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小鳥「今日は皆さんに」 ちひろ「殺し合いをしてもらいます」【1】
16:30 四条貴音
海岸沿いを貴音、響、やよいの三人は慎重に進んでいた。
移動を始めた直後よりも更に慎重に。
理由は、少し前から二度ほど聞こえた大きな音だ。
距離は分からないが少なくとも気のせいではない程度にははっきり聞こえた。
周囲を警戒しつつ、また海岸に何か有用なものが無いか探しつつ、
貴音たちは少しずつ海沿いを北上していった。
また響は動物が居ないか森の中をずっと注視していたが、
それはどうも期待できそうにない。
鳥の一羽すら見ないというのはやはり、人為的な要因があるのだろう。
響も薄々そのことに気付き、
もう動物を探すのは諦めたほうが良いかも知れないと思い始めた……その時だった。
進行方向へ何気なく向けられた響の目に、何かが映った。
海岸に何か、大きめの物が落ちている。
色合いからして明らかに人工物だ。
しばらくじっと見つめていた響だが数秒後、息が詰まった。
響「た、貴音、やよい!! あれ!!」
突然名を呼ばれ、貴音とやよいは驚いて響に顔を向ける。
次いで、響が指差す方向へ視線を移す。
その先にあった「何か」。
やよいはそれを見て、思わず声を上げた。
やよい「ひ、人……。人が倒れてます!!」
それを聞き、ようやく貴音にも見えた。
確かに人だ。
砂浜に人が一人、倒れている。
響「た、大変だ……!」
そう言ってまず先陣切って走り出したのは響。
次いで、やよいと貴音がその後を追う。
遠目から見るとまったく動いているようには見えない。
きっと大怪我をしているんだ。
あるいは気絶しているのかも知れない。
色々と考えるうちに響の足は徐々に加速していく。
そして段々と、人影の姿もはっきりしてきた。
もう間違いない、どう考えても人だ。
と確信したその直後。
響の足は地面に固定されたようにぴたりと止まった。
その理由を、やよいも貴音も聞かなかった。
聞くまでもなく分かった。
二人にも、はっきりと見えていた。
いつの間にかやよいは響の腕にしがみついている。
その呼吸が乱れているのは走ったせいではない。
響もやよいも、一点を見つめたまま微動だに出来なかった。
しかしそんな二人の横を貴音はゆっくりと通り過ぎ、
一人その人影のもとへ歩いて行った。
貴音、と響は呼び止めようとしたが、声が出ない。
やよいもまた同様で、涙を浮かべた目で貴音の背中を追う。
数秒経ち、とうとう貴音はたどり着く。
そして響達に背を向けたまま、静かに言った。
貴音「……ご安心を。765プロの者ではないようです」
それを聞き、響は訳の分からない感情が一気に沸き上がってくるのを感じた。
これが一体何なのか自分でも分からない。
またやよいも、今この状況で冷静にそんなことを言える貴音に驚きを隠せなかった。
それがいい意味でなのか悪い意味でなのかは分からない。
とにかく今の二人には、貴音のことが本当に分からなかった。
謎が多いだとかそういう問題ではなく、
本当に貴音のことが理解できないと、そう思ってしまった。
だが次の貴音の行動を見て、二人のその思いは急激に引いていった。
貴音はそのまま黙って、遺体の横に膝をつき、
そして……素手で、砂を掘り始めた。
これを見て、響とやよいの二人の硬直はようやく解けた。
震えながらも一歩一歩足を踏み出し、
そしてとうとう、はっきりと目で見える位置まで来た。
同時に二人は目を強く瞑って俯き、再び足を止めてしまう。
貴音「……無理を、しないでください」
貴音は背を向けて砂を掻き出しながら、二人に向けてそう言った。
しかし数秒後、やよいは覚悟を決めたように走り出し、一気に貴音の隣にまで近寄る。
そして隣に跪き、貴音と同じように黙って穴を掘り始めた。
響もそれに倣い、やよいのように勢いよくとは行かなかったが、
徐々に距離を縮め、そして二人に並んで膝をつく。
互いに表情は見ず、言葉も発さなかった。
それからしばらく辺りには、波の音と砂を掻く音と押し殺された嗚咽だけが聞こえ続けた。
あれからどのくらいの時間が経ったか。
貴音たちはようやく埋葬を終えた。
とは言っても、ただ窪みに遺体を入れて砂をかけただけ。
満潮時に波が来るであろう位置からは離れているとは言え、
時間が経てば砂も吹き飛んでしまうかも知れない。
墓というにはあまりに粗末なものだった。
だが今の彼女たちにできることはこれが精一杯だった。
響とやよいが海水で軽く手を洗い終えたのを見、貴音は静かに声をかけた。
貴音「……進みましょう」
短いその一言を聞き、二人は返事をすることもなく荷物を持って歩き始めた。
表情は暗く俯き、誰一人会話しようとしない。
この雰囲気がずっと続くと思われたがしかし、
少し歩いた後、今度は唯一顔を上げていた貴音が足を止めた。
それに気付いた二人が貴音を見上げると、彼女は遠方をじっと見つめていた。
二人がその視線を追うと、少し離れた岩場に座る一つの影が見えた。
そしてすぐに分かった。
その人影に向かって、やよいが真っ先に声を上げて飛び出した。
やよい「こ、小鳥さん!」
響「っ……ピヨ子ぉ……!」
やよいに続いて響も駆け出す。
また小鳥も、やよいの声でこちらに気付いたようだった。
しかし立ち上がることはなく、顔を背けて俯いてしまう。
貴音はそんな小鳥の様子を疑問に思いながらも、二人のあとに続いて駆け出した。
やよい「小鳥さん、小鳥さぁん……! 私ぃ……!」
小鳥「……やよいちゃん……」
やよいはとにかく知り合いに会えたことが嬉しく、
言葉にならない感情を小鳥の名を呼んで表現する。
そんなやよいに小鳥が目を向けた直後、今度は響が叫んだ。
響「ピヨ子、違うんだよね!? ピヨ子は自分達のこと好きだよね!?」
小鳥に二の句を継がせない勢いで話しかける響。
響が言っているのは、あの白い部屋でのことだ。
狂ったゲームについて淡々と説明していた小鳥の心情。
美希の言葉で察しはついたものの、響は本人の口から直接聞きたくて仕方なかった。
響「ピヨ子だって、本当はこんなことしたくないんでしょ!?
人殺しなんて絶対……」
しかしここでその勢いは止まる。
響は、小鳥の脇に置かれた凶器に気付いた。
やよい「そ、それ、ピストルですか……? 本物の……」
貴音「……」
響に続いてやよいと貴音も気付く。
やよいは「ピストル」と言ったが、それならまだ可愛らしい。
小鳥が持っているそれは拳銃などではない。
そして、三人は気付いた。
小鳥の服が、赤黒い染みで汚れていることに。
響「え……? ま、待って、違うよね? そんなことないよね……?」
小鳥「……」
響「あ……そ、そうだピヨ子! さっき、向こうで、し、死体、見つけて……!
あ、危ないんだ! 多分346プロの子だと思うんだけど、
もしかしたらあの子を殺した犯人が、ち、近くに、居るかも知れなくて……!」
響は頭に浮かんだ可能性をかき消すように小鳥に叫ぶ。
しかし小鳥は何も答えない。
ただ黙って響を見、響の言葉を聞き続ける。
響「ね、ねぇ、なんで黙ってるの? 何か言ってよ、ねぇ!!」
反応を返さない小鳥に対し、響の感情は加速する。
黙ったままの小鳥の肩を掴み、そして揺さぶるようにして響は叫び続けた。
響「そ、その銃、使ったのか? ねぇ、それ使ったのか!?」
貴音「響……少し落ち着いてください」
響「答えてよ!! ピヨ子、黙ってないで答えてよ!!
ピヨ子が殺したの!? あの子、本当にピヨ子が殺したのか!?」
貴音はなだめようとするが、その言葉が聞こえないのかあるいは無視しているのか、
響はまったく落ち着こうとする様子はない。
そしていつの間にか響の困惑は、確信を経て、怒りへと変わりつつあった。
だが感情に任せて言葉を発しているというよりは
自分の言葉に引っ張られて感情が高ぶっているような、今の響はそんな状態だった。
響「なんで!? なんで殺したの!? なんでそんなことしたんだよ!?」
貴音「冷静になるのです、響。今の貴女は……」
響「その銃で撃ったんだよね!? なんで!? 酷い、酷すぎるぞ!!」
貴音「っ……響、ですから……!」
響「最低だぞ!! 本当はやっぱり、なんとも思ってないんじゃないのか!? この、人ごろ……」
貴音「響!! 落ち着きなさいッ!!」
その瞬間、響の怒声をかき消すほどの大声が辺りに響き渡った。
今まで聞いたことのない貴音のその声に、やよいは既に涙で滲んでいた目を向け、
響も目を見開いて顔を向ける。
続いて貴音は、落ち着いてはいるものの強い語調で、響に向かって言った。
貴音「響。今の貴女は、瞳が曇ってしまっています。
私たちの知る小鳥嬢の姿を、顔を、よく思い出しなさい。
そしてもう一度落ち着いて彼女を見なさい。
それでもなお小鳥嬢を責めようと言うのであれば、
私は貴女の頬を張ってでもそれを止めましょう」
貴音の言葉を聞き、響は今度はゆっくりと、小鳥に目を向ける。
そして、ようやく気付いた。
小鳥の目が真っ赤に腫れていること、悲哀に表情が歪んでいること、
衣服が血以外のもので汚れ、ツンと鼻をつく胃液のにおいが漂っていること、
自分の質問に答えなかったのではなく、答えることができなかったのだということに。
今まで見えていなかったものが見え、
響はようやく自分が小鳥にしていたことに気付いた。
小鳥の行いは、自分たちを思ってのことだった。
人殺しが悪いことなんて、そんなこと小鳥だって分かってるに決まってる。
でも小鳥はその上で、自分たちのために自らの手を汚したんだ。
だからと言って人を殺すのを簡単に受け入れられるかと言われれば、できないと思う。
でも、それでも少なくとも、自分は小鳥を責めてはいけなかった。
それなのに自分は、貴音が止めてくれなければ
取り返しのつかないことを言ってしまうところだった。
いや、もう言ってしまったようなものだ。
響は小鳥に謝ろうとしたが、どう謝れば自分のしたことを許してもらえるか分からず、
考えるうちに謝罪より先に涙が出てきてしまった。
地面に座り込み嗚咽を漏らす響。
貴音はそんな響の肩を抱き、優しく囁きかけた。
貴音「実直さは、貴女の魅力の一つです。人を傷付けることを許さない優しさも……。
しかし、大切なものを見失ってはいけません。
見失ってしまえば、貴女自身が誰かを傷付けてしまうことになります。
……優しい貴女が、これ以上人を傷付けてしまう前に止められて良かった」
と、ここで貴音は響から視線を外してやよいに向けた。
そして薄く笑い、
貴音「やよい。少しの間、響をお願いできますか?
私はその間、小鳥嬢と話したいことがあるのです」
やよい「は、はい!」
やよいの返事を受け、貴音は静かに立ち上がる。
そして小鳥を連れ、声がギリギリ届かない程度まで響たちから距離を取った。
・
・
・
響「……自分、どうしたらいいのかな」
やよい「え……?」
貴音と小鳥が離れた後、響は独り言のように呟いた。
そして俯いたままでぽつりぽつりと続ける。
響「さっきまで自分、人殺しなんて絶対嫌だって、思ってたんだ。
自分が殺すのも、誰かが誰かを殺すのも、絶対嫌だって……。
だから、ピヨ子が人を殺したって知って、
すごくびっくりして、悲しくなって、訳わかんなくなって……。
でもそれは、自分達のためで……」
やよい「……」
響「もう、仕方ないのかな……。自分も、765プロのみんなのために、
346プロの人達……殺さなきゃ、駄目なのかな……」
こんなことをやよいに聞いたところで、やよいを困らせてしまうだけ。
分かってはいたが、響は半ば自問自答のような、
あるいは自分の気持ちを吐き出すような気持ちでその疑問を口にした。
しかしやよいはしばらく響の横顔を潤んだ瞳で見つめたあと、
目を伏せ、そして言った。
やよい「……私は、できないと思います……。
それに、小鳥さんは、もう、殺しちゃったけど、でも……。
私は、これ以上小鳥さんに、誰も殺して欲しくないです……」
響「……やよい」
やよい「で、でも、誰かを殺さなきゃ、みんな死んじゃうから……。
それから、小鳥さんを一人ぼっちにしちゃ駄目だと思うし、
あ、でも、もし小鳥さんがこれから誰かを殺そうとしたら……。
と、止めた方が良いのか、止めちゃダメなのか……わ、わからないけど、でも……!」
やよい「……あうぅ」
話しているうちに自分でも何を言ってるのか分からなくなったのだろう。
やよいはとうとう黙り込んでしまった。
やはり響の問いかけは、やよいを困らせてしまっただけだった。
しかし響はこれを見て、自分の頭が先ほどまでに比べて落ち着いていることに気が付いた。
理由は分からない。
やよいも自分と同じだと知って安心したのかも知れない。
分からないがしかし、今やよいを見ている響の目は、
先ほどの弱々しいものとは少し違っていた。
響「……ありがとう、やよい。ごめんね、困らせるようなこと言っちゃって……」
やよい「わ、私こそごめんなさい……何も答えられなくて……」
響「ううん……気にすることないさー。
そうだよね。こんなこと、簡単に決められるわけないよね……」
響「正直言って、自分もまだ分からない。自分がどうするべきなのか、決められてない……。
でも自分、これだけは決めたんだ」
それまで申し訳なさそうに俯いていたやよいだが、この響の言葉に視線を上げる。
そして響はやよいの目を真っ直ぐ見て、はっきりと言った。
響「自分は、人殺しが嫌だっていう気持ちは絶対に忘れない。
でもだからって、殺した人を責めたりなんかもしない。
それが765プロの誰かだったら、自分は、味方になりたいんだ。
もし自分達までその人を責めちゃったら、きっとその人、本当に一人ぼっちになっちゃうから……」
やよい「響さん……」
響「だから、なんていうのかな。人殺しは許せないけど、人を殺した人は許すっていうか……。
765プロの味方をするのは当たり前かもしれないけど、えっと……
ちょ、ちょっと上手く言えないけど、とにかくそういうことなんだ」
響「他にも考えなきゃいけないことや決めなきゃいけないことは山ほどあるけど、
それだけは決めたんだ……! って、こんなこと言ったって、
だからどうってわけでもないんだけど……」
響は最後少し遠慮がちになったが、これを聞き、やよいの目にも僅かながら力が戻った。
そして響もそのことに気付き、ほんの少しだけ笑顔が戻った。
実際、問題はまだ何も解決していない。
しかし自分の心にただ一つ揺るぎないものがあると自覚できたことは、
二人の心を強く支えてくれた。
やよい「は……はい、私も! 私も、同じです!」
響「……うん。これからいっぱい、考えていこう」
そこで二人の会話は途切れた。
そしてどちらからともなく、少し離れた貴音たちの方へ目をやる。
そうだ、まずはきちんと謝らないと。
響は小鳥が戻ってくるまでじっくりと謝罪の言葉を考えることにした。
・
・
・
貴音「――申し訳ありません、小鳥嬢」
響達からある程度離れたところで立ち止まり、貴音は小鳥に声をかける。
その第一声が謝罪であったことを、小鳥は表情に出さない程度に意外に思った。
貴音「響は、人の想いが分からぬはずはないのです。ただ、この異常な状況で……。
どうかそのことを、理解していただけると……」
小鳥「ええ、大丈夫。私も分かってるから……。
貴音ちゃんが言ってた通り、響ちゃんの優しさも素直さも、あの子の良いところだもの。
あとで響ちゃんにも、私は気にしてないって言っておくわ」
貴音「……ありがとうございます」
ここで小鳥は貴音から視線を外し、どこか遠くの方を見つめる。
その様子を疑問に思った貴音が声をかけようとした直前、
小鳥「貴音ちゃん達は、今までに346プロの子には会った?」
突然の質問。
問いかけた後、小鳥は再び貴音の方へ目を向けじっと見つめる。
貴音にはこの質問の意図が分かりかねた。
だがここでそれを探るのは無意味だし何より無礼に当たる。
貴音はそう感じ、正直に答えることにした。
貴音「……いえ。森の中で一人こちらを窺っていた者が居たようですが、
すぐに去っていったので……。まだ出会ってはおりません」
貴音の答えを聞き、小鳥は微かに息を吐く。
恐らく安堵のため息だろう、と貴音が考えた直後、
小鳥は真っ直ぐに貴音に向き直り、そして言った。
小鳥「貴音ちゃん、お願い。一つ約束して欲しいことがあるの。
あなた達は絶対に……絶対に、誰も殺さないで」
その言葉に貴音は微かに目を見開く。
小鳥はそのまま、貴音の目を見て続けた。
小鳥「みんなにあんなこと、させられない……。
あんな思いをするのも、手を汚すのも、私だけで十分なの。
だからお願い貴音ちゃん、約束して……!」
貴音「小鳥嬢……」
小鳥「あなた達のことは、私が守るから……。だから、お願い……」
うっすらと涙を滲ませ、そう懇願する小鳥。
それを見て貴音は少し逡巡した後、静かに答えた。
貴音「……分かりました。貴女の意思を尊重致します。
可能な限り人を殺さぬと約束しましょう。しかし……」
と、貴音は一度言葉を切る。
そして小鳥が何か言う前に、自分の想いを伝えた。
貴音「私とて、765プロの皆を守りたい気持ちは貴女と同じです。
ですから有事の際には……私の意思も尊重していただきたいのです」
小鳥「っ……」
『もしもの時は自分も346プロの者を殺す』
はっきりとは言わなかったが、貴音の発言はつまりこういうことだった。
それは小鳥の意思にはそぐわないこと。
しかし小鳥は貴音の目と言葉に宿った想いを拒絶することはできなかった。
そしてだからこそ、より一層小鳥の意思は強まった。
小鳥「……ええ。でも、安心して。そんなこと絶対に起きないから。
私が必ず、みんなを守ってみせるから……!」
強くそう言い切った小鳥を見て、貴音はこれ以上何も言うまいと言葉を飲み込んだ。
これで互いの意思は確認した。
今はこれで十分だ。
小鳥「それじゃあ、響ちゃんとやよいちゃんのところに戻りましょうか。
これからどうするか……みんなでしっかり、考えないといけないものね」
貴音「ええ……そうですね」
そうして二人は、心配そうにこちらを見る響たちの元へ戻っていった。
17:00 双海亜美
亜美「真美、やっぱ気のせいじゃないっぽいよ……!」
真美「ど、どうしよう、隠れなきゃ……!」
二人で森を歩いていた亜美と真美だが、
そう言葉を言い交わし慌ててそれぞれ木の陰に隠れた。
少し前から、どうも人の気配がするような気がする。
物音のような、話し声のような、はっきりとは分からないが
何か近付いてきていると、亜美と真美はそう感じていた。
そして今、それは確信に変わった。
少し離れたところから木の枝を折るような音が聞こえたのだ。
枝葉が特に濃く天然のカーテンのようになった、その向こう側からだった。
二人は息を殺して別々の木陰に身を潜め、
ほんの少し頭を覗かせて様子を窺う。
すると数メートル先の枝葉が揺れ、気配の正体が姿を現した。
杏「……きらり、通れる?」
きらり「うん……」
かな子「はぁ、はぁ……」
目に映ったのは見知らぬアイドル三人。
それを確認し、二人は慌てて頭を引っ込めた。
亜美はゴルフクラブを、真美は鎌を、それぞれ胸元で握り締める。
そして二人はこのままじっとしていることにした。
もし何も無ければあるいは接触をはかったかもしれない。
しかし二人は、杏の手に握られた銃をはっきりと見た。
あんな武器を持ち歩く人間なんかどう考えても危ない。
このまま隠れてあの三人が去るのを待とう。
亜美と真美はチラリと視線を合わせ、互いの意思を目で確認した。
しかし、
杏「……待って、誰か居る」
その言葉に亜美たちの心臓は止まりかけた。
かと思えば胸を突き破る程の勢いで加速し出す。
イタズラで隠れているのが見つかった時の比ではない緊張感が二人を襲う。
きらり「だ、誰か、って……?」
かな子「だ、誰? 誰が居るの……!?」
緊張しているのは亜美たちだけではないが、
そんなことを気にする余裕はない。
亜美と真美は口元を押さえ、互いを見つめ合うしかできない。
杏「……もう気付いてるからさ、出てきなよ。出てこないならこっちから行くよ?」
その声の直後に足を踏み出す音が聞こえ、
亜美と真美は同時に覚悟を決めた。
亜美真美「……」
かな子「っ! あ、亜美ちゃん、真美ちゃん……!」
木陰から姿を現した二人のアイドル。
面識はないが見覚えのあるその顔に、かな子は思わず声を上げた。
だが亜美と真美の表情は固い。
というより、明らかに警戒している。
亜美と真美の強い警戒心はその表情から読むまでもなく、
本人たちの口からはっきりと表れた。
亜美「あ、亜美たちをどうする気!?」
真美「そのテッポウで撃つ気なの!?」
そう叫んだ亜美と真美の体は震え、もはや泣きべそをかく寸前に見えた。
そしてそんな二人を見て、真っ先に反応したのはきらりだった。
きらり「そっ……そんなことない、そんなことないにぃ!
大丈夫、きらりたち、なんにもしないよぉ。だから安心して、ねっ?」
つい先ほどまではまともに喋らずにこりともしなかったきらり。
しかし泣きそうな子供をこれ以上怖がらせたくないその一心で、
懸命にいつもの調子を取り戻し、話しかけた。
真美「ほ……ほんと? なんにもしない?」
亜美「じゃ、じゃあそのテッポウしまってよ! すっごく怖いんだからね!」
きらり「あっ……う、うん、ごめんね。杏ちゃん、それ、しまお?
これじゃあ亜美ちゃんと真美ちゃんのこと、怖がらせちゃうにぃ」
杏「……あー、うん。わかった、ごめんごめん」
そう言って杏は短機関銃を肩にかけた鞄の中に入れた。
きらりとかな子はそれを見てほっと息を吐く。
杏はきらりから銃を受け取る際、「襲われた時に逃げるためだ」というようなことを言っていた。
そして確かにその通り、敵意のない相手には使わないようだと二人は安堵した。
きらり「もう怖い鉄砲はしまったよ。大丈夫!
だから、こっち来て一緒にいよ? こんな森の中に二人だけで居たら危ないにぃ」
そう言って優しく微笑みかけるきらり。
それを見て亜美と真美は、ようやく警戒心を解いた。
二人は顔を見合わせた後、ゆっくりと近付く。
亜美も真美も相手を警戒してはいたが決して敵対したいわけではない。
このふざけたゲームを終わらせるため、
自分たちではまともな案が思い浮かばなかったが
それでも大勢で協力すれば、とそう考えていた。
ここで敵意のない346プロのアイドルに会えたのは運が良い。
二人は自分達の幸運に感謝した。
……しかし次の瞬間、亜美は気付いた。
それと同時に真美を見るが、真美はまったく気付いていない。
そうだ、死角になっているんだ。
きらりとかな子も、気付いていないのか、それとも気付かないふりをしているのか。
分からない、分からないが、そんなことを考えている場合じゃない。
杏は、武器をしまった鞄から手を抜いていなかった。
亜美「真美ッ!!」
そう叫び、真美は亜美に飛びついた。
そしてそれと同時だった。
杏の鞄の中から、何かが連続して破裂するような、
少なくともきらりもかな子も聞いたことのない音が聞こえた。
だがすぐに何が起きたか理解した。
杏が、亜美と真美に向けて発砲したのだと。
きらり「だ、駄目えッ!!」
杏「っ!」
状況を理解した直後、咄嗟にきらりは武器を持つ杏の手を掴んだ。
銃口はあらぬ方向を向き、杏はトリガーから指を離す。
そして次に目線を戻した時、亜美と真美は既に遠くへと走り去っていた。
杏はすぐにあとを追おうとしたが、
きらりが自分の手をまったく離しそうにないと知り、諦めた。
そして深く息を吐き、
杏「きらり、邪魔しちゃ駄目だよ。危ないし……」
いつもとまったく変わらない様子でそう言う杏を、
きらりは信じられないものを見るような目で見た。
そして、まるで意思疎通ができるか確かめるかのように、恐る恐る問いかける。
きらり「ど、どうして、杏ちゃん……?」
杏「……何が?」
きらり「だ、だって! だって杏ちゃん、使わないって……!」
杏「言ってないよ。持ってるだけで威嚇になるとは言ったけど、
撃たないなんて言ってない。っていうか……撃たないわけないじゃん。
やらなきゃみんな死ぬんだから」
きらり「そっ……そんなことない! みんなで考えれば、絶対なんとかなるよ!
人なんか撃たなくても、絶対……!」
杏「……じゃあそれでみんな死んだら、きらり責任取れるの?」
きらり「え……」
杏「あー……ごめん、今のなし。きらりも死ぬんだから責任も何も無いんだった。
まぁとにかくアレだよ……。無理だよ。ゲームに勝つ以外で生き残るなんて」
かな子「あ……杏ちゃん」
杏「杏なりに一応色々考えたんだよ。でもやっぱり無理なんだ。
だからやるしかないんだよ。それとももしかして、
人を殺すくらいなら自分が死んだ方がマシとかって考えちゃう感じ?」
ここで杏はひと呼吸置く。
そしてはっきりと、宣言するように言った。
杏「杏は嫌だよ。絶対に死にたくない。自分が生き残るためなら他の誰が死んだって構わない。
ああ、二人は多分無理だろうから誰も殺さなくていいよ。杏が全部一人でやるから」
・
・
・
真美「はあ、はあ、はあ……」
亜美「はあッ、はあッ……!」
杏の発砲を受け、亜美と真美は全力でその場を走り去った。
離れてしまわないよう手を繋ぎ森の中を駆ける。
しかし並んで走っていたはずの二人はいつの間にか、
真美が亜美の手を引く形になっていた。
真美「亜美、早くっ! 何してんの!」
亜美「っ……ごめん、真美……」
ひたすら前を向いて妹を引っ張る真美。
しかしここで唐突に、亜美の足が止まった。
真美「わっ!? あ、亜美!? なんで……」
汗ですべって手を離したため真美は転倒することはなかったが、
慌てて後ろを振り向く。
そして急かそうとした真美だったが、亜美の様子を見て表情を一変させた。
亜美は地面に両膝をついて息を切らせ、
そしてその衣服はかなりの範囲が真っ赤に染まっていた。
真美「え、えっ……!? な、なんで!? 怪我、怪我したの!? 亜美、どこか……!」
亜美「……うん、そうみたい……」
今まで聞いたことのないようなか細い声でそう呟いた亜美は、
ぐらりと上半身が揺れ、そのままぱったりと横に倒れた。
真美「亜美!!」
倒れた亜美を見て、真美も慌てて倒れこむようにすぐ横に座る。
亜美は仰向けになり、汗にまみれた顔で真美の顔を見上げた。
亜美「真美、ごめん……。先、行ってて。亜美、なんか疲れちった……」
真美「い……行くわけないっしょ!? どこ怪我したの!? お腹!? 服捲るよ!?」
そう言って服を捲った真美は、その瞬間息が止まった。
脇腹に見たこともないような傷ができ、そこから血が溢れ出ている。
どう見ても重症なそれを見て、真美は思わず泣き出してしまった。
亜美「……なんで真美が泣くの。怪我してんの亜美なのに……」
真美「だ、だって、だってぇ……!」
亜美「ヘーキだよ。別に、痛くないし……。
見えないけど、多分見た目よりは大したことないっぽいよ……」
真美「ほ、ほんと!? 痛くない!? 痛くないの!?」
亜美「うん……。だから泣かないで、真美。真美が泣いたら、亜美まで悲しくなっちゃうよ」
真美「っていうか、これ真美のせいだよね!? 亜美がさっき、真美のこと庇ったから……!」
亜美「……んっふっふ~。亜美の方が、先輩だかんね……。先輩が後輩守るのは、当然っしょ?」
真美「そんなの関係ないじゃん! それ言ったら真美の方がお姉ちゃんだもん!
お姉ちゃんが妹守んなきゃいけないんだよ!」
亜美「そっちの方が……関係ないっぽいよ。亜美たち……どっちがお姉ちゃん、とか……そんなの……」
真美「先輩とかのが関係ないもん! 亜美の馬鹿! おたんこなす!」
亜美「……ごめん……なんか亜美、ちょっと、眠いかも……」
真美「え!? ま、待って! これ寝ちゃダメな奴じゃないの!?
寝たら死ぬっぽいよ! 駄目だよ! 寝ちゃ駄目!」
亜美「……ねぇ、真美?」
真美「な、何!? どうしたの!?」
亜美「それじゃ……今度は、真美が……亜美のこと……守って……くれる……?」
真美「あ、当たり前っしょ!? 真美の方がお姉ちゃんなんだから!
オトナなんだから! 今度は真美が守るよ! 約束だかんね!」
亜美「……ね、真美……?」
真美「何!? 今度はどんな約束……」
亜美「……ごめんね……」
真美「え……? なに、何が?」
『ごめんね』
その真意が分からず、真美は亜美に尋ねた。
しかし亜美は目を閉じたまま、答えない。
真美「ね……寝ちゃったの? 駄目だよ亜美! 寝ちゃ駄目だって!
起きろ亜美! 起きて、起きて!!」
肩を揺すっても、頬をつねっても、亜美は返事をしない。
だが真美は亜美を起こそうと叫び続ける。
イタズラで寝ているふりをしている妹を起こすように。
真美「亜美、亜美ってばー! 鼻つまんじゃうよー! ほら、苦しいでしょ!
このままじゃ本当に死んじゃうよ! な、なーんてウソウソ!
ほら離したよ、息できるよ! いつまでやってんの、ホラ起きてってば!」
真美「ねぇ、亜美、本当は起きてるんだよね……!?
真美のこと引っ掛けようとしてるんでしょ!?
もういいよ! これ以上やるんだったら真美、本気で怒るよ!?
さっきの約束もなかったことにするかんね! それが嫌なら早く……」
その時、真美は突然背後に気配を感じた。
反射的に振り向いた先に居たのは、
息を切らせて目を見開いた伊織だった。
真美「っ! いおりん……! ほら亜美、いおりんが来たよ!
起きないといおりんのでこりんビームだよ!」
正面へ向き直り、再び亜美を起こそうとする真美。
そんな真美を尻目に伊織はゆっくりと近づいて、亜美の横に腰を下ろした。
探知機を地面に置き、横たわる亜美の手をそっと握る。
そしてその手を胸元へ引き寄せ、声を押し殺して泣き始めた。
それを見て、真美の中で辛うじて繋がっていたものがぷっつりと切れた。
真美は、分かっていた。
だが信じたくなかった。
いつものようにふざけていれば、いつものように起きてくれると願っていた。
でも駄目だった。
亜美の頬に手を添える。
汗でしっとりと濡れ、弾力もあり、まだ温かい。
でも、動いていない。
ほんの少しも、まるでよくできた人形みたいに、ぴくりとも動かない。
真美は亜美の頭を抱き、声を上げて泣いた。
地面に置かれた探知機の液晶には
765プロのアイドルを示す印が二つ、静かに点滅していた。
双海亜美 死亡
17:20 菊地真
真「……ふー……」
ようやく目的の場所に辿り着き、真は深く息を吐いた。
体力的には問題ないが、やはり精神的な辛さがある。
森の中を神経を張り巡らせて歩くのは本当に疲れた。
周囲にはそれなりに民家があるようだが、やはり住人の気配はない。
しかし屋根のある場所で寝られそうなのは助かった。
真はそう気を緩めかけたが、次の瞬間それを反省した。
「動くな!!」
少し離れた位置から聞こえたその声に、真は反射的に目を向ける。
するとそこには、片手に手のひらサイズの何かを握ったアイドルが立っていた。
未央「これ何か分かるよね!?
何か変な動きをしたら、このピンを抜いてそっちに投げる……!
それが嫌なら言う通りにして!」
そう言って未央が顔の高さに掲げているものに真は見覚えがあった。
『手榴弾』
映画などでよく見る物の、恐らく実物が、今目の前にある。
そしてその脅威が自分に向けられようとしている。
未央が立っているのは建物の陰を一歩横に出たところ。
投げた直後すぐに隠れることのできる位置だ。
対して真の周りには、遮蔽物になるものは何も無かった。
未央との距離も決して近いとは言えない。
未央はこのタイミングを狙っていた。
相手が自分の指示に従わざるを得なくなる、この状況を。
真「っ……その前に聞かせて。君は、ボク達と戦うつもりなの?」
未央「戦うよ……! それしか方法はないんでしょ!?」
戦う意思を問われ未央は即答する。
仲間のため、あるいは自分のために戦う覚悟は既に出来ている。
真はそう思うと同時に、鉈を握る右手に力が入るのを感じた。
そしてそれを知ってか知らずか、未央は再び叫ぶ。
未央「まずはその武器を地面に置いて!」
その指示に、真はゆっくりと鉈の位置を下ろしていく。
未央は相手が指示に従い動き始めたのを確認し、
未央「武器を置いたら、次は……」
と「次」を指示しようとした未央だが、その続きが口から出ることはなかった。
鉈を地面に置こうと屈んだはずの真は次の瞬間、
曲げた膝を思い切り伸ばして未央に向かって全力で走り出した。
未央は、真が指示に従わない可能性も当然考えていた。
だがこれは完全に想定外だった。
背を向けて逃げるなら分かる。
それならまだ良かった。
しかし真の取った行動は真逆。
この真の行動に未央は一瞬ぎょっとする。
が、判断は早かった。
あるいはほぼ反射のようなものだったのかも知れない。
ピンを引き抜くと同時に右手を振りかぶる。
そして躊躇することなく、未央は迫る真に向けて手榴弾を投げた。
だがその直後の真の行動は再び未央を硬直させた。
真は一瞬深く息を吸ったと思えば、
自分に向かって飛んできた手榴弾を、思い切り上空へ向けて蹴り飛ばした。
未央は思わず手榴弾を追って目線を上げる。
しかし真は違った。
視線は真っ直ぐ固定され、
蹴り上げた足をそのまま未央へ更に接近するために踏み込む。
そして遥か上空で手榴弾が爆発した時、真は既に未央の目と鼻の先に居た。
未央「ッ!?」
真「はあああああッ!!」
次の瞬間、未央の即頭部を強い衝撃が襲う。
真の強烈な上段蹴りを食らった未央は勢いよく倒れ、そのまま数メートル地面を転がった。
だが、今度は真の目が驚きに見開かれた。
未央「っ、ぐ……!」
成人男性すら一撃で昏倒させる真の蹴り。
それを食らった未央はしかし、ふらつきながらもすぐに立ち上がる。
直撃であれば当然、今頃未央の意識はないだろう。
だが真には見えていた。
完全に不意打ちだったにも関わらず、
未央は驚くべき反応速度で腕を上げて衝撃から頭を守ったのだ。
これは一筋縄ではいかないかも知れない。
頭部に少しでもダメージが残っているうちに無力化した方が良い。
そう思い、真は鉈を地面に置く。
そして自分が最も慣れた空手の構えを取った。
しかしその時、真は未央の背後から一つの影が現れたことに気付いた。
未央は真に一瞬遅れて気配に気付き後ろを振り向く。
そこに立っていたのは、バットを振り上げた美希だった。
未央「ぅあッ!?」
咄嗟に未央は横へ飛び、受身を取る余裕もなく地面に倒れこむ。
それと同時に、一瞬前まで未央が立っていた位置にバットが振り下ろされた。
真「み、美希……!?」
美希「真くん! 話はあと!」
自分の名を呼んだ真を美希は制した。
その目は未央に固定されている。
未央は敵が一人増えたことを確認し、必死に次の行動を選択した。
相手はあの菊地真と星井美希。
しかも自分は丸腰で、ここで立ち向かっても返り討ちに遭うだけだ。
逃げるしかない。
そう判断し、未央は二人から距離を取るためすぐに立ち上がる。
しかし二人に背を向けた直後
未央の目に飛び込んできたのは、民家の壁だった。
咄嗟のことだったとは言え避けた方向が悪かった。
未央は今、完全に退路を絶たれてしまっている。
そしてそんな未央に二人は、特に美希は、
圧倒的な威圧感を持ってジリジリと攻め寄っていく。
未央「っ……はあっ、はあっ、はあっ……!」
壁を背にし、未央の呼吸と心臓は急激に加速する。
目にはいつの間にか涙が浮かび始めている。
そして美希のバットを持つ手が動いたその時。
未央はぎゅっと目を瞑って、叫んだ。
未央「ま、待って!! お願い、待って!!」
それを聞き、美希はぴくりと眉を動かし手を止める。
未央はこの機を逃すわけにはいかないと、
美希と真の間に視線を忙しく左右させ、そして必死な形相で、
未央「こ、殺さないで、お願い! なんでも、なんでもするから!!」
命乞い。
少し前までとは打って変わって、完全に怯え切った表情を浮かべての必死な懇願。
これを見て真は、少し前まで自分が抱いていた敵意が薄れていくのを感じた。
微かな困惑の色を浮かべ、空手の構えを解く。
そして美希にチラリと視線を向ける。
だが美希はただ黙って、未央をじっと見続けていた。
未央「お、お願い、本当、なんでも……そ、そうだ! 私、人質になる!
私のこと、利用していいから! そしたらホラ、他の子を脅したりとかできるでしょ!?
そしたらもっと戦いやすくなると思う! ね!?」
美希「……それ、何か意味あるの? 人質になってミキたちが有利になって、
それで346プロが負けたら結局死んじゃうのに?」
未央「い、いい! 今死なないで済むならそれで良い! だから、お願い!」
美希「……」
仲間を裏切るような真似をしてまで延命を乞う未央を、美希は無感情な目で見続ける。
美希が何を考えているのか、未央にはもちろん、真にも分からなかった。
そして真はそんな美希の沈黙に耐えられなかったのか、
美希の反応を窺うように声をかけた。
真「ね、ねぇ美希。ボクとしては、この子を人質にするのはアリだと思うんだけど」
美希「……そうなの?」
返事はしたが、美希はやはり未央から目を離さない。
真は美希の横顔に向けて、続けた。
真「うん……。人質が居た方が今後やりやすくなるっていうのはその通りだと思うし……」
そこまで言って、真は美希の反応を待つ。
美希はやはり黙って未央を見続け、そして、呟くように言った。
美希「いいよ。じゃあこの子、人質にしよう」
未央「……!」
真「じゃ、じゃあ」
美希「でもこのままじゃ駄目なの。せめて両手くらいは動かせないようにしなきゃ」
未央と真が何か言う前に美希はそう続けた。
確かに人質を自由に動ける状態にしておくのは賢明ではない。
それは真も納得した。
しかし、
真「動かせないようにって……でも、どうやって? 何か縛るものが無いと……」
美希「ミキ的には、骨を折っちゃえばいいって思うな」
まるで日常の中でなんでもない提案をするかのように、美希はさらりとそう言った。
真はぎょっとしたが、美希の顔は真剣そのものだった。
両手の骨を折る。
それなら確かに縛る必要もなく行動は制限される。
表情をまるで変えることなく発されたその言葉に、未央は息を呑む。
しかし異を唱えれば、殺されてしまうかも知れない。
そう思うと未央は黙っていることしかできなかった。
だがそんな未央に代わり、
直接的ではないにせよ異論を唱え始めたのが真だった。
真「ボク、紐か何か探してくるよ。これだけ家があればそのくらいは……」
美希「無いって思うな。ミキ、さっきまでもう一つの似たような所に居たんだけど、
そういうのって何もなかったの」
真「……でも、こっちにはあるかも知れない。だから探してくるよ」
そう言って、真は美希に背を向けようとする。
しかし一際大きな美希の声がそれを止めた。
美希「待って!!」
その声に真は再び美希へ向き直る。
が、次に美希が話しかけたのは真ではなかった。
美希「ねぇ、ここって紐みたいなのあった?」
未央「……え」
美希「ミキや真くんが来る前からここに居たんだよね?
色々探してみたでしょ? 紐みたいなの、あった?」
未央「え、えっと……」
美希「嘘は駄目だよ? あったって言って、もし無かったら……」
未央「っ……な、無かった! 多分、無かったと思う……!」
未央の返事を聞き、ミキは微かに口角を上げる。
そして相変わらず未央に視線を固定したまま、真に向けて言った。
美希「ほらね、真くん。ミキの言った通りだったでしょ?」
真「……美希が脅して言わせただけじゃないか」
美希「そんなことないの。ね、違うよね? ……違うよね?」
未央「っ……!」
一瞬遅れてそれが自分に向けられた言葉だと気付き、
未央は美希を肯定するべく慌てて首を縦にふった。
しかしその様子を見て、真は数秒黙り、そして、静かに言った。
真「やっぱり見落としてるかも知れないから一応探してくるよ」
あくまで無傷の拘束にこだわろうとする真。
そしてそんな真に、美希はとうとうしびれを切らした。
美希「っ……もう! 真くんの意地っ張り!
この子まだ普通に動けるのに、一人で見張るなんて危なすぎるの!
動けないようにするまでは、
二人でちゃんと見てないと安心できないって思うな!」
真「それは……そうかも知れないけど……」
美希の言うことを肯定しつつも、やはり反論しようとする真。
その真の様子に、美希はまた少し沈黙する。
そして真が口を開こうとした直前、美希は軽く息を吐き、落ち着いた声で言った。
美希「……優しいね、真くん」
真「え?」
美希「いいよ、わかったの。そう言えばミキ、縛るもの持ってたからそれで縛るね」
美希「真くん、あの包丁貸して。まず切らなきゃいけないから」
美希が包丁と呼び指し示したのは、真の武器である鉈。
だが真は今の美希に渡していいものかどうか少し迷った。
しかし美希はそんな真の心情を察し、薄く笑って言った。
美希「大丈夫。傷付けたりなんかしないよ。この子はちゃんと縛って人質にするの」
真「……」
どうやら嘘は言ってなさそうだ。
そう判断し、真は地面に置いた鉈を拾って美希に手渡した。
美希「ありがとうなの」
そう言ったと同時。
美希は一切の躊躇なく、真が止める間もなく、自分の髪を掴んでバッサリと切断した。
真「っ……!」
美希「この包丁よく切れるね。じゃあ縛っちゃうから、これ返すね」
眉一つ動かさずそう言い、美希は真に鉈を返す。
そして未央に向けて、
美希「壁の方向いて。両手は後ろ。変に動いちゃヤだよ?」
淡々と指示し、数十本あるいは数百本の髪の束を作って未央の両手首を縛り始める。
普通の紐や縄を使うのに比べ流石に難儀したようだが、
十分な長さを持った美希の髪は見事、未央の両手の自由を奪うことに成功した。
美希「良かったぁ。どう真くん? ミキ、上手に出来たよね!」
人質を縛り終え、ここで美希は初めて未央から視線を外し、真に顔を向けた。
その瞬間、真は悪い意味で心臓が大きく跳ねるのを感じた。
いつも通りの口調で行われる、倫理や常識から外れた行動。
まるで美希によく似た別人のようだ。
何が美希をここまで変えてしまったのか。
全身に走った悪寒を抑え、真は頭によぎった想像をそのまま口にした。
真「……美希。もしかして、もう346プロの誰かを……」
美希「……」
この質問に美希は目を伏せて沈黙する。
そしてその反応を見て、未央は全身の血の気が引くのを感じた。
自分を見る美希の目が尋常ではない色を帯びていることには気付いていた。
しかしやはり、直接答えを聞くのは怖い。
そんな未央の思いを知ってか知らずか、美希はチラと未央を見て、答えた。
美希「ううん、誰も殺してないよ。殺そうとしたけど、失敗しちゃったの」
未央「こ……殺そうとしたって、誰を……」
美希「……誰だっていいの。
っていうか、人質なんだから勝手に喋っちゃ駄目だって思うな。
次勝手に喋ったら酷いことするから黙っててね?」
未央「っ……」
このシンプルな脅しに未央は沈黙せざるを得なくなる。
そんな未央を尻目に、美希は真に向けて続けた。
美希「ミキね、自分でもこんなのおかしいって思ってるよ。
人を殺すのは悪いことだっていうのも分かってる。
でももう決めたの。ミキは346プロの子達を殺すって」
そう言った美希の表情を見て、真は思わず美希から目を逸らしたくなった。
だがそれは、先ほどのように美希に負の感情を抱いたからではない。
この時になってようやく、気付いたからだった。
真は少し前まで、美希はこの異常な状況で、
ある意味狂ってしまっているのだと思っていた。
正常な判断ができる精神状態にないのだと、そう思っていた。
だが違った。
発言は確かに正常とは言えないがしかし、殺意を口にした美希の表情は、
彼女が極めて「まとも」であることを示していた。
そのことに真は気付いた。
そしてそんな状態でこれほどまでの覚悟をしてしまった美希の心情を思い、
胸が強く締め付けられるのを感じた。
真は眉根を寄せ唇を噛む。
美希はその真の様子を見て、ほんの一瞬目を伏せた。
だがすぐに上げ、いつもの口調で続けた。
美希「そうだよね、真くんはやっぱり嫌だよね。
こんな状況でも人なんか殺せないよね。ミキもそれが普通だって思うな」
真「美希……」
美希「人殺しなんかしたくないって言うんだったら、それでいいよ。
その時はミキ、この子と二人でどこかに行っちゃうから。
真くんだったらきっと一人でも大丈夫だよね?
ミキがいーっぱい敵をやっつけちゃうから、真くんは生き残ってくれればいいの!」
美希はやはり、いつもと変わらぬ口調で話す。
しかし、だからこそ、真は美希の声を聞くにつれて
自分の中で初めは曖昧だったものが徐々に形を成していくのを感じた。
そしてそれは真の口からはっきりと、言葉となって表れた。
美希「うん、きっとその方がいいよね。
だってミキが頑張ればみんなは人なんか殺さなくても」
真「ボクもやるよ」
言葉を遮るように、真は美希の肩を掴んで力強く言った。
そして大きく見開かれた美希の目を見つめ、
真「一人で頑張りすぎるのは良くないって、ボク達はみんな知ってるはずだよ……。
それにこんなことを美希一人に背負わせるなんてボクにはできない。
正直言うとさっきまで、迷ってた。でも、ボクも今決めた。
みんなで生きて帰るために、ボクも……」
そこで言葉を区切り、真は美希から視線を外した。
外した先に居た未央と目が合う。
そして真は未央の目を真っ直ぐに見つめ、
最後に残った迷いを断ち切るように言い切った。
真「ボクも、346プロの子を殺す……。君のことも殺すことになるかも知れない」
その視線から逃れるように未央は目を瞑る。
同時にその目から涙が一筋流れたが、真の敵意も戦意も、もう薄れることはなかった。
460 : 以下、名... - 2016/01/10 23:19:21.60 7iA1fXiKo 267/854今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分明日投下します
みくが目覚めた集落の南東およそ400m辺りがもう一つの集落です
海沿いと集落以外は基本的に全部森です
17:21 双葉杏
きらり「ひっ……!」
かな子「い、今何か……」
杏「しっ! 静かに!」
きらりの悲鳴とかな子の言葉に、杏は前を向いたまま言葉だけを返し身を伏せた。
自分達が向かっているその先……恐らくそう遠くない位置から聞こえた大きな音。
恐らく何かが爆発した音だろうと、三人の認識は共通していた。
杏は黙って音のした方向を見続け、
きらりとかな子はその後ろで手を取り合い震える。
その後しばらく身を低くしてじっとしていたが、
どうやら今すぐこちらを襲う脅威はないようだと杏は判断した。
後ろを向き、かな子達に目を向ける。
二人は怯えたような眼差しでこちらを見つめている。
そして杏は数秒二人の様子を見ながら考えた。
恐らくこの先で、346プロと765プロが戦っている。
本来なら加勢に行くべきなのかも知れない。
しかし危険要素が多すぎる。
敵の数も武器も分からないし、それに何より、一番の不安はこの二人だ。
今の二人の状態では、連れて行くにしても置いて行くにしても危ない。
死者が一人ならまだしも、場合によっては二人、三人もあり得る。
それを考えれば……
杏「……行き先変更。もう一つの集落に行こう」
杏はそう言って立ち上がった。
そして二人の横を通り過ぎ、今来た道を引き返す。
杏「ほら、早く。急がないと向こうから敵が来るかもよ」
かな子「……! い、行こう、きらりちゃん」
杏の警告を聞き、かな子も素早く立ち上がった。
そしてきらりの手を引き杏の後ろを付いて行く。
きらりは返事をすることもなく、かな子に手を引かれるままに歩き出す。
杏はそんな二人の様子を肩越しにチラと振り返り、
敵との戦いだけでなく
きらりへの対応も早めに考えた方がいいかも知れない、と思った。
17:40 みりあ
みりあ「っ!」
爆発音を聞き慌てて駆け付けた先にあった光景。
それが目に入ったと同時に、みりあは慌てて木の陰に隠れた。
美希「ねぇ人質さん、どこが一番休めそうな感じ?
ミキ的にはクッションとか柔らかいものがあれば良いと思うんだけど」
未央「ご……ごめん。クッションは多分、無かったと思う……」
美希「……ふーん。ま、それもそうだよね。でももしあったら、真くんに一番に使わせてあげるの」
真「うん……ありがとう、美希」
みりあは恐る恐る顔を出し、様子を窺う。
遠目からだが、その姿ははっきりと見えたし声も風向きのおかげか辛うじて聞こえた。
未央の両隣に居るのは765プロの菊地真と星井美希。
そして未央は「人質さん」と呼ばれて後ろ手に両手首を縛られ、
更には首元には大きな刃物が当てられている。
協力関係に無いことは明らかだ。
助けに行かなければとみりあは一瞬飛び出しそうになったが、すぐに思いとどまった。
相手は二人、どちらも自分より背が高く、武器も自分のものよりずっと強力そうだ。
無作為に飛び出せばどうなるか、まだ幼いみりあにも簡単に想像がついた。
だからみりあは、機を待つことにした。
三人はどうやらこの集落を中心にして動くつもりのようだ。
既に日は傾きかけており、少なくとも寝泊りはここですると考えて間違いない。
未央を助けるチャンスを窺うため、みりあはしばらく三人を監視することに決めた。
17:55 水瀬伊織
伊織「……真美、立って」
荷物を持って立ち上がり、伊織は真美に声をかける。
しかし真美は反応を返さない。
亜美が目を覚まさなくなってからしばらく経つが、
真美は未だに遺体の横に座ったまま動かずにいた。
本来なら伊織も、真美の気が済むまでずっと二人を一緒に居させてやりたかった。
だが、このエリアに来て既に数十分が経過している。
細かい時間を見ていなかったため正確には分からないが、
そろそろ動き始めておかないと取り返しのつかないことになる。
伊織「ほら、真美……行かなきゃ。早く立って……」
真美「……」
伊織は真美を急かすがやはり反応はない。
このままでは二人揃って死んでしまう。
そう思い、伊織は口元を引き締め、少し語気を強めて言った。
伊織「真美、早く行かないと一時間経つわ。そしたらどうなるかあんたも知ってるでしょ」
それを聞き真美はようやく反応した。
俯いたまま、消え入りそうな声でぽつりと、
真美「……じゃあ亜美も連れてく」
そう言ったまま再び黙り込んでしまう。
伊織はその声に、言葉に、胸を締め付けられながら答えを返す。
伊織「ダメよ……。それはできないわ。人一人抱えてこんな森の中を歩くなんて……」
真美「じゃあ行かない。真美もずっとここに居る。亜美と一緒じゃないとやだ」
そうして真美はやはり、俯いたまま黙ってしまった。
今真美がどんな気持ちで居るか、伊織には計り知れない。
ずっと二人で、いつも一緒に居た双子の姉妹。
自分の分身とも言える大好きな妹を失った真美の気持ちは、恐らく誰にも分からない。
真美の心情を考えるだけで胸を切り裂かれる思いがしたが、
その痛みを堪えるように、
伊織「っ……いいから早く立ちなさい……! もうあと何分なのか分からないんだから!
早く移動しないと、ここに居たら死んじゃうのよ!?」
ぐっと拳に力を入れ伊織は真美にそう強く言った。
しかし真美は伊織の言葉を聞き表情を酷く歪めた。
そして涙でボロボロになった顔を伊織に向け、叫んだ。
真美「いいもん!! 死んじゃってもいい!!
亜美と一緒に居られないんだったら死んだほうがいいよ!!」
伊織「ッ……!!」
次の瞬間、伊織は真美に向けて思い切り手を振り上げた。
真美はそれを見て反射的に首をすくめて目を瞑る。
しかし痛みに備えた真美の体に伝わったのは、強く抱きしめる腕の感覚。
それと、震えた伊織の声だった。
伊織「嫌よ……お願い、そんなこと言わないで……」
真美「え……」
伊織「亜美だけじゃなくて、あんたにまで死なれたらどうしたらいいのよ……!
お願い、真美……死んでいいなんて言わないで……!」
そうして伊織は真美の肩を掴んで体を離す。
その目から亜美と同じように涙が流れている。
しかし、目つきは亜美とは全く違った。
伊織「それに亜美の気持ちも考えて……。
生きて欲しくてあんたを守ったこの子の気持ちを、無駄にしないで……!」
その視線と言葉を受け、真美は今度は伊織にしがみつき、再び声を上げて泣き始めた。
伊織はそっと真美の手を握り、肩を抱いて二人で立ち上がる。
真美は泣きながら、伊織に手を引かれて妹の元を離れていった。
18:00 秋月律子
莉嘉「あっ……! ねぇ律子ちゃん、あれ!」
律子「えぇ。やっと見えたわね」
海岸沿いを手を繋いで探索していた律子達は、
取り敢えずの目的地に定めていた灯台をようやく見つけた。
見つけたとは言っても、別に探していたわけではなく
歩いていればそのうち着くことは分かっていた。
しかしそれでも自分の目で確かめられると多少気も落ち着く。
だが気を緩めるわけにはいかない。
律子は立ち止まり、そして莉嘉に向き直る。
そしてきょとんとする莉嘉に、真剣な顔を向けて言った。
律子「いい? もしあの灯台に誰が居たとしても、絶対に手を離しちゃダメよ?
どうしてかはちゃんと覚えてるわね?」
莉嘉「う、うん! アタシたちが、お互いに協力しようとしてるってことを見せるため!」
律子「よしっ。それじゃ、行きましょう」
そう言って二人は再び歩き出す。
律子と莉嘉が手を繋いで歩いているのは、単純に仲が深まったからというわけではない。
互いに敵意がないことが第三者の目からも分かるようにと、律子が発案した一つの策だった。
尤も、これも絶対の効果を保証するものではない。
場合によっては一方がもう一方を脅して演技を強要していると、そう取られてもおかしくはない。
そしてその時は恐らく自分が脅していると思われるんだろうな、と律子は自覚していた。
もちろんそう誤解された時にはお互いに庇い合うという約束事はしている。
また仮に誤解されたとしても、
不意打ちで抵抗する間もなく攻撃され……という可能性はほぼゼロにできるはず。
律子は少なくともそう信じていた。
実際に効果があるかどうかは、恐らくもう数十分後には明らかになる。
目覚めてから三時間が経過し、完全に夜の闇が訪れるのも近い。
この状況であれば灯台に誰かが居る可能性はそれなりに高いはずだ。
灯台が近付くに連れ、莉嘉と繋がった自分の手が汗ばんでいく気がするが、
動揺を伝えてはならないと、律子はそれまで通りに莉嘉と二人で探索を続けた。
それからしばらく歩き、もう灯台も目と鼻の先と言えるまでに近付いた。
その頃になるともうはっきりと見える。
灯台の一階部分の窓から、明かりが漏れている。
見張りなどは立っていないようだが、ほぼ間違いなく中に誰か居る。
流石にこの段階になると二人とも緊張を隠せない。
黙って入口まで歩いたが、窓は締め切っていたようで声は聞こえなかった。
先に声で判断できれば楽だったのだが、聞こえなかったものは仕方ない。
律子は扉の前に軽く握った拳を掲げ、ひと呼吸置く。
そして奥まで音が届くよう強めに三回、扉を叩いた。
そのまま反応があるまで待つが、この数秒が律子には嫌に長く感じた。
十秒ほど経ったか、あるいはもう三十秒になるか、もう一度ノックした方が良いか。
と律子が同じように拳を上げかけた、その時。
「……誰ですか……?」
扉越しに聞こえたこの返事に、律子と莉嘉は同時に目を見開いた。
聞こえた声は一つではなかった。
二人が同時に声を重ねていた。
そして律子達はそれぞれ、自分に聞き取れた方の声の主を、同時に呼んだ。
律子「千早……!?」
莉嘉「美波ちゃん!」
二人が名を呼んでから一秒も待たず、扉は開かれた。
そこに立っていたのは律子達の耳の通り。
その目で相手を確かめた瞬間、莉嘉は思わず美波に飛びついた。
そして直後、奥のもう一枚の扉から更に二人現れる。
アーニャ「Удивленный……! 驚きました……」
春香「律子さん! 良かったぁ……!」
莉嘉「アーニャちゃんも居たんだ! やったー! すっごく嬉しい!」
律子「千早、春香……!」
律子は765プロの仲間に会えたことや、
彼女たちが346プロのアイドルと共に居たことに安堵し、思わず涙ぐみそうになる。
しかし懸命に堪え、すぐに気持ちを切り替えた。
律子「と……取り敢えず、中に入っても良いかしら。
もうずっと立ちっぱなし歩きっぱなしで……」
千早「ええ、もちろんどうぞ……なんて、別に私の家ではないのだけれど」
春香「椅子なんかも人数分ありますから! しっかり休んでください!」
こうして今、765プロと346プロのアイドルが
同じ屋根の下にそれぞれ三人ずつ揃った。
先に居た四人は律子たちを中へ案内し、六人全員で一つのテーブルを囲う。
そして自己紹介やここに至るまでの経緯など、各々が持つ情報を話した。
互いが持つ様々な情報の中、やはり一番の重みを持っていたのは、伊織に関するものだった。
しかし律子は、春香や千早ほどには動揺を見せなかった。
律子「……あの子なら確かに、
そういう行動に至ってしまってもおかしくないかも知れないわね……。
なんとなくそんな予感はしていたけど……嫌な予感に限って当たるんだから」
動じていないかと言えば当然そんなことはないが、
深く息を吐いて額に手をやる律子の表情は、混乱というより困惑に近い。
そしてそんな律子に、美波は恐る恐る問いかけた。
美波「律子さんは……竜宮小町のプロデューサーでしたよね。
伊織ちゃんは私たちのことをどの程度敵視しているか、推測がついたりはしませんか……?」
律子「……残念だけど、自信を持って答えることはできないわ。
普段の仕事の中でのアクシデントならあの子達が何を考えるか、
ある程度は分かるつもりだけど……。あまりに状況が異常過ぎて……」
そこで律子は何かを考えるように目を伏せ、口元に手をやる。
そして数秒の沈黙の後、
律子「あの子の優しさと気の強さがどういう方向に行くか、完全には予測がつかない。
ただ、簡単に人を殺す判断を下すなんてことは絶対にあり得ないわ。
美波さんの武器を奪った時点では、本当に警戒心や不安がほとんどだったと思う。
だからあなた達の考える通り、その後あの子に何も無ければ、
説得に応じて協力してくれる公算は高いわ」
765プロの中でも特に伊織をよく知る律子の分析。
これを聞き、一同は取り敢えずこれまでの自分達の考えが
そう外れたものではないことを知って安堵した。
だが当然手放しでは喜べない。
律子が思うには、伊織が説得に応じるのはあくまで「何もなければ」だ。
その「何か」というのは、恐らく考え始めればキリがない。
答えが出ない以上、悪い想像はいたずらに不安を掻き立てるだけ。
だから律子はこの「何か」には敢えて深く言及しなかった。
しかしその「何か」は、
恐らく伊織自身の身に起こることではないと律子は考えていた。
仮に、そう、例えば……仲間が襲われ、傷ついてしまったとしたら。
それは伊織の心に大きな影響を与えることになるだろう。
伊織の優しさをよく知る律子は、
その嫌な想像がこれ以上加速する前に別の話題に切り替えることにした。
律子「ところでみんな、明日のことについてはどう考えてる?
何時から行動を始めるか、どう行動するか、その辺りを聞かせてもらえないかしら」
美波「はい。一応、行動の開始は七時を考えてます。
基本的には灯台を中心に他事務所同士の二人一組で探索して、
他の子が見つかれば協力をお願いする……ということになってます」
律子「そうね、他事務所同士のペアを作るのは私も賛成。探索の範囲はどの程度?」
美波「細かくは決めてませんが、灯台が見える範囲内にしようかと……。
私たちが居ない間に誰かが灯台に来て入れ違いになるのはできるだけ避けたいので」
律子「なるほど……。でもそれだと、ひと組を灯台周辺に置いて、
他の組はより広い範囲を探索する、というのもアリよね。
特に今は私たちが加わったわけだから、もっと効率よく行けるんじゃないかしら」
美波「ひと組を灯台周辺に……確かに、そうですね。
もしそうするんだったら、灯台周辺というより上に登った方がいいかも知れませんね。
そうすれば遠くの様子まで見ることができますし。
もちろん一時間おきに下に降りて、一度エリアを移動する必要がありますけど……」
律子「灯台の高さは私も利用するべきだと思うわ。
流石に森の中までは見えないでしょうけど、耳からもより情報を得られやすいでしょうし。
私は異論は無しね。みんなはどう?」
千早「ええ、私もそれでいいと思う」
春香「あ、えっと……。ご、ごめんなさい、もう一回お願いします……」
アーニャ「私も、すみません……。よく、わかりませんでした……」
莉嘉「二人一組で、ひと組は灯台の周りで……? もうひと組が……?」
美波「あ、あぁ、ごめんね! 私たちだけで……!
つまり、ひと組は灯台に登って周りを観察して、
他のふた組はもっと広い範囲まで探索する、っていうことね」
律子「……アナスタシアと莉嘉はともかく、春香はもう少ししっかりしてもらわないと……。
別に難しいやり取りをしてたわけじゃないんだから」
春香「す、すみません。二人共しっかりしてて心強いなーって思ってたら……」
律子「まったく……。美波さん達と会った時も、
あなたのおっちょこちょいで色々と大変だったんでしょう?」
春香「うぅ、ごめんなさい……」
美波「ま、まぁでも、春香ちゃんのおかげで私たちは出会うことができたわけですから」
春香「……でもそれも、千早ちゃんが言ってくれなかったら
あの毒ずっと置きっ放しだったかも……」
莉嘉「ほんと良かったよね! アタシだったら食べちゃってたかも……」
アーニャ「危なかったですが、もう大丈夫です。ぜんぶ捨てましたから。誰も危なくないです」
千早「そうね。一時は焦ったけれど、取り敢えずは危険を取り除けて良かったわ」
律子「とにかく、あなたはどちらかと言うと年長組になるんだから。
ここでも私と美波さんの次に年齢が上なのよ? もっとしっかりしなさい、いいわね?」
春香「はいぃ……」
こうして序盤の緊迫した空気はいつの間にか消え去り、
まるで日常の中のような柔らかいものへと少しずつ変わっていった。
この空気の変化に気付いている者ももちろん居る。
しかし敢えて口には出さず、身を任せていた。
こんな状況ではあるが……いや、こんな状況だからこそ、和やかさは必要であると。
気を休められるときには、思い切って休めておこう。
四六時中張り詰めていてはきっと身が持たない。
六人はほんの一時殺し合いのことを忘れて会話を重ね、互いの親睦を深めていった。
19:00 双葉杏
李衣菜「……そんな……」
みく「み……見間違い、とかじゃないの? か、勘違いとか!」
杏「……見間違いじゃないし、勘違いってこともまずないと思う」
あの後、杏たちは予定を変更してこの集落へと向かい、
その結果李衣菜たちと合流することができた。
李衣菜に案内され民家へ入り、まず杏はみくが横になっている理由を聞いた。
それから自分たちに起きたことを話した。
つまり、卯月が死亡したことを。
卯月の死を、三人はやはり信じられなかったようだった。
というより実感が湧かなかった。
あまりに冷静に話す杏の姿が、その言葉に実感を与えてくれなかったのかも知れない。
しかし次の瞬間、杏の言葉は急に実感を伴った。
ずっと黙っていたかな子が、顔を両手で覆い泣き始めたのだ。
その姿が、声が、三人に卯月の死を現実として実感させた。
李衣菜は唇を噛み、肩を震わせて俯く。
みくは腕で口元を隠し嗚咽を押し殺す。
蘭子はかな子と同じように顔を覆い、手の端から涙を溢れさせる。
杏はわずかに眉をひそめ、
きらりは真っ赤に腫れた目を薄く開いたまま、ただうつむいていた。
そのまましばらく経ち、声を上げて泣いていた者がようやく
しゃくり上げる程度に落ち着いた頃、杏は静かに言った。
杏「……悲しいのはしょうがないし、泣ける時には泣いていいと思うよ。
ただ三日目の朝にはあんまり動揺しないように、覚悟はしておいて」
と、この言葉にほとんどの者が眉根を寄せた。
「三日目の朝」という言葉が何を意味するのか理解できなかったのだ。
杏はそんな彼女たちの反応を見、それから鞄を探って数枚の紙を取り出す。
杏「この中に書いてたんだよ。三日目の朝7時に、それまでの死亡者の名前が発表されるって。
っていうかこれ、ちゃんと読んでおいた方がいいよ。
最初の説明で言ってなかったこともいくつか書いてあるから」
そう言って杏は一番近くに居た李衣菜に書類を差し出す。
しかし、李衣菜はそれを受け取ろうとはしなかった。
李衣菜は紙を差し出す杏の顔を数秒見た後、俯いて声を絞り出すように言った。
李衣菜「なんで……そんなに冷静で居られるの?
友達が殺されたのに、なんで……」
この李衣菜の言葉は、杏を責めているものではない。
それはここに居る全員が分かった。
皆もまったく同じ感想を抱いていたからだ。
李衣菜は床を見つめ、数時間前の自分を思い出す。
倒れたみくを発見した時、また殴られた事実が発覚した時。
自分はまるで冷静では居られなかった。
今でもあの時のみくが苦しむ姿を思い浮かべるだけで胸を掻き毟られる思いがする。
しかし杏の表情からは、混乱も悲しみも怒りも、何も読み取れない。
読み取れないからと言って、では杏は卯月の死に対し何も感じていないかと言うと、
当然そんなことはないと李衣菜も分かっている。
杏だって友達の死や殺した犯人に対し何か思っていることがあるはずだ。
殺された時には少なからず動揺したはずだ。
だが、にも関わらず、なぜ冷静で居られるのか。
李衣菜も他の皆も、ただただそれが疑問だった。
杏は李衣菜の言葉を聞き少しの間を置いて、
杏「冷静じゃなきゃ死ぬからだよ。
死んだことを引きずっても
卯月ちゃんは生き返らないし、無駄に犠牲者を増やすだけ。
そんなことに使うエネルギーがあるなら自分が生き残るために使わないと。
杏はそう思って、冷静で居ようとしてるだけだよ」
自分に集まる視線に向かってやはり落ち着いた声と表情で、そう答えた。
杏「あ、そうだ……。そう言えば他にもそっちに教えなきゃいけないことがあるんだった」
これ以上この話題を続ける必要がないとばかりに、
あるいは今自分が言ったことを体現するように、杏は話題を切り替える。
が、地図を開いて話を始めようとしたその直前
杏は一瞬動きを止め、そして顔を上げて言った。
杏「……かな子ちゃんときらりは向こうに行って休んでていいよ。
あとは杏が話せば情報の交換は終わりだから」
かな子「え……?」
何故ここで自分達二人を先に休ませようとするのか。
せっかくなのだから最後までみんなで一緒に居ればいいんじゃないのか。
かな子は初め、そう思った。
しかし杏の目を見て、またこれから杏が話すであろう内容を推測して、
かな子は彼女の意図を察した。
かな子「うん……わかった。きらりちゃん、行こう?」
きらり「……」
かな子に促され、きらりは黙って立ち上がる。
そしてこの集落に来た時と同じように、手を引かれるまま部屋を出て行った。
李衣菜たちはそんな二人の、特にきらりの背中を心配そうに目で追う。
二人の姿が見えなくなったと同時に、杏は李衣菜たちに声をかけた。
杏「きらりのことも含めて、今から話すよ」
その言葉で李衣菜たちは杏に視線を戻す。
それを確認し、杏は地図を指さしながら話し始めた。
杏「まず大事なことから。二時間前くらいかな……。
地図で言うとこの辺りで、双海亜美と双海真美に会ったんだ。
それで、二人とも武器は大したものじゃなかったから、殺すなら今だと思って撃ったんだよ」
まるで何でもないようなことのように話されたせいで、三人の理解は一瞬遅れた。
そして一瞬後、杏が本当に人を殺そうとしていた事実を理解した。
みくは息を飲み、蘭子の手は震え始めてしまう。
だが李衣菜は膝の上で拳を握り、続きを促した。
李衣菜「……それで、どうだったの」
杏「逃げられた。多分弾は当たったと思うけど、殺せたかどうかは分からない。
で……その辺りのことで、きらりがああなっちゃってるんだ」
みく「ひ……人が目の前で撃たれて、ショックだったから?」
杏「あー、えっと、それもあると思うんだけど……」
それから杏は、詳細まで話した。
きらりが亜美と真美の警戒を解いたこと、
自分がそれを利用して二人を騙し討ちしたこと……。
つまり結果だけ見れば、
きらりが騙し討ちに手を貸したことになるのだということを。
みく「……それじゃあ、きらりちゃんはそのことを気にして……?」
李衣菜「それ、ちゃんと言ってあげたの? きらりちゃんのせいじゃないって……」
蘭子「は、早く、言ってあげないと……!」
杏「もちろん、言ったよ。きらりが何もしなくたって
どっちにしろ杏は撃ってたんだから関係ないって。
それで一応納得はしたと思うんだけど、でも多分……原因はそれだけじゃないんだ」
そう言って杏はきらりが出て行った方へと視線を外す。
そして一呼吸置き、言った。
杏「自分で言うのも変だけど、きらりって杏のこと好きでしょ?
だから多分、杏が人を殺すって決めちゃったのが嫌なんだよ」
それを聞いて三人は、確かにそうかも知れない、と思った。
きらりの性格や杏との仲の良さを考えれば、
杏が殺人を犯すということに酷く心を痛めているのは想像に難くない。
だがそれと同時に、本当にそれだけだろうかという気持ちも三人は微かに抱いた。
自分が殺人に手を貸すような真似をしてしまったこと、
親友が殺人に手を染めてしまうこと……。
それらは確かに優しいきらりの精神を摩耗させる要素としては十分だ。
しかしそれを踏まえても、今のきらりの落ち込み方は異様に思えた。
杏は気付いていないのか、気付いていて敢えて何も言わないのか、それは分からない。
分からないが、他に何か原因があるのではないか。
だがその考えはまったく根拠の薄いものであり、
三人が自分の気のせいだと思い直すのに時間はかからなかった。
・
・
・
かな子「えっと、じゃあ……私、多分もう少し起きてるから何かあったら言ってね。
もし寝てても、起こしてくれて大丈夫だから……」
きらり「……」
かな子「……おやすみ、きらりちゃん」
黙って横になるきらりの背中に、かな子はそう声をかけて自分も休むことにした。
まだ寝る時間には早すぎるが、起きていてもすることがない。
初め、かな子は会話をして少しでも気を紛らわせようとはしていた。
だがきらりの状態を見てそれは断念した。
杏が亜美と真美を撃ってから、
きらりは杏ともかな子とも、会話らしい会話をまったくしていなかった。
かな子に背を向け床に寝るきらり。
しかしその目はそれまでと同じように薄く開かれ、どこともない空間をぼんやりと見続けていた。
きらりの瞳には、あの時の杏の顔が張り付いて離れなかった。
耳からはあの時の言葉が離れなかった。
『杏はそんなの絶対嫌だ。友達が殺されるなんて絶対に嫌だ』
『だから二人とも、力を貸して。生き残るために精一杯のことをするんだ……!』
『杏……これ以上みんなが傷つくの嫌なんだよ』
そう言って自分を見上げる杏の表情は、
あんな状況でも自分に勇気をくれて、頼もしさも感じた。
この子と一緒ならきっとみんなで帰れると、そう思わせてくれた。
しかし……
『撃たないわけないじゃん。やらなきゃみんな死ぬんだから』
『それとももしかして、人を殺すくらいなら自分が死んだ方がマシとかって考えちゃう感じ?』
杏が人を殺す決意をしてしまったことは、きらりの心を強く締め付けた。
だがそれでも、その決意が優しさから来るものだと信じることができていれば、
きらりは恐らくここまで精神を摩耗させることはなかった。
心を痛めながらも、杏の覚悟を受け入れることすらあるいはできていたかも知れない。
きらりは信じたかった。
杏は本当は心優しい少女だが、
346プロの仲間を守るために仕方なくあんなことをするのだと。
友達のために、辛さを押し殺して決意せざるを得なかったのだと。
しかし、頭から離れない。
きらりがよく知る杏の姿とはかけ離れたあの表情が、あの言葉が。
中でも、あの時杏が一番最後に放った言葉。
そのたった一言が、きらりの心に、頭に、黒い塊としてこびり付いていた。
『杏は嫌だよ。絶対に死にたくない』
『自分が生き残るためなら』
『他の誰が死んだって構わない』
……杏ちゃん、そうなの?
本当に自分が生き残るためなら、誰が死んでもいいの?
誰が死んでも、って……本当に、そうなの?
違うよね、そんなことないよね。
そんなつもりで言ったんじゃないよね。
ちょっと言葉を間違えちゃっただけだよね。
きらりが細かいことを気にし過ぎなだけだよね。
もう、寝よう。
これ以上酷い想像をする前に寝よう。
明日の朝になったら、きっと今日より少しは元気になってるはず。
……目が覚めたら、いつものベッドだったら良いのにな。
きらりは悪い想像をかき消すように、泡沫のような希望を胸に目を閉じた。
閉じた瞼から、雫が一筋流れる。
だが目を閉じても、瞼の裏に張り付いた杏の顔はなかなか消えてくれなかった。
19:30 星井美希
美希「あ、そう言えばどっちが先に寝るかまだ決めてなかったよね」
と、美希は会話が一区切りしたところで話題を変えた。
どちらが先に寝るか。
つまり、見張りの当番をどうするかという問題だ。
美希「真くんどっちがいい? ミキはどっちでもいいの」
喋りながら美希は床に座った未央を一瞥する。
目が合い、未央は視線を逸らした。
真はそんな未央の方に数秒目をやった後、美希に向き直り答える。
真「……ボクもどっちでもいいけど、それじゃあ先に寝させてもらってもいいかな」
美希「うん。ミキ、ちゃんと起きてるから心配しないでぐっすり寝ててね」
真「心配なんかしてないよ。えっと、交代は夜中の一時くらい?」
美希「もう少し遅くてもいいよ。ここってエリアのギリギリ端っこだから、
動くのは八時の五分前とかでも間に合うの。
だからミキ的にはできるだけたくさん寝ておいた方がいいって思うな」
真「いや、五分前は流石にやめた方が……」
と、ここで真は何か思い出したように口をつぐむ。
そして不安げに眉をひそめた。
真「ねぇ美希。ボクたちがこのエリアに来たのっていつだったか覚えてる?
あと何分ここに居られるんだっけ?」
19時にカウントが止まるとして、再開するのは翌朝7時。
自分達に残された時間はどのくらいか、何時までこのエリアに居られるのか。
それを不安に思っての質問だったが、しかし美希は不思議そうに小首をかしげた。
質問がわかりにくかったか、と真は改めて尋ね直そうとしたが、
それとほぼ同時に美希は合点がいったように表情を変え、
美希「あっ、もしかして真くん、あの紙まだ読んでないの?」
真「えっ?」
そう言って美希は鞄を開けて数枚の紙を取り出しペラペラとめくる。
そしてその中の一枚の一部分を指さし、真に見せた。
美希「ほら、ここに書いてあるの」
真は紙を受け取り美希の示した箇所を見る。
そこに書いてあった内容を読み、真は美希の言った意味が分かった。
『エリア滞在時間は19:00の時点でリセットされる』
つまり最後に移動した時刻に関わらず、
美希の言う通り八時ギリギリまでここに居られるということだ。
続けて紙を見ていくとそこには美希が示した事項を始め、
最初の説明では述べられなかったことが内容によって分類され記載されていた。
真はおおよそどういったことが書かれてあるのかを把握するため、
手早く紙をめくり全体にざっと目を通す。
『死亡者の発表は三日目の7:00に一度だけ』
『参加者の生死は首輪を通して確認される』
『同士討ちでの死亡もカウントされる』
『三日目の23:50から、生存者の少ないチームの首輪は警告音を発するようになる』
『致命傷を負い死が確定していても三日目の24:00の時点で生きていれば生存者扱いとする』
『勝敗が決すると共に勝者は首輪から射出・噴射される薬により眠らされる』
『首輪を外そうとする、解体しようとする、機能を停止または変更させようとする等の動き、
あるいは島の中心部から3km以上離れたことを感知すると、首輪は爆発する』
真の目に止まったもの以外にも、
知らなくても殺し合いには影響がない程度のことや
わざわざ説明するまでもないようなこと等、補足的な事項が色々と記載されているようだった。
しかし補足的とは言え、知らないよりは当然知っておいた方がいい。
量はそれなりにあるが寝る前に読んでおくべきかと真は考えたが、
美希「ミキ的には、それ読むよりはもう寝ちゃった方がいいって思うな。
ミキと交代してからでも読む時間はあるし、
それにミキもう全部覚えちゃったから、分からないことがあったら聞いてくれればいいの」
そう言って美希は真に早く寝るよう促す。
この状況下でしっかり書類に目を通ししかも内容を覚えたという美希に
真はやはり驚きを覚えたが、敢えてそれを口にすることはなかった。
それより美希の言う通り、確かにそろそろ眠りについた方がいいかも知れない。
いつも寝る時間よりは遥かに早いが、
途中で見張りに起きることを考えればそこまで多く睡眠時間を取れるわけではない。
そう思い、真は美希に紙を返す。
真「うん……。それじゃあ、ボクはもう寝るよ。
一応言っておくけど、ちゃんと起こしてね?
無理して美希の分の睡眠時間削ったりしちゃ駄目だよ」
美希「大丈夫、わかってるの。真くんこそ、ちゃんと眠らなきゃ駄目だよ?」
真「わかってるよ。それじゃおやすみ、美希」
美希「おやすみなさいなの。……人質さんももう寝ていいよ。その方がミキ的には助かるし」
真が横になったのを確認し、美希は表情を改めて未央に目を向けて言った。
未央は美希の言葉に従い倒れこむようにして横になる。
懐中電灯が室内を照らす薄明かりの中、
目を瞑って呼吸する未央の顔を美希はじっと見続けた。
二日目
6:30 音無小鳥
小鳥「みんな、もう準備は出来てる?」
貴音「はい。すぐにでも出発できます」
やよい「す、すみませんお待たせしちゃって……」
響「ううん大丈夫、時間通りだぞ」
小鳥「……それじゃあ、行きましょうか」
その言葉を合図に、四人は小鳥を先頭にして歩き始めた。
西の方に見える灯台へ向かって。
本当ならやはり昨日のうちに向かいたかった。
しかし数時間歩いたことや精神的な疲労により、
日が沈んだ時点で思いのほか彼女たちの体力は削られていた。
そして何より心の準備が必要だった。
ゲーム開始直後ならまだしも、数時間も経てば灯台には誰か居る可能性が高い。
それが765プロの者ならば良いが、そうでなかった時。
疲れきった心と体で的確な判断と行動を選択できるかどうか、分からなかった。
そういった理由から四人は灯台を調べるのは日を改めることにし、
今こうして向かっている。
しばらく歩き、壁の汚れが見える程度に灯台に近付いた。
中に居るのであれば、それが765プロの者でありますように。
四人はそう願いながら歩みを進める。
しかしその歩みは数秒後、同時に止まった。
灯台の屋上の扉がゆっくりと開いたのが見えたのだ。
やはり誰か居たようだ。
四人は無意識的に息を殺し、その正体を確かめるためじっと目を凝らす。
そして次の瞬間、響とやよいはぱっと顔を明るくして声を上げた。
響「春香……! あれ、春香じゃないか!?」
やよい「そ、そうです! 春香さんですー!!」
二人に次いで小鳥、そして貴音も確証を得る。
朝日を浴びるように大きく伸びをするその少女は、確かに春香だった。
765プロの仲間を見付けた嬉しさに、響は両手を大きく上げる。
そして息を吸い込み……
貴音「響」
響「むぐっ……!」
力いっぱい春香の名を叫ぼうとしたところで、貴音が響の口を押さえた。
響は昨日のことを思い出し、首を縦に数度振る。
それを確認して貴音は手を離した。
響「……ご、ごめん。自分、ついまた……」
貴音「いえ、気にしないでください。気持ちが急くのも分かります。
それに私も、仲間との合流は早いに越したことはないと思います」
やよい「わ、私! 早く春香さんに会いたいです!」
小鳥「そうね……。早く、合流しましょう」
そう言って小鳥は駆け出し、三人もすぐ後に付いて行く。
一歩足を出すごとに春香の姿がはっきりと見えてくる。
そしてそれから数十秒後、春香の視界もようやく、その端に動くものを捉えた。
春香「……あっ!? こ、小鳥さん! 響ちゃん、貴音さん、やよい!!」
春香はこちらへ駆けて来るよく知る顔を見て、
少し前の響ややよいと同じように顔を明るくした。
そして慌てて振り向き、屋上への出入り口から中へ向かって叫ぶ。
春香「ご、ごめん千早ちゃん! 一階の入口開けてあげて!」
千早「えぇ、わかった……!」
春香に続き屋上へ出ようと階段を上っていた千早は、その言葉を聞き踵を返した。
直前に春香が呼んだ名はしっかり千早の耳にも届いており、
事情の説明は必要なかった。
美波「! 千早ちゃん!」
アーニャ「どうか、しましたか? 何か急いでいるように見えます」
あと少しで階段を降りきるというところで、千早は美波達と鉢合わせる。
千早は慌てることなく、何があったか二人に手短に話した。
千早「765プロのメンバーが四人、今この灯台に向かってきています」
美波「えっ……ほ、本当!?」
千早「まず私が応対して今のこちらの状況を……
つまり、346プロと協力していることを話します。
新田さんとアナスタシアさんは、奥へ戻って律子と城ヶ崎さんにこのことを伝えてください」
アーニャ「Да……えっと、私たちは、出てこない方がいいですか?」
千早「……そうね。大丈夫だとは思うけど、念のために奥で待っていて」
千早の言葉に美波とアナスタシアは頷き、奥へ駆けていく。
その背中を見送って、千早は出入り口へと向かい、そして扉を開けた。
響「! ち、千早! 千早も一緒だったのか!」
やよい「千早さーん! よ、良かったですー!」
千早が外へ出たとき、小鳥たち四人はもうほぼ目の前まで来ていた。
響とやよいが真っ先に駆け寄り、再会を喜ぶ。
千早「我那覇さん、高槻さん……。四条さんと音無さんも……会えて、嬉しいです」
そう言って千早は四人に笑いかける。
小鳥がゲームの説明をしていたことに関しては、
千早は既に「やらされていた」ということで納得している。
そして今、765プロのメンバーと行動を共にしている姿を見て改めて確信した。
そんな千早に小鳥が何か話しかけようと口を開く。
しかしそれとほぼ同時に、千早の後ろからもう一つ影が飛び出してきた。
春香「本当に良かった……! 千早ちゃん、早く中に入ってもらおうよ!」
春香「あ、そうだ! その前に、私みんなに教えてくるね!」
千早「ま、待って春香!」
声を弾ませ中へ戻ろうとする春香を、千早は慌てて止めた。
そして振り返った春香に引き止めた理由を話そうとしたが、
その前に響が嬉しそうに春香に問いかけた。
響「ま、まだ中に居るのか!? 誰が居るの!?」
春香「律子さんと、それから346プロの人達も三人居るんだ!
美波さんと、アーニャちゃんと、莉嘉ちゃん!」
響の問いに春香もまた嬉しそうに答える。
しかしそれを聞いた響の表情は一瞬強ばった。
響だけではなく、やよいと小鳥もまた同様であった。
春香「? どうしたの、響ちゃん」
響「あ、いや……。な、なんでもない!
346プロの人が一緒って聞いてちょっとびっくりしちゃっただけだぞ!
えっと、みんなで協力してるってことでいいんだよね!」
春香「もちろん! みんなすっごく優しくていい人達だよ!」
笑いながらそう言う春香を見て
上手く誤魔化せた、と響は心の中で胸をなで下ろした。
千早もまた、特に不審がることなく納得してくれたらしい。
響「そ、そっか。それじゃあ……」
と、ここで響はチラと後ろを振り返る。
その先に居るのは貴音と小鳥。
響の視線を受けて、貴音は静かに口を開いた。
貴音「双方で協力し合えることは真、よきことです。
私たちもその輪へ加わることと致しましょう」
『友好的な346プロの者は殺さない』
『可能であれば協力関係を結ぶ』
それが昨晩、小鳥が響たちと交わした約束だった。
響達が小鳥に頼んだ訳ではなく、小鳥が自らそう言ったのだ。
小鳥がこの約束を口にしたのは、
響とやよいを安心させるために他ならない。
そして実際、二人はこれを聞いて表情に安堵の色を浮かべた。
もちろん既に死者を一人出してしまっているという事実は消えない。
しかしそれでも、これ以上犠牲者は出ないかも知れないという希望は
小鳥の狙い通り響達を少なからず安心させた。
だが小鳥は、本気で約束を守るつもりは無かった。
友好的な346プロは、確かにすぐには殺さない。
その代わり、人質として最大限利用する。
小鳥はそう覚悟を決めていた。
灯台へ入るまでの数秒間に、小鳥は早鐘を打つ心臓を鎮めることに集中する。
もう間もなく、346プロのアイドル達に出会う。
自分は覚悟を決めた。
そう、既に一人殺してしまったんだ。
もう後戻りはできない。
と、その時、小鳥は隣を歩くやよいが心配そうにこちらを見上げていることに気が付いた。
今の自分の心が顔に表れていたのかも知れない。
小鳥は長く息を吐き、
小鳥「ごめんね、大丈夫よ」
そう言って笑いかけた。
さっき自分はどんな顔をしていたのか。
やよいを安心させるために貼り付けた笑顔の下で、今どんな顔をしているのか。
それは小鳥自身にも、分からなかった。
・
・
・
律子「えっと、これで私たちからの情報は全部です。
何か気付いたこととか、質問なんかはありますか?」
小鳥「……いいえ、大丈夫です。みんなは何かある?」
貴音「私も特に何もありません」
響「あ、うん……。自分も大丈夫」
やよい「えっと……私も、ないです」
律子「それじゃあ、これからの方針についても話しますね。
まずは――」
小鳥達と346プロの三人は挨拶、自己紹介を交わし、
そして灯台組と小鳥達との間で互いに情報の交換をした。
ただし小鳥側は情報を隠した。
卯月の死に関する全てを、小鳥側は一切話さなかった。
何の為に隠したか。
不安にさせないためか、悲しませたくないからか、
協力関係を結べなくなるからか、信用を得られなくなるからか……。
小鳥と貴音、また響とやよい、
それぞれが考える理由に多少の差はあったがいずれにせよ、
今ここに居る人間が、この武器を使って、あなた達の仲間を銃殺しました……
などということをおいそれと話せるはずがない。
どうしても明かさなければならなくなる瞬間まで秘密にしよう、
と四人は昨晩話し合い、そう決めていた。
律子「――説明はこれで全部かしら。美波さん、補足はある?」
美波「いえ、今ので全部だと思います。ありがとうございます、律子さん」
美波は薄く笑って律子に礼を言う。
律子もそれに微笑み返す。
しかしそんな二人の隣で、春香は心配そうな目をして、響とやよいを見つめていた。
卯月の死を知る者達は皆、胸に抱いた事実と感情とを必死に押し隠していた。
だがやはり響とやよいは、
それを完璧に実行できるような性格も器用さも精神力も、持ち合わせては居なかった。
春香「……響ちゃん、やよい……。二人とも、大丈夫?」
二人の様子を見かね、ついに春香は声をかけた。
初めはみんなに会えたことの嬉しさが勝り気付くことができなかったが、
律子の説明の途中から春香は気付き始めていた。
また先に口に出したのは春香だったが、
律子と千早も二人の様子には気が付いていた。
しかし当然ながら、何があったのかまで気付いたわけではない。
殺し合いゲームという異常な状況に心が磨り減ってしまっているのだと、
また伊織の件を聞いて心配している、不安になっているのだと、春香達はそう思っていた。
律子「……ごめんなさい。やっぱり、伊織のことは
もう少し慎重に話すべきだったかも知れないわ」
千早「我那覇さんと高槻さんは、少し横になって休んでいた方がいいかも知れないわね……」
やよい「え、あの、えっと……へ、平気です! 私、大丈夫ですから!」
響「そ、そうだぞ! なんくるないさー!」
三人に心配され、響達は慌てて健在を主張する。
様子を変に思われた、隠し事に気付かれるかも知れない、と焦りを感じたのだ。
しかしそんな二人に、今度は貴音がそっと声をかけた。
貴音「二人とも、無理は禁物です。
今は千早の言う通りゆっくりと休んで、心を落ち着けることが肝要です」
『無理に否定すると不自然に思われる』
『だからここは素直に休んでおこう』
貴音の言葉はもちろん二人を心配しての物でもあったが、
裏には少なからずそのような意図が含まれていた。
響とやよいはその裏の意味まで読み取ったかどうかは分からないが
少し迷った結果、素直に従うことにした。
響「それじゃあ……休むことにするさー」
やよい「ごめんなさい……」
春香「謝ることなんかないよ!
ほら、こっち来て! 二階にベッドがあるんだ!」
美波「あ、それじゃあ私、二人の荷物持って上がるね?」
アーニャ「私も、手伝います。えっと……ヤヨイ。荷物、持ちますね」
響「え、あ……ありがとう……」
やよい「あ、ありがとうございます!」
莉嘉「えっと、えっと、あっ! じゃあアタシはドア開ける!」
律子「別に無理に仕事探さなくても……」
昨晩野宿した765プロの者達を慮ってか、
率先して響とやよいの手助けをしようとする346プロの三人。
その優しさを受けて少々困惑気味の響達に、春香はにっこりと微笑みかけた。
春香「大丈夫だよ! 心配な気持ちや不安な気持ちも分かるけど……でもきっと大丈夫!
だって346プロの人達、こんなに優しくて心強いもん!
だから絶対、協力すればみんなで一緒に帰れるよ!」
そう言っていつものように元気に笑う春香。
その後ろで穏やかな笑みを浮かべる千早と律子。
そしてそんな765プロの皆と同じように笑顔を浮かべる346プロのアイドル達。
そんな彼女達から、小鳥はほとんど無意識に目を逸らした。
そこには、いつもの笑顔があった。
自分が大好きな光景があった。
自分が守りたい、守らなければならないものが、そこにはあった。
……守らなければならないものとは、何だったか。
『あいつらのこと、よろしくお願いします!』
そうだ……みんなのことを、守らなければいけない。
みんなの、何を?
私はみんなの笑顔を、この幸せな光景を、守りたい……。
でも、それは今、ここにある。
みんな裏のない笑顔を、向け合ってる。
346プロの子達と……。
違う。
命があるから、笑顔があるんだ。
命があるから、幸せがあるんだ。
守るのは命……765プロのみんなの、命を守らなきゃいけないんだ。
殺さない。
……そう、人質だからだ。
人質だから、今はまだ、殺さない。
そう、人質だからだ、人質だから……。
みんなを守るんだ。
守らなきゃいけないんだ。
だからやるんだ、それ以外に方法は無いんだから。
だから私は……。
小鳥は何度も自分に言い聞かせた。
昨日と同じように、何度も、何度も。
6:45 水瀬伊織
真美「……いおりん……?」
真美は小さな声で呟くように名を呼び、
突然立ち止まった伊織に不安そうな視線を向ける。
しかし伊織は答えず、見開かれたその目は探知機の液晶に釘付けになっている。
少し前に起床し行動を開始した伊織達は今、灯台を目指して歩いていた。
元々今日は初めに灯台へ行ってみるつもりではあった。
とは言っても、それを決めた時点ではまだ明確な目的があったわけではない。
しかし目覚めてすぐ、灯台へ向かうためのこれ以上ない理由ができた。
探知機に表示された四つの点が、灯台へ向かって移動していたのだ。
点の色は、そこに居るのが765プロの者であることを示していた。
後を追わない理由がない。
そう思い、仲間と合流すべく二人は予定通り灯台へ向かった。
そして伊織の足が止まったのは、探知機の画面に灯台が表示された時だった。
呼びかけても反応しない伊織を疑問に思い、
真美は伊織の手に握られた探知機へ目を落とす。
が、次の瞬間全身の血液が凍りつく感覚を覚えた。
灯台のある位置に、二種類の色が点滅している。
複数の点は完全に重なり、間違いなくそれらが同じ場所に居ることを示していた。
少しでも詳しい状況を把握するため、伊織は探知機を操作し灯台周辺を拡大する。
すると重なっていた点のそれぞれの細かい位置、また数が分かった。
どうやら、765プロと346プロが三人ずつ居るらしい。
と、そのうち765プロを示す二つが移動し、灯台の外へ出た。
そして初めに探知した四つの点が、
その二つの点に招き入れられるように灯台の中へと入っていった。
これを見て伊織は状況を推察した。
灯台の中に居た六人は恐らく、互いに協力し合っている。
どの程度信用し合っているかは分からないが
少なくとも現時点では協力する姿勢を見せている、と。
だがここで、不意に真美が伊織の思考を止めた。
伊織の腕にしがみつき、
真美「た、助けなきゃ……! みんな死んじゃう……殺されちゃう……!」
今にも泣き出しそうな顔で真美はそう言った。
伊織は真美の顔を見つめ、そして震える真美の手を握る。
伊織「……そうね。行きましょう」
そう言って真美の手を引き、駆け出した。
その後、二人が灯台へ着くこと自体は早かった。
だがそこからは彼女達にとって最大の慎重さを要した。
今の二人には、まともな武器がない。
真美は杏から逃げる際、唯一の武器である鎌を取り落としていた。
当然亜美のゴルフクラブも同様である。
現時点で彼女たちの持つ武器は、伊織の探知機と音響閃光手榴弾が三つ。
使いようによっては有用だが、
咄嗟に身を守るには心もとないと言わざるを得ない。
だから二人は、可能な限り灯台内部の把握に時間をかけた。
無警戒に中へ入って後悔することだけは避けたい。
真美には灯台の目視を任せ、伊織は液晶に映る点に集中する。
二人は音を立てぬよう近付き、聞き耳を立ててみる。
が、壁は厚く、波の音しか聞こえない。
こうなればもう、ノックでもしてみるしかないか……。
と伊織がそう考え始めたその時。
しばらく変化の無かった液晶に、動きがあった。
765プロを示す点の一つが移動を始めたのだ。
伊織は初め、もしかすると外へ出るつもりなのかも知れないと思った。
しかしどうもそうではないらしい。
灯台の中をうろうろと、円を描くように動いている。
それが螺旋階段を昇っているのだと気付いたのは、
頭上から声をかけられるほんの一瞬前だった。
貴音「……伊織と、真美でしたか」
恐らく気配を感じて様子を見に出てきたのだろう。
突然の声に驚いた伊織達が見上げた先には、
屋上から覗き込むようにしてこちらを見下ろす貴音の顔があった。
微かに安堵の色を浮かべていた貴音。
しかし、
真美「お姫ちん!!」
そう名を呼んだ真美を見て、表情を改めた。
そして、努めて落ち着いた声で真美と伊織に声をかける。
貴音「今から降りましょう。入口付近で待っていてください」
二人は指示に従い、入口の扉の前まで移動する。
伊織はその間念の為に探知機を注視していたが、
346プロの者に動きはないようだった。
貴音を示しているであろう点は階段を降りてすぐ扉へと移動し、
それに伴って目の前の扉が開かれる。
そして中から貴音が姿を現すと同時に真美はしがみつき、
声を殺して囁くように叫んだ。
真美「に、逃げなきゃ! 他のみんなも早く呼んで!!
346プロの人居るんでしょ!? 逃げようよ!!
殺されちゃう!! みんな殺されちゃうよ!!」
両手で貴音の服を掴み、必死な形相を浮かべる真美。
そんな真美の様子に貴音は一瞬目を見開いたが、数秒後、
真美の両頬にそっと手を添え、そして目線を合わせて言った。
貴音「……大丈夫ですよ、真美。ここには脅威になる者は居ません」
真美「で、でも、でも……!」
貴音「私は殺されません。ここに居る皆も死にません。
ですから、落ち着いて。私の目を見て深呼吸をしてください」
目を見てはっきりと断言した貴音の言葉。
この言葉は半ば錯乱状態にあった真美の耳にもしっかりと届いた。
涙目ながらも真美は貴音の言う通り深呼吸をする。
そして真美が落ち着いたのを確認し、貴音は伊織へと顔を向けた。
貴音「他の765プロの者をここへ呼びましょう。
何があったかは、皆で聞きます」
伊織「助かるわ、そうしてちょうだい。……真美」
と伊織は未だ貴音の服を掴み続けている真美を呼び寄せる。
真美は黙って手を離して伊織の元へ戻り、
ここへ来るまでと同じように伊織の袖をきゅっと握った。
伊織より背の高いはずの真美は、一回りも二回りも小さく見える。
一体真美に何があったのか……貴音の脳裏を最悪の予感がよぎる。
そしてその予感が外れていることを祈りながら、
貴音は灯台の中へ入っていった。
それから数分も経たないうちに、中に居た765プロのメンバーが次々と外へ出揃う。
伊織はその中にやよいと小鳥が居るのを見て、思わず目を逸らした。
しかしやよいは伊織と真美の姿を確認するやいなや、
真っ先に駆け寄って嬉しそうに声を弾ませる。
やよい「伊織ちゃん、真美! 良かったぁ……!」
だがそんなやよいとは対照的に、二人の顔は晴れない。
真美はずっと不安そうな表情で伊織の袖を掴み、
伊織はやよいと目を合わせたくないかのように下を向いている。
そしてそんな二人の様子を見てやよいが何か声をかけようとした直前、
最後に灯台から出てきた律子の声が伊織の目線を引き上げた。
律子「伊織! 本当に心配したのよ……!
あなたと美波さんの件を聞いてから、もう心配で心配で……」
律子の口から美波の名が出たことで伊織の心臓は一瞬跳ねた。
しかしすぐに事態を把握し、平静を取り戻す。
伊織「それじゃ、中に居るのは新田美波ってことね……。
……間違いなく信用できるの?」
律子「ええ。先に出会ったのは春香達だけど、
この子達の話を聞いてもまず間違いないわ」
律子の言葉に春香は何度も頷く。
伊織は春香を見、そして千早を見た。
その視線を受けて千早も静かに頷く。
伊織「……春香はともかく、千早がそう言うんならその通りなんでしょうね」
律子「それに私達はこの灯台で一晩過ごしてる。
念の為交代で一人ずつ起きてるようにはしてたけど、
346プロの子が起きていて765プロが全員寝てるなんて時間もあった。
もしあの子達に敵意があったとすれば、とっくに襲われてるはずよ」
貴音「私も初めは警戒しておりましたが、
彼女達の目からは一切の敵意も悪意も感じ取れませんでした。
その点に関しては信用して大丈夫かと思われます」
律子の理屈に基づいた言葉と、貴音の感覚に基づいた言葉。
根拠は異なるが、どちらも十分な説得力を持っていると伊織は感じた。
自分の行いが原因で美波が765プロを敵視するというようなことも無かったらしい。
そのことに伊織はほんの少し安堵した。
伊織「……あんた達がそこまで言うなら私も信じるわ。
本当にお互い協力してるのね」
この伊織の言葉に律子達はホッと胸を撫で下ろす。
春香は俄かに顔を明るくし、そして伊織と真美に声をかけた。
春香「そうそう、みんなで協力して解決策を考えてるの!
だから伊織、真美! 二人も……」
伊織「嫌よ。私はそんな現実逃避なんて御免だわ」
春香の言葉を遮り、伊織はきっぱりと言い切った。
あまりにあからさまに拒絶され、春香は思わず言葉に窮してしまう。
そんな春香に代わって律子が口を開こうとしたが、
それすら遮るように伊織はすぐに続けた。
伊織「あんた達が信用できる相手と一緒に居るなら別に良いわ。
私と真美は別行動を取るけど、そのことに対して文句を言ったりしない。
でも、これだけは覚えておきなさい」
伊織はそこで言葉を区切り、少しの沈黙が生まれる。
その時……律子達は伊織の唇が震え始めたのに気付いた。
それとほぼ同時に、伊織は震えを抑えるように唇を噛む。
そして目を伏せ、震える声を押し殺すようにして、静かに言った。
伊織「346プロの中には……もう、私達を殺す気の奴らが居るわ」
この言葉の直後、伊織へ集中していた視線が、真美へと移った。
突然伊織の肩に額を押し付けるようにして、泣き始めたのだ。
まさか、とその場の数人の頭に浮かんだ最悪の想像は、
涙と共に発された伊織の言葉によって、事実だと告げられた。
伊織「亜美が……亜美が346プロの奴らに、殺されたのよ……!」
その瞬間、伊織と真美を除く全員の頭が一瞬真っ白になった。
真美は改めて事実を聞かされてしまったことで、一際大きな声で泣きじゃくる。
伊織も肩を震わせ俯き、涙を流している。
この二人の様子を見て、一同は呆然と立ち尽くしてしまう。
仲間の死という事実をどう処理するべきか、脳が混乱してしまっているのかも知れない。
しかし辺りに響き渡る真美の泣き声がその脳に、体に、じわじわと染み入ってくる。
だが彼女達はすぐに涙を流すことはなかった。
亜美の死を実感し涙が出てくるより先に、
背後の出入り口から、影が顔を覗かせた。
それは346プロのアイドル達だった。
突然聞こえた大きな泣き声に、
何か大変なことがあったのかも知れないと心配になり様子を見に来たのだ。
そんな彼女達に初めに気付いたのは伊織。
次いで伊織の視線を追って、他の765プロの者達も背後に立つ美波達に気が付く。
扉を開けた先に広がっていた異様な雰囲気に、346プロの三人は困惑した。
こちらを睨みつける伊織、その腕にしがみつき泣きじゃくる真美、
また振り向いた協力者達の悲哀に満ちた表情。
美波「な……何があったんですか?」
美波は短く、一番近くに居た小鳥にそう聞いた。
しかしこの質問に真っ先に反応したのは小鳥ではなかった。
俯いて泣きじゃくっていた真美は、耳に入った聞き慣れない声に反射的に顔を上げる。
そして346プロのアイドル達が目に入ったその瞬間、真美の様子が変わった。
真美「ひっ……!」
短い悲鳴を上げて真美は伊織の背中に隠れる。
呼吸は荒く、体は震えている。
先ほどまでの泣き声は完全に収まっている。
しかしそれは泣き止んだのではなく、泣き声を上げることすらできないほど
怯えきっているということは誰の目から見ても明らかだった。
あの子は自分を見て怯えている。
それに気付いた美波は、敵意のないことを示そうと、
美波「だ……大丈夫、私達は何もしないわ。だから安心して、ね?」
笑顔を浮かべ、そして優しい声で話しかけた。
だがその対応は、今の真美にとって完全に逆効果だった。
真美「いっ……嫌ぁあッ! やだぁああ!! やだああぁああああッ!!」
伊織「っ……やめなさい! この子に話しかけないで!!」
美波が優しく話しかけた途端、真美は半狂乱になって泣き叫んだ。
その異様な反応と伊織の怒声に、美波は肩を跳ねさせて口をつぐむ。
そして今までより更に濃い困惑の色を浮かべる346プロの三人に、
小鳥は目線を落としたまま言った。
小鳥「あの子の妹の亜美ちゃんが……346プロの子に、殺されたの」
それを聞き、美波達は息を呑んだ。
そして再び真美の方へ見開かれた目を向ける。
伊織はその視線から守るように真美の体を強く抱きしめ、
美波達を睨み返すようにして叫んだ。
伊織「そうよ……亜美はあんた達の仲間に殺された……。
しかもさっきのあんたみたいに、笑顔で近付いて来て……!
この子達が気を許した瞬間、銃で撃って殺したのよ!!」
これを聞き、346プロと765プロ双方に強い動揺が広がる。
不安や恐怖で思わず殺してしまった、ならばまだ心情的には理解できる。
しかし、そうではないと伊織は言う。
346プロの者が騙し討ちのような手段を用い、殺人を犯した。
そのことは同じ346プロの三人にとっては特に信じがたく、
莉嘉「う、嘘……そ、そんなわけ……」
莉嘉は思わず伊織の言葉を否定したい気持ちを漏らした。
莉嘉がまだ幼いことを差し引いても、
自分の友達が誰かを騙して殺したという事実はそう簡単に受け入れられるものではない。
しかし今の伊織には、莉嘉の心情を慮るだけの余裕は無かった。
伊織「『そんなわけ』……何よ。そんなわけないって言いたいの……?」
そう言い、伊織は莉嘉へと視線を移す。
その目には今まで伊織が抱いたことのない種類の怒りがこもっている。
そしてそれに気付き肩を跳ねさせた莉嘉に追い打ちをかけるように、伊織は大声で怒鳴った。
伊織「言ってみなさいよ……そう思うならこの子にそう言ってみればいいじゃない!!
亜美が殺されたのは嘘だって、そんなわけないって、
この子に向かってそう言ってみなさいよ!!」
律子「い……伊織、落ち着いて!!」
今の伊織は感情が制御できていない。
今にも莉嘉に向かって飛びかかりそうな伊織の肩を、律子は咄嗟に掴む。
しかし次いで律子の口から出た言葉は、律子自身の体と心を凍りつかせてしまった。
律子「莉嘉や彼女達に何を言ったって、もう……!」
もう、何なのか。
自分は今何を言おうとしたのか。
直前で飲み込んだ言葉が、胸の中を、頭の中をかき乱すのを律子は感じた。
伊織の肩に置いていた手を自分の口元へ運び、
そのまま膝から崩れ落ちるようにして、律子は地面に座り込んだ。
『亜美は二度と帰ってこない』
頭にこびり付いたこの言葉をかき消すように、律子は声を上げて泣いた。
そしてこの律子の泣き声が、他の765プロの者達の感情に、亜美の死を理解させた。
律子と同じように崩れ落ち泣き声を上げる者、声を押し殺しながら涙を流す者、
ただ表情を歪め、拳を握る者……。
仲間を失った悲しみに暮れる皆を、346プロの三人はただ見ていることしかできなかった。
しばらくその場には泣き声だけが響き続けるかと思われた。
だが唐突にその時間は終わりを告げる。
伊織「……諸星きらりと、双葉杏。やったのは多分この二人よ……」
脈絡なく発された伊織の言葉。
それを聞きある者は恐る恐る、ある者は驚いた様子で伊織に目を向ける。
伊織の目にはやはり皆と同じように涙が浮かんでおり、
その表情からは怒りも読み取れた。
しかし先ほどまでの感情の昂ぶりは既になく、
その場に居る者全員に情報を伝えるべく静かに伊織は話し始めた。
伊織「油断させたのが諸星きらりで撃ったのが双葉杏……。
もう一人居たみたいだけど、そいつのことは分からない。
私は実際に見たわけじゃないけど、
でもその二人だってことは真美の話から考えて間違いないわ……」
美波「き、きらりちゃんと、杏ちゃんが……」
そう呟いた美波に、伊織は目を向ける。
美波は思わず身を固くしたが、伊織はふっと目を逸らし、
伊織「……さっきは私も少し興奮してた。
騙し討ちしたのは私も同じだし、亜美を殺したのはあんた達じゃない。
もう、そこを混同する気はないわ……。それに、そういうゲームなんだしね。
あんた達がゲームに乗り気じゃないってことも、信用してあげる。
でも……」
と、そこで伊織は再び美波達へ視線を向ける。
そして莉嘉とアナスタシアを見て、静かに片手を出し、言った。
伊織「やっぱり、武器は渡してもらうわ。あんた達に配られた武器を出しなさい」
その言葉に、二人は困惑する。
自分の仲間が双海亜美を殺してしまったこと、
自分の仲間に双海亜美が殺されてしまったこと、
そのことに深い悲しみと罪悪感に近い感情を彼女達は持っていた。
自分達は、伊織の言葉を拒否できる立場には無いのかもしれない。
しかし武器を要求した伊織の真意が分からない。
身を守る武器を手に入れるためか、
あるいは765プロの脅威となり得る可能性を完全に排除するためか。
それならまだ良い。
だが、もしそうでないなら。
守るためでなく攻めるためだったなら、
自分が武器を渡したことで346プロの誰かが殺されてしまうかも知れない。
そう思うと、二人はやはり簡単に伊織の指示に従うことはできなかった。
とは言え、もしもここで伊織がより強く押せば二人はその指示に従っていただろう。
しかしその「もしも」は、現実とはならなかった。
律子「駄目よ、伊織……。武器は渡せないわ……!」
先程まで亜美を失った悲しみに打ちひしがれていた律子。
しかし今、その声色にはしっかりとした意志が宿っていた。
律子は立ち上がり、そして涙に濡れた目で伊織の顔を真っ直ぐに見て言った。
律子「武器を渡せば、きっとあなたは346プロの子を傷付けてしまう……。
そしたら、今度はあなたが狙われるかも知れないのよ!」
伊織「……傷付けなくたって、どうせ狙われるわよ。亜美を殺した奴らにね。
それとも何? あんた、私が為すすべもなく殺されてもいいって言うの?」
律子「っ……そんなはずないでしょ!? 私は、あなたのことを心配して……!
もう……もうこれ以上、誰にも死んで欲しくないのよ!!」
伊織「……」
律子は自分のことを心配してくれている……そんなことは分かっている。
口には出さずとも、伊織は律子の気持ちを十分に理解できていた。
だがそれでも今の自分は、律子と話し合って意見をすり合わせることはできない。
武器の奪取は無理だ。
伊織はそう感じ、静かに目を閉じた。
伊織「もういいわ。真美、行きましょう」
伊織はそう言い、真美は少しの間を空けて黙って頷く。
そして二人は律子に背を向けた。
律子「なっ……ふ、二人ともどこに行くの!?」
伊織「言ったでしょ、あんた達とは別行動を取るって。
そっちはお互い仲良くやってれば良いわ。
その方が死ぬ確率は少なそうだし。
でもこっちはこっちで、取るべき行動を取らせてもらうから。
たださっき言った通り、
やる気になってる346プロの連中も居るってことは忘れるんじゃないわよ」
慌てて声をかけた律子に、伊織は肩越しに目線だけをやって早口気味にそう答えた。
そして前を向き、真美と二人で歩き出した。
律子「ま、待って! 二人とも、お願い、待って……!」
必死に声をかけるが、二人は振り向くことなく去って行く。
だが律子はその場から動くことができず、ただ小さくなっていく二人の背中へ叫び続ける。
本当なら、今すぐ駆け出して力尽くでも止めるべきなのかも知れない。
しかしその場に居る誰も、それはできなかった。
伊織が単に346プロを警戒しているだけなら、間違いなく止めていた。
亜美が殺されたという事実があったとしても、きっと止めていた。
しかし律子達が二人を引き止めることができなかった理由は、伊織ではなかった。
美波に話しかけられて泣き叫んだ、真美。
彼女は去り際までずっと、そして今も何度も振り返り、
怯えた目で346プロの三人を見続けている。
そのことが彼女達にこれ以上ない躊躇を与えた。
美波達に敵意はないと、真美もきっと頭では分かっている。
だが真美の心は今や、完全に346プロへの恐怖に侵されてしまっていた。
亜美が殺されたこと。
しかも一度心を許した相手に殺されたこと。
その事実が真美の心へ与えた影響は計り知れない。
誰が何を言おうと恐らく彼女の中の恐怖心が消えることは二度とない。
346プロの者ががただ近くに居続けるだけで、
想像を絶する恐怖が、苦しみが、真美を襲い続けるだろう。
もしかすると、心が耐え切れなくなってしまうかも知れない。
真美の美波達に対する態度は見た者にそう思わせるのに十分なものであり、
そしてそんな状態の真美に、
346プロとの協力を強いることは彼女達にはできなかった。
どうすることが正解なのかその場の誰にも分からなかった。
真美の精神状態は心配だが、
殺される危険だけでも減らすためにここに居させるべきなのか。
それとも二人が自分の身を守れるよう、武器を渡した方が良いのか。
それとも灯台での協力を放棄してでも誰かが二人に付いて行くべきか。
それとも……。
考えれば考えるほど、いたずらに選択肢が増えていく。
そしていずれの行動を選択した場合を想定しても、
良い結果と悪い結果が浮かんでは消え浮かんでは消え、答えは出ない。
そうして悩むうちに二人の背中はどんどん小さくなり、
森の中へと入った後はあっという間に見えなくなってしまった。
残された者達は皆、しばらくそこから動くことができなかった。
7:40 双葉杏
李衣菜「……本当に行くの? まだ爆弾持ってる奴が居るかも知れないのに……」
そう聞いた李衣菜の視線の先には、
もう一つの集落へ行くための支度をする杏の姿があった。
周辺で爆発音がしたということは李衣菜たちも既に知っている。
そんな場所へ自ら赴こうとする杏を案じての言葉だった。
しかし杏はそんな李衣菜に対し、変わらず落ち着いた様子で答える。
杏「まぁ、やっぱり早いうちに調べておきたいしね。
それに危ないのはどこも同じだよ。
爆発起こした人がこっちの集落に来る可能性だってあるんだし」
その言葉に対する李衣菜、みく、蘭子の反応はそれぞれだったが、
緊張感が高まったという点では共通していた。
杏はそれを確認し、今度はきらりとかな子に目を向けた。
杏「それで、二人ともどうするか決めた?」
その言葉にかな子達は二人で顔を見合わせる。
そしてすぐに杏に向き直り、
かな子「私たちも……一緒に行ってもいいかな」
少し遠慮がちにだが、かな子は杏の目を見てそう答えた。
杏はかな子の返事を聞き、きらりに目を向ける。
きらりは慌てたように目を逸らしたが、覚悟を決めるようにぎゅっと目を瞑り、
そして杏と目を合わせて頷いた。
杏「……それじゃ、もうちょっと待ってて。もうすぐ準備終わるから」
そう言って杏は二人から目線を外し、支度の続きを始めた。
それから数分後、準備は整った。
必要最小限に厳選した荷物を持ち、杏は立ち上がる。
杏「それじゃ、行ってくるよ。何もなかったらすぐ戻ってくるから」
李衣菜「うん……気を付けて」
みく「……ごめんね。みく達、一緒に行けなくて」
杏「別にいいよ、謝らなくても。それよりちゃんと安静にしてなよ。
あ、でももし何かあったらすぐ逃げなきゃ駄目だからね」
横になったままのみくに杏はヒラヒラと手を振って背を向ける。
その背中に向け、蘭子も声を搾り出すようにして声をかけた。
蘭子「あ、あのっ……! き、気を付けて、ください……!」
杏「お互いにね。さっきも言ったけど、危ないのはここも一緒なんだから」
杏はやはり落ち着いた声でそう答え、きらりとかな子を連れ部屋を出て行った。
7:45 星井美希
美希「ミキ的には、もうしばらくここで待ってた方がいいって思うな」
そろそろ準備しよう、行くなら早い方がいい。
そう提案した真に、美希ははっきりと反論を述べた。
その理由を真が問うより先に美希は話し始める。
美希「だってこっちから行くより、向こうから来てもらった方が安全なの。
ミキ達があっちの集落に行っても、どの家に誰が居るかなんて分からないよね?
でも家の中で待ち伏せしてる人達からは
ミキ達のことが丸見えになってるかも知れないの。だからミキは反対」
この意見を聞き、真は実際に自分達が向こうの集落へ着いた時の状況を想像する。
そして、確かに美希の言う通りかも知れない、と思った。
次の行き先は今自分達が居る集落の北西にある、もう一つの集落。
その点については二人の意見は一致していた。
しかし出発は早い方がいいと言う意見について、美希は反対している。
美希「人質が居るって言っても、例えば家の中からいきなり撃たれちゃったりとか、
物陰からいきなり襲いかかられたりとかしたらどうなるか分からないの。
だからミキは、こっちが346プロの人を待ち伏せした方が良いと思うな。
ここからなら誰か来たらすぐ分かるし、爆弾だって使いやすいもん。
きっとそっちの方が良いの」
真「……でも美希、346プロの人がここに来てくれるとは限らないよ。
確かに可能性としては低くないかも知れないけど、
ここで待っていてももし誰も来なかったら……」
美希「じゃあ、午前中くらいだったら良いよね?
12時くらいまで待って、それで誰も来なかったら出発するの。それじゃ駄目?」
真「……わかった。それじゃ、12時まではここに居よう」
その返事を聞き、美希は薄く笑った。
そして横でずっと黙っていた未央にチラリと目を向け、
俯き気味の未央の顔を覗き込むようにして言った。
美希「もし346プロの人が来たら、人質さんの出番だからね。
ちゃんと人質さんになっててね? そしたら殺さないであげるから」
確認とも忠告とも取れるこの言葉に、未央は卑屈な笑みを浮かべて二度三度頷く。
美希はその顔を至近距離で数秒見つめた後、真に視線を外した。
美希「真くん、見張る場所とか決めよ? 作戦会議なの」
そうして二人は、更に話し合いを続けた。
未央は目を閉じて、二人の会話をただ黙って聞いていた。
8:00 水瀬伊織
伊織は草木の中にじっと身を伏せて探知機を注視する。
息を潜め、目と耳に神経を集中する。
聞こえるのは波の音と、真美の息遣い、それと、
凛「見えてきた……。智絵里、もうすぐだよ」
智絵里「う、うん……!」
微かに聞こえる346プロのアイドル達の話し声。
液晶に映る二つの点が最接近する。
とは言っても距離はそれなりにあり、気付かれる恐れはほぼない。
凛達が通り過ぎていったのを見計らって、伊織は木の陰からそっと頭を出す。
少し離れた場所に、恐らく灯台に向かって砂浜を歩く二人の背中が見えた。
そして、はっきりと見た。
二人の手にはそれぞれ武器が握られている。
一つはサバイバルナイフ。
そしてもう一つは、拳銃。
チャンスだ。
この機を逃さない手は無い。
少なくとも拳銃、できれば両方手に入れたい。
あの二人が765プロに対して友好的かどうか、それは分からない。
そして分からない以上、武器を奪うのに手段を選ぶことはできない。
交渉など論外だ。
相手が殺意を持っていた場合、今の自分達には拳銃から身を守る術がないのだから。
だから、やるしかない。
それが絶対のルールなのだから。
伊織は長く息を吐いて覚悟を決め、真美に目配せする。
それを見て真美は慌てた様子で耳を抑え目を瞑った。
真美が耳を塞いだのを確認して、
伊織は手に持っていた音響閃光手榴弾のピンを抜く。
そして、まだこちらに気付いていない凛と智絵里の背に向けて投げた。
手榴弾は弧を描き、二人の右上方を通過して、見事目の前に落ちた。
凛「っ!」
智絵里「ひっ……!?」
突然視界に映った飛来物に驚き、二人は思わず注視する。
そして次の瞬間。
智絵里が小さく上げた悲鳴ごと、その場を爆音と閃光が覆い尽くした。
その直後、伊織は森を出た。
凛と智絵里は伊織の狙い通り、砂の上に倒れ伏して身を固くしている。
二人に向かって走りながら、伊織は智絵里の拳銃と荷物を確認した。
智絵里は自分が銃を握っていることなど忘れているかのように、
頭を抱えて体を丸めている。
そして数秒後。
智絵里が握っている銃は強引に指から引き剥がされた。
また伊織は銃を奪うと同時に、
傍に落ちていた智絵里の荷物も自分の後ろへと放り投げた。
突然の出来事に智絵里は驚いて声を上げ、反射的に伊織の方を見る。
だが閃光を直視した目は、まともに働いてくれない。
ただそこに何者かが居るという、それだけの情報しか得られない。
そのことが恐怖心を更に掻き立て、敵の存在を確認したにも関わらず
智絵里は逃げることも立ち向かうこともできなくなってしまった。
しかしそのことが智絵里にとって幸いした。
無力に怯える少女の姿が、伊織に僅かな躊躇を与えたのだ。
つまりそれは、伊織に隙が生まれたことに他ならなかった。
凛「ぅあああぁあああッ!!」
突然の叫び。
それを聞き伊織が咄嗟に目を向けた直後。
伊織の両目を、痛みが襲った。
伊織が感じたのは目の痛みだけではない。
顔全体に、何かがぶつかったのを感じた。
少し遅れて口の中の不快な異物感にも気付く。
そこで伊織はようやく何が起こったか理解した。
爆音と閃光の衝撃からいち早く回復した凛が、敵の存在を感じ取り砂を掴んで投げたのだ。
砂粒は目を直撃し、伊織の視界は今や完全に奪われている。
それに対し凛の視力は、敵を視認できる程度には機能している。
凛は立ち上がり、利き手にナイフを構える。
今この瞬間は、自分以上に敵の視力は不自由になっているはず。
やるなら今しかない。
そう決断し、凛は足を踏み出して
伊織に向けてサバイバルナイフを思い切り振り抜いた。
しかし、
伊織「ッぐ……!?」
伊織を襲ったのは、頭部への打撃。
伊織はそれに一瞬怯むが、しかしこれは凛にとっても想定外だった。
切りつけるはずが、柄の部分で殴りつけてしまった。
視界の不良が災いし、凛は伊織との距離感を誤ったのだ。
失敗した、今度こそ……と凛はもう一度ナイフを振りかぶる。
だがそれと同時に、伊織は目を閉じたまま凛が居るであろう位置から距離を取った。
そして凛が距離を詰めようとした次の瞬間。
霞んだ視界に、もう一つの影が飛び込んできた。
真美「いおりん……!!」
待機するように言われていた真美だったが、
伊織の身に危険が迫ったと見て慌てて駆け寄ったのだ。
そして伊織の腕を掴み、
真美「こっち!! いおりん、こっち……!!」
そう言って森の中へ逃げようと必死に引っ張る。
しかしそんな真美の胸に、伊織は何かを押し付けた。
真美が視線を落とすとそこにあったのは、
伊織が智絵里から奪った銃だった。
そして真美がそれを確認したのと同時、伊織は目を閉じたまま怒鳴るように叫んだ。
伊織「撃って、真美! 早く!!」
真美はその声を聞いて、ほぼ反射のように伊織の手から銃を受け取る。
そして、伊織に切りかかった「敵」に向けて、構えた。
凛「っ……!」
朧げな凛の視界だが、銃口を向けられたことは分かった。
それが誰かも分からないし、周りの音もほとんど聞こえない。
ただ分かるのは、765プロと思しき人間が一人増えたことと、
相手が自分達に明確な敵意を持っているということだけ。
こんな状況で下手に身動きを取れるはずがない。
凛は間も無く自分を貫くであろう痛みへの恐怖に、思わず目を瞑った。
が、しかし。
完全に抵抗の意思を失った凛に向けて銃を構えた真美の手は、
これ以上ないほどに震えていた。
伊織「真美!? どうしたの、真美……!?」
未だ目を開けることのできない伊織は、
発砲音が聞こえないことに焦りを感じ真美の名を呼ぶ。
しかし真美の耳には伊織の声は届いていない。
いつの間にか真美の視界は涙に滲んでいる。
心臓は張り裂けそうに鼓動し、呼吸はまともに肺に空気を送っているのかすら分からない。
そして数秒後。
伊織の耳に聞こえたのは発砲音ではなく、
喉から漏れ出すような、真美の泣き声だった。
伊織がそれを聞いたのと、凛が決断したのはほぼ同時だった。
閉じた目を恐る恐る開けた凛は、なぜか敵が銃口を下げていることに気が付いた。
表情は分からず声も聞こえないため、理由は分からない。
しかし、今しかない、と凛はそう思った。
凛「智絵里、立って!!」
すぐ隣で震える智絵里の肩を抱き、凛はそう叫ぶ。
大声で叫んだ凛の声は、麻痺した智絵里の耳にも届いた。
智絵里は仲間の声にようやく動くことができ、凛の手を握って立ち上がる。
そして伊織達に背を向けて二人はその場から逃げ出した。
伊織「っ……この……!」
伊織は凛の声を聞いてほんの僅かに目を開けた。
真美が銃を握っていることを確認し、その手から銃を取る。
そして去って行く凛達の背中に銃口を向けた。
しかし、やはりまともに目を開けていられない。
しばらくなんとかして照準を定めようとしたが、
二人が木の陰に隠れて見えなくなった辺りで、伊織は歯噛みして銃口を下ろした。
俄かに喧騒は収まり、海岸には再び静けさが訪れる。
伊織の耳には、波の音と、真美の泣き声しか聞こえなくなった。
伊織は手探りで、智絵里から奪った荷物から
ペットボトルを取り出し、その水で目を洗った。
砂を洗い流し、何度か目を開閉させ、痛みが無いことを確かめる。
ついでに口もゆすいで砂を吐き出し、顔を袖で拭った。
その時になってようやく伊織は、真美の姿をはっきりと見た。
真美は地面にへたり込むように座り、両手をついて俯いている。
泣き声はもう聞こえないが時折しゃくり上げ、肩が跳ねる。
そんな真美の後ろで伊織は、激しい後悔と自己嫌悪を感じた。
自分の失態で、渋谷凛と緒方智絵里を逃がしてしまった。
それも美波の時とは違い、明確な殺意を顕にした上で、逃がしてしまった。
もうあの二人が765プロを敵視するのは、ほぼ間違いない。
なぜ逃がしてしまったのか。
躊躇してしまったからだ。
つまり自分は、この期に及んで未だ中途半端だったんだ。
自分が決めたと思っていた覚悟など、まったくの薄っぺらいものだった。
中途半端だったせいで、自分のみならず真美まで危険にさらした。
それだけじゃない。
凛に反撃された自分は、あろうことか真美を頼ろうとした。
真美の心が弱っているのを知りながら、銃を持たせて射殺を命じた。
自分は真美を守ろうとしていたんじゃなかったのか。
灯台であれだけの啖呵を切っておいて、いざとなるとこのざまだ。
その灯台のことだってそうだ。
自分のことを棚に上げて、346プロの騙し討ちを責めた。
亜美を殺した奴らとは無関係の三人に、八つ当たりのように怒鳴り散らした。
伊織は拳を握り、自分の意思の薄弱さ、一貫性のなさを責めた。
自分自身に虫酸が走る。
ここまで酷い自己嫌悪を覚えたのは伊織は初めてだった。
そしてそれと同時に、
自分が真美の精神状態を何も分かっていなかったことを恥じた。
たとえ何があっても、真美に撃てなどと言うべきじゃなかった。
反撃され危険が迫っていたとは言え、目が開かなかったとは言え、
それでも自分がなんとかするべきだった。
真美が銃を構えたまま泣き出すまで、気付かなかった。
真美はただ346プロに怯えているだけではなかった。
怯えているだけなら、ああはならないはずだ。
銃を構えることはできたのだ。
ならば、恐怖の対象を排除するためにそのまま引き金を引くこともできるはず。
しかし真美は撃たなかった。
それどころか泣き出してしまった。
真美の心の状態は自分が思っていたよりずっと複雑で、
ずっと深刻なものだったと、伊織はこの時になってようやく気付いた。
真美はあの時、確かに引き金を引こうとしていた。
346プロの者を殺そうという明確な殺意を、真美は確かに抱いていた。
あの時、あの瞬間は、自分が圧倒的に優位であることを感じ、
真美の346プロに対する恐怖心は影を潜めていた。
恐怖心に勝る復讐心が、あの時の真美の心には確かにあった。
亜美の仇を討つ。
昨日から今までの間に真美がそう考えたのは一度や二度ではない。
恐怖に震えながらも、その裏には確かに亜美を殺した346プロへの憎しみがあった。
346プロは怖い。
でも、亜美の仇を取らなければ。
復讐しなければ。
真美の心を、幾度となく殺意がよぎった。
しかしそのたびに……。
亜美のことを思い出すたびに、真美は分からなくなった。
真美『や……やだ!! 真美、こんなの絶対いや!!』
亜美『あ、亜美だってやだよ! 人殺しなんてしたくないもん!!』
真美『亜美、作戦会議だよ! これからどうすればいいのか考えなきゃ!』
亜美『うん! 人なんか殺さなくてもいいように考えよ!!』
自分も亜美も、人なんか殺しなくなかった。
だからたくさん考えた。
人を殺さないために、たくさん、たくさん、考えた。
その時の亜美の顔が、言葉が、今でもはっきりと思い浮かぶ。
二人で一緒に、一生懸命考えた。
人を殺さずに済む方法を、頑張って考えた。
そう……亜美は絶対に、人殺しなんか嫌だったんだ。
仇を討ちたい。
亜美を殺した奴らが憎い。
復讐してやりたい。
しかし亜美との思い出が、駄目だと言う。
あの時の亜美が、やめてと言う。
人を殺さないために二人で一生懸命話し合ったあの思い出。
もし自分が346プロの者を殺してしまったら、あの思い出を台無しにしてしまう気がする。
亜美との思い出を、亜美の思いを、台無しにしてしまう気がする。
凛に銃口を向けた時、真美の殺意は最大にまで高まった。
何かが違えば恐らく引き金を引いていた。
だがその瞬間、やはり亜美との思い出が心に浮かんだ。
だから、できなかった。
亜美のために殺さなければいけない。
亜美のために殺してはいけない。
どうすればいいのか、わからない。
矛盾する二つの気持ちは常に真美の中にあり、
それはことあるごとに頭と心を掻き乱して、少しずつ真美の精神を蝕んでいた。
そして、今。
実際に仇を討つ機会が巡ってきてしまったことは、更に大きく真美の心を削った。
伊織は真美のこの精神状態を、正確に理解したわけではない。
しかし自分が発砲を命じたことが、真美の心を更に弱らせてしまったことは分かった。
伊織はぎゅっと目を瞑り、座り込む真美を正面から抱いた。
胸の中でしゃくり上げる真美の頭を抱きしめ、
伊織は真美への懺悔とともに改めて決意する。
もう真美には何もさせない。
手を汚すのも心を汚すのも、自分一人でいい。
これ以上真美の心を傷付けない。
最後まで、この子のことを守り通す。
最後まで、絶対に。
8:05 星井美希
美希「それじゃ真くん、向こう側よろしくね」
真「うん。美希も、その子のこと任せたよ」
そう言って真は、未央の鞄から手榴弾を三つ全て取り出した。
そして美希が向かっているのとは別の窓に見張りにつく。
二人は話し合った結果、美希が未央の挙動と南側の窓を見張り、
真が手榴弾を持って北側と西側の窓を見張ることになった。
今美希たちが居る部屋は、二人が最も待ち伏せに適していると判断し選んだものだった。
窓が北・南・西の三方向に付いており周囲を広く見張ることができる。
唯一窓のない東側には部屋への入口の扉があり、内鍵をしっかりとかけている。
窓のある方向から誰かが来れば、まず確実に自分達の方が先に相手に気付く。
仮に窓のない東側から来たとしても、
玄関を開ける音や部屋の扉を開けようとする音で気付くことができる。
この状況であれば、先手を打って行動できることは間違いない。
部屋の中央には大きめのテーブルがあり、
何かあった時には身を隠したり倒して遮蔽物として使ったりもできるだろう。
待ち伏せの準備としては恐らく万全だった。
ただやはり懸念材料は、「一時間ルール」の存在だ。
これだけの準備を整えていても、一時間に一度はこの場を離れなければならない。
確率としては低いがその間に敵が訪れることもあり得ないことではない。
人質が居る以上、不利になるということはないが、優位性は薄れてしまう。
もしエリアの移動中に敵が来たらどうするか、
その時の対策も一応考えては居るが、やはり多少不安であることには違いない。
が、そんな風に二人が胸に抱えていた懸念は杞憂に終わった。
真「っ! 美希……!」
真はギリギリ聞こえる程度の声で美希を呼んだ。
その声に美希が振り向くと、真は北側の窓から外を覗いたまま、
手だけを美希の方へ向けて手招きしている。
美希は姿勢を低くし、未央を連れて真の横に行く。
そして真と同じように僅かに顔を覗かせて外を見た。
すると、北北西の方角からこちらに向かって歩いてくる人影が目に映った。
人数は三人。
まだ十分な距離があり、こちらの存在には気付いていないようだ。
方角から考えて、北西の集落からやって来たのかも知れない。
武器は、分からない。
先頭を歩くアイドルは鞄を持っている。
後ろの二人は何も持っていない。
どこかへ落としたか、あるいは置いてきたか。
北西の集落へ置いてきたのかも知れない。
とすると、ここへ来たのは偵察か、調査か……。
分からないことをこれ以上考えていても仕方ない、と美希は思考を切り替える。
そして未央の襟元を掴み顔を寄せて囁いた。
美希「人質さん、出番なの」
そのまま襟首を引っ張るようにして、姿勢を低く保ち部屋の入口へと歩いて行く。
可能な限り素早く、音を立てないように扉を開けて廊下へ出る。
美希はそこで立ち止まり、振り返って真の合図を待った。
廊下からでは、北側の様子は見えない。
つまり人質を連れて出て行くタイミングは真次第となる。
そしてそれから何十秒かが経ち、真は美希に向けて頷いた。
合図を確認し、美希は未央の首元に鉈を押し当て、
美希「行くよ」
短く一言そう言い、未央の腕を掴んで玄関へと進んだ。
緊張しているのか、未央は廊下を歩きながら深呼吸する。
美希も、落ち着いてはいるが鉈を握る手には自然と力が入る。
そしていよいよ、二人は玄関へ立った。
目の前の、この扉を開け外へ出て、そして左を向いて数歩進めば、
こちらへ向かってくる346プロの三人が目に入るだろう。
そうなれば当然向こうもこちらに気付く。
人質が居ることにもすぐ理解するはずだ。
美希は軽く息を吐く。
向こうがこちらに気付けば、後は未央の命を盾に武装を解除させればいい。
手順は何度もシミュレーションした。
敵が起こす可能性のある行動もいくつか想定し、対応策も考えてある。
未央の呼吸はやはり深い。
美希は首筋に刃を当てたまま、扉に手をかける。
しかし扉を開けた次の瞬間、気付いた。
直前に未央が大きく息を吸い込んだのは、呼吸のためではなかった。
美希「ッ!!」
扉を開けるために美希が腕を離したその瞬間。
その一瞬の隙をついて未央は、体を捻って扉をこじ開けるようにして外へ出た。
咄嗟に反応した美希により少し首が切れたが、なんとか致命傷は避けた。
当然美希は、再び捕らえようと手を伸ばしてくる。
しかし未央はその美希の体を思い切り蹴り飛ばした。
未央「ぅくッ……!」
だが両手を縛られているため力が上手く伝わらない。
美希はよろける程度だったのに対し、
未央はバランスを崩して地面に倒れ込み、うめき声を上げる。
しかし未央にとっては、これで良かった。
ほんの数秒時間を稼げれば良かった。
未央は地面に倒れ込んだまま美希の方を見ることもなく、
再び大きく息を吸い仲間に向かって思い切り叫んだ。
未央「来ちゃ駄目ええええッ!! 逃げてぇえええええええッ!!」
……あの時。
真と対峙し、背後から美希に殴り掛かられ、追い詰められた、あの時。
壁を背にして未央が思ったことは何だったか。
自分が殺されるという恐怖と絶望。
それはもちろんあった。
しかしそれとほぼ同時に未央の心に生まれたのが、
自分の仲間が自分と同じように殺されることへの恐怖だった。
不意打ちで、挟み撃ちで、あるいは騙し討ちで、殺される。
この人達ならやる。
間違いなくやる。
自分が殺されれば、次は他の誰かだ。
そして、未央は思った。
そんなの嫌だ。
そんなことさせない。
そのためには……もう、これしかない。
未央が人質を志願したのは命惜しさからではなかった。
美希達が346プロの者を発見した時、それを真っ先に仲間に伝えるため。
そのために、未央は自ら人質となった。
そうすれば少なくとも自分の時のような不意打ちは無くなるはず。
敵がここに居ると、教えられるはず。
何もしなくてもどうせ殺される。
それなら友達を逃がして、殺されたい。
その一心を胸に、未央は裏切り者を演じた。
そしてこの瞬間まで演じ抜いた。
地面に横たわった未央は息を全て吐き終わった。
そして次の瞬間、首元に熱を感じる。
赤い飛沫が飛び散るのが見える。
もう声は出ない。
息も吸えない。
お願い、逃げて。
薄れゆく意識の中、未央は最期まで、口を動かし続けた。
本田未央 死亡
・
・
・
杏「ッ……逃げるよ!! 走って!!」
数十メートル先、自分達が向かっていた方向から聞こえた声。
それはしっかりと杏達に届き、
杏はすぐさま振り返ってきらりとかな子に向かって叫んだ。
二人は一瞬体を強ばらせたが、杏の剣幕に突き動かされるように踵を返す。
二人が走り出し、そして後に続いて杏も走り出そうとしたその時。
背後、遠くの方から物音が聞こえた。
杏はその音に反射的に振り返る。
そして杏の視界は捉えるべきものを真っ先に捉えた。
未央の声が聞こえた民家、その窓が開き、中に人が立っている。
その人物が346プロのアイドルではないことを確認した瞬間、
杏は躊躇することなく銃口を窓へ向け、引き金を引いた。
きらり「ひっ……!?」
かな子「あ、杏ちゃ……」
突然の発砲音に二人は振り返る。
そして立ち止まりそうになるが、
杏「いいから走ってッ!!」
杏は二人の目を見て怒鳴るように叫び前を向かせた。
そして直後、自分は警戒のため再び背後に目をやる。
窓ガラスは割れ、人影は既に見えない。
窓の下に伏せたか。
命中していればいいのだが……
と、杏が思ったのと同時だった。
もしこの時、杏が背後を見る際に体をひねる方向が逆だったなら。
あるいはあとほんの少しだけ早く振り返っていたなら。
結果は違っていたかも知れない。
右側へ体をひねり後ろを向いていた杏は、逆側……つまり、
進行方向に対して左側から、何か物音がしたのを聞いた。
そしてきらりとかな子もそれに気付いた。
見ると、背後から飛んできた何かが自分達のすぐ左隣に落ちて、
そのまま今向かっている方向へと転がっていく。
そして数メートル先で止まった。
それが何か分かった瞬間、先頭を走っていたきらりと
後に続いていたかな子の足は、地面に張り付いた。
真は、既に投げていた。
杏が発砲を止めたその瞬間に、
窓の下に身を伏せたまま、投げていたのだ。
ピンが抜かれて既に数秒経過した手榴弾が、
今きらり達の目の前に転がっていた。
いつ爆発するか分からない手榴弾が目の前に突如現れる。
そのことはきらりとかな子の頭を真っ白にし、体を完全に硬直させた。
特に先頭に立っていたきらりは、
ほんの数歩先にある手榴弾に完全に思考を奪われていた。
一体どう行動するのが正解なのか……などという迷いすら起こらない。
一瞬の間の後、ようやくきらりが起こすことのできた行動は、
本能に任せて身を守ることだった。
手榴弾に背を向け、目を強く瞑り、両手で頭を抱えて地面に座り込む。
そんなことをしても至近距離の爆発から身を守れるはずはない。
当然、近くに居るかな子と杏も、無事で済むはずがない。
しかし今のきらりは、目前の脅威にただ小さくなって怯えることしかできなかった。
そしてそんなきらりのすぐ後ろで、手榴弾は爆発した。
・
・
・
美希「真くん!!」
爆発音を聞いた直後、室内に戻った美希は姿勢を低くして真に駆け寄った。
既に体を起こし窓から外を覗いていた真は、声に反応して美希の方へ目をやる。
そして思わず息を呑んだ。
真「美希、その血は……」
美希「平気なの。ミキの血じゃないから」
短くそう言って、美希は真と同じように窓から顔を覗かせる。
それだけの説明だったが、真は事態を把握した。
直前の未央の叫び声は真にも届いていた。
だからそれ以上は聞かず、自分も再び外へと目を向けた。
手榴弾が爆発したであろう場所には濃い砂塵が立っている。
風がほとんど無いようでなかなか薄れず、その場がどうなっているかが分からない。
上手く投げられていれば、今頃は恐らく全滅しているはずだが……。
と、美希と真は早く砂塵が晴れるよう心の中で急かした。
が、数秒後、二人は目を見開く。
砂塵が晴れたその場所に、二つの影がはっきりと見えた。
一人は立っており、もう一人は座っているように見える。
まだ生きている。
それが分かった瞬間、真は立ち位置を窓の正面へと移した。
今度こそ、しっかり狙いを定めて投げてやる。
そう決心し、真は手榴弾のピンに指をかけた。
しかしそれを引き抜くのと全く同時。
斜め後方から、音が聞こえた。
全神経を窓の外に集中していたのが災いし、
直前までその気配に気付くことができなかった。
突然の物音に驚いて二人は振り返り、そして次の瞬間、
真「ッぐ!?」
真の胴体を強い衝撃が襲った。
不意を突かれた真は衝撃に耐え切れず、バランスを崩す。
そして後ろに倒れながらその衝撃の正体を見た。
赤城みりあが、自分の体にしがみついている。
一体いつから居たのか。
その答えが出る前に、真の思考は倒れた衝撃で中断させられた。
だが、倒れただけならまだ良かった。
最悪なことに……真は倒れた際、壁に頭を強く打ち付け、
そのせいで既にピンの抜けた手榴弾を取り落としてしまった。
そして次にみりあが取った行動は、深く考えての物ではなかった。
手榴弾はピンを抜けば爆発するということもみりあは知らない。
単純に、爆弾を投げさせたくないという一心からの行動だった。
みりあは美希と真が阻止する間もなく、
自分のすぐ傍に落ちた手榴弾を部屋の隅へ……
つまり真達から最も離れた所へ、手で弾き飛ばした。
美希「っ……!!」
それを見た瞬間、美希は部屋の中央へと走った。
みりあが起き上がり窓から外へ出ようとしているのが見えたが、
それすら一切無視した。
逃げる者を追うことを放棄し、美希が最優先で行ったこと。
それは、部屋の中央に置いてあったテーブルを蹴り倒すことだった。
ピンを抜いて何秒経ったか分からない。
だが少なくとも手榴弾を拾って外に捨てることは不可能だ。
今すぐにでも爆発してしまうかも知れない。
そう判断した美希が咄嗟に考えたのが、テーブルを遮蔽物にする方法。
説明書によると、この手榴弾は破片を飛ばして殺傷するタイプの物らしい。
テーブルの天板で少しでも破片を防ぐことが出来ればと、
これが美希に思い付いた最も「マシ」な方法だった。
この程度の遮蔽物で完全に防ぎきれるとは到底思えない。
しかし二人とも生き残るためには、賭けるしかなかった。
テーブルを倒した直後、美希は真へ向けて飛び、
真を庇うようにして重なる形で床に伏せる。
そしてみりあが身を投げ出すように窓の外へ出たのと同時に、
爆音が部屋を満たした。
分厚いテーブルの天板は、爆風によって飛び散った破片のいくらかは防いだ。
しかしやはり全ては防ぎきれず、天板を貫通した破片が、
数メートル先に伏せている美希達を襲った。
美希は真に覆いかぶさり、また真は美希の頭をだき抱えていた。
そして手榴弾の破片は、真の体を守る美希の背中数箇所と左足、
更に美希の頭部を守る真の両腕に突き刺さった。
その大半は天板を貫通したことにより幾分か威力が殺されていたため
致命傷には至らなかった。
が、それでも、
美希「ぅ、あっ……」
真「っ……美希! 大丈夫!? 立てる……!?」
美希「ミ……ミキは、平気。大丈夫だよ……」
苦痛に表情を歪めながら美希は答える。
しかし真が更に何か声をかけるより早く、
壁に手をつき息を切らせて立ち上がった。
美希「……逃げなきゃ……! 今は早く、ここから離れるの……!」
そう言った美希の視線の先には、窓から見える人影があった。
やはりどう見ても、少なくとも二人生きてる。
しかもその窓のすぐ向こうには、逃げ出したばかりの赤城みりあが居るはずだ。
爆破のショックからかすぐに動き出す気配はないが、
いつ武器を持って攻め込まれるか分からない。
そうなれば、今の自分達では応戦は不可能だ。
真も考えは美希と共通していた。
負傷した両腕を庇いながら立ち上がり、痛みをこらえて荷物を肩にかける。
そうして二人は細心の注意を払いつつ民家を出て、足早に集落を後にした。
・
・
・
みりあ「っう、くうッ……!」
窓の外へ身を投げ出したみりあは、しばらく地面に横たわったまま動けなかった。
肋骨の辺りがズキズキと痛み涙が滲む。
しかしみりあは歯を食いしばり立ち上がった。
みりあは、一部始終を見ていた。
杏達がやって来たことも、未央が首を掻き切られたことも、
手榴弾が杏達を襲ったことも、すべて見ていた。
あの時自分は物陰に身を潜めたまま、何もできなかった。
あんな思いはもう嫌だ。
だから、こんな痛みなんかで泣いている場合じゃない。
みりあの体を動かすのは何もできなかったことへの後悔。
そして、今目に映っている光景。
遠くに立つかな子と、その傍で座っているきらり。
それから、その場を彼女達ごと真っ赤に染め上げている何かが、
みりあの体をそこへ引き寄せた。
みりあ「っ……きらりちゃん、かな子ちゃん……!」
痛みをこらえつつ、みりあは二人の名を呼んで駆け寄る。
が、二人とも反応を示さない。
きらりは座ったまま俯き、かな子はそんなきらりの背中をじっと見たまま動かなかった。
その様子にみりあは更に不安を掻き立てられ、走る速度を上げる。
直後、気が付いた。
地面に座り込んだきらりが、その手に何か、赤黒いものを抱えていることに。
その瞬間みりあは一瞬内蔵を鷲掴みにされるような感覚を覚えた。
思わず足を止めてしまいそうになったが、堪えて進み続ける。
だが数秒後に、その足も止まった。
みりあは気付いた。
きらりが抱えているものは、多分、人間だった。
人間だとして、では誰なのか。
すぐに、分かってしまった。
爆発が起きるまでこの場にはきらりと、かな子と、杏が居たはずだ。
しかし今、杏が居ない。
それが何を意味するのか。
考えるまでもなかった。
きらりの腕に抱かれた杏は、ぼんやりと空を見上げているようだった。
しかし薄く開かれたその目は、ただ開かれているだけだった。
瞼はぴくりとも動いていなかった。
動くはずがなかった。
赤黒く染まった杏の体は、
酷いという言葉では到底言い表せないほどに損傷していた。
見るものによっては、恐らくあまりの惨状に胃の中身を吐き出してしまうほどに。
誰が見てもひと目で分かる。
こんな状態で生きていられる人間が、居るわけがない。
一体なぜこんなことになったのか。
その一部始終を、かな子は見ていた。
目の前に手榴弾が落ちた、その時。
きらりとかな子はそれが手榴弾だと分かった瞬間思わず足を止めた。
だが杏は止まらなかった。
それどころか逆に加速し、二人の横を追い抜いた。
震えるきらりの背後に回り込み、そして、手榴弾に全身で覆いかぶさった。
その直後、杏の腹の下で手榴弾は爆発した。
かな子が杏の名を呼ぶ間も無かった。
本当に、杏が覆いかぶさった直後に爆発した。
そうしなければ間に合わなかったのだ。
杏はそう瞬時に判断し、そして、自分が考える最善の選択を取ったのだ。
かな子を、きらりを、友達を守るための選択を、杏は取った。
そしてきらりは、杏の想いに気付いた。
杏がこれまで何を想っていたのか。
気付き、理解し……
きらりは意識を失った。
地面に倒れたきらりの横で、血に濡れた杏の瞳はただ空を映し続けた。
双葉杏 死亡
続き
小鳥「今日は皆さんに」 ちひろ「殺し合いをしてもらいます」【3】