO!」
真美「みんな忙しいはずなのに、全員集合してたよね……あれ、はるるんが集めてくれたんだ」
伊織「そういえばそういう集まりの前は、いつも春香があっちこっち走り回ってたわよね」
伊織「この中でも一、二を争うほどの忙しさなのに、ね」
どうやら皆、それぞれ心当たりがある様子です。
わたくしも、そのような場面を幾つか目にしたことがあります。
やよい「ということは、春香さんに感謝しないといけないですね!」
やよい「春香さん、いつもありがとうございます〜!」
春香「えへへ。みんなにそう言われると、なんだか照れちゃうなぁ……///」
その言葉を聞いた春香は、少し恥ずかしそうにほおを掻きました。
確かに春香は、仲間内で喜ばしいことがあれば、常に祝い事をしようとしていました。
おそらく、『誰よりも仲間を大切にする』という彼女の思いが、そうさせるのでしょうね……。
貴音「……して、さぷらいず、とは何をすれば良いのでしょうか?」
美希「そうだよね。ハニー、何したら喜んでくれるかな?」
響「確かにそうだぞ。何をすればいいんだろ?」
響「プロデューサーが喜びそうなことって、あんまり思いつかないよ……」
春香「やっぱりここは感謝の気持ちを込めて、パーティーをしたいな、って思うんだけど……」
千早「やっぱりそこに落ち着くのね……春香らしいといえば、春香らしいけれど」
春香「楽しいし、万人ウケするし、いいでしょ?千早ちゃん、パーティーだよ、パーティー!」
やよい「はわっ、私もパーティー、だーい好きです~!」
律子「確かにプロデューサー殿にはお世話になってるし……良いんじゃないかしら♪」
話し合いの結果、ぱーてぃーを開くこととなったようです。
ーーまた、美味しいものが食べられるのでしょうか……じゅるり。
……
とんとん拍子で計画は進み、一週間が経つ頃には、準備は粗方終了していました。
あと準備すべきは、事務所の中だけです。
春香「……みんな、ちゃんと道具持ってきた?」
やよい「はい、持ってきました!」
真「バッチリだよ。……でも、いつ飾り付けする?」
小鳥「えっと……プロデューサーさんは、今日は事務仕事ばっかりみたいね」
小鳥「滅多なことが無い限り、外には出ないんじゃないかしら」
春香「プロデューサーさんをどうやって外に出すか……それが問題だね」
春香の言う通り、赤羽根殿をどう外に出すか……これが問題となりそうです。
伊織「話をぶった切るようで悪いんだけど……」
伊織「私達『竜宮』メンバーは、もうすぐ番組の収録に行かなきゃならないわ……」
あずさ「始まる前までには、帰ってこれると思うけど……みんな、手伝えなくてごめんなさいね」
亜美「みんな、準備は任せた〜!」
響「なんくるないさー。そんなことより、お仕事頑張ってよね!」
千早「ーー話を戻すわね。確かに、プロデューサー自体が一番の砦ね」
千早「上手い方法が、あればいいのだけれど……」
雪歩「確かに……見たところプロデューサー、あんまり動かなさそうだよね」
真「仕事中のプロデューサー、集中してるしなぁ……どうする?」
真美「じゃあ真美が、イタズラしてなんとかするYO!」
真「……また怒られても知らないよ?」
真美「うぐっ……やっぱ今のナシね」
そんな中、美希がようやく目を覚ましました。
美希「あふぅ……なんの話?」
響「あっ、美希。じつはかくかくだぞだぞで」
美希「ふーん……要するにハニーを外に連れだせばいいんだね?」
響「うん。何かいい案ある?」
美希「そんなの簡単だよ。だって……」
美希「今からミキが、ハニーをデートに連れ出すから♪」
as「「「!!!」」」
美希「ーーってことで、ハn」
真「ちょっと待ったっ!」
美希「真クン、止めないでほしいの!」
真「デートなんてズル……ま、まずいよ!」
雪歩「そうだよ、うらやま……と、とにかくだめですぅ!」
美希「え〜……」
春香「そ、それなら私が!」
亜美「はるるんズルいYO!それなら亜美が!」
真美「ま、真美だって!」
美希の『でーと』発言を皮切りに、その場にいたアイドル全員が立候補しました。
……無論、わたくしもです!
全員赤羽根殿のことを少なからず思っている、とわたくしは践みました。
仕方のないことであるとは思いますが、何という競争率でしょう……!
千早「……やっぱりみんな、プロデューサーのこと」
伊織「そ、そうよ。悪いかしら?」
あずさ「……運命の人かも、なんて思ってたりするのよね。うふふ……」
……皆の目から火花が散っているかのようです。
やよい「け、ケンカはダメです!めっ、ですよ!」
美希「でもここは、正々堂々戦うべきだって思うな!」
響「た、戦いって何なんだ!?」
美希「それはもちろん、ハニーを手に入れるのは誰か、っていうのを決める戦いなの!」
千早「そ、そんな大それた話だったかしら……?」
春香「最終的に決めるのはプロデューサーさんだから、私達がどうこうできる話じゃないけどね……」
春香「誰が勝っても恨みっこなしだよ、みんな!」
皆はその言葉を聞き、真剣な表情で頷きました。
あずさ「まあそれは置いておいて、まずは今の話をしないとね〜?」
美希「そ、そうだったの!ハニーとのデート!」
真「……どういう形式にする?」
亜美「んっふっふ〜。ゲームなら、亜美にお任せだよ〜♪」
真美「なんの、真美だって!」
律子「待ちなさい、『竜宮』メンバーは今から収録だって言ってるでしょう? 」
伊織「ーーなんなのよもうっ!」
律子「伊織、さっきあんた自身が言ってたことじゃないの……」
律子「我慢しなさい。ほら、行くわよ?」
律子「みんな、準備の方はよろしくね?」
そう言って律子嬢は、伊織、あずさ、亜美を連れて事務所を出ます。
ですが、わたくしは……律子嬢が少し悔しそうな顔をしたことを、見逃しはしませんでした。
雪歩「仕方ないとはいえ、律子さん達にはなんだか悪いことしちゃった感じだね……」
雪歩「でもこれで、ライバルが四人減った……!」
春香「そうだね……いい方法もないし、ここはじゃんけんで!」
他に方法も見つからず、(小鳥嬢を除く)その場にいる全員が右手を出します。
春香「行くよ、じゃーんけーん……」
貴音「あなた様。最近また、新しいらぁめんのお店を見つけたのですが……」
P「ん?……ちょうどお昼時だし、行ってみるか」
貴音「はいっ!」
貴音「さああなた様、早く参りましょう!」
P「わ、分かったから引っ張るなって!」
ふふっ……。完全勝利、です。
……
P「今日の店のもうまかった……。貴音はいいラーメン屋を探すのがうまいよなぁ」
貴音「そうでしょうか……ふふっ」
前回のでーと(のようなもの)と同じような事をしたのち、わたくし達は事務所に帰り着きました。
時計は夕方頃の時刻を指し示しております。そろそろ頃合いでしょうか?
P「あれ……事務所の電気が付いてないじゃないか。何かあったのかな?」
貴音「さあ……わたくしには、なんとも」
わたくしは、『さぷらいず』のために事務所の電気は切る、との連絡があったことを思い出しました。
P「心配だな、とにかく行ってみよう」
春香「ーーあっ。お帰りなさい、貴音さん、プロデューサーさん!」
貴音「ただいま戻りました、春香」
扉の前には、春香が待ち構えていました。
予定よりも早く帰ってきてしまったときのための見張りだと、これまた連絡にあったのを思い出します。
P「ただいま。……それにしても春香、何かあったのか?」
春香「えへへ、入ってみたら分かりますよ♪ 」
春香「……ささ、中へどうぞ!」
P「ただいまー……!?」
軋んだ音を立てて扉が開かれると、事務所の明かりが付けられました。
それと同時に響き渡るくらっかーの破裂音。
事務所内は見事に飾り付けが完了しており、ほわいとぼーどには『プロデューサーさん、いつもありがとうございます』の文字が。
ーー驚きからでしょうか、赤羽根殿はぽかんとした表情を浮かべておられます。
P「……なんだこれ?」
春香「何って、書いてある通りですよ?……では、みんなを代表して私からメッセージを」
春香「ーーいつもありがとうございます、プロデューサーさんっ♪」
……
謙遜する赤羽根殿を納得させ、ぱーてぃーが始まりました。
春香「じゃじゃーん!今回はいつもより多めにお菓子を用意してますから、どんどん食べて下さいね!」
雪歩「わ、私もいつもより高級な茶葉を用意しました……えへへ」
春香が用意したたくさんのお菓子がてーぶるに並べられ、雪歩のお茶が皆に配られます。
これほどまでの物とは……素晴らしき光景です……!
律子「春香、また腕を上げたわね。すっごく美味しいわよ」
P「本当だ。こりゃすごいな」
春香「えへへ、ありがとうございます♪」
春香はまた腕を上げたようで、用意されていたお菓子はあっという間になくなっていきます。
……わたくしの腕も、止まることを知りません。
早くも、皿の上は空っぽになりつつあります。
小鳥「あらら、もうなくなっちゃいそうね……よーし、それなら私のとっておきのお菓子を!」
真美「おおっ、やるぅ〜!」
亜美「さすがピヨちゃん、太ももだYO!」
小鳥「太っ腹の間違いかしら……?とにかく、持ってくるわね♪」
そう言って小鳥嬢は、給湯室の方へと歩いて行きました。
しばらく談笑を楽しんでいると、隣に赤羽根殿が。
P「貴音、隣いいか?」
貴音「おや、あなた様。どうぞお掛け下さい」
P「ありがとう。……にしても貴音、もしかしてラーメンを食べに外に出たのって……」
貴音「ふふっ、お気付きになりましたか。全てはこれの準備のためだったのですよ」
P「ーー全く気付かなかった。俺、今でもまだ驚いてるよ」
P「まあとにかく、俺のためにこんなパーティーを開いてくれてありがとうな」
P「ここまで来られたのはみんなの力だと思うけど……とても嬉しいよ」
貴音「お礼なら、春香に……。この案を出したのは、間違いなく春香ですから」
P「はは、そうだな」
赤羽根殿は少し照れくさそうな表情を浮かべつつ、お笑いになりました。
そう言いながら彼は、持っていたお茶を飲み干します。
わたくしも、それに合わせてお茶を飲み干しました。
P「おっと、お茶飲みきっちゃったか。新しいの淹れてくるよ」
貴音「あなた様、それならわたくしが」
P「いいっていいって。貴音の分も淹れてくるから、ちょっと待っててくれな」
そう言って彼はふたつの湯のみを持って、給湯室へと向かいました。
……
貴音「……おや?」
赤羽根殿が給湯室へと向かったのち、わたくしは一枚のはんかちを拾い上げました。
男性用のもののように見えますが……赤羽根殿のものでしょうか?
もしそうであるならば、お届けせねばなりませんね。
はんかちを手に、わたくしも給湯室へ向かうことに。
いざ給湯室の前まで来てみると、なにやら話し声が聞こえてきます。
これは……小鳥嬢の声ですか。
お話をしていらっしゃるのであれば、邪魔をする訳にはいきません。
わたくしが引き返そうとすると、小鳥嬢が話している内容が、ふと耳に入りました。
小鳥「そういえば、プロデューサーさんって彼女さんとかいらっしゃるんですか?」
貴音「!!」
ーーとても気になります。
しかし、立聞きなどという不埒な真似をするわけには……!
しかし、わたくしの足は意思とは反対に給湯室の方へと戻っていくのです。
ああ……お許し下さい、あなた様……!
P「はは、まさか。彼女なんていませんよ」
小鳥「本当ですか?プロデューサーさんの事を慕ってる人、たくさんいると思いますよ?」
P「またまた。慕われはしても、俺みたいなのを好きになるなんて」
ーーいけず。
わたくしの思いは、全く届いていなかったのですね。本当に鈍感で、いけずな方です。
……『彼女はいない』、と聞いて、少しほっとは致しましたが。
小鳥「じゃあ、プロデューサーさんが気になる子はいるんですか?」
小鳥「ーー例えば、アイドルのみんなとか」
P「アイドルのみんな、ですか?」
P「何言ってるんですか。みんなのことは、アイドルとしか見ていませんよ」
P「というか、そんな目で見ることなんてできません」
貴音「……!?」
そんな……!
赤羽根殿は、わたくし達のことを恋愛対象として見ては下さらないのですか……!?
ーーもはや何も聞こえません。涙が溢れ出てきてしまい、わたくしのほおを濡らします。
つらさのあまり、わたくしは走ってその場から逃げ出してしまいました……。
P「ーーあれ、今誰かいたかな?……気のせいか」
P「というより音無さん、俺自身がスキャンダルの種を蒔いてどうするんですか……」
P「確かにみんな魅力的ですけど、そんな目で見たらまずいですって。俺も考えないようにしてるんですから」
小鳥「……嘘ばっかり。私が見抜いていないと思ったら大間違いですよ?」
小鳥「プロデューサーさん、本当は貴音ちゃんのこと……」
P「っ……!いつからそれを?」
小鳥「ずっと前からですよ。だから彼女さんがいないのは分かってましたけど、こうでもしないとプロデューサーさん話に食いついてくれないでしょう?」
小鳥「そのことを知っているからこそ、私もあなたを諦めたんですから」
P「……参ったな」
小鳥「……プロデューサーさん、貴音ちゃんがトップアイドルになった今なら、ある程度の融通は利くんじゃないですか?」
小鳥「女優や歌手に転身、なんてことも可能でしょうし」
小鳥「もっと前向きに考えてみてもいいじゃないですか。それがプロデューサーさんの幸せでもあるんですから」
P「……」
P「ーーまあ、それはおいおい考えていきますよ。とりあえず戻りましょう」
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貴音「……おはようございます」
……翌日。
わたくしはほとんど眠れていない状況で、事務所へと足を運びました。
P『何言ってるんですか。みんなのことは、アイドルとしか見ていませんよ』
P『というか、そんな目で見ることなんてできません』
昨日給湯室前で聞いたあの言葉が、未だにわたくしの耳から離れません。
わたくしがこちらの時間軸へ来た意味が、崩れ去っていくような……そんな心地が致しました。
『トップアイドルになる』『赤羽根殿と結ばれる』……それこそが、わたくしが目指した未来。
しかし彼はわたくし達のことを、『そのような目では見ることができない』、とおっしゃっていました。
わたくしの思い描いていた未来は、存在しえないものなのでしょうか……?
勿論、無理に言い寄ることも可能でしょう。
ですが……赤羽根殿のあの言葉が本当ならば、それはただお互いを傷つけるだけです。
それに……もし無理に彼を奪うようなことになってしまっては、わたくしの大切な、仲間の気持ちを踏みにじることになってしまうのではないでしょうか?
よその世界から来たにも等しいわたくしが、皆から赤羽根殿を奪ってしまうことになりかねないのでは……?
貴音「……」
そう考えると、どうしても行動に起こそうという気にはなれません。
わたくしは、どうすれば……。
……
響「おはようございまーす!」
そんなことを考えていると、響が事務所へとやって来ました。
貴音「おはようございます、響」
響「おはよ、貴音。今日も頑張ろうね!」
貴音「……ええ、そうですね」
響「……?」
貴音「……どうかしましたか?」
響「貴音、目が真っ赤だぞ?もしかして眠れなかったの?」
貴音「ーーええ。昨夜はどうも、寝つきが悪く」
実は、寝付けなかっただけではなく、昨夜涙を流したことも関係しています。
それもまた、寝付けなかった原因の一つなのですが……それを言う訳にはいきません。
響「ーー貴音、もしかして悩みとかあるんじゃない?」
響はわたくしに不審そうな目を向けながら、そう言いました。
貴音「……はて、なんのことですか?」
響「ここにいる誰よりも付き合いが長いし、なんとなくだけど……分かるんだ」
響「それに……貴音は、自分の一番の友達だから」
貴音「響……」
(『隠し事はなしだぞ!自分達、仲間である以前に……友達でしょ?』)
貴音「っ……」
ーーふと、前の時間軸の響の言葉が頭に浮かびました。
気のせいか、目の前の響とあちらの時間軸の響が重なって見えるような気が致します。
貴音「大丈夫ですよ、心配ありません。大したことではないのです」
響「……本当に?」
貴音「はい」
響「それならいいけどさ。何かあるなら相談してよね?」
そのまま響は少し散歩してくる、と言って事務所を出て行きました。
『へへ〜。自分達、親友だもんね!』
『貴音、今度遊びに行こうよ!』
『へへーん。自分達なら、絶対負けっこないさー!』
もう一つの時間軸での響との思い出が、わたくしの頭の中を巡ります。
先程の言葉の影響なのでしょうか?かつての楽しかったこと、悔しかったこと……。
様々な出来事が、思い浮かんでは消えていきます。
神様の言う話では、過去が分岐したこの世界とあの世界は、平行世界の関係である……とのことでした。
それならば、同じ人物がそれぞれの世界に一人ずついることとなります。
もちろん……それは響とて例外ではありません。
そこで一つ、わたくしは疑問を抱きました。
ーーあちらの時間軸の響は、今頃どうしているのでしょうか?
こちらの時間軸へとやって来る前、響(もちろん向こうの響ですが)との連絡はつきませんでした。
電話をしても応答はなく、送っためーるにも返信はなし。
行方も分からず、足取りもつかめない。
一体、何があったのか……。
そのことを全く考えずに、わたくしは今までこの時間軸で過ごしてきました。
思い返せば、わたくしはなんということをしていたのでしょうか。
貴音「もしや、わたくしは……!」
自分を『親友』と呼んでくれた『親友』を、わたくしは『見捨てていた』のかもしれません……。
貴音「……」
響。
ーーもう、貴女を一人にはさせませんよ。
わたくしの心の中で固まった、とある決意。
それを実行すべく、わたくしは携帯電話を取り出し、『お気に入り』の項目を開きます。
そして……赤羽根殿の番号へ電話を掛けました。
貴音「ーーあなた様ですか?貴音です」
貴音「実は……」
……
とある建物の屋上に、わたくしは再び立っていました。
あの夜と同じような満月が、わたくしを照らしています。
その時……がちゃり、と音を立てて、屋上の扉が開かれました。
P「いたいた……どうしたんだ、こんなところに呼び出して」
もちろん、やって来たのは赤羽根殿。
ーーわたくしが朝にかけた電話は、彼をここに呼び出すためのものだったのです。
貴音「お待ちしておりました、あなた様」
貴音「お忙しい中に呼び出してしまい、申し訳ありません」
P「いや、別に構わないよ」
P「ただ……珍しいな。貴音に呼び出されるなんて」
貴音「そう……ですね。あなた様から呼び出されることはあれど、わたくしから呼び出すのは初めてやもしれません」
貴音「ですがどうしても、あなた様にお伝えしておきたいことがございまして……」
P「伝えたいこと?俺にか?」
貴音「はい。どうしても、今伝えねばならないことなのです」
P「そうか……ここを指定したのは、何か理由があるのか?」
貴音「ええ。他の者には、聞かれたくない内容でしたので」
貴音「ここは人の来ることのない、静かな場所……ここなら、他に誰も来ることはないでしょうから」
貴音「月もよく見えることですし、わたくしのお気に入りの場所、と言っても過言ではありません」
貴音「つらいときや、悲しいとき……そんな時は必ず、わたくしはここを訪れます」
P「へえ、ここが貴音のお気に入りの……確かに、月がよく見えるな」
P「それにしても、人に聞かれたくない、か」
P「……ははっ、まるで告白でもするみたいだな……なーんて」
貴音「……」
P「……あれ?」
貴音「……本当に、いけずな方……」
深くため息をついてから、わたくしは再び口を開きました。
貴音「本当に、あなた様はいけずです」
貴音「ーーご覧下さい、あなた様……今宵は、月が綺麗ですね」
P「ん?……ああ、そうだな。今日は特に綺麗に見える」
貴音「ええ、まことに」
貴音「そして……ご存知ですか、あなた様」
貴音「かつて、とある英文をそのように訳した人物がいることを」
貴音「『あい らぶ ゆう』……それが、その英文です」
P「……」
貴音「そして……これは今のわたくし自身の気持ちでもあります」
貴音「……あなた様」
貴音「わたくしは、あなた様を……お慕いしております」
貴音「プロデューサーとしてーーそして、一人の殿方として」
P「貴音……」
貴音「……分かってはいるのです」
貴音「この思いは許されるものではない、ということは……重々承知しております」
貴音「ただ、伝えておきたかった。それだけなのです」
貴音「……それにあなた様が、わたくし達アイドルのことをそのような目で見ていないことも知っています」
P「ーーえっ?」
貴音「申し訳ありません。給湯室の前にて、立聞きをしてしまいました」
貴音「小鳥嬢に、そうおっしゃっていた……そうですよね?」
P「そ、それは……」
貴音「それによってわたくしも、決心がつきました」
貴音「ーーあなた様に、わたくしの『とっぷ・しーくれっと』をお伝えする決心が」
……
決して話すことはない、と思っていたこのことを話す時が来るとは……夢にも思いませんでした。
そうすれば、この時間軸からわたくしの意識は消え、あちらの時間軸へと戻ります。
この体がどうなるのかは、わたくしは分かりません。
ですが……もしこの思いが、叶わぬものなのならば……
……わたくしは『親友』のため、もう一度世界を越えてみせましょう。
貴音「ーーわたくしはこの世界の……いえ、この時間の人間ではありません」
貴音「たいむりーぷ……時間遡行、というものをご存知でしょうか。わたくしはそれによって、この時間へとやって来たのです」
ぼんやりと、わたくしの体が光り始めました。
……かつてわたくしが、この時間軸へとやってきたときのように。
P「貴音……体が……!」
貴音「……このことを話せば、わたくしの意識は元の時間へと戻されます」
貴音「これはおそらく、その影響でしょう」
神様の話では……もって一分。
残された時間は、もうあまりありません。
貴音「トップアイドルになるため。そしてあなた様にもう一度出会うために、わたくしは時を超えました」
貴音「過去の栄光も、大切な親友も捨てて……わたくしはもう一度やり直すことに決めたのです」
貴音「ですがかつて所属していた961プロを解雇されたのち、わたくしは響と全くと言って良いほど出会っていません」
貴音「そのままわたくしは、この時間へと跳んだ」
貴音「わたくしは……彼女を見捨てたのかもしれません」
貴音「あなた様へのこの想いが叶わぬものなのならば、わたくしがこの場所にいる理由はございません」
貴音「それならば、わたくしは置き去りにしてきた響のそばにいるべきです」
わたくしを取り巻く光は、次第にその輝きを増していきます。
ーー流石に全ては話し切れませんか。そろそろ潮時でしょう……。
P「ま、待ってくれ!俺は……」
貴音「……もう、何もおっしゃらないで下さいませ、あなた様」
貴音「消えるのが、余計につらくなってしまいます」
P「貴音っ……違う、違うんだ……!」
ほおを伝う涙は吹く風によって飛ばされ、夜空へと消えていきます。
わたくしの体も、少しづつ消えていくようです。
これが……この世界での、わたくしの終わり。
P「貴音……っ」
貴音「このまま消えてしまうことを、お許し下さいませ」
貴音「さようなら、あなた様……お元気で」
ーーわたくしの意識は、そこで再び途切れました。
【To be continued…】
835 : ◆VnQqj7hYj1Uu - 2016/03/08 22:17:19.91 eI4DI4HQO 652/775
……
今回の投稿は…そして、このスレにおける投稿は、これで以上となります。
貴音の消失による語り部の変更により、次スレに移行させていただきます。
このスレ内でも書き終えられそうな雰囲気ではありますが、キリもいいですので。
これまでお付き合いしていただいた皆様に、最大級の感謝を。
次スレの方も、どうぞよろしくお願いします。
続き
貴音「Never @gain……」