1 : VIPに... - 2012/04/27 21:42:57.57 PySxbYPJ0 1/383

 2012年8月19日、1040航空402便は、定刻どおり離陸。順調に行けば5時間で目的地、羽田空港まで到着するはずだった。
しかし、402便は着陸しなかった。いや、出来るわけがなかった。どうしてか? 理由は簡単、そのまま消えてしまったから。墜落した証拠も何も無く、飛行機ごとどこかへ消えてしまった。まるでイリュージョンのように。
それから10年……。俺は相も変わらず765プロでプロデューサーをしていた。

小鳥「プロデューサーさん、もうすぐあの日ですね」

「そうですね。……あれから、もう10年なんですね」

過ぎ去りし日々を思い返す。10年前、俺たちは輝いていた。アイドルだけじゃなく、プロデューサーである俺も、事務員の小鳥さんも、社長だって。
でもそれは昔の話。俺たちはある日を境にバラバラになったんだから。

元スレ
P「神はサイコロを振らない」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1335530572/

2 : VIPに... - 2012/04/27 21:50:43.29 z/IdN2wF0 2/383

 乗客、乗組員35人を乗せたまま、402便は消息を絶った。その35名の中に、かつてうちに所属していたアイドルも数人いた。

高槻やよい、双海亜美、秋月律子、菊地真、我那覇響、そして天海春香。
本来なら美希がこの便に乗って、俺と春香は仕事の関係で一緒に帰るはずだったが、打ち合わせで先に帰る俺に着いて行く! と言って聞かなかった美希は春香と交代する形で1つ便をずらしたため、俺たち2人は難を逃れることが出来た。


春香『プロデューサーさんなんてもう知りません! 美希と一緒に帰ったらいいじゃないですか! そのまま墜落しちゃえ!』

それが最後の彼女の言葉。謝ることも出来ず、10年間という長い月日だけが過ぎって行った。

「ホント、どうしてなんですかね……」

 誰にも答えることは出来まい。それは、きまぐれな神様しか知らないんだから。

3 : VIPに... - 2012/04/27 21:55:10.26 z/IdN2wF0 3/383

美希「あっ、プロデューサー……。これ、目を通しておいてください」

 あの事件以来、ハニーと呼んでべったりくっついて来ていた美希は俺と距離を取るようになった。自分だけが帰って来たこと、それが負い目になっているのだろう。プロデューサーと呼び方を戻したことによく表れている。
事故後休養していたが、しばらくしてアイドル活動に復帰したものの、モチベーションの低下もあり、人気は急降下、今は派手な金髪を黒に戻し、うちで事務員として働いている。アイドルとして無限の可能性を秘めていた彼女だが、事務員としてもそれなりに優秀だ。天性の要領の良さを持っているんだろう。


あの事件で半分近くの仲間を失った当時のメンバー達は、それぞれ別の進路についている。アイドルとして活動しているのは、千早ぐらいだ。もっとも、アイドルではなく歌手と言ったほうが正しいが。
伊織は水瀬の会社で働いており、真美は医大生、雪歩は元アイドルの小説家としてデビュー、あずささんは事故の後結婚し、今は2児の母だ。貴音は……、誰も知らない。最初からいなかったみたいに、姿を消してしまった。

貴音「10年後、皆で会える日まで」

「どこに行くんだ?」

貴音「少し、抗ってみようと思いまして」

そう言って765プロを去った。今765プロに残っているのは、俺と小鳥さん、美希と社長の4人。10年もあると世間の流行は大きく変わる。俺たちは新たな可能性を持つアイドル、シンデレラガールズをプロデュースしながら日々を過ごしている。

4 : VIPに... - 2012/04/27 21:57:40.72 z/IdN2wF0 4/383

 402便の事故を担当した調査委員会の見解によると、事故の原因は急速に発達した積乱雲を避けきれず、ダウンバーストに巻き込まれて海面に叩きつけられた、そう結論を下した。しかし、懸命な捜査にもかかわらず、何一つ見つからず、捜査は早くに打ち切られた。

しかし、そんな中1人の量子物理学者がおかしな自説を振りかざしていた。402便が地球を横切るマイクロブラックホールに吸い込まれ、時空を超えて10年後の2012年8月19日に帰ってくると。
そんな馬鹿げた学説が支持されるわけもなく、その学者は教授の座を追われたと聞いている。

事故当時、世間は大きく取り上げ、俺もその対処に追われたが、10年たつと皆忘れてしまい、年末の怪しい番組すら取り上げなくなった。遺族以外の人間が忘れかけていた頃、思わぬ形で再び事故と向き合うことになる。

5 : VIPに... - 2012/04/27 22:02:09.59 z/IdN2wF0 5/383

小鳥「へ? 何かしらこの書き込み……」

「どうしました、小鳥さん。また婚活サイトとか見てませんよね?」

小鳥「し、してませんよ! これです、うちのHPの掲示板に書き込まれているんですよ。全く、たちの悪い悪戯でしょうか?」

「なになに……。『2日後の8月19日に羽田空港に集結せよ!』 なんですか、これ?」

小鳥「分かりませんよ。でもこの日ってあの教授が言ってた日じゃないですか? 10年後に再び姿を現すって」

「まさか。あれを信じているんですか? あんなの、子供でも信じてませんよ」

小鳥「無茶苦茶な話なのは分かってます。でもこの書き込みが本当なら……」

「俺だってそうなればいいなと思います。でもどうですか? あんなトンでも理論、テレビで笑いものにされただけじゃないですか」

小鳥「でもファンの皆様は、これに縋っちゃうんでしょうね。いつか帰ってくる、そう信じてますから」

「はは、偶像崇拝主義ですか? まあアイドルって偶像って意味ですけど」

自分でも少しうまいこと言ったかなと思ったが、小鳥さんのジト目を見るに受けはいまいちだったようだ。

6 : VIPに... - 2012/04/27 22:04:23.07 z/IdN2wF0 6/383

社長「君たちもそれを見ていたのか」

「社長! もしかして書き込みを?」

社長「ああ。ネットの書き込みだから信憑性は薄いんだが、なんとなく何かが起きそうな気がしてね……」

「ティンと来たわけですか」

社長「はは、それも懐かしいなぁ。そうやって君を会社に入れたっけか」

「そうでしたね。でもこれが本当なら……」

社長「再び765プロオールスターズが結成できるわけだ」

「10年越しにですか。もう現役は1人しかいないのに」

実現したらなんと素晴らしいことだろうか。しかし、時の流れは残酷だ。10年のブランクは大きいし、あずささんに至っては子持ちだ。昔みたいに激しいダンスができるとも思えない。
キラキラと輝いていた頃と違うんだから。高望みなんかするもんじゃない。

7 : VIPに... - 2012/04/27 22:06:34.74 z/IdN2wF0 7/383

「結局来ちゃったな……」

 2日後、俺は羽田空港に来ていた。信じたわけじゃないが、もし本当に帰ってくるなら……。そんな淡い期待を込めて。

??「あれ? 兄……、プロデューサー?」

「ん? その声は……、もしかして真美か!?」

真美「お久しぶりです、プロデューサー」

 俺を呼ぶ声に振り向くと、そこにはあの頃のサイドポニーはそのまま、背も高くなった双海真美の姿がそこにあった。

「なんか真美に敬語を使われるのは慣れないな……。むず痒いって言うかなんつうか」

真美「うーん、やっぱそう? こっちも23にもなって、兄ちゃんって呼ぶのは恥ずかしいかな……」

「そうか? 俺は大歓迎だぞ?」

真美「私が嫌なの!! 子供みたいじゃん」

「俺からしたら子供だっての」

真美「ちーがーう! 私はもう大人だっての!!」

 子供らしさと、思春期特有の複雑な心を持った少女は、幼さをどことなく感じさせつつも、美しく成長していた。

9 : VIPに... - 2012/04/27 22:08:50.91 z/IdN2wF0 8/383

真美「兄……、プロデューサーもさ、ネットの掲示板を見てきたの?」

 中身はまだまだ子供だけど。

「ああ、ご丁寧にうちのHPに書き込まれてたよ」

真美「やっぱり。他の皆も来てるもん。ほらあそこ」

「あれは……、涼君か。隣にいるのは夢子ちゃんだな」

真美「もうすぐ奥さんでしょ? 良いなぁ、結婚とか。こちとら彼氏作る暇ないっての」

 見渡すと知っている顔もちらほらとある。高槻兄妹、菊地真一氏……、どんな思いでここに来たかは分からないが、ネットの書き込みに期待をしているのだろう。中にはカメラを持った者も。テレビ局か?

真美「私たちこっちにいるからさ、おいでよ! 皆いるよ?」

「わっ、ちょっと!」

 真美の手を引っ張られ連れて行かれる。パワフルなところは相変わらずだ。

10 : VIPに... - 2012/04/27 22:12:37.34 z/IdN2wF0 9/383

真美「みんなー! 兄ちゃん連れてきたよ!」

「ハァ……、ハァ……。兄ちゃんに戻ってるぞ?」

真美「へ? プ、プロデューサーの聞き間違いだかんね! ニヤニヤしない!!」

 顔を真っ赤にして否定する真美。ちょっぴりキュンと来たぞ。

伊織「どうかしら? ずっと兄ちゃんまだかなぁって言ってたのはどこのどなたかしらねぇ?」

真美「ち、違うって!!」

「真美……、そんなに俺のことを」

真美「兄ちゃんは黙ってよ!!」

子供みたいに否定する医学生の相手はほどほどに、他のみんなとも挨拶をする。

雪歩「お久しぶりです、プロデューサー」

あずさ「あら……、いつ以来でしょうか?」

「皆……」

 目の前には懐かしい顔。年甲斐にもなく泣きそうになる。

あずさ「千早ちゃんもこっちに来るみたいですね。アメリカからわざわざ帰ってくるんですって」

「ちょっとした同窓会ですね」

11 : VIPに... - 2012/04/27 22:16:32.45 z/IdN2wF0 10/383

伊織「そうなんだけど、アイツはどうしたの?」

 周りを見渡して、伊織が尋ねる。

「アイツって美希か? 美希はまだ来にくいんだとさ。事務所で仕事しているよ」

美希『私にそんな資格ありませんから……』

 誘った時の美希の辛そうな顔を思い出す。時効と言えば彼女は気が済むのだろうか? いいや、それでも彼女は自分を責め続けるだろう。周りが赦したとしても、自分自身が赦せないから。

伊織「はぁ、あれは別にアイツのせいじゃないでしょ? 早いこと前を向いてもらわないと気分が良いもんじゃないわ」

「ありがとうな、心配してくれて」

伊織「当たり前でしょ。……仲間なんだから」

真美「そーだよ! ミキミキはハニーハニー言ってこそなんだから!」

照れながらぶっきらぼうに言う伊織。美希、良い仲間に恵まれたな。

雪歩「あの……、四条さんは?」

「知らないぞ? 電話も通じないし、住所も実在しないものだし、月にでも帰ったのか?」

雪歩「つ、月って……」

 とっぷしーくれっと。彼女はよく言っていたが、プロデュースしていた身で恥ずかしいが、彼女のことはほとんど知らない。住所にいたっては二十郎本店のものだったし。

話題は尽きない。今までのこと、現状のこと。盛り上がると共に書き込みのことなんか忘れてしまっていた。何も起きなくても皆会えたから良いかなって。

12 : VIPに... - 2012/04/27 22:18:32.54 z/IdN2wF0 11/383


そして、運命の瞬間がやって来た。

あずさ「あれ? あれはなんでしょうか?」

 何かに気付いたあずささんが指差す方に目をやる。

 その瞬間、その場にいた誰もが言葉を失い、目を疑った。

「よ、402便……?」

 夜空より着陸体勢に入る402便。教授のトンでも予言は当たったのだ。滑走路に緊急着陸した機体。あれが402便なら、一体10年間どこで何をしていたんだ?

伊織「何よあれ……。生きてるの? 乗客も、乗員も。こんなイリュージョン見たことないわよ……」

??「いりゅーじょんなんかではありません。これは現実です。そして402便に乗っている彼女らにとっては、5時間程度しかたっていません」

「貴音!? どうしてここに!?」

13 : VIPに... - 2012/04/27 22:21:07.28 z/IdN2wF0 12/383

貴音「どうしてとは、なかなか悲しいことを言いますね。理由は決まってます、そうでしょう?」

 芝居をしているかのようにオーバーな物言いだ。

貴音「帰ってくる同胞を迎えに来てどこかおかしなことはあるでしょうか? ねえ、如月千早」

千早「いや、そういう意味じゃないと思うけど……。みなさん、お久しぶりです」

 なぜか貴音とセットの千早。もう何が何だか分からない。

伊織「あんた一体今まで何してたのよ!? ってなんで千早と一緒なの!?」

千早「同じ便に乗ってたの。流石に驚いたわ」

伊織「は? アメリカにいたの!?」

貴音「そうですね……。便りの1つも送らなかったのは詫びましょう。それよりも、」

混乱する俺たちを尻目に、貴音は続ける。

貴音「私のことよりも、今は402便に注目すべきかと。10年という時空を飛び越えてきたのです。しかし、機内の乗客は10年前となんら変わりない姿でいることでしょう」

「じゃ、じゃあ! 皆生きているのか!?」

貴音「ええ、心配はございません。ただ……」

貴音が何かを言いかけた時、402便の入り口が開き出す。俺たちは最後まで聞かず、慌てて402便へと駆け寄った。

14 : VIPに... - 2012/04/27 22:23:02.71 z/IdN2wF0 13/383


??「いたた……。機内でもこけるって……。でも無事着陸成功なのかな? ってあれ?」

 最初に降りてきたのは、2つのリボンが目を引く少女。いつも前向きで、何もないところでこけて、個性がないことに悩んだりする、誰もが愛したアイドル。

 天海春香。765プロ(元)所属アイドル。そして――

春香「もしかしてプロデュうわぁ!」

「春香ぁ!!」

 10年前から帰って来た、俺の恋人。

春香「プ、プロデューサーさん! く、苦しいです……」

「あっ、悪い……」

春香「もう! いきなり抱きつかないで下さいよ!! それに、今喧嘩中なの忘れましたか!? そんなので許してあげるほど優しくないですよーだ!! ふんっ!」

「あっ……」

 喧嘩中――。その言葉で、一気に現実へと引き戻される。この子は紛れもなく、10年前に姿を消した彼女だ。あの日のまま、俺だけ歳をとって。

15 : VIPに... - 2012/04/27 22:24:43.90 z/IdN2wF0 14/383

貴音「何か気付くことはありませんか、天海春香?」

 ふてくされる春香に貴音が声をかける。

春香「何かって? ってあれ? 真美ってこんな大きかったっけ? それにプロデューサーさんも妙にダンディだし……。あれ、なんでだろ?」

伊織「ね、ねえ貴音……。これって」

貴音「私が言ったとおりです。天海春香、落ち着いて聞いてください」

春香「へ?」

状況をつかめず、ポカンとした顔の春香。

律子「何止まってるのよ。進まないと出れないわ……、何よ、これ?」

やよい「さっきは死ぬかと思いましたー。あれ? どうしたんですか?」

「響……、羽田ってこんなんだっけ?」

「いや、おかしいぞ……」

亜美「ねーねー、もしかしてドッキリ? 空港ごと弄るって金持ちじゃん! って真美、1日でそんなでかくなんの?」

後ろからぞろぞろと出てくる乗客たち。765プロの皆も、春香と同じようにあの頃の姿のままだ。戸惑う皆を見渡し、貴音は口を開いた。
それは、彼女達にとって、奇跡なんだろうか?

16 : VIPに... - 2012/04/27 22:27:26.42 z/IdN2wF0 15/383

貴音「あなた方は、10年の時を経て羽田へと帰ってきました。これはまさしく奇跡としか言いようがありません」

やよい「どういう意味ですか?」

意味が分からないと言った顔をするやよい。そりゃそうだろう、俺だって急にこんなことを言われたら理解が追いつかない。

貴音「受け入れがたい事実ですが、今は2012年8月19日ではありません。10年後の」

律子「8月19日って言いたいわけ? 浦島太郎にでもなった気分よ……」

頭を抱えて言う律子。異常事態に置かれても、冷静でいられる彼女が少し羨ましい。

貴音「理解が早くて助かります」

律子「そりゃ信じるわよ。飛行機から出たらみんな成長してるし。それに、あれ涼と桜井さんでしょ? 背も高くなって」

「律子姉ちゃん! その、お帰り」

律子「ただいま。こっちからしたら5時間ぐらいしか経ってないのに、こっちは10年も経っている。涼の方が年上じゃない」

「で、でも律子姉ちゃんは律子姉ちゃんだし……」

律子「変な感じね……。いつの間に1040航空はタイムマシンなんか造ったのかしら? テストするならするで一言欲しかったわよ」

17 : VIPに... - 2012/04/27 22:29:45.98 z/IdN2wF0 16/383

それぞれが事実を受け入れれたかは分からないが、10年ぶりの再会に涙する遺族達。そんな中――

「ええ!? にぃにぃと結婚!?」

あずさ「黙っててごめんなさい……」

「いや、無理だから仕方ないぞ。それより、いつからなの?」

あずさ「その……」

響の剣幕に圧されてか、歯切れの悪いあずささん。言い難いのだろう。あずささんと旦那様、我那覇さんは遺族会を通して知り合った。
響がいなくなったからこそ生まれた夫婦なのだから。傍から見たらこう見えるだろう。

失った者同士が慰めあったと。

「何でも良いさー。にぃにぃは自分ほどじゃないけど完璧だからな。あずささんが惚れるのも無理はないぞ」

笑って話を締める響。お兄さんとあずささんが幸せなんだからいいだろ? っと言わんばかりだ。

「ほーんと、色々変わったんだなぁ……」

寂しそうに、空を見上げて笑う。変わった者と、変わらない者。その溝は大きく深い。

18 : VIPに... - 2012/04/27 22:35:33.91 z/IdN2wF0 17/383

春香「あ、あの……。プロデューサーさん、美希はいないんですか?」

響のほうを見ていると、後ろから春香が声をかけてきた。声にさっきほどの怒りは感じず、少しだけホッとする。

「アイツは仕事中だ」

春香「仕事? もしかしてまだアイドルしてるとか?」

「引退して事務員をしてるよ」

春香「引退……、ですか……。それってわ」

春香の声を遮るように、貴音がマイクを片手に話し出す。

貴音「感動の再会をしているところ申し上げにくいのですが、一度会議室まで来ていただけないでしょうか? 皆様に説明しなければならないことがあります。遺族の方もご同行お願いいたします」

「遺族って……、まるでボク達が死んだみたいな言い方だね」

亜美「それにどうしてお姫ちんが仕切ってんの?」

貴音「それも含めて説明いたします。それでは付いて来て下さい」

貴音に連れられて、空港の会議室へと入る。

19 : VIPに... - 2012/04/27 22:43:07.50 z/IdN2wF0 18/383

貴音「さて、説明に移ります前に、1つ心の準備をお願いします」

「心の準備? どういうことだ?」

 ただ事ではない口ぶりに、部屋に集まった乗客、遺族達がざわめきだす。

貴音「言葉の通りです。これから話す内容は、非常に衝撃的な内容ですので。さて、自己紹介がまだでしたね」

貴音「私は四条貴音、10年前はあいどるをしていましたが、現在は米国で量子物理学の研究を行っています。これでも一応准教授です」

「そんなの初めて聞いたぞ!?」

 なるほど、だから千早と同じ便にいたんだ。……貴音って英語はてんでダメじゃなかったか?

貴音「ええ、親しいものにも言っておりませんでしたから。自己紹介はこの辺にして、これからとある教授が立てた、この事故の真実をお話しようと思います。教授は偏屈な方で、自分の見解が正しいと判断すると、そそくさと帰宅してしまったので、私が代理で説明いたします」

 真剣な眼差しでおれたち聴衆を見据え、周囲が落ち着きを取り戻すと説明を始める。

20 : VIPに... - 2012/04/27 22:47:15.31 z/IdN2wF0 19/383

貴音「ところで、402便は消失する前に大きな揺れに襲われたと聞いています」

やよい「すっごく怖かったです! 死ぬかと思いました」

亜美「やよいっち高いの苦手だもんね→」

律子「こっちからしたら乱気流に捕まったぐらいで感じてたんだけど、そう聞くぐらいなんだから何かあったのかしら?」

貴音「ええ。急速に発達した積乱雲を避けきれず、ダウンバーストに巻き込まれて海面に叩きつけられた。それが一般の見解です。しかしながら、懸命な捜索にもかかわらず402便は破片の一つも見つかりませんでした。そして10年を経て着陸しました。それでは402便はどこを飛んでいたのでしょうか?」

「乗ってた人みんなここにいるもんね」

律子「そうだけど、日本にバミューダトライアングルなんか無いわよ?」

貴音「しかし、異端とされている加藤教授の説、今日私はそれが正しいと確信いたしました」

春香「えっと、全然話についていけないんだけど……」

 春香の他にも理解していない人がいたが、それを無視して続ける。

21 : VIPに... - 2012/04/27 22:49:35.75 z/IdN2wF0 20/383

貴音「あなた方が体験した急激な揺れは、402便が時間軸のねじれに吸い込まれ、吐き出されたからなんです」

 それは突拍子もない事実。時間軸のねじれ? 空想科学の話じゃないのか?

貴音「飛行機が、何らかの理由で光の速度に限りなく近い速さまで加速すれば、飛行機の中で1時間経つ間に、外では10年経つ、と言うのは一応説明可能です」

律子「何らかの理由って?」

貴音「恐らくですが、地球を横切ったまいくろぶらっくほーると推測されます。それが時間軸のねじれを引き起こしたのではないか。それが私の見解です」

貴音「ここまではよろしいでしょうか?」

「言いたいことは分かる。でも荒唐無稽だ」

貴音「ええ。私もこの目で見るまでにわかに信じれませんでしたから」

 乗客、遺族達も納得がいかないという顔をしている。

貴音「そして、問題はここからです。皆様、心の準備は出来ましたでしょうか?」

 貴音は周りを見渡し、ふぅと1つ深呼吸をすると、俺たちに告げるのだった。神様がくれたのは奇跡でもなんでもない、どうしようもない残酷な試練だと言うことを。

22 : VIPに... - 2012/04/27 22:53:49.54 z/IdN2wF0 21/383

貴音「402便乗客、乗員に残された時間は、……残り8日です」

「どういうことだよ……」

貴音「8日後、402便に乗っていた者は再び消えてしまう。元に戻るのです」

遺族「ふざけるな!! だったら何で! 何で帰ってきたんだ!!」

 淡々と話す貴音に遺族達の怒号が飛ぶ。貴音は一瞬苦い顔を見せるが、アナウンサーのように事実を述べていく。

貴音「――――」

 それからのことはほとんど憶えていない。何か難しい言葉を並べて、残り時間が8日しかないということを説明してくれたのは分かる。

 でも、理解できるはずが無かった。物理学の不勉強ゆえか? いや、そうじゃない。理解したくなかったんだ。10年の時を経て再会した乗客、乗員と遺族。死んだとされて、もう一度会うなんて絶望的だったのに、神様が奇跡を起こしてくれて――。
それは、同時に別れの始まりでもある。どうして同じ人間と2回別れなければならない!? 彼女達が何をした!?

答えてくれないか、神様――。

23 : VIPに... - 2012/04/27 22:56:57.78 z/IdN2wF0 22/383

貴音「皆様としても言いたいことは山ほどあるでしょう。私とて信じたくありません。ですが、ご理解いただきたいのです。自身の置かれている状況を。そして、残された時間を有意義に使って欲しい、死刑宣告のしたいわけじゃないと。私の願いはそれだけです」

 全ての怒りの矛先が向こうとも、貴音は最後まで説明を続けた。その真摯な姿に、聴衆たちも落ち着きを取り戻していく。どれだけ彼女を責めたとしても、残された時間は伸びない。

貴音「どうか残り8日、悔いのない毎日を……」

 8日間。いや、今日はもう終わる、だから7日間。俺達のもっとも長い1週間が始まった。

24 : VIPに... - 2012/04/27 22:59:54.07 z/IdN2wF0 23/383

小鳥「お帰りなさい。皆が帰ってくるのを、テレビで見てました」

 765プロに帰った俺を、小鳥さんが迎えてくれる。ホワイトボードを見ると、美希はもう帰ったようだ。

小鳥「美希ちゃんも一緒にテレビを見ていたんですが……。少し前に帰っちゃいましたね。みんなは?」

「春香たちは事情聴衆を受けています。伊織が気を利かしてくれたみたいで、直ぐ終わらせてホテルで休むことになるそうです」

小鳥「そうですね……。お疲れでしょうし。でも、彼女達に早く会いたいですね」

 小鳥さんの淹れてくれたお茶を飲みながら、今日あったことを話す。再会を楽しみにしている彼女にタイムリミットのことを話すべきか悩んだが、後々知って後悔するぐらいなら、初めから覚悟させておいたほうがいい。優しい彼女のことだ、深く傷つくだろう。それでも――。

小鳥「そんなの……、酷いですよ。結局いなくなるなんて、最初から戻ってこない方が傷つきません!」

「ええ、本当に悔しいです。何も出来なくて」

 説明が終わると、彼女は泣いていた。ぬか喜び、無力感。あらゆるネガティブな感情が俺たちを包む。

25 : VIPに... - 2012/04/27 23:04:54.51 z/IdN2wF0 24/383

 貴音の話が終わった後、その場にいたほぼ全員が泣き崩れた。アイドル達も、残された家族も、残酷な現実に何も出来ない貴音も。最後の一週間、俺達は有意義に過ごすことができるのだろうか?

「明日アイドル達は事務所に来ます。そこでこれからどうするかを話したいと思います」

小鳥「分かりました。明日までには泣き止んできます。あーあ、化粧落ちちゃった」

小鳥さんは無理に笑顔を見せる。悲しんでいても仕方ない、むしろ今回はラッキーなんだ。突然いなくなったあの日と違って、期限が分かっているんだから。それまでにできることをしよう、深く心に誓った。

「それじゃあ俺も帰ります」

小鳥「気をつけて帰ってくださいね」

 事務所を出、家まで帰る。誰もいない無人の家、お帰りなさいと言ってくれる人がいればどれだけ嬉しいことか。

春香「お帰りなさい! プロデューサーさん!! ご飯にしますか? 御風呂にしますか? それともわ・た・し? キャッ、言っちゃった!!」

「ただいま。……あれ?」

 春香さん、……なんでここにいるんすか?

26 : VIPに... - 2012/04/27 23:05:56.78 z/IdN2wF0 25/383

やよい「長介、大きくなってなってたな」

 10年。実感はないけど、成長した弟達をみると、いやでも思い知らされました。長介は大学生、かすみは高校生、浩太郎も浩二も大きくなって、浩三はまだあんなに小さかったのに、元気いっぱいに育っていた。

 お姉ちゃんとして成長を見れなかったのは残念だけど、それはとても嬉しいかな。でも良いことだけじゃありません。

やよい「あれ? お父さんは?」

長介「あんなヤツ……、父親でもなんでもないよ!」

やよい「え? どういうこと?」

 お父さんとお母さんは離婚した。弟達から知らされた事実は、とても悲しいことで。

 お父さんは私がいなくなってから、本を書いたんだって。アイドルの父として、また事故遺族として。私の名前もあったから、本は売れたみたい。だけど、それが家族をバラバラにして――。

長介「アイツは! 姉ちゃんの死を、いや死んでないけど! それをネタにして金を儲けたんだ! そんなこと、娘が本当に大事なら出来るわけ無いだろ!?」

 すっごく怒ってた。お父さんに裏切られたから。そう言ってたけど、私はそれよりもお父さんとお母さんが離婚したこと、家族が壊れたことの方がショックでした。

やよい「お姉ちゃんの私が何とかしないと!!」

 残された時間はとーっても短いです。でも私がいる間に、元通りにしないと! みんな笑顔が一番なんですから!

27 : VIPに... - 2012/04/27 23:08:33.93 z/IdN2wF0 26/383

律子「あと7日か……」

 事情聴衆を終え、私はホテルの部屋で1人ボーっとしていた。本当に不思議な気分だ。5時間ぐらいのフライトなのに、ドアを開ければ10年後の世界。漫画じゃあるまいし。

 だからかな、残り一週間と言われても全くピンとこない。未だにドッキリじゃないかと疑っているぐらいだ。携帯を見ると、涼からのメール。何かあったら連絡して欲しい、か。ホント、大きくなったわね。

「律子姉ちゃん。僕、婚約したんだ」

律子「ええ!? 今ここで言われても……。まぁなるようにしてなるって感じだし、良いんじゃないの?」

「それと……、実は子供も……」

律子「……マジ?」

「マジ」

 桜井さんのお腹を見て言う。流石にそこまでとは思って無かったわ。涼と桜井さんの子供なんだから、男でも女でも可愛いんだろうな。想像するとにやけて来た。

律子「可愛い子になるんでしょうね。どっちに似たとしても」

「それってどういう意味!?」

 恥ずかしそうに笑う涼。隣の桜井さんはもっと恥ずかしそうだ。あれだけ鈍感だった涼も、ようやく踏み出したのか。10年と言う歳月がとても長く尊いものだと突きつけられた。

律子「なにが姉ちゃんよ。あんたの方が年上でしょうが」

 大きくなった男の背中は逞しく見えた。もう、私が知っているヘタレだった涼はどこにもいないのだ。嬉しく思う反面、寂しくも思う。

28 : VIPに... - 2012/04/27 23:09:53.69 z/IdN2wF0 27/383

「信じろって方が無理だよな」

 10年。オリンピックもワールドカップも2回ずつ行われている。日本はどうなったんだろう?

「ははっ、何考えてんだろ、ボク」

 ドアの向こうには、10年の時を経た皆がいた。真美は本当に大きくなったし、千早も少しばかり大きくなっていたと思う、……72が73ぐらいには。
 でもボクの目を一番惹いたのは、かつて同い年だった雪歩だ。28歳というのに、守ってあげたくなるような可愛さは健在だ。きっとラフタイムスクールを着ても違和感はないだろうな。うらやましいや。

「一週間しかないのは悔しいし怖いけど、残された時間は楽しまないと! ね、雪歩!」

雪歩「うん、そうだね……」

「ん? どうかした?」

雪歩「ううん、なんでもない。少しだけ、真ちゃんが羨ましいの」

「どういうこと?」

雪歩「10年ってさ、短いと思う? 長いと思う? 私は凄く長く感じたの。小説家としてデビューして、最初は結構う売れてドラマ化しけど、それは萩原雪歩の名前があってこそ。でもさ、今は書きたい話も書けなくなって」

「雪歩?」

29 : VIPに... - 2012/04/27 23:11:21.24 z/IdN2wF0 28/383

雪歩「正直今では後悔してる。小説家って、誰でもなれるんだよ? 死刑間近の死刑囚だって、ペンと紙があれば書ける、言っちゃえば人生最後に付くべき仕事なの」

雪歩「そんなのに20にも満たないうちからなって、今ではお金が欲しいから惰性で書いている。キラキラした日々も、いつの間にかくすんじゃって」

「何言ってんだよ。今からでも取り戻せるだろ?」

雪歩「無理だよ。私もう28歳だよ? 四捨五入したら30だもん。もうあの頃みたいに輝くなんて出来ないよ。だから、真ちゃんが羨ましいな」

「雪歩!!」

 正直ショックだった。10年という長い月日は雪歩から情熱や気力を奪い、あの頃のままのボクは、1人空回ってるみたいで。

 勿論こんなの嬉しくない! だって浦島太郎だよ!? 死ぬかもしれないぐらい怖い思いして、付いた先は10年後。それでもあの時よりはマシだ、この時代で生きていこうと決めたのに!! 後一週間でボク達は再び消える。どこに行くか分からないし、凄く怖い。

 だから雪歩の他人事みたいな態度が気に食わなかった。

「君は、もうボクの知っている雪歩じゃないんだね……」

雪歩「ゴメンなさい。でもね、10年経つとこうなっちゃうんだ。干からびて、ペラペラで。風に吹かれたら飛んで行っちゃいそうなぐらい。あの頃に戻りたい、でも無理なんだよ?」

 ボクは、もう一度雪歩の輝いた顔が見れるのかな――。

30 : VIPに... - 2012/04/27 23:12:54.21 z/IdN2wF0 29/383

「なぁハム蔵、知らないうちにあずささんがねぇねぇになってたぞ」

 ロケから帰ってくると、時間が経っていて、あずささんとにぃにぃが結婚して、それで一週間後に自分達はまた消える。うぐぐ……、色々ありすぎて理解が追いつかないぞ。

「家族の皆はどうしているんだろうな……」

 衝撃的なことが多すぎて、完全に聞き忘れていたが、みんな小さな頃からの仲間だ。もし10年間、餌も与えられず主人の帰りを待ち続けていたとしたら? 想像するだけでもぞっとする。

「ハム蔵も消えちゃうのか?」

ハム蔵「キュ?」

「そっか、ずっと一緒だもんな。ハム蔵だって乗客、例外は無いか」

 難しいことは分からない、貴音が言ってたことも何一つ分からない。でも、それは良い方向ではなく悪い方向へ向かっていることだけは分かった。

 そしてもう1つ、気がかりはある。美希のこと。あの場所で美希は姿を見せなかった。多分だけど、長い間苦しんできたんだと思う。プロデューサーと春香を引き裂いてしまったことを。そして今も、罪悪感に苛まれて――。

「自分、何も出来ないのか? いやいや! なんくるないさー! くよくよしたって仕方ないぞ!」

 無理にでも自分をごまかし、明るく振舞う。どうなるか分からない、でも残された時間を大切に使いたい。そう決心すると、眠気が襲ってきた。

「おやすみ、ハム蔵」

 朝起きたときに、これが全部嘘なら良いのに。そんなことを思いながら。

31 : VIPに... - 2012/04/27 23:15:57.78 z/IdN2wF0 30/383

亜美「意味分かんないよ……」

亜美と真美はいつも一緒だった。兄ちゃんに悪戯する時も、レッスンする時も、一緒に泣いたり、一緒に笑ったり。それが当たり前だった。
 でも亜美が竜宮小町に入って、真美がソロで活動しだして、少しずつ別々の道を歩きだした時、事故っちゃって。外に出ると真美がメッチャ大きくなって、亜美はまだ小さなまま。

 思えば、中学に入った頃からそーだっけ。レッスンの後兄ちゃんに抱きつくのを嫌がったり、兄ちゃんの飲み差しを飲みたがらなくなって、変にお洒落を気にしだして。

真美『真美は子供じゃないかんね!!』

 おんなじ歳なのに何をいってるんだろ? って思ったけど、真美はホントに大人になっちゃった。亜美は子供のまま。永遠の13歳。

 亜美はまだ子供料金で誤魔化せるけど、真美はもう大人じゃん。お酒も飲んで、タバコも吸って、Hなビデオも見たり、もしかしたら彼氏だっているかもしれない。

真美「いるわけないっしょ? てかそんなの作る暇ないし……」

亜美「ほほう、言いますなぁ~」

真美「はぁ……、私も13歳の頃はこんなんだったのかな。なんかいろんな人に謝りたくなってきた……」

亜美「真美……、ノリ悪いよ?」

真美「ノリで生きていけるほど甘くないの。真美はもう、大人なんだから……」

 アイドルを引退し、医者としての道を選んだ真美と、アイドルのままの亜美。ホンの少ししか違わないと思ったけど、それは嘘っぱち。全然違う。

亜美「どーしてこうなったんだYO!」

 真美は不憫とか言ってゴメンなさい。亜美の方が不憫でした。

32 : VIPに... - 2012/04/27 23:17:20.59 z/IdN2wF0 31/383

「なぁ、なんでいるんだ?」

春香「なんでって……、そりゃ合鍵持ってますもん」

「いつの間に!?」

 鍵をクルクルと回し、悪いですかと言わんばかりの顔で言う。

春香「あー、言い忘れてました」

「言い忘れたじゃない! ってホテルにいたんじゃないのか?」

春香「退屈なんで抜けてきました! ほら、言ってたじゃないですか。有意義に使ってほしいって」

「お、おう……」

 今頃ホテルは大騒ぎだろう。これ、警察沙汰になるんじゃないのか?

春香「あっ、心配は要りませんよ? 伊織に便宜図ってもらいましたから」

 水瀬財閥、お疲れ様です。

「なあ、今喧嘩中じゃなかったか?」

春香「へ? 喧嘩……、そうですよ!! 今春香さんはすっごく怒ってるんです! 早く謝ってください!」

 どうやら忘れていたようだ。怒った顔を見せるが、余り怖くなく、むしろ愛おしさを感じるぐらいだ。そんな顔が見せたくてわざ怒らせたこともあったかな?

33 : VIPに... - 2012/04/27 23:22:11.47 z/IdN2wF0 32/383

 あの日も同じだった。美希が俺にちょっかいをかけて、春香が怒る。765プロでは半日常化した光景だった。

春香『節操なしのプロデューサーさんは死んじゃえばいいんです!!』

『うわっ! 誤解だって!!』

美希『そんなことないの! 昨晩は一緒に寝たもんね!』

『それは美希が勝手にベッドに入ったからだろ!』

春香『言い訳なんか聞きません! 私が誘惑しても反応しないくせに、美希にはするんですか!?』

『い、いやそういうわけじゃないんだけど……』

春香『もう知りません! 美希と一緒に帰ったらいいじゃないですか! そのまま墜落しちゃえ!』

美希『春香も言ってるから、ハニーは美希と一緒に帰るの!!』

『わっ、ちょ誰か助けてくれー!!』

 乗る飛行機がずれただけ、それだけだったはずなのに。402便は寄り道をしまくって10年たってようやく帰ってきた。もう二度と帰ってこないと思っていた

「春香……、すまん!」

春香「わぁ!」

 でも奇跡は起こった。期限付きだけど、俺たちはもう一度この世界で巡り合えた。それだけは気まぐれな神様に感謝しておこう。

34 : 書き溜め終わっちまった。 - 2012/04/27 23:32:20.83 z/IdN2wF0 33/383

春香「く、苦じい……」

「あっ、やり過ぎた、ごめん」

春香「ケホッ、限度ってものがあるでしょ!? もう、なんかプロデューサーさん私を抱きしめたら許してもらえると思ってませんか?」

「足りなかったか?」

春香「いや、そうじゃなくて……。はぁ、考えたら私が5時間怒ってた以上に、プロデューサーさんは10年間謝るタイミングを逃してたんですよね」

「そうだ。毎日夢の中のお前に謝罪してたよ」

春香「夢の中にも出てきたんですか?」

「ああ、恨んでやる恨んでやるって耳元で囁いてくるからな」

春香「怖っ! いや別に恨んでませんよ?」

「ははっ、冗談だよ、冗談」

春香「もう! 揄わないで下さい! あー、なんか怒ってたのが馬鹿らしくなりました。いっつもこうですよ、私が主導権を握れたことなんて一度もないし」

「春香」

春香「なんですか?」

「ヒョオオオオオオオ!」

春香「ぶふっ! 変な顔で奇声を発しないでください!」

「ああ、これ今はやりの芸人バルログ君の持ちネタなんだけど……」

春香「まんまHGじゃないですか! しかも顔が面白いって……、あはは!」

 こうやって、笑いあえることができるんだから。

35 : VIPに... - 2012/04/27 23:38:19.29 z/IdN2wF0 34/383

春香「千早ちゃん、大きくなってましたね」

「何がだ?」

春香「胸ですよ、胸!」

 互いに並んで歯を磨きながらとりとめのない話をする。これまでのこと、今の流行、765プロのみんなの近況――。この時代に生きる俺たちには当たり前のことでも、過去からやってきた春香にとってはすべてが新鮮だ。いちいち大げさなぐらいのリアクションを見せる彼女がおかしくて、話を続けてしまう。座って話せばいいのに、20分も歯を磨いている。

春香「愛ちゃんも活躍しているんですね! あの時声をかけて良かったかな?」

「今でも愛ちゃんは春香を尊敬しているよ。後お母さんの舞さんも健在だ。しかも現役アイドルだ。もうすぐ40なのに、あれだけのバイタリティを持っているのは素直にすごいと思うな」

春香「きっと死ぬまで続けると思いますよ?」

「そろそろ勘弁してほしいんだけどな……」

36 : VIPに... - 2012/04/27 23:50:22.31 z/IdN2wF0 35/383

 風呂から出ると、春香が俺のベッドでかわいらしい寝息を立てて寝ていた。

「お疲れだろうしな。今日はゆっくり休んでてくれ」

 同じベッドで寝るのもなんか気が引けて、ソファの上に横になる。恋人同士ではあったが、実は恋人らしいことをほとんどしていない。相手はトップアイドルだからうかつな行動がとれないのもあるが、相手は18歳の女の子だ。結婚が出来る年齢とはいえ、それでも世間から見ると子供だ。対して俺は30過ぎのおっさん。10年間の間に、年齢は2倍になってしまった。

「ってこれ親御さんは知っているのか?」

 今更ながら恐ろしいことを思い出してしまう。春香はホテルから逃げてきた、両親に何も言わず……。

「俺まだ挨拶してないんだよな……」

 プロデューサーとして挨拶に伺ったことはある。その時は娘をよろしくお願いしますと言われた。萩原家に比べて平和的に終わったが、大切に育ててきた娘をどこの馬の骨かわからないようなやつ、それもプロデューサーという預かる身分の人間が手を出したのだ。キスもまだだが、親からしたら関係ないだろう。

「どうか平和的に済みますように……」

 意を決して春香パパに電話する。恋人同士ということは伏せて、一時的に預かっていると説明しなければ。

37 : VIPに... - 2012/04/27 23:56:46.39 z/IdN2wF0 36/383

「ふぅ、怒られるかと思ったがそうでもなかったな……」

 結論から言うと、親御さんは俺と春香の関係を知っていたようだ。その上で、後7日しかないというのに、俺に預けると言ってくれた。その言葉はとても重い。

春香パパ『春香が最後に過ごしたいと思ったのは、悔しいですが私たちじゃなくて、あなたなんです』

 責任は重大だ。必ず1日は家族で過ごさせる日を作ると約束し、俺は電話を切った。手は汗でびっしょりだ。暑いからじゃない、むしろ冷や冷やしたぐらいだ。

「後7日か……」

 時計を見ると、すでに1日が終わっていた。与えられた時間はとても短い。でもその中で、俺たちは最良の選択をし続けなければならない。

 サイコロは投げられたのだ。

38 : VIPに... - 2012/04/28 00:06:11.25 NzeVi3pF0 37/383

「俺が会社に入ったのは、2011年。
 東北地方太平洋沖地震が起き、
 それを元気づけるかのように子役たちが台頭してきて、
 俺はニンテンドー3DSが気になって、
 入社式はドッキリという形でお披露目、
 そのあとの社長との飲み会で多少なりともはじけたことは覚えてる。
 若かった! そして2022。
 俺は、とんでもない出来事に遭遇した。
 かつて忽然と消息を絶ち、墜落したとされていた東洋航空402便が、
 再び姿を現した。
 10年前の姿のままで。
 再び姿を現した402便には、彼女もいた。
 彼女。いわゆる俺の彼女。ただし、10年前の。
 10年前の姿のままの彼女。元の姿のままの彼女。
 まさにモトカノ。
 つまり俺は、お恥ずかしいことに、モトカレ?」

8月20日。期限まであと7日

39 : VIPに... - 2012/04/28 00:14:05.54 M2Ycxese0 38/383

 微睡の中、ジュージューと何かを焼く音が聞こえる。それが妙に心地よい。目をうっすらとあけて、時計を見る。5時ジャスト。なんだ、まだ寝てても大丈夫じゃないか――。

「5時ぃ!?」

春香「あっ、起しちゃいました?」

 瞼を開けると、目の前には最愛の少女。それはいい、昨日泊めたんだから。でもなんで勝手に朝食を作ってるんでしょうか? しかもこんな朝早くから。ラジオ体操だってやってないぞ?

春香「ごめんなさい、いつもの癖で早起きしちゃって……。で、でも! 早起きは三文の徳って言うじゃないですか! きっと良いことありますよ!」

「100円もしない分の良いことか?」

春香「そんな安いんだ……」

 それぐらいなら寝ていたほうが建設的だと思うのは俺だけじゃないはず。

40 : VIPに... - 2012/04/28 00:19:04.66 ucw5Fp8K0 39/383

春香『いただきまーす』

 朝起きてトップアイドルの手料理が食べれる。なんと素晴らしい身分だろうか?

「さすが春香。料理はドジらないよな」

春香「当たり前です! プロデューサーさんは何でもかんでもドジると思ってるんですか!?」

 黙って首を上下に動かしてやる。

春香「ちょっと人よりこけるだけじゃないですか!」

「それをドジっていうんじゃないのか?」

 少なくとも俺の知っているドジの代表はマ目の前の彼女なんだが。

春香「それより、今日は美希に会えるのかな……」

「ああ、美希には話せなかったが、今日はあいつも出勤だ」

春香「急に現れたらびっくりすると思うけどなぁ」

「前もって教えたら、休みそうだったからな。逃げそうになるなら追いかけるさ」

42 : VIPに... - 2012/04/28 00:26:28.25 oPrnATGo0 40/383

 朝のニュースを一緒に見る。やはりどの局も過去から飛んできた402便の話題で持ちきりだ。それでもアイドルにあまり話題がいかないのは、伊織がちょっくら働いてくれたってことだろう。本当に感謝してもし足りないぐらいだ。後で100%果汁のオレンジジュースを買っておくか。

春香「ジュピターまだ活動してたんだ」

 見るとニュースは終わり、芸能情報に移っていた。

「ああ、未だに第一線で活躍している。俺たちの事務所も負けちゃいないがな」

春香「765プロって新しい子がいるんですか?」

 春香は興味津々といった顔で聞いてくる。

「ああ、それも10年前以上に強烈なインパクトを持つ子たちだ。色物に見えるかもしれないが、実力はお墨付きだよ」

 ニート、巨大な乙女、堕天使……。特に売れっ子の三本柱は10年前ならあり得ない個性を持ったアイドルだ。水谷さんが若干かぶるけど。

春香「また会ってみたいなぁ」

「先輩風でも吹かせに行くのか?」

春香「そんなことしませんよ!」

 やるわけないよな、愛ちゃんを見るに面倒見は良いし。

43 : VIPに... - 2012/04/28 00:38:01.80 M2Ycxese0 41/383

 いつもより早めに事務所についた俺たちを、昨日のメンバーが数名待っていた。

律子「最近の流行はこうなってるのね……。眼鏡アイドルの時代が来たかしら? もう一度女装アイドルする?」

「嫌だよ!」

「そうか……、いぬ美たち死んじゃったんだな……」

あずさ「ごめんなさい。大切にお世話はしたんだけど、お医者さんは寿命だって」

「仕方ないぞ……。10年も生きてたらそれは奇跡さー。あずささん、後でお墓参りに行きたいんだ。場所教えてくれる?」

あずさ「ええ、みんな響ちゃんが帰ってくるのを待ってたわ。ホント、良い子たちばっかで……」

「なんくるないさー。自分が悲しんでたら、みんな成仏しきれないだろうしな」

春香「トップアイドルがいたのに殆ど変らないですねー」

「おかげで狭くて仕方ないんだが……。いつでも帰ってこれるように、って社長の計らいだよ」

44 : VIPに... - 2012/04/28 00:51:01.71 M2Ycxese0 42/383

 アイドル達が帰ってくるのを誰よりも待っていたのは、他ならぬ社長だ。父親のように彼女たちをいつも遠くから見守っていた。事故にあってからも、社長はずっと待ち続けた。お金もあるし人も増えたから事務所も大きくした方がいいという声はあった。それでも、帰ってきた場所が彼女たちの居場所であるように、あの頃のままずっと事務所を守ってきたのだ。

やよい「なんも変わってません!」

伊織「本当にね。狭いんだからもう1つ事務所借りればいいのに」

千早「多分前みたいにだまされるのを怖がってるんじゃないかしら?」

雪歩「でもあの後黒井社長逮捕されました」

「あー、やっぱ捕まったんだ……」

亜美「悪は滅びるんだい!」

真美「そーだね、滅びるね……」

小鳥「なんか疲れてるわね……」

真美「亜美ってこんなに腕白だっけ……。なんだろ、兄……、プロデューサーの気持ちが少しわかったや」

社長「仲良きことは美しき哉……。私はこの日を待っていたよ!!」

 変った者と、変らない者。双方入り乱れて少々カオスなことになっている。

律子「そういえば美希と貴音はまだなのね」

「俺たちが早く来ているということも有るんだが……」

45 : VIPに... - 2012/04/28 00:59:33.18 oPrnATGo0 43/383

「それなんだけど、貴音さんは後で来るって。後そろそろ記者会見の時間だよ」

春香「記者会見?」

「ああ、昨日の一件がただで終わるわけがないからな。1040航空は記者会見を開くことになっているんだ」

「はい。遺族会の会長さん、甲斐って方なんですけど、彼も参加されるそうです。事故の後率先して遺族会を組織して下さったんです」

 テレビでも見たかもしれないな。遺族会の代表として身を粉にして活動されていたと聞いている。弟さんが事故に巻き込まれたとのことらしい。

「この10年間、甲斐さんには非常にお世話になりました」

 そうこうしているうちに、1040航空の記者会見が始まった。

46 : VIPに... - 2012/04/28 01:08:12.15 M2Ycxese0 44/383

『前代未聞のことであり、前例のないことでありまして、現在、調査中であるとしか、申し上げられません。』

 記者会見は記者からは特に突っ込んだことも聞かれなかった。そりゃそうだ、前例がない、調査中としか言えないんだから。原因の究明、乗客の社会復帰を約束する。しかし、俺たちはそれどころじゃないんだ。社会復帰する前に消えてしまうんだから。

甲斐『10年前402便が消息を絶ったときと同じようなことを言っています。前代未聞。前例がない。責任はどこにあるか。そう繰り返すばかりで、全力を挙げての支援というのは遅々として進まなかった。僕は大屋本部長に、いえ、東洋航空に対してどうしても不信感が拭えません。黛さんを除いては。遺族会を立ち上げようとした際、東洋航空の中で唯一味方になってくれた方です。黛ヤス子さん』

 テレビ越しからも伝わる、甲斐氏の静かな怒り。俺たちにもそれは伝わる。記者会見は甲斐氏の言葉に1040航空側が何も答えられず、記者会見はお開きとなった。

「結局、何も分からずじまいか……」

 神様は一体何のつもりでこんな物語を俺たちに強制させているのだろうか? 感動のストーリーのつもりか? そんなもの、迷惑な話だ。

47 : VIPに... - 2012/04/28 01:20:58.07 ucw5Fp8K0 45/383

 お通夜状態の中、事務所のドアが大きな音を立てて開かれる。

美希「遅れてごめんなさい! 電車が遅れてしまって……」

 事務所にいた皆が入り口を見る。そこには黒い髪と、あの頃以上のスタイルを持つ事務員2号、星井美希がいた。

春香「美希!?」

美希「え? は、春香……」

 蛇に睨まれたみたいに、美希は怯えてしまう。

美希「そんな……、どうして……。はは……、あれマジックじゃなかったんだ」

春香「違うよ、美希。私たちはここにいる。これはマジックなんかじゃない」

 春香が美希へと歩み寄る。

美希「い、いやぁ!!」

律子「美希!!」

「待つんだ、美希! すまん、追いかけてくる!」

 階段を走って逃げる美希を追いかける。追いかけて、逃げるふりをして……。相手はガチで逃げてるっつーの!!

48 : VIPに... - 2012/04/28 01:29:24.47 ucw5Fp8K0 46/383

春香「行っちゃった……」

 美希とプロデューサーさんの追いかけっこ。今回は嫉妬しないでおく。ポカーンとしていると、開けっ放しのドアから客人が現れる。いや、私もお客さんみたいなものだけどね。

貴音「皆様、おそろいで。2人は先ほどすれ違いました。どちらも私の存在に気付いていないようでしたが……」

「貴音さん! 一体どこにいたんですか?」

 貴音さんは涼ちゃんの言葉を無視して、事務所へと足を進める。

貴音「今後の方針を話すと聞いていましたので。すこし準備に手こずってしまいまして、遅れたことはお詫び申し上げます。申し訳ございません」

春香「いや、こちらこそ……」

伊織「なんで春香も頭下げるのよ」

 自然と頭を下げてしまう。貴音さんにはこう言葉で表現できない何かがある。オーラというか存在感というか……。どこかずれた人だと思ってたけど、まさか学者になっているとは思ってもなかったな。

49 : VIPに... - 2012/04/28 01:39:06.15 M2Ycxese0 47/383

貴音「一晩で昨日の説明をまとめました。いやはy、こんぴゅーたーといい、最近の電子器具は扱いにくくてたまりません」

春香「別にコンピューターは最新のものじゃないと思うけど……」

貴音「……昨日のおさらいですが、7日後、全てが元に戻ってしまいます」

 私の突込みは華麗にスルーされた。なんか悲しい。

「それだけどさ、考えたんだけど消えないように何かに捕まっていたら良いんじゃないの?」

貴音「いえ、そういうことではありません」

「だよね、うん。自分でもこれはないわーって思ったし」

貴音「あり得ない話と考えておられる方もいるかもしれませんが、実際に起きてしまった話です。これから何が起こっても驚かないぐらい、あり得ない話です」

 貴音さんは続ける。

貴音「この宇宙から、全ての物質が消滅したら、時間と空間のみが残るとかつては信じられてきました。しかし、相対性理論によれば、時間と空間も、物質と共に消滅する。分かりますか?」

やよい「わかりません。私馬鹿なのかな……」

 大丈夫、私も分からないから!

50 : VIPに... - 2012/04/28 01:46:10.42 M2Ycxese0 48/383


貴音「お渡しした紙を見てください。こっちが時空A、こっちが時空B、本来なら、隔絶しているはずの時空Aの一部が時空Bにはみ出した。しかし、時空の復元力により、元に戻る。こう言えば分かりやすいでしょうか?」

亜美「お姫ちんの話難しくて分からないYO!」

律子「乱暴に説明すると、ゴム風船みたいなものなんじゃないの?壁に開いた穴から風船膨らまして、パッと放すと元に戻るでしょう? 時空からはみ出したものが元に戻るっていうのは、そういう感じをイメージするとわかるんじゃないかしら」

亜美「うーん、さっきよりは分かりやすいかな!」

貴音「がーん」

 律子さんの説明でなんとなく理解した。貴音さんは自分の分野を奪われたようで、少し悔しそうな顔をする。

雪歩「つまり、消えるっていうのは、元の時間軸、元のあるべき場所に戻るっていうことでしょうか?」

貴音「そう捉えていただいて構いません。それがどこに行くかわかりませんが、おそらく402便もろとも消滅するのではないかと思います」

伊織「ホントイリュージョンみたいな話よね……」

 ドラマ化映画にしたら面白そうな話。でも私たちはキャストとしてここにいる。出来れば、テレビの中だけで終わらせてほしかったかな。

51 : VIPに... - 2012/04/28 01:52:36.58 NzeVi3pF0 49/383

「なあ、10年前のものは全て消えるって言ったよな。じゃあ服は? 自分たちが機内で着ていた服はどうなるんだ?」

貴音「例え焼いたとしても、元の時間軸に戻る過程で、再構成されます」

春香「じゃ、今着てる服は?」

貴音「元に戻る際、その場に残ります」

 それってつまり……。

「裸になるの!?」

 全裸系アイドル誕生です! イエイ! ……最悪だよ!!

春香「さすがに恥ずかしいかな……」

貴音「いえ、正確には現れたときの服装になって消えるということでしょう」

やよい「い、いつ着替えるんですか?」

貴音「瞬間的に移動して……」

律子「じゃ、瞬間的に裸になるわけ?」

「うがー! どうしたらいいんだー!」

52 : VIPに... - 2012/04/28 01:58:51.50 NzeVi3pF0 50/383

貴音「細かいことは気にするまでも有りません。それは不毛な会話です」

「どうして!?」

伊織「答えられないからじゃないの?」

貴音「いえ……、議論をしたところで意味が有りませんから」

 貴音さんは悔しそうな顔をする。それは律子さんの方がちゃんとした説明ができたときじゃなく、昨日と同じ顔。8日間の期限を宣告した時と同じような苦しそうな顔。

貴音「記憶も消えてしまう。つまり、この世界に起きたことは、乗客の記憶には一切残りません」

「それって、奇跡の出来事は、僕たち残された人しか覚えてないってこと!?」

 貴音さんは肯く。

「え、ちょ、ちょ、ちょっと待って。それって、ボクそのもの、が?」

貴音「ええ、何もかも消えてしまいます」

やよい「それは……私死んじゃうんですか?」

貴音「私の理論上では、そういうことです」

 それじゃあなんで助かったの、私たち?

53 : VIPに... - 2012/04/28 02:11:38.23 ucw5Fp8K0 51/383

亜美「で、でも! お姫ちんじょーだん好きだし! マヤの予言も外れたんだから、これも外れるって! ね?」

 亜美は無理にでもポジティブな方向へと持っていこうとする。この中で一番年下で、ずっと一緒にいたはずの真美と離ればなれになって、ようやく再開したのに、消えてしまう、それどころか私たちはここに帰ってきたことを忘れてしまう。それはあまりにも残酷な話。

 でも亜美の願いも虚しく、貴音さんは続ける。

貴音「いいえ、亜美。外れる可能性はゼロです」

亜美「じゃあ、じゃ、亜美たちどうして助かったの? あの時、メッチャ怖い思いをして、何のために10年後の世界に来たの? 意味ないじゃん! 結局死んじゃうなら、ここにこうしていることだって、無意味じゃん!!」

真美「亜美!!」

亜美「ゴメン、少し落ち着かせて……」

 亜美は泣きながら部屋を出る。私たちは彼女に、何も声をかけることができなかった。

貴音「あいんしゅたいんの言葉に、こういう言葉があります。神はサイコロを振らない。我々人間は、神のそれを受け入れるしかないんです。もうどうしようもないんです……」

真美「違うよ、お姫ちん」

貴音「真美?」

真美「亜美はどうしようもないからって、諦める子じゃないから。亜美はそんなヤワな女じゃないんだから!」

 ここにいない亜美にも聞こえるように、真美は大声を出す。ドアの外には、誰もいない。

真美「ゴメン、ちょっと探して来るね。亜美のことを1番分かってるのは真美なんだから……」

 そういって真美は駆け出す。不安がいっぱいで仕方がない、たった一人の妹のもとへ。

54 : VIPに... - 2012/04/28 02:21:34.12 NzeVi3pF0 52/383

「えっと、良いですか? 遺族会からも有るんですけど……」

 貴音さんの話が終わると、涼ちゃんがおずおずと手を挙げる。

「この場にはいませんが、会長の甲斐はこう言うでしょう。残された時間を遺族会会長として、彼らの時間が限られたものであるなら、かけがえのない時を過ごしてほしいと思っているだけ、と。起きてしまってからじゃ遅いです。だからこそ、今乗客として402便に搭乗していた皆様の望みを出来るだけ叶えたいんです。それが甲斐の願いですから」

律子「望みね……。そうね、どうせ消えるんなら、悔いなく消えたいわね。記憶に残らなくても、やり残したってのは気分が良いもんじゃないわ」

「幸いまだ日は有ります。事情が事情ですから、大体の願いは通じると思います。たとえば……」

「生っすかを復活させるとか。武田さんの力も借りることになると思いますが、快く協力してくれると思います」

 生っすかサンデー。私たち765プロ全員が出た最初の番組。あの頃は楽しかったなぁと感傷に浸ってみたけど、よくよく考えたら、私たち消えた組からすると収録自体数日前なわけで――。

「これはあくまで一例です。ですが、僕たち遺族会はできるだけの協力をしたいと考えています」

やよい「えーと、なんでもいいんですよね?」

「ええ、なんなりと」

55 : VIPに... - 2012/04/28 02:30:28.87 M2Ycxese0 53/383

やよい「えっと、私のお父さんを探して欲しいかなーって」

「お父さん? ああ、そういうことですね……」

 プロデューサーさんから聞いた話によると、やよいの両親は離婚したみたい。やよいからしたら寝耳に水だっただろうな。誰よりも家族を大切にしていたやよいらしい望みだと思う。

「分かりました。責任を持って、捜索いたします」

伊織「私も手伝うわ。遺族会だけじゃ出来ることが限られてしまうでしょうし。スポンサーにつくわ。私たちだって遺族みたいなもんだし」

「助かります。それではやよいさん、お父様の写真はございますでしょうか?」

 てきぱきと行動する涼君を見て感心する。女装アイドルなんてことをしたからか、それとも芸能界に一度大喧嘩を売ったからか、最初のころの印象と全然違う。可愛いじゃなくて、格好いい大人になったんだ。

やよい「ありがとう、涼ちゃん、伊織ちゃん」

「いえ、これも皆様のためですから」

伊織「別にいいわよ。好きでやってんだし。それに、あんたんとこの長男、長介がいつまでもふてくされてるのが気に食わないのよ。確かにやよいの父上殿は弁解しがたい行動をとったわ。本を売るだけならまだしも、その金でギャンブル。離婚してから消息も取れてないみたいだし……。娘の非常事態に何やってんだか」

 涼ちゃんと伊織という強力な助っ人を得て、やよいのお父さん捜索は始まりました。

59 : VIPに... - 2012/04/28 09:26:23.62 M2Ycxese0 54/383

「見た目が変わっても、やっぱり美希は美希だな」

 思った通りだ。池を泳ぐ鴨を見ながら、静かにたたずむ美希を見て、少しホッとする。

「御嬢さん、暇なら俺と、お茶しない?」

 字余り。川柳のようなリズムで声をかける。

美希「え? なんだ、プロデューサーか……」

「なんだとはご挨拶だな。そこの人よりかはましだけどさ」

美希「そういやそう呼んでたことも有ったっけ? かなり昔だけど」

 素晴らしい才能を持ちながらも、初めて会った頃の星井美希はアイドル活動に本気になることが出来ずにいた。マイペースに現場を掻き乱し、その度に俺が頭を下げに走った記憶がある。今となっちゃいい思い出だ。

美希「10年ってさ、長いよね……。カモ先生も死んじゃって、今は二世が泳いでるんだ。変ったのは私だけじゃないの。みんなみんな、変っちゃった」

60 : VIPに... - 2012/04/28 09:42:00.54 NzeVi3pF0 55/383

 美希は寂しそうに言う。

美希「けど変わることは決して悪いことではなくて、良い方向に転ぶことも有る。でもさ、私は奪っちゃったんだよ? 仕方ないって言ったら律子さん達に怒られそうだけど、春香は違った。本当に消えるべきは私だったのに……。私知ってるよ? プロデューサーが春香に指輪渡そうとしていたこと」

「美希……」

 指輪、それは言ってしまえばエンゲージリング。あれだけ子供だから――、なんてことを言ってたのに、実のところ俺は春香を手放したくなくて仕方がなかった

美希「ごめんね、あの日部屋に入ったとき見つけちゃったの。プロデューサーが本当に春香を大切にして、愛してるって証拠を。それが悔しかった。未練がましいって言っちゃえばそれまでなんだけど、昔の私は本当に馬鹿だった。あわよくば春香から奪おうとして、取り返しのつかないことをしてしまったの。そんな私が春香に会う資格なんて……」

「落ち込んでるところ悪いが、会う資格ってのはな、美希が決めることじゃない。相手が決めることなんだ」

美希「え?」

「昨日さ、春香心配してたんだ。美希がアイドルを引退したのって私のせいじゃないかって」

美希「違う! 春香は悪く……」

「なら本人の前でそう言ってやってくれ。そうすれば、少しは美希が背負った苦しみも晴れるんじゃないかな?」

美希「……そうだね、いつかはちゃんと向き合わなくちゃって思ってた。けど逃げてたの。超常現象を言い訳にして、後悔したまま生きようとしていた。でもそれじゃダメだもんね、春香たちが帰って来たのは、神様が私にもう一度向き合うチャンスをくれた。そう思うとね、全部蹴りをつけなくちゃって思って」

「そうか。なら帰ろうか」

美希「うん、ちゃんと謝らなくちゃ」

 悪い方にばかり進ませはしない。これは俺たちにとっても、春香たちにとっても最後のチャンスなんだから。

61 : VIPに... - 2012/04/28 09:51:33.57 oPrnATGo0 56/383

真美「13歳か……」

 逃げた亜美を探しながら、ふと10年前を思い出す。あの頃の私は、亜美と一緒にやんちゃを繰り返していた。兄ちゃんことプロデュ-サーにどれだけの迷惑をかけたか、思い出すだけで申し訳なくなる。すみません、あのころは若かったんです。大人になるにつれて、少しずつ落ち着きだして、今では親の病院を継ぐために医者の勉強中、あの頃の私は馬鹿キャラだったのに。これも進研ゼミのおかげかな? まあそれは冗談として、人生というのはどうしてかな、何が起こるか分からないものだ。同じ日、同じ母から生まれたはずなのに、私は男も逃げてく医大生、かたや妹は13歳のままこの時代に舞い降りた。相も変わらずやんちゃな妹を見て、なおさらすまない気持ちでいっぱいだった。765のみんな、各種関係者の皆様、私双海真美は馬鹿でした。今になってよーく分かりました。

真美「亜美の行きそうなところ……」

 亜美の行きそうなところを検索する。

真美「やっぱあそこっしょ!」

 根拠はない、しいて言うなら、私は亜美の姉で、亜美は私の妹だから。それで十分っしょ?

62 : VIPに... - 2012/04/28 10:02:02.82 M2Ycxese0 57/383

真美「ホントにいたよ。双子恐るべし……」

 私の見立ては間違ってなかったみたいだ。亜美は辛いことがあると、いつもここに来る。あまとうこと天ヶ瀬さんに負けた時も、亜美は1人ここで泣いていた。そういや私にとっては10年前のことでも、亜美からしたら去年の話なんだね。

真美「お嬢さん、暇なら俺と、お茶しない?」

亜美「え?」

 声を低めに、ダンディさを演出。

亜美「何やってんの。全然渋くないよ?」

真美「うっ、素で返されるときついものがあるね……」

 出鼻をくじかれた私を、亜美は面白くなさげに見る。

亜美「亜美さ、分かってはいるよ? お姫ちんも損な役回りをして、亜美たちのためを思っての行動だってこと、中学生でも分かるって」

真美「亜美……」

 本来なら誰も責めることが出来ない事象だけど、お姫ちんはわざと貧乏くじを引くような真似をした。それは誰かがしなきゃいけないことなんだけど、偉い学者の先生でも、航空会社の人でもなく、元アイドルの准教授が全てを背負った。当然お姫ちんも辛いはずだ。かつての仲間に死刑宣告を下したようなものだから。ああ、数年後私も似たようなことをするのか。

63 : VIPに... - 2012/04/28 10:13:21.43 M2Ycxese0 58/383

亜美「分かっているけどさ、納得いかないんだ。どうして亜美は消えちゃうんだって。頭では理解してるけど、理解したくないっていうか」

 13歳の小さな体に、その事実は残酷すぎた。これはドラマでもなんでもない、紛れもない現実なんだ。

真美「でもさ、今日死ぬわけじゃないじゃん。まだ7日もある。お姫ちんもそれまでに何かしてくれるよ!!」

 励ますように、明るく務める。

亜美「真美はわかんないんだよ! 事故にもあってないし、消えちゃわないから!! 怖い思いもしていないし! だからそんなこと言えるんだよ! 真美達に亜美の気持ちが分かるわけないよ!」

真美「分かるわけない? そっちも分かんないでしょうよ! 残されたみんながどれだけ不安だったか! 知らないでしょ? 亜美が事故にあった後、お母さん食事が喉も通らないほど憔悴しきってた! 世界が終わったみたいな顔をしていた! お父さんだってそう! 見てて痛々しいぐらいだった!! 私たちの気持ちが亜美にわかるわけないでしょ!?」

 ぶつかり合う感情。あれ、姉妹喧嘩なんていつ以来だろ……。最後にしたのはプリンを食べられたと勘違いした亜美が真美に怒ったんだっけ。結局犯人はお父さんだったけど。仲良し姉妹で通ってたから、当時の双海姉妹を知る人が見たらびっくりするんじゃないかな、これ。

64 : VIPに... - 2012/04/28 10:22:21.78 ucw5Fp8K0 59/383

亜美「真美の頓珍漢!!」

真美「と、頓珍漢!? 言ってくれたなこのペチャパイ!!」

亜美「は、発展途上だもんね! 千早お姉ちゃんよりはあるし!」

真美「千早お姉ちゃん……、あははは!!」

亜美「何がおかしいのさ!」

真美「亜美、実は千早お姉ちゃん、サイズが上がったんだよ?」

亜美「嘘! エターナル・セブンティツーが!?」

真美「といっても73に変わっただけだけど」

亜美「Oh…」

 本人は気にしていないと言っているけど、バストが1上がったらしいときは、喜びのあまりアメリカの自由の女神にのぼろうとしたらしい。日本でも少し話題になったっけ。

亜美「なんか千早お姉ちゃんのこと思うと、イライラしてたのも馬鹿らしくなってきたや。ゴメンね、真美。辛かったのは、亜美たちだけじゃないんだね」

真美「ううん、こっちこそゴメン。なんかさ、自分に酔ってた」

 不幸な目に合う妹を助ける姉、三文脚本もいいとこだ。

亜美「少しすっきりしたかな、もう大丈夫」

真美「そっ、んじゃ戻りますか」

 ほらねお姫ちん、私の妹はこんなことでひるまないって言ったっしょ?

66 : VIPに... - 2012/04/28 10:54:30.70 ucw5Fp8K0 60/383

亜美「復活したよー!!」

真美「元気になったらこれなんだから……。子守がどれだけ大変かよーく分かりました。小児科だけは辞めとこ」

 しばらくすると、亜美と真美が帰って来た。吹っ切れたような顔を見るに、どうやら真美の言ったことは正しかったようだ。

律子「後はプロデューサー殿と美希ね……。大丈夫かしら?」

春香「大丈夫です! だってプロデューサーさんですから!」

律子「理由になってないわよ。まっ、でもそう言われたら大丈夫な気がしてきたわ」

 根拠はどこにもないけど、彼なら大丈夫、きっと上手くやれる。そう信じてやまないのです。

「ただ今戻りました!」

美希「……」

 亜美たちが戻ってきてから10分もしないうちに、プロデューサ-さんたちも帰ってきました。美希は私たちの方を申し訳なさ気に見たけど、意を決したように口を開く。

68 : VIPに... - 2012/04/28 12:36:14.50 ucw5Fp8K0 61/383

美希「今まで逃げててごめんなさい。みんながいなくなったって聞いたとき、私すっごく後悔した。最後までわがままを言って、結果春香が私の役割を受けて……」

 苦しそうな顔を見せる美希。きっと彼女は、私がずっと許さないままでいると思っているんだ。私にとっては24時間ぐらいの話でも、美希は10年間、ずっと一人で背負いこんできた。誰かに言えるわけでも無く、ただ自分で自分を責め続けて。

春香「もう、十分だよ」

美希「はる……か」

 自分でも無意識のうちに、私は美希を抱きしめていた。暖かな体温、リズムを刻む鼓動、ああ、私はここに生きているんだ。

春香「美希は十分苦しんだよね? でももう大丈夫、私はあなたを赦すから」

美希「そんな……」

春香「良いの。これは偶然でもなんでもない、必然なんだから。私はプロデューサーさんに選ばれたけど、神様は美希を選んだ。それでおあいこだよ」

美希「春香!!」

 そう、それで良いんだ。たとえこの記憶ごと私が消えたとしても、美希はあの日のままの笑顔になるんだから。

69 : VIPに... - 2012/04/28 12:47:32.38 oPrnATGo0 62/383

「選ばれたか……」

 そんなわけはない。美希が俺に選ばれたとしても、春香のことだ。きっと席を譲るに決まっている。

春香『美希と一緒に帰ってください! 私はもう少しお土産見ますから!!』

 そんなことを言いながら。でも俺は悲しんでいられない、春香も亜美も、辛い事実を自分なりに受け入れたんだから。残された人間が、悲しんだままだと彼女たちに顔向けができないからな。

律子「全員揃ったわね。それじゃあさっきの続きといきましょうか」

「さっきの続き?」

律子「あー、そう言えば美希を追っかけたからいませんでしたね。亜美真美にも説明しなきゃいけないか。涼、あんたから説明お願い」

「あっ、うん。えっと僕たち遺族会からの提案なんですけど……」

 涼君の話はこうだ。残された期間を有意義に使ってほしい、社会復帰もそうだけど、7日間を悔いの残らないような日々にしてほしいという遺族会からの願い。美希は春香たちが再び消えること、記憶も消えて奇跡は俺たち遺族にしか残らないという事実を黙って聞いていた。なんとなく覚悟はしていたんだろう、取り乱すことなく、涼君の話に耳を傾けた。

美希「ねえ貴音、これはどうしようもないんだよね?」

貴音「ええ、現段階では。しかし私も出来る限りのことはするつもりです。神はサイコロを振りません、でも私たち人間はサイコロを振れるんです。限りなく0に近くても、皆様が消えゆく刹那までに、この消滅を食い止める方法を探していきたいと考えています」

70 : VIPに... - 2012/04/28 12:55:34.41 oPrnATGo0 63/383

 貴音の静かな決意に心が引き締まる。皆の思いを無駄にしたくない。そのためにも俺が出来ることをしないと……。

 あれ、俺何が出来るんだろ? 頭脳労働は貴音、遺族関係は涼君と伊織、俺の出る幕がないんじゃないか?

春香「そんなことないですよ、プロデューサーさん!」

「うわ! 心を読んだのか!?」

春香「ええ、タイムスリップと同時にエスパーに目覚めました! もちろん嘘ですけどね」

 春香はニヒヒと悪戯に笑う。

春香「プロデューサーさんは私たちの支えなんです。私たちが何でも相談……、そりゃデリケートな話題はNGですけど! 言っちゃえばカウンセラーなんですから。それもいるだけで効果があるスーパーカウンセラーです!」

「なんじゃそりゃ」

 まあ、意味はいまいち分からないが、求められてるってことだろうか?

 その後は方針を話し合い、入用になれば涼君に連絡する、という形で話が終わった。現段階で出ているのは、やよいの父の捜索、生っすかの復活、そして……。

71 : VIPに... - 2012/04/28 13:00:46.05 ucw5Fp8K0 64/383

「僕の結婚式!?」

律子「当たり前でしょ。あんた達のことだから、どうせ私が幸せになれなかったのに自分たちが幸せになっていいのかって思ってるんでしょ? 良いに決まってるじゃない」

「で、でも急な話じゃ……」

律子「遺族会は遺族の願いを聞いてくれるんじゃなかったけ?」

「うう……、そりゃ僕も夢子ちゃんと結婚したいよ? でも式場がとれるか……」

伊織「それなら大丈夫よ。世の中には親友の死刑執行に間に合わせるため、妹の結婚を速めた猛者だっているんだから」

「それはメロスでしょ~!!」

伊織「まぁ安心しなさいな。少し便宜図ってあげるわ」

律子「話が早くて助かるわね」

「ぎゃおおおおおん!!」

 奥さんのいない間に結婚式の話が進んでいく。さすが涼君、歳を取ろうとも、律子には勝てないように設定されている。

小鳥「ブーケはもらうわよ!!」

 もう一人乗り気な人がいた。

教習とバイトで夜遅くまで帰ってこれません。再開はその辺で。

73 : VIPに... - 2012/04/28 22:27:39.35 xblThZUh0 65/383

春香「生っすか24時間って頑張りましたね…」

「流石にそこまでやるとは思わなかったな…」

そう。無理を通した結果、生っすかを24時間放送すると言う暴挙に出たのだ。実はあの頃から、765プロで24時間テレビを! と言う声は有った。しかし年齢的な問題からか、そこまでの力が無かったからか、実現することは無かった。今は半分以上が18歳以上だが、それでも一部のメンバーは途中退場しなければならない。と言うことで、24時間耐久響チャレンジはお蔵入りになってしまった。

「流石に一日丸々は無理だぞ!!」

完璧娘でも無理なものは無理らしい。そりゃそうか。

74 : VIPに... - 2012/04/28 22:44:13.22 xblThZUh0 66/383

そしてもう1つ。これは恐らく誰もが望んだことだろう。

765プロサヨナラライブ。消えることを運命付られたアイドル達の、最大にして最後の願い。俺としても最後に大舞台に立たせて、ちゃんと引退させたい。

しかし、現実として可能だろうか? 涼君はこう言う。

「場所の確保は何とかなると思います。武道館ほど大きいのは難しいと思いますが、それでも皆様が満足する舞台を提供しましょう。ですが、それを行うには解決しないといけない問題が有ります」

「問題?」

「はい。402便に乗られた方は、体感として一晩過ぎたぐらいでしょう。しかし、残された皆さんは違います。歌手として活動している千早さんを除いて、皆様既に引退されて第二の人生を歩んでおられます。1週間、いやそれよりも短い期間で10年間のブランクが何とかなる保証は有りません」

75 : VIPに... - 2012/04/29 00:14:05.10 k1OC4Iwt0 67/383

 涼君が言うことも最もだ。あずさんさんは2人の子供がいるし、他のみんなもアイドルを離れて久しい。唯一活動している千早も、

千早「いや、私は歌手一本に転向したから、ダンスとビジュアルに関してはみんなと同じぐらいのブランクがあるわ。ごめんなさい」

春香「千早ちゃん……」

 よくよく考えたらそうだ。ここにいるのは、よみがえったゾンビアイドル、ゾンドルと、現役歌手、主婦、医大生、小説家、OLというかつての輝きはどこへやら、それぞれ別々の道を歩みだした元アイドル。ライブを開こうにも、まず体力を取り戻さないといけない。本来なら何ヶ月もかけて調整するのだが、今回ばかりはそんな悠長に待っていられない。

「もちろん僕達も出来る限りのお手伝いをします。これは遺族会というよりかは、同じステージで歌い踊ったかつての仲間としての立場になりますね。きっと愛ちゃんや冬馬君も力を貸してくれると思います。ですから、あとはみなさんの気持ち次第かと」

春香「私は……」

 春香のことだ、私はやりたいと言いたかったんだろう。しかしそれは、かつての友人の言葉で遮られる。

雪歩「ごめんなさい、私には出来ない」

76 : VIPに... - 2012/04/29 10:10:27.36 yJun0COF0 68/383

「雪歩……」

雪歩「だってそうでしょ? 私はもうアイドルじゃないんだよ? それに……、みんなの記憶が消えちゃうなら、やったって虚しさが残るだけだと思うの。その時のことを話せる人はもう隣にいないんだよ?」

 雪歩は涙ながらに語る。

雪歩「それに今からやったって間に合うのかな? 私鈍いのみんな知ってるでしょ? それにアイドル辞めてからほとんど動いてないし……」

「でも!」

雪歩「ゴメンみんな。私もあのころとは違うの。今の私はアイドルじゃなくて、しがない小説家。生っすかはまだしも、日陰者にはライブなんて出る価値ないよ。お願い、私に期待しないで……」

 私に期待しないで。それは……。

伊織「あんたまだあれを引きずってるのね」

雪歩「忘れるなんてできないよ。引退ライブで大きなミスをしたんだよ? 最後の最後までダメダメで、みんな私なんか望んでないの」

 雪歩の引退ライブは、お世辞にも成功したといい難い。それでもファンのみんなは、彼女の引退を惜しんだのだが、その声も雪歩には届かなかったのだろうか?

80 : VIPに... - 2012/05/02 02:55:47.50 MT6Pl/dl0 69/383

雪歩「だからゴメン……」

「違うよ! そんなの僕が知ってる雪歩じゃ……」

雪歩「真ちゃん、何度も言わせないでよ……。10年間、忘れようとしてきたのに……」

真美「ゆきぴょんの言うことも最もだよ。まだ私は若いけどさ、あずさお姉ちゃんは……」

あずさ「若くないって言いたいのかしら?」

真美「ひぃ! そ、そんなんじゃないよ! 子供もいて、こっちに費やす時間がないんじゃないかってこと!」

 あずささんが見せた鬼のような表情。あれはトラウマもんだな。年齢の話はしないようにしよう。

小鳥「どーせ私は40で未婚ですよ! ああもう、リア充死ねー!!」

 この人もいるんだし。

あずさ「ううん、子供がいるからこそ、私もう一度舞台に立ってみようかなって思うんです」

「あずささん?」

 それは意外な答えだった。あずささんはライブにも乗り気なようだ。

あずさ「私の子供たちって、実際にお母さんがアイドルをしていたところを見てたわけじゃないんです。だからってことでもないんですけど一度ぐらい、あの子たちの前でアイドルしてみようかなって思えたんです。たぶん、舞さんもこんな気持ちだったんじゃないでしょうか?」

81 : VIPに... - 2012/05/02 03:06:12.92 dHupMuBD0 70/383

 あずささんの決心に言葉をなくす。

雪歩「あずささんは強いんですね……」

あずさ「ええ、子供を産んだら、嫌でも強くあろうと思ってきますから。そうでなきゃ、叱れませんから」

美希「ねえ雪歩、どんな嫌なことでも、忘れようとしちゃいけないんだと思う」

雪歩「美希ちゃんは私に苦しんでって言うの?」

美希「違うよ。私も十分苦しんできたし、そんなことを強いる気はないよ。でも、雪歩は逃げているだけだよ。あの頃の自分からも、忘れようとしてた10年前からのみんなからも。私はもう逃げないって決めたの。だってさ、記憶も何もかも無くなっちゃうのに、みんな前向きに今を生きようとしているんだよ? だったらさ、私たちもそれに応えないと。じゃないと、私たち死んでないだけの人間になっちゃうから」

雪歩「死んでないだけ? ゾンビみたい」

美希「いいや、ゾンビみたいに這い上がることも出来ない、呼吸をしているだけの空っぽな抜け殻だよ。今の雪歩はそう見えるな」

雪歩「空っぽかぁ。そうだね、私は空っぽなの。何にもない、価値のない空っぽな箱」

「でもさ、空っぽな箱なら、いくらでも入れれるよね」

美希「これから取り戻したらいい、違う?」

87 : VIPに... - 2012/05/13 22:30:20.88 DaZTg45h0 71/383

 空っぽな箱――。よほど人を指すと思えない言葉だ。

雪歩「いくらでも入る、か……。みんな、気軽に言い過ぎだよ……」

「そんなつもりじゃない!!」

 どこまでも後ろ向きな彼女に、真は声を張り上げる。しかし届けたい相手は、未だに前を向こうとしない。

雪歩「そうだね、今度の作品はそれで行こうかな。空っぽな人間に、周りが希望を与えていくの。でもね、最後の最後で、それは絶望へと変わる。逆パンドラの箱ってやつかな?」

美希「難しいこと言って逃げるの?」

雪歩「難しくなんかないよ? だって、真ちゃんともう一度お別れしないといけないんだよ!? その日のために今までのブランクを埋めて、やり遂げたとして……」

「雪歩!」

雪歩「真……、ちゃん?」

あずさ「あらあら」

小鳥「懐かしい光景ね……」

 震える雪歩のちんちくりんな体(本人談)を、強く抱きしめる真。雪歩は驚きを隠せていないようだ。

88 : VIPに... - 2012/05/13 22:43:20.99 JIVFk91p0 72/383

雪歩「やめてよ、もうそんな歳じゃないのに……」

「知らないよ、そんなこと。ボクが抱きしめたいから抱きしめてるんだ」

雪歩「そういうの、いまどき携帯小説なんかでも言わないよ?」

「うっ、臭かったかな……」

雪歩「他の女の子に言ってごらんよ。みんな、真ちゃんのことを好きになっちゃうから」

「雪歩は違うのかい?」

雪歩「昔らから好きだったよ? 私にとっての王子様だったから……。どんなときも隣にいてくれて、ずっと一緒にいると思ってた。お互いに結婚しても、お年寄りになるまで一緒だと思ってた。そう願ってたの」

「……ゴメン、雪歩」

雪歩「真ちゃんが謝ることじゃないよ」

「ボクは、雪歩が羨ましかった。どこまでも女の子で、守ってあげたくなるような可愛さを持ってて。ボクなんか、いつも誰かを守る方だったから。でも今、ボク達は守られる側になっている。消えてしまう未来から、ね。そうでしょ?」

貴音「ええ、変えることが出来るか。非常に確率は低いですが、幸いまだ時間は有ります」

「1週間あればできる、よね?」

貴音「これはこれは……。ぷれっしゃあを感じますね」

89 : VIPに... - 2012/05/13 22:57:27.72 DaZTg45h0 73/383

 貴音はおどけて答えるが、その瞳からは強い決意を感じる。そうだ、こいつらはまだ諦めちゃいない――。

「ボク達は消えたりなんかしない。そんな運命なんか、蹴飛ばしてやる!」

雪歩「ふふっ、ライトノベルの主人公みたいだね、真ちゃん」

「雪歩、ようやく笑ってくれたね」

雪歩「笑っちゃうよ。みんな馬鹿みたいに、0に等しい可能性を信じてさ……」

雪歩「そんなの見たら、私もやらなきゃって思うじゃん」

「そうだよ、雪歩。仮に、本当に仮にだよ? 万が一、いや億が一ボクらが消えたとしても、みんなの中から消えちゃいはしない。ボクらはそれで十分だ」

雪歩「何も残らないのに?」

「何も残らないからこそ、皆には残っていて欲しい。どんな些細なことでも、ボク達を見失わないで欲しいんだ」

 たった一つ、幸福なことがあるのなら、俺たちは憶えていること。いや、もしかしたらそれは虚しいことで、不幸なのかもしれない。でも、そうは思いたくなかった。

「一緒に行こう、雪歩」

雪歩「うん、真ちゃん」

 それを支えに、俺たちは生きていけるのだから。誰かが生きたかった未来を、その思いを背負って歩いて行けるから――。

91 : VIPに... - 2012/05/13 23:08:11.19 OslzC3Qt0 74/383

「雪歩さんは了承とみてよいですね」

雪歩「はい。最後までみんなと行きたいですから」

「そうですか。他の方は……」

春香「ようやく言える! 天海春香、ドームで……!」

 春香が元気よく言おうとした時、事務所のドアが勢いよく開く!!

「春香さん!!」

春香「へ? どちら様……」

「会いたかったです!!」

春香「こ、この爆音は……」

 事務所を揺るがさんばかりの大ボリューム。10年で見てくれこそは変わっても、根本的なところは変わっていないようだ。

春香「愛ちゃん、なの……」

「はい! 日高愛です!!」

92 : VIPに... - 2012/05/13 23:17:29.91 DaZTg45h0 75/383

??「俺もいるけどな」

??「私も、いる?」

??「なんで疑問形なんですか……」

??「良いじゃないか。人間はみんな自分の存在を疑問視して……」

??「だああ! わけわかんねえよ! 北斗!」

春香「あ、あ……」

??「へん! 10年前から成長したのはそこの豆タンクだけじゃねーぜ」

春香「天の川君?」

天の川「そうそう、織姫と彦星が……、って違うっつーの!!」

春香「あっ、ゴメン。天ヶ瀬君だよね?」

冬馬「分かってるなら最初からそういえよ……」

春香「いやぁ、喉元まで出てたんだけど、脳が勝手に間違えろって信号を……」

冬馬「便利な脳だな、おい!!」

93 : VIPに... - 2012/05/13 23:21:23.25 BJx7zGP90 76/383

 天ヶ瀬冬馬。かつて俺たち765プロと凌ぎを削った最大のライバル。名前を間違えられやすいのは、彼の芸風だろう。

やよい「翔太君?」

翔太「久しぶりって言えばいいのかな、こういう時。まぁあのころに比べたら、僕も背が高くなって、声も低くなったから、?がつくのも仕方ないかな?」

やよい「大きくなっても翔太君は翔太君です!」

翔太「なんか年下に言われるのも変な感じ……」

「ってことは君は……」

北斗「チャオ☆ 久しぶりだね」

「変わってないね……」

北斗「俺はあの頃のままさ」

??「あれ、私忘れられてる?」

伊織「あまり関わりないからね、絵理は」

絵理「ちょっと悲しい?」

伊織「いつまでその口調なのよ。あんた今プロデューサーでしょ? 自信持ちなさいよ」

絵理「私はこれがデフォルト?」

伊織「知らんがな……」

94 : VIPに... - 2012/05/13 23:28:18.89 BJx7zGP90 77/383

 ジュピターのみんな、876プロのアイドル達。感動の再開は嬉しいが、どうしてここに? そう考えていると、涼君が答えをくれた。

「僕が呼びました。最後の希望として、みなさんはライブを望むと思いましたので」

「お見通しってことかい?」

「さぁ、どうでしょうか?」

 変なとこだけ律子に似やがって。

律子「今へんなこと考えませんでした?」

「気のせいですよー」

 おお、怖い怖い。


「では、みなさん揃いましたね」

やよい「あれ? 夢子ちゃんはいないんですか?」

 やよいの疑問に、涼君は少し頬を染める。なんだかんだ言って初心なようだ。

「ゆ、夢子ちゃんは身重の状態ですので……。あまり負担をかけたくないんです。」

やよい「子供生まれるんですか!!」

「そうですけど……。い、今はその話を置いておいて!! これからの話です、これからの!!」

95 : VIPに... - 2012/05/13 23:38:23.19 DaZTg45h0 78/383

「先ほども言いましたが、みなさんのブランクを埋めるのは非常に大変なことになると思います。ですので、特別トレーナーとして彼らを呼びました」

冬馬「涼の頼みだしな。それに、俺はあんたらにいくつか借りがある。それを返す前に消えられちまったんだ。10年分の借り、一気に返させてもらうぜ」

「私たちは皆さんに教えて貰ってきましたから! ここで恩返しをしたいんです!!」

 876もジュピターも気合が入っている。これは相当きついレッスンが待っているんだろうな。

翔太「幸い、僕らは得意分野がバラバラだ。ダンスレッスンは僕と涼君が担当するよ」

「ええ。ですが僕は遺族会の方も有りますので、基本的には翔太君が皆さんの指導に当たります」

ダンスレッスン 御手洗翔太 秋月涼

絵理「私はビジュアル担当?」

北斗「みたいだね。俺はダンスが苦手だからな。その分こっちでみんなの力になろう」

ビジュアルレッスン 伊集院北斗 水谷絵理

「私たちはボーカルですね! ピピンさん!!」

冬馬「ピピンって誰だよ!!」

ボーカルレッスン ピピン板橋(天ヶ瀬冬馬) 日高愛

「こりゃ豪華なメンバーだな……」

96 : VIPに... - 2012/05/13 23:47:28.41 JIVFk91p0 79/383

 あまりの布陣に呆然としていると、天ヶ瀬君が口を開く。

冬馬「んじゃ早速行くかね……」

亜美「もう行くの?」

冬馬「たりめーだろ。時間がねえんだ、突貫工事で行くぞ」

雪歩「ど、どうしよう……。まだ心の準備が……」

冬馬「んなもん後からでもどうとでもなんだよ。じゃあ涼、行ってくるぜ」

「皆を頼むよ、冬馬君」

 天ヶ瀬君に連れてかれて事務所を出ていくアイドル達。

「あっ、やよいさんは残っていてください」

やよい「私だけですか?」

「ええ、お父様関係のことです。なるべく時間は取らせませんので」

やよい「分かりました」

 涼君はやよいから、行方不明の父親の情報を聞き出している。どのような人物か、写真はあるか、必要であろう情報を細かく聞いていく。

「了解しました。僕達が責任を持って、捜索いたします」

やよい「お願いしまーす!」

 両端のガルウイングがお辞儀とともに揺れる。少しばかり懐かしくて、涙が出そうになった。

97 : VIPに... - 2012/05/14 00:03:57.10 2n+9kDyJ0 80/383

貴音「では私も、どうにか運命を変えることが出来ないか、抗ってみるとしましょうか」

 貴音はそういって、俺たちに背を向ける。

「レッスンは、出来そうにないか……」

貴音「いいえ、心配なさらず」

 俺の心配をよそに、貴音はその場で華麗に舞ってみせる。

「驚いたな……、現役の時以上じゃないか」

「凄い……。貴音さん、あなた10年間何を……」

貴音「来る日のために、日々鍛錬していた。そう言えば満足なさいますでしょうか?」

「ああ、パーフェクトだ」

「本当に、底が知れない人ですね……」

貴音「ええ、全てはとっぷしーくれっとですから」

「良く分からないが、貴音は大丈夫そうだな」

貴音「私は私の役割を果たす。それだけです」

98 : VIPに... - 2012/05/14 00:09:34.56 MUouyeVZ0 81/383

「では僕も、自分の役割を果たすとしましょうか」

「やよい父の捜索かい?」

「ええ。それ以外にも、僕は遺族会の方も有りますので。こちらだけに時間を割くわけにもいかないんです」

「それはまた、大変そうだな」

「いえ。僕は皆さんに、律子姉ちゃんにもう一度会えた。それだけで十分です」

「そっか。じゃあ、頼むよ」

「ええ、任せてください!!」

 いつかのヘタレた女装少年は、頼れる漢へと成長していた。

「じゃあ、俺もレッスンを見に行くかな……。社長、小鳥さん。後はお願いいたします」

社長「うむ、行ってきなさい」

小鳥「行ってらっしゃい、プロデューサーさん」

「行ってきます」

 軽い足取りでレッスン場へ向かう。10年ぶりに、あいつらを見れるんだから。


103 : VIPに... - 2012/05/14 01:40:49.64 j+bIx/AT0 82/383

「こ、これは……」

 差し入れにシュークリームを人数分買って、レッスンスタジオを覗くと、

「ここは地獄か……?」

あずさ「ぜぇ……、ぜぇ……」

千早「はぁ……、はぁ……」

雪歩「む、無理ですぅ……」

伊織「な、なかなかきついわね……」

真美「限界だよ~」

 ブランク組が、今にも気を失いそうな状態で倒れていた。

冬馬「ったく、こんぐらいでへばってちゃざまぁねえぜ。なぁ、765のプロデューサー?」

「俺には一応立派な名前があるんだが……。まぁ良いか。にしてもブランク組は大変なことになってるな」

冬馬「まずは体力チェックってことで、一通りのレッスンをさせたんだが、まぁ見ての通りだ」

「ブランクは予想以上に大きいな……」

冬馬「10年間続けた人間と、そうでないやつの違いは思ってるよりも大きいぜ」

「まだまだ余裕ですよー!!」

春香「うん、そこまでしんどいかな、これ?」

「もっときついことしてるからね」

「楽勝だぞ」

「これはこれは……」

104 : VIPに... - 2012/05/14 01:48:45.46 j+bIx/AT0 83/383

 天ヶ瀬君の言うように、ブランクは俺達が思っている以上に埋めにくいものなのかもしれない。

冬馬「まぁ、悪いことだけじゃねえ。あいつ、やっぱりバケモンだわ」

「マジっすか……」

 指を指す方向には、1人激しく舞い踊る美希の姿があった。

美希「ふぅ、もう1回お願い」

翔太「まだやんの? 少し休んだ方がいいんじゃ……」

美希「私は大丈夫だから」

翔太「はぁ、僕が休みたいって言っても聞いてくれないんだろうなぁ」

北斗「みたいだな」

絵理「美希さん、さすが?」

冬馬「黒井のおっさんが欲しがったのも分かるぜ。ホント、なんで引退しちまったんだか。俺には分かんねえよ」

 ぶっきらぼうに言うが、自分にも他人にも厳しい彼なりに、美希のことを評価しているのだろう。ただ、素直に褒めることが苦手なだけだ。

105 : VIPに... - 2012/05/14 01:57:40.05 jY3If3Dg0 84/383

「美希、そろそろ休んだらどうだ? 少しは休憩も必要だぞ」

美希「ありがとう、プロデューサー。でも私は……」

「休憩しろ、な? シュークリームもあるぞ。まぁイチゴババロア味なんてものはなかったが、ワイドショーでも話題になっている店のやつだ。美味いぞ」

美希「そこまで言うなら、少しだけ……」

「休憩とっても大丈夫かい?」

冬馬「ああ、構わねえよ。で、そのシュークリーム俺の分もあるんだろうな?」

「そりゃ全員分かって来たからな」

冬馬「へへっ! 嬉しいことしてくれるじゃねえか!」

「あっ、でも君らの分は事務所に請求しておいたから」

冬馬「なんでだよ! むしろおごられる立場だろ、俺達!!」

「俺男におごる趣味ないし」

冬馬「俺もねえよ!! クソっ、いくらだ?」

「冗談だって。俺だってそれなりに稼いでるんだ。こういう時ぐらい全額払うさ」

 765、876、961(元)が一堂に会する。これ、なかなか貴重な空間じゃないか?

「あいつらにも見学させとけばよかったかな?」

春香「あいつら?」

106 : VIPに... - 2012/05/14 02:05:59.28 MUouyeVZ0 85/383

「ああ、今俺がプロデュースしてるシンデレラガールズだよ」

翔太「ああ、あの子らね。良くもまぁ、あれだけ強烈な娘達をプロデュース出来るもんだな感心しちゃうよ」

春香「強烈ですか! どんな子たちですか?」

「そうだな……。働きたがらないニート、背の高いメルヘン女、厨二病、普通、ぽっちゃり、無口、ギャル、ナルシスヘタレ、猫娘、花屋の娘、ロック……。うん、揃いも揃って強烈だな」

春香「ふ、普通って……」

「ああ、なんとなく春香に似てるぞ。今度会ってみるか?」

 確か向こうも尊敬するアイドルは春香だったはずだ。話が合うんじゃないだろうか?

春香「そうですね、今プロデューサーさんが見ている子たちも気になりますし! それに」

「それに?」

春香「浮気とかしてませんよね?」

「し、してません!」

 耳元でボソッとつぶやかれる。春香さん、怖いです。

111 : VIPに... - 2012/05/14 17:46:53.66 j+bIx/AT0 86/383

春香「まぁ、聞いてみただけですよ。ちゃんと信頼してますからね!」

「そ、それはどうも……」

 まさか担当アイドルに手を出すなんて馬鹿な真似……。

美希「そうかな? 結構まんざらでもなさそうだよ?」

「み、美希ぃ!! 適当なことを言うんじゃない!」

美希「私は事実を言っただけだよ。みんなべったりだし。やっぱり若い子の方がいいの?」

「あ、あれはあいつらが勝手に……」

春香「ねえ、美希。そこんとこ詳しく教えて欲しいなぁ」

 春香さん、滅茶苦茶怖いです。

春香「場合によっちゃ教育的指導もしなきゃね……」

「う、うちのアイドルに手を出さないでくれ!」

冬馬「あんたら何やってんだよ」

「漫才じゃないですか?」

 焦る俺、怒れる春香。周りのみんなは冷めた目で俺たちを見ている。

112 : VIPに... - 2012/05/14 17:56:05.46 jY3If3Dg0 87/383

冬馬「んじゃ休憩終わりだ。バシバシ行くから覚悟しろよな」

亜美「ほーい」

真美「後2分だけ……」

冬馬「その2分が何十分にもなるだろうが。ほらっ、俺より若いんだからもっとしっかりやりやがれ」

真美「口元にクリームついている人には言われたくないなぁ……」

冬馬「さあレッスンを始めよう!!」

 口元を拭きながら言う天ヶ瀬君。うん、格好悪いな。

 その後もレッスンは続く。19時を過ぎたころ、ようやく本日のレッスンが終了する。

一同『お疲れ様でしたー!!』

「お疲れ様でーーす!!」

絵理「愛ちゃん、声大きい?」

冬馬「疑問形にするまでもねーだろ……」

113 : VIPに... - 2012/05/14 18:09:06.13 2n+9kDyJ0 88/383

真美「疲れたよー。あまとう、ジュース買ってきて」

冬馬「自分で買え! それとまだ俺のことあまとうって言うのな」

真美「天ヶ瀬って言いにくいし」

冬馬「突っ込む気にもなんねえぜ」

亜美「ねー、あまとう」

冬馬「んだよ」

亜美「亜美たちお腹すいたんだよね」

冬馬「それがどうしたんだよ」

真美「ここは男を見せて奢るべきっしょ!」

冬馬「はぁ!?」

真美「こんな可愛いアイドルと医大生が誘ってんだよ?」

冬馬「自分で可愛いとか言うんじゃねえよ! 2人でファミレスにでも行きやがれ」

亜美「またまた~」

真美「いい年して彼女の一人も出来てないんでしょ? 私と一緒にいれば自慢できるよ! 付き合う気はないけど」

冬馬「ど、ど、童貞ちゃうわ!! 彼女なんか何人もいるしな!!」

真美「うわっ、サイテー」

亜美「ハリケ○レッドかよ!!」

冬馬「一緒にすんな!」

114 : VIPに... - 2012/05/14 18:16:09.33 jY3If3Dg0 89/383

冬馬「俺は忙しいんだよ。だからてめぇらに付き合っている暇なんか……」

亜美「そっか、そうだよね……」

冬馬「あ?」

亜美「亜美、もうすぐ消えちゃうから……。あまとうとの思い出も欲しかったな……。グス……、グス……」

真美「ゴメンね、亜美。あまとうはシャイだから……」

冬馬「急に暗くなりやがって……。分かった分かった! どこに行けばいいんだ?」

亜美「ホント!? じゃあ……」

真美「この辺で一番高いところ!」

冬馬「おい、お前は払えよな」

真美「レディに払わす気!?」

冬馬「レディにカウントした憶えねえよ!! ったく、行くって言った途端泣き止みやがって……」

亜美「諭吉で笑顔が帰るなら安いもんだよ!」

冬馬「そんなに払わなきゃなんねえのか!?」

115 : VIPに... - 2012/05/14 22:54:50.51 MUouyeVZ0 90/383

あずさ「私も夕食を……。ってもうこんな時間ね。お父さんが作ってくれているかしら?」

「それってさ、にぃにぃのこと?」

あずさ「ええ、そうね。あの人も料理が得意だから大丈夫だと思うけど……」

「ね、ねえあずささん」

あずさ「なんでしょうか?」

「邪魔じゃなかったら、自分も行っていいかな?」

あずさ「良いわよ。だって響ちゃんは、私の義妹なんだし」

「やっぱり変な感じがするぞ」

あずさ「あら、ごめんなさい……」

「ううん、あずささんは悪くないよ。自分の気持ちの問題さー」

あずさ「じゃあ、帰りましょうか」

「ああ! 姪っ子たちも見ておきたいからな!!」

116 : VIPに... - 2012/05/14 23:05:08.34 MUouyeVZ0 91/383

律子「それじゃあ私たちも帰りましょうか。あら、メール……。なにかしら?」

律子「はぁ、私桜井さんとそこまで関わりあるわけじゃないんだけどな……」

「涼君から?」

律子「ええ。遺族会関係でで今日は帰れないみたいなので、桜井さんと一緒にいて欲しいって」

「桜井さんと言うより、秋月さんって言った方がいいんじゃないか?」

律子「まだ結婚してませんから。まぁ、今週するんですけどね」

「涼君たちにしても、今が一番いい時期だろうしな」

律子「私がいるうちに、涼の晴れ姿を見ておきたいなぁと思ってたんで」

「ドレス着せるなよ?」

律子「まさか! そんなことするわけ……、いや、意外と有りか?」

「やめておいてあげた方がいいぞ。さすがに可哀想だ」

律子「冗談ですよ。では、私もこれで」

「ああ、また明日な」

121 : VIPに... - 2012/05/17 15:15:17.23 gQVpdE7e0 92/383

雪歩「私たちも帰ろうか」

「そうだね、じゃあボク達も帰ります!」

「ああ、じゃあまた明日な」

伊織「やよいはどうするの?」

やよい「うーん、家でみんな待ってるから。伊織ちゃんも来る?」

伊織「良いの? 私が行っても邪魔なだけじゃない?」

やよい「みんな気にしないよ! ほらっ、行こう行こう!」

伊織「分かったわよ。だから押さないで……」

「春香はどうするんだ? 家に来るの?」

春香「あっ、それなんですけど……」

千早「すみません。今日は春香とご飯を食べたいと思いまして」

美希「私もいるよ」

「ああ、そうだな。久しぶりだろうし、楽しんで来い」

春香「はい! あっ、でも終わったら帰りますからね」

「んじゃ後でな」

「皆行ったか……」

 さっきまで入りきれないほどの人数がいたレッスンスタジオは、人の気配を残していない。ここにいるのは俺一人。電気を消し、管理人さんに終了の旨を伝えると、俺は一度事務所に戻ることにした。

122 : VIPに... - 2012/05/17 15:36:41.84 gV5gLki20 93/383

小鳥「あっ、プロデューサーさん。お疲れ様です」

「お疲れ様です」

小鳥「なんかプロデューサーさんが心なしか若く見えますね。久しぶりにあの子たちと活動できてうれしかったですか?」

「若くって……」

小鳥「うらやましい……」

 小鳥さん、そんな目で見ないでください。

「小鳥さんも若く見えますよ」

小鳥「そんなの気休めですよー! アラフォーの独身事務員なんて誰も貰ってくれません! プロデューサーさん、浮気しましょう!」

「しません! 春香にばれたらえらいことになります!」

小鳥「まぁ冗談ですけどね」

「とてもそうは見えませんでした」

123 : VIPに... - 2012/05/17 15:44:16.29 gQVpdE7e0 94/383

 小鳥さんも高望みしなければ、いくらでも相手がいるだろうに。理想が高すぎるんだよな、漫画みたいな人を求めてるし。

小鳥「でもプロデューサーさんが春香ちゃんの思いを受け止めるなんて正直思ってませんでした」

「そうですか?」

小鳥「アイドルの恋愛自体あまり褒められたものじゃありませんからね。プロデューサーさんは、春香ちゃんの好意を跳ね除けることが彼女のためになる、って思ってそうでしたし。あっ、責めているわけじゃないんですよ?」

「まあそうなんですけどね……」

 俺はそこまで高尚な人間になれなかった。春香のまっすぐな想いを、断れるほどの勇気がなかったのだろう。そして誰よりもそばにいた彼女を、いつの間にか愛おしく思い始めていたんだ。きっかけはなんだったか、憶えていない。

小鳥「その、後1週間ぐらいだと思いますけど、春香ちゃんを幸せにしてあげてくださいね」

「ええ、もちろん」

 彼女に残された時間を、最高のものにしてあげたい。例えそれが、なかったことになっても、だ。

124 : VIPに... - 2012/05/18 21:46:30.84 Hv3L4UAM0 95/383

「今俺がすべきことは……」

 誰もいない家に帰り、シャワーを浴びてデスクに向かう。PCを起動し、自分に与えられた課題を再確認する。

・やよい父の捜索
・コンサートの手配
・レッスンの指導
・シンデレラたちのプロデュース

「こんなとこかな……」

 やよい父の捜索に関しては、あまり出る幕がなさそうだが一応頭に入れておく。家族を誰よりも大切にしていたやよいがいなくなったことで高槻家は崩壊した。なんともやりきれない話だ。

「あいつらどうすっかね……」

 765プロ初期メンバーのことに手いっぱいだが、シンデレラガールズのプロデュースをしている以上、彼女たちのプロデュースにも本気で取り掛からないといけない。当然のことだが、合計何人だ? 13人(律子込)+11人……。

「どんな大所帯だっての」

 48人以上をプロデュースした男を心から尊敬する。

125 : VIPに... - 2012/05/18 21:54:06.12 Hv3L4UAM0 96/383

 明日の予定をあれこれ組んでいると、調子外れの春香の歌声が、着信を知らせる。

「もしもし、どうした春香?」

春香『あっプロデューサーさん! 私です! えっとですね、今日は千早ちゃんの家に泊まろうと思いまして……』

「別にかまわないけど、親御さんに連絡しろよ?」

春香『分かってますよ。じゃあ私たちは脱衣麻雀をするんで、来たければどうぞ~』

「ば、誰が行くかバーロー!」

春香『冗談ですって! あっ、今私の裸体を想像しました? 想像しますよね? てかしてください!!』

「切るぞー」

春香『冗談ですって! じゃあお休みなさい、また明日』

「ああ、お休み。愛してるぞ」

春香『あ、愛してるって……。急に言わないでくださいよ! こっちだって、愛してますから。って千早ちゃん、これはね……。美希もそんな顔しないでよー! じゃあお休みなさい!!』

「あわただしい奴」

 一晩過ごしたぐらいなのに、春香がいないと少し寂しい。今までとなんら変わらないのに――。

126 : VIPに... - 2012/05/18 21:59:53.15 Hv3L4UAM0 97/383

「脱衣麻雀ってなぁ」

 不意に裸の春香が脳裏に浮かぶ。付き合っていたが、そこまではしていなかった。したいという欲求は有ったが、春香が大人になるまで、そう決めていたから。

「あいつ、着やせするんだよな……」

 美少女と美女が入り乱れる、脱衣麻雀――。







「ふぅ……」

 最低だ、俺。

 時計を見ると、0時5分。今日も終わってしまった。残された日にちは、後6日――。

128 : VIPに... - 2012/05/18 22:08:54.46 /c1K9NU50 98/383

――これは夢だ。

春香「○○さん! 起きましょうよ!」

 春香は俺のことをプロデューサーさんと呼んで、下の名前でなんか呼ばない。だから夢だ。って俺の本名知っているのか、あいつ?

春香「今日はピクニックに行くんでしょ? ほら、――もパパにべったりしない! そこはママの指定席なんだから!」

 俺と春香の間には子供がいない。だから夢だ。子供が出来たら日高舞の再来だっただろう。悪い意味で。

春香「え? おはようのキスですか? もう、甘えん坊なんだから……」

 夢なら何をしてもいい。春香と寝たふりをする俺の唇が触れる瞬間、

アラーム「どんがらがっしゃーん! プロデューサーさん、朝ですよ、朝!」

「ですよねー」

 暖かな夢はいつまでも続かない。けたたましく響く目覚まし春香によって、慌ただしい現実に引き返されるのだった。どうやら夢の中でもキスをさせて貰えないようだ。

8月21日。期限まであと6日

130 : VIPに... - 2012/05/18 22:34:29.43 Hv3L4UAM0 99/383

 事務所に着くと、シンデレラガールズが揃っていた。初期組は朝からレッスンだ。

「あっ、プロデューサー来たんだ。帰っていい?」

「はえーよバカ」

 事務所に来て早々、ニート(正式には雇用をしているから、ネット?)が戯けたことを抜かす。

蘭子「煩わしい太陽ね……(おはようございます)」

「ああ、おはよう」

きらり「やっほー☆Pちゃん元気してるー? にょわー☆」

「きらり、朝から元気だな……」

卯月「プロデューサーさん! ちょりーっす!」

「卯月、なんだそれは?」

卯月「チャラ系のキャラを目指してみました!」

「滑ってるぞ、それ」

「だから言ったのに」

かな子「やっぱり卯月ちゃんはそのままが一番だよ?」

幸子「そうですよ。無個性だって個性なんですから」

卯月「あぁ!?」

幸子「ひぃ!」

李衣菜「朝からロックですね」

あずさ「あらあら~」

「…おはようございます」

莉嘉「おはー☆」

「ふぅ、全員揃ってるな。んじゃ今日の活動予定だけど……」

131 : VIPに... - 2012/05/18 22:45:15.70 /c1K9NU50 100/383

「杏ときらりはラジオ収録、卯月は服屋のCM、凛、かな子、楓さんと莉嘉は雑誌の取材、後のメンバーはレッスンだな。……あずささん、何ナチュラルに来てるんですか」

 一瞬気づかなかったが、よくよく見るとひとりだけ世代が……、

あずさ「にこにこ」

「ごめんなさい」

 口でにこにこって言われました。絶対怒ってるよ、あれ。

あずさ「えーと、家を出るときは響ちゃんと一緒だったのよ? でも気づいたら響ちゃんがいなくなって……」

「多分それ逆ですね。おっと、着信か」

『あっ、プロデューサー? そっちにあずささん来てない?』

「ビンゴだ、迷子になって事務所に着いたよ」

あずさ「事務所に行こうと思うと迷うんですけどね……」

『自分が迎えに行くから、あずささんを拘束しておいて! じゃっ!』

「拘束って大袈裟な……」

あずさ「お手洗いはどっちだったかしら~」

「そっち玄関です! きらり! あずささんをハピハピして良し!」

きらり「キュンキュンしちゃうよー☆」

あずさ「あら~」

 きらりに抱きしめられて、満更でもなさそうなあずささん。あれ一度されたけど、骨がメキメキ言ったんだよな……。

「迎えに来たぞ! って何やってるんだ?」

「拘束?」

 響が来るまで、何とも言えない空気が事務所を支配していた。

133 : VIPに... - 2012/05/21 01:25:42.99 CRzZWcvt0 101/383

あずさ「響ちゃんごめんなさいね~」

「はぁ、プロデューサーや律子の苦労がわかった気がするぞ。リードでもつければいいのか?」

「それはやめておいた方がいいんじゃないか? いくら家族でも」

 あずささんの手を取り、レッスン場へ戻る響。これじゃあどっちが年上か分からないな……。

「ねえ、プロデューサー。さっきの人って」

「ああ、うちの元アイドルだよ。いや、一時的に復帰だな」

「そうじゃなくて、我那覇響さん。あれって、ドッキリじゃなったんだね」

「……そうだな」

 間近で見ていた自分ですら、信じれないときがあるぐらいだ。テレビ越しに見ていた人は、特撮か何かと思っただろう。

「それじゃあ各自移動だ。俺は杏ときらりに同行だな。みんなは先方に失礼の内容にな」

「じゃあ帰ろうか」

「きらり、杏をハピハピしておいてくれ。車出してくっか……」

きらり「にょわー☆」

「痛い痛い! 痛いよ馬鹿野郎!!」

 今日も慌ただしい765プロの一日が始まる。

134 : 話が作れないよ……。 - 2012/05/21 01:39:36.72 KJPrPEwc0 102/383

 私はレッスンが好きだった。しんどいし、辛いこともあったけど、それは成功への糧と思えば苦じゃ無かったかな。

春香「~♪」

「うーん、春香さん。もう少しこう歌った方が……」

 年下だった子に教えられても、恥ずかしいことじゃない。むしろ少しうれしい。

「そうです! 春香さんいい感じですよ!!」

 あの時公園で泣いている彼女は、立派に成長し、師匠(的なポジション?)な私を指導している。交流自体はそこまで深くなかったけど、結果として私が彼女にきっかけを与えたんだ。それを口に出すのは少し厚かましいから、心の中に留めておく。

「どうしました?」

春香「なんにもないよ? ただ愛ちゃんに初めて会った日のことを思い出しちゃって」

「あ、憶えててくれたんですね!!」

 愛ちゃんにとっては、10年前のことかもしれないけど、私からしたらここ1年の話だったりする。それにあの大声を忘れるわけがない。もし記憶をなくしても、鼓膜には残っていそうだ。

135 : VIPに... - 2012/05/21 01:53:56.95 jd4Ajakh0 103/383

雪歩「疲れましたぁ……」

あずさ「30過ぎると、結構来ますね」

千早「歌手に転向して、アイドル時代のことを忘れてしまうなんて、情けないわね私」

美希「私はまだまだいけるよ?」

真美「ミキミキは別格なんだよ……、あまとう、ジュース買ってきて」

伊織「私オレンジジュース果汁100%ね」

冬馬「自分で買えよ!! ったく、こんなんで何曲も歌えるのか? 俺ですら最近きつくなってきたってのによ」

 美希以外のブランク組は、2時間程のレッスンですでにライブを終わらせたみたいに、疲れ切っている。まだお昼にもなってはいないんだけど、大丈夫かな……。

冬馬「こうなるのは見えていたけどよ……」

北斗「プログラム編成も、彼女たちの体力に合わしていかないとダメだな」

翔太「それは765のプロデューサーの仕事じゃない? まっ、歌いたい曲があるなら、せめてライブをやりきるぐらいの体力を取り戻さないとね」

絵理「でも時間がない。かくなるうえはドーピングバイ水瀬製薬?」

伊織「そんな都合の良い薬はないわよ!!」

 そうだ、プログラムだ。コンサートをするなら、それも決めないといけない。プロデューサーさんのことだから、抜かりはないと思うけど……。

136 : VIPに... - 2012/05/21 02:05:50.16 KJPrPEwc0 104/383

きらり「Pちゃん何悩んでるのー? きらりが癒してあげよっか?」

「遠慮しとくわ、うん」

 コンサートのプログラムをどうするか。運転しながら考えていた。ラジオからは、いつかの春香の歌が流れている。

「あっ、今私の家の前通った! バックバック!」

「戻らねえよ!」

 プログラム構成はどうするか? レッスンの状況と相談しなくてはならない。正直なところ、ブランク組は最後まで歌いきれるかは分からない。激しいダンスと共に歌い続けるのは中々にハードだ。律子がなかなか再デビューに首を縦に振らなかった理由の一つでもあろう。

「春香たちの比重を増やすか?」

 恐らく最も現実的な方法だ。彼女たちは10年をスキップしたから、体力も技術もあの頃のまま。今すぐにコンサートを開いても、彼女たちなら戦えるだろう。

「どうしたものか……」

 今すぐにでもプログラムを決めて、レッスンを行わなければならない。俺はきらりと杏の漫才を聞き流しながら、そのことだけを考えていた。

「あいつらに決めさせるべきなのかな……」

「何が? 私の引退?」

「残念、お前の引退を望んでいるファンはいないんだな」

「ここにいるぞ!」

「自薦はダメな」

138 : VIPに... - 2012/05/21 12:04:06.78 CRzZWcvt0 105/383

「おや、電話がかかって来てたな」

 2人のラジオ番組収録中、携帯をふと見ると、天ヶ瀬君から電話がかかっていた。ちょうどこちらも彼に用があったから、ナイスタイミングだ。

冬馬『おい、プロデューサーか?』

「いきなりおいとはご挨拶だな」

冬馬『別にあんた以外が出るわけじゃないだろ? あんたに言っておきたいことがあるんだ』

「俺も君に聞きたいことがあったよ。たぶん、思ってることは同じだろうな」

冬馬『ああ、プログラムはどうするつもりだ? 時間がねーぞ?』

「それなんだが……、今日のレッスンの出来次第で変わってくるな。いくつかセットリストの候補は立てたんだが……」

冬馬『いつごろ来れそうだ?』

「今ラジオ番組の収録中で、この後はシンデレラガールズのレッスンも見なくちゃいけない。だから早くても夕方ごろになりそうだ」

冬馬『売れっ子プロデューサーは大変なこった。あんたはおっさんみてえなことしてねえよな?』

「するわけないだろ! 捕まりたくないし」

 そういえば黒井社長はもう出所したのだろうか? 逮捕されてから、嫌がらせなんて起きてないから、出所したにしてもどこで何をしてるのやら……。

139 : VIPに... - 2012/05/21 12:14:01.52 jd4Ajakh0 106/383

冬馬『そろそろ休憩の終わりの時間だ。俺はそろそろレッスンに戻るぜ』

「ああ、よろしく頼むよ。それとだけど、一応セットリストの候補は君に送っておくよ。ライブ映像つきだから、少々重いくなるよ」

冬馬『助かるぜ。じゃあな』

「また後で」

 天ヶ瀬君はそういって電話を切る。俺は車内で構成していたセットリストの候補を書き込み、ライブ映像を添えて送信する。10年前の非常識が、今の常識だ。全く持って便利な世の中になったものだ。

「車が空を走ることなんてないけどな」

 恐らくあと100年ぐらいしないと出来ないだろう。それまで、この星が残ってるかは謎だけど。

「また電話だ」

 送信するとほぼ同時に、ブルブルと震える。今度は涼君のようだ。

「もしもし」

『あっ、プロデューサーさんですか? 僕です、秋月です』

「涼君、どうしたんだい?」

『えっと、何点か決まったことを連絡しようと思いまして』

140 : VIPに... - 2012/05/21 12:26:09.85 KJPrPEwc0 107/383

『まず、コンサートの日時ですが、8月27日です。それより前にとるのは実現できませんでした。申し訳ありません、最後の日になってしまって……』

「いいや、十分だよ。たぶん今の状態なら、ギリギリの方がいいだろう」

『時間は早めからを予定していますので、夜には皆さんは自由になります。どのような結末を迎えるか分かりませんが、僕としては最後にいたい場所にいて欲しいですから。プロデューサーさんも、春香さんと過ごしたいでしょうし』

「そ、それは助かるなぁ……」

『ホールですが、小林ホールになります。武道館はさすがに取れませんでしたね』

「小林ホールか……。そうだな、きっと彼女らも喜ぶよ」

 小林ホールと言うと、武道館ほど大きくはないが、俺達765プロのライブを何度も行ってきた場所だ。それぞれに思い入れがあるだろう。

『それと最後にですが……。やよいさんのお父さんのことです』

「高槻さんか……」

 やよいが消失した後、高槻父は本をだし、一躍時の人となった。遺族の代表として、テレビに出ることもあったが、長介君の話を聞くと、そのお金をギャンブルに費やし、結果最初より貧しくなったという。現在は離婚して、長介君たちは母方の姓を名乗っている。

『ええ、高槻さんですが……。申し訳ありません、消息は依然つかめませんでした……』

「そうか……」

141 : VIPに... - 2012/05/21 12:33:03.43 KJPrPEwc0 108/383

『信じたくありませんが、もしかしたらもう既にこの世から……』

「それはないんじゃないかな?」

『え?』

「うん、根拠と言う根拠はないけどさ、やよいのお父さんだぜ? あんなに元気な娘がいるのに、そう簡単にくたばりはしないんじゃないか? それに、彼だってやよいに会いたいと思っているだろうし。その思いだけで、生きていけるもんじゃないのか?」

『凄い理論ですね……』

「前向きにポジティブに行かないとな」

 そうでもしないと、折れてしまいそうだった。やよいの悲しむ顔を見たいと思うほど悪趣味でもない。出来るものなら、高槻家に団欒をもう一度与えたいものだ。

『僕の方も捜索を続けます』

「そうだ、指名手配みたいに顔写真張ったらどうだ? それなら目についた人が連絡くれるかもしれないぞ。見つけてくれた人は、やよいとハイターッチが出来るって売り文句でさ」

『それは……、いたずら電話が殺到しそうなのでやめておきます』

「ですよねー」

142 : VIPに... - 2012/05/21 12:47:30.17 KJPrPEwc0 109/383

『では僕は継続して捜索を続けます。プロデューサーさんも、何かあれば連絡くださいね』

「ああ、分かったよ。色々尽くしてくれて申し訳ない」

『いえ、僕が好きでやってることですので。実は遺族の中に、もう一人やよいさんと同じ境遇の子がいるんです。10年後の世界では、両親は離婚していて……。10歳の子供には、重すぎる現実です……』

「そんなことが……」

 搭乗していたのは、アイドル達だけじゃない。神童と呼ばれたピアノ少女、駆け出し芸人も片割れ、定年間近の教師夫婦。当時の新聞に書かれていたと思う。その人たちも今思い思いで過ごしているんだ。そう思うと、なおさらライブを成功させなきゃと思えてくる。

『では僕は戻りますね』

「ああ、お願いするよ」

きらり「Pちゃん何話してたのー?」

「今日の仕事は終わったから、次の仕事は1年後だね」

 涼君との電話を終えると、収録が終わったのか、杏がきらりに持ち上げられる形で待っていてくれた。

146 : VIPに... - 2012/05/22 00:07:58.92 Iz/Bkdrs0 110/383

「プロデューサーってあれだよね、悩んでても私たちには見せないよね」

「当然だ。お前たちが不安になるだろ。って悩んでなんかないぞ」

「そう? 何悩んでるか知らないけど、たまになら聞いてあげるよ。その代わり、1週間の休暇を要求する!」

「却下だ!」

きらり「Pちゃん悩んでるの!? じゃあここは……」

「やめてくれ!! 俺は悩んでない!」

 二人とも俺を心配してくれてるのは分かるが、休日を求めたり、骨が軋むぐらい抱きしめるのは遠慮してほしい。しかし悩んでいるのが顔に出ていたか。気を付けなくては。

「それじゃあレッスン場に行くぞ」

「それじゃあ帰るね」

「きらり、ホールドアップ」

きらり「にょわー☆」

「イタイイタイ!!」

 相変わらずなやり取りに安心する。もしもの話、杏かきらり、どちらかが消えてしまって、10年後再び会ったとき、彼女たちは今までどうりでいれるのだろうか……。

「ぎぶっ! ギブッ!!」

きらり「杏ちゃんとはずっと友達だよ?」

 まっ、考えるだけ無駄か。

148 : VIPに... - 2012/05/22 00:21:54.46 qkHZG7x+0 111/383

 あんきらを連れて、レッスン場へと入る。終始杏は逃げたそうだったが、きらりに抱きしめられて動きが取れずにいる。普通の女の子なら、喜んで杏と変わるんだが、残念ながらパワフルアイドルきらりとなると話は別だ。

「うーっす、調子はどうだ?」

蘭子「闇に飲まれた!(疲れました)」

李衣菜「なかなかロックですね」

幸子「意味が分かりませんよ、それ?」

トレーナー「あっ、765のプロデューサーさん。お疲れ様です」

「お疲れ様です。えっと、調子はどうですか?」

トレーナー「ええ、いい感じですよ。みんなレッスンにも慣れてきて、自分の良さを出しています」

「そうですか。よし、そんなお前たちに差し入れがあるぞ! どうだ、近くの店で買ってきたんだ!」

幸子「随分安上がりですね。100円のドーナツなんかで奢った気にならないでください」

「じゃあ幸子の分は無しな」

幸子「貰います! 折角安月給でも買ってくれたんだから、食べてあげますよ」

「あぁ!?」

幸子「ひぃ!」

李衣菜「これもまたロックですね」

「だりーなのロックの基準がわからない件について」

150 : VIPに... - 2012/05/22 00:36:33.55 OpKrkeTy0 112/383

「それじゃあ後はよろしくお願いしますね」

トレーナー「はい、任せてください」

 休憩後、彼女たちのレッスンに少し付き合ってから、初期組のレッスン場へと移動する。

貴音「……」

「何してるんだ、お前?」

貴音「ヒッチハイク、とうものですね」

「アメリカで覚えたのか?」

貴音「ええ、皆良い人ばかりでした」

 やや渋滞気味の道を走っていると、貴音が手をあげて待っていた。渋滞してたから気付いたものの、すいすい進んでたら間違いなく気付かなかっただろう。

「はぁ、どうも貴音だけは分からないんだよな……。住所も二十郎本店の住所だったし……」

貴音「それは違います、あなた様」

「ん?」

 ぼやいたのが聞こえたのか、貴音は真顔で反論する。

貴音「わたくしたちは、完全に理解しあうことなんかできないのですから。だからこそ、分かりあおうとするのですよ」

「……かもな」 

 車内は沈黙が続き、レッスン場に到着するまで、ラジオから流れるあんきらのコントが虚しく響くだけだった。

151 : VIPに... - 2012/05/22 00:45:20.45 RELQFzJV0 113/383

冬馬「おう、ようやく来たか。ってあんたも一緒なんだな」

貴音「ええ、先ほど拾ってくださりましたので」

「貴音は捨てられてたのか?」

あずさ「それは違うのではないかしら……」

 あずささんに突っ込まれるなんて、余程だぞ。

「ヒッチハイクだよ、ヒッチハイク。冬馬君、首尾はどう?」

冬馬「それはあんたが直接見た方がいいだろ。どうすんだ? 送られてきたデータの曲なら、再生できるぜ」

「そうだな……。広めとはいえ、13人が一斉に動いたらキツキツだし、何組かに分けるか」

 13人のアイドルの顔を見渡して、一組目を決める。

「まずは春香と真と響、やってくれ。曲はそうだな、エージェントで」

「いきなり自分らか?」

「ああ、スキップしたからブランクがないといっても、一応確認しておきたいしな」

春香「真と響ちゃんに囲まれたら、自分の運動音痴が際立っちゃうな……。それにエージェントってダンス向きだし」

 辛いとき、春香のアップアップしてるダンスを見ると癒される自分は、閣下に踏みつぶされた方がいいのだろうか。

「それじゃあ流すぞー」

152 : VIPに... - 2012/05/22 00:57:26.46 qkHZG7x+0 114/383

「ふむ……」

翔太「さっすがだよね、約一名可愛いことになってるけど」

「そこが良いんだよ」

翔太「なにそれ、のろけ?」

「~♪」

「~♪」

春香「~~~!」

 ダンスが得意で歌唱力も事務所ではトップクラスだったひびまこは言わずもがなだが、春香も最初に出会ったころに比べるとかなり成長している。ドーピングレベル、とまではいかないけど、オーディエンスを笑顔にさせるぐらいには。最初は苦笑いレベルだったからな。よくぞここまで来れたな、と妙に感慨深くなる。10年間見ていなかっただけなのに。

春香「ど、どうでふか……」

「うん、合格だ。3人とも、あの頃のままだな」

「喜んでいいのか……」

「悲しんでいいか分からないぞ」

「そ、そうだな……。喜んでおけ、さもないと小鳥さんが怒るぞ」

「う、嬉しいなぁ!」

「や、やっぱり自分完璧だぞ!」

 音無小鳥アラウンドフォーティー、威力は抜群だ。

153 : VIPに... - 2012/05/22 01:14:02.76 OpKrkeTy0 115/383

「次は亜美! やよい! 律子!」

真美「オーズみたいに言わなくても!」

伊織「変わった組み合わせね。竜宮にやよいって」

「とりあえず、曲はキラメキラリで」

千早「ピクッ」

「千早、楽しみなのはわかるけど、近すぎないか?」

千早「いいえ、これがベストポジションです」

「さよか……。んじゃ流すぞ」

 蹴られても文句が言えない距離で見つめる千早。いっそ蹴られた方が良いんじゃなかろうか? やよいに蹴られるなら、千早も本望だろう。

やよい「千早さん、少し近いです……」

律子「やよいが困ってるじゃない」

千早「あっ、ごめんなさい」

「あっ、意外と諦めが早い」

亜美「早くやろうよー」

「あっ、悪い。それじゃポチッとな」

154 : VIPに... - 2012/05/22 01:22:02.21 RELQFzJV0 116/383

亜美「~♪」

律子「~♪」

やよい「~♪」

「こちらもなかなか……」

冬馬「竜宮のプロデューサーには驚かされたぜ。アイドルを引退して、プロデューサーに転向したって言うのに、現役クラスのスペックをもってやがる」

「いつでも再デビュー出来るよう、鍛えてたからな」

やよい「キラメキラリ 一度リセット」

律子「しませんよ!!」

「まだ曲流れてるぞ……」

冬馬「ナイスタイミングだな……」

律子「へ? あっ! ~♪」

 あわてて歌う律子に少しほっこりした。にしても、あずささんの代理で舞台に立ってから、体力作りを欠かさなかった当たり再デビューも満更じゃなかったんじゃだろうか? 今となっちゃそれも叶わぬ話なんだが……。

千早「~♪」

春香「千早ちゃん、上機嫌だね……」

155 : VIPに... - 2012/05/22 01:46:46.12 RELQFzJV0 117/383

「そこまで! 3人とも流石だな。特にやよいは持ち歌だけあってか、完璧だったぞ」

やよい「すっごく嬉しいです!」

律子「はぁ、結構来るわね……」

亜美「んふっふっふ~、真美は亜美を超えれるかな?」

真美「ばっ、姉なめんじゃないよ! 私だってやればできるの! にいプロデューサー! 次私が行く!」

「そうか? じゃあブランク組に移るか。やる気満々の真美と、雪歩、あずささん行きましょう」

雪歩「だ、大丈夫かな……。歌詞を間違えたりしたら……」

あずさ「あまり激しい曲じゃなかったらいいけど……」

 雪歩とあずささんは体力面で心配があるが、ここは心を鬼にして動きのある曲を選択しておく。

「流すぞー」

雪歩「~~♪!」

あずさ「~~♪?」

真美「~~♪」

 若いだけあってか、真美の動きは見張るものがある。踊って歌える医大生、有りじゃなかろうか?

「やっぱりブランクは大きいですね……。雪歩さんもあずささんも平均以上には動けているけど、この後もう一曲って言われて歌えるか分かりませんね」

 冷静に判断する愛ちゃんに少し違和感があるが、彼女の言うとおりだ。失われた体力はそう簡単に戻らない。子育て中のあずささんに、インドアな小説家の雪歩。まだ見ていないが、千早と伊織も心配だ。美希と貴音は、前回の動きを見るに大丈夫だろうが。

161 : VIPに... - 2012/05/22 10:04:20.14 Iz/Bkdrs0 118/383

「そこまで! うーん、ゆきほとあずささんはスタミナにやや難がありますね。この後もう一曲って言われても厳しそうですし……」

あずさ「こ、これでも精一杯なのよね……」

雪歩「に、肉食って力尽けますぅ」

真美「ねープロデューサー。私どうだった?」

「ああ、真美は上出来だったぞ」

真美「それでも結構来てるけどね。でもまあ医者も体力勝負だし、これぐらいなら何とか……」

 それでも、万全と言うわけじゃない。真美だってそう何曲も続けて踊ることが出来そうにないな。

「そうか。3人とも、ゆっくり休んでください。次は……千早と伊織」

美希「プロデューサー、私は良いの?」

「美希は次に貴音とやって貰うよ。十分戦えるコンビだな」

美希「うん、分かった」

伊織「これでもいい年なんだし、楽なの頼むわよ?」

千早「ええ、ボーカル楽曲とか……」

「それじゃあ意味ないんだよ。体力を見ているんだから」

 2人の期待を無視して、これまた激しいダンスの曲を選ぶ。

162 : VIPに... - 2012/05/22 10:16:29.32 RELQFzJV0 119/383

千早「~♪」

伊織「~♪」

絵理「クオリティ高い?」

「だね」

 現役バリバリ歌手の千早、万能タイプの伊織。この2人は流石と言うか、見事にこなしている。特に千早は、ブランクがあるといっても歌手だ。体力は大丈夫だろう。ただ、ダンスは拙いのが残念だ。歌手になって、踊る機会が減ったんだろうなと言うことが良く分かる。伊織はどちらかと言うと、真美と同じように、何曲も続けて踊るのは大変そうだ。それでも、今流れている曲に関しては、最高のパフォーマンスを見せている。

「そこまで」

千早「いかがでしたでしょうか、プロデューサー」

伊織「はぁ……、はぁ……」

「そうだな……。体力だけで見ると、千早は問題ないだろう。伊織は1,2曲続けてが限界そうだな」

伊織「そ、そうね……。良くて後一曲かしら……」

「ゆっくり休んでおけ。後千早は、ダンスレッスンを重点的に。歌唱力は言わずもがなだけど、ビジュアルに関しても合格点をあげれるレベルだな」

163 : VIPに... - 2012/05/22 10:23:13.14 RELQFzJV0 120/383

千早「ありがとうございます」

「伊織は体力作りだな。疲れが出るとボーカルが揺れてくる。ビジュアルは元々得意分野だから、いい感じに魅せれているが……」

伊織「わ、分かったわよ……。スタミナ料理作らせるわ……」

「それ、すぐに効果でないだろ……。最後に、美希と貴音。用意してくれ」

美希「うん」

貴音「ええ」

 現役時から高いポテンシャルを持っていた2人だが、果たして……。

「それじゃあ行くぞ」

美希「~♪」

貴音「~♪」

「……これは驚いたな」

冬馬「ああ、この2人、どこかで踊ってたんじゃねえのか?」

164 : VIPに... - 2012/05/22 11:32:22.39 qkHZG7x+0 121/383

 冬馬君が驚くのも無理はない。片方はアイドル事務所の事務員、それも俺が知りうる中でも最悪の終わりを迎えた元アイドル、片方はアメリカで物理学の研究をしていた女性、アイドル活動とは離れていたはずだが、10年のブランクをものともしない完成度に俺も心を奪われていた。いや、ブランクどころじゃなくて、あの頃以上の出来だ。

美希「どうだったかな?」

貴音「最善を尽くしたはずですが……」

「ああ、パーフェクトだ。お見事、とでも言っておこうか?」

美希「本当!?」

貴音「ふふっ、継続は力なり。ですね」

冬馬「これで一通り終わったな」

北斗「ああ、皆魅力的だったよ」

翔太「これ、オーディションじゃないよ?」

「そうだが、個人個人課題があるのは事実だ。それと、コンサートのセットリストだけど、たった今決まったよ」

春香「え!? もう決まったんですか?」

「もう、というよりも、正直遅いぐらいだが……」

165 : VIPに... - 2012/05/22 11:44:37.28 Iz/Bkdrs0 122/383

「コンサートの日程だが、……8月27日だ」

伊織「後6日ってわけね……」

「ああ、貴音の言う期日ギリギリだ。なあ貴音、時間は分かるか?」

貴音「ええ、恐らくですが、8月28日0時、その時間で全ては収束すると思われます」

「うーん、後2日待ってくれたらよかったのに……」

雪歩「真ちゃん、8月29日生まれだからね」

「それとだが、生っすかの日程が決まったぞ」

「え? でも日曜は今日だぞ?」

「そうだけど……、まあ正確には生っすか!? ウェンズデーってとこだな」

春香「水曜日ですか?」

「そうだな。8月24日~25日は、24時間生っすかだ!」

雪歩「ほ、ほんとにするんだ……」

「ああ、テレビ局と調整して何とかなったよ。局としても、数字が見込めると判断したんだろう」

166 : VIPに... - 2012/05/22 11:52:27.61 OpKrkeTy0 123/383

 よくこんな無茶な話を聞いてくれたものだ。その日に流れるドラマを楽しみにしている人も当然いるだろう。そんな人たちのためにも、今日は見れて良かったと思えるん番組でありたい。

伊織「ねえ、そんなに急なら台本も作れないんじゃないの?」

「そこはあれだよ、馬車馬のようにスタッフを……」

伊織「それは流石に同情するわ」

「と言うのは冗談だ。いや、こっちの方が事実の方が良かったんだろうか……」

千早「嫌な予感がしてきたわね……」

真美「まさか?」

亜美「アドリブ?」

 アイドル達が俺を見つめる。俺は一つため息をこぼし、あんまりな事実を伝える。

「うん、前代未聞の24時間台本無しの生放送なんだ」

春香「のヮの……」

一同『ええええええ!?』

「て、テヘペロ?」

伊織「テヘペロじゃないわよ!!」

167 : VIPに... - 2012/05/22 12:04:47.61 OpKrkeTy0 124/383

「いや、これは本当にゴメン。向こうのスタッフも忙しいし、そうせざるを得なかったって感じ?」

「やりたいって言ったけど、24時間台本無しはどうかしてるぞ!」

「響はあまり関係ないかな。24時間耐久響チャレンジだし」

「な、何をするんだ……?」

「そうだな……。24時間耐久ドミノ倒しとか」

「そ、それはしんどい!」

「特別ゲストに、響が過去に共演した動物園の仲間たちがやってくるぞ」

「うぎゃああ! 嬉しいけど嬉しくないぞ!!」

「まぁ確定はしていないが……。って響は労基上22時以降まで働いちゃダメなんだよな、一応」

「そうなのか?」

 労働基準法では、18歳未満は22時以降撮影の仕事をしてはいけない。えなり君も生放送じゃ帰っていたはずだ。

「この中で18歳未満なのは……」

「ボクは18歳ですね」

春香「私も18歳だね」

亜美「亜美は無理だよ!」

やよい「私もです」

「自分も無理だぞ」

168 : VIPに... - 2012/05/22 12:11:11.49 OpKrkeTy0 125/383

「のようだな……。この3人は22時以降は出れないな。翌日の5時まで仕事をしちゃいけないんだ」

「24時間チャレンジはなくなったかぁ」

「ああ、マラソンも考えたが……。まあ別の局がその週の今週の土日にするもんな、全く同じ時間のテレビを」

「愛は地球を救います!」

絵理「愛ちゃん頑張ってね?」

春香「どういうことですか?」

「えっと、今年は私が24時間走るんです」

春香「嘘! 立派になっちゃって……」

「12時間で終わらせちゃいます!」

「いや、そこは空気を読んであげて欲しいんだが……。って愛ちゃん、こっちに時間裂いていいのかい?」

「はい、準備は万全ですから」

 24時間テレビの3日前にするなんて狂気の沙汰じゃないっが、せっかくもらった時間なんだ。有効に使わせてもらおう。

169 : VIPに... - 2012/05/22 12:32:31.99 qkHZG7x+0 126/383

「とりあえず今はライブの話に戻るか。それじゃあセットリストを発表するぞ」

 先ほどの状況をかんがみて決めた曲目を発表する。プログラム通りに進めばいいが、実際のところ何が起こるか分からない。その時その時の状況に臨機応変に対応していかなきゃいけないのがつらいところだ。

「プロデューサーさん、必要なら私たちも出ますよ?」

冬馬「ああ、レッスンしてて分かったが、連続して出るのがキツイアイドルもいる。その休憩のために他のアイドルが連続で出て、かえって疲れちゃざまぁねえからな」

絵理「でも男は需要無い」

冬馬「う、うっせーよ! そりゃファン層から離れてるけどよ……」

「気持ちは嬉しいよ。でも、愛ちゃんはその日の夕方から24時間マラソンじゃないか」

「マラソンの前にテンションあげるんです!」

冬馬「まあいらねーって言うんだったら別に良いけどよ。俺たちは現役だ」

絵理「私はプロデューサーだけどね」

「でも絵理さん、今でも踊れるの知ってますよ? たまに動画投稿してるじゃないですか」

絵理「あ、あれは……。私じゃなくて……。サイネリア?」

「鈴木さんネトア時代のことを忘れたいって嘆いてましたよ?」

170 : VIPに... - 2012/05/22 12:43:23.21 OpKrkeTy0 127/383

「まあそれは置いておいて、曲目は――。以上だ。場合によっては変更するだろうが、レッスンの際はその曲を重点的に行うぞ」

一同『はい!』

「うっし、それじゃあもうひと頑張りするか!」

 その後もレッスンを再開する。ついつい夢中になって、レッスン場が閉まる時間まで続けた。

春香「あっ、プロデューサーさん」

「おっ? なんだ?」

春香「今日は一緒に帰れますね」

「あ、ああ。そうだな……」

春香「どうしました?」

「い、いいや……。何でもないぞ」

 昨日の脱衣麻雀のイメージが頭から離れない。そしてそれでしてしまった自分が嫌になる。春香、色々ゴメン。俺はもう、穢れ切っちまったんだ……。

春香「折角だし、どこかで食べて帰りませんか?」

「外食か? どこでも好きなところに連れて行ってやるよ」

173 : VIPに... - 2012/05/23 00:57:32.64 ixX1A2YD0 128/383

 確かに好きなところに連れて行くといった。ある程度高いのは覚悟していたし、それなりに売れているプロデューサーだ、相手を満足させる店なんぞ、いくらか知っている。しかしだ……。

春香「ここ一度行ってみたかったんですよ! 忙しくて行く前にタイムスリップしちゃいましたし」

「そ、そうか? 足りるのか、これ」

春香「プロデューサーさん! スカイツリーですよ、スカイツリー!!」

 10年前に出来た東京の新たなるシンボル、スカイツリー。その中にある、超高級レストランに俺たちはいた。

春香「私はスカイツリーのならどこでもよかったんですけど、ちょうどいいところに超高級レストランがあるではありませんか! これは行かなきゃ損ですよ!」

「あ、あのな……。出来れば俺の財布事情もかんがみてくれると嬉しいんだけど……」

春香「大丈夫ですよ。私だってお金持ってますし、自分の分は自分で払えますよ」

「それは俺のポリシーに反するんだよ。女性に払わせるなんて、紳士じゃないぜ。それにだ」

春香「それに?」

「昨日千早とどこで食べた?」

春香「え? 千早ちゃんの家ですけど」

174 : VIPに... - 2012/05/23 01:01:39.32 U/xWHzXa0 129/383

「なるほど、じゃあお金を使ってないんだな」

春香「いや、小銭は使いましたけど、お札は使ってませんね」

「それだ。実はな、10年の間にお札に書かれている人が変わったんだ」

春香「ええ!? ほんとですか!?」

「ああ、諭吉さんがな……」

春香「誰になったんですか!? まさか新渡戸稲造の逆襲!?」

「日高舞になった」

春香「えええええ!?」

「だから春香の諭吉は使えないんだよ」

春香「し、知らなんだ……。って舞さん凄すぎるでしょ……。それ、ホントですか?」

「ああ、ホントだ」

春香「じゃ、じゃあ見せてくださいよ! 舞さんが写った万札を!」

「ちょっと待ってろよ……」

春香「マ、マジ?」

176 : VIPに... - 2012/05/23 01:08:25.57 9TZcmBFw0 130/383

「さぁ、驚け!」

 俺は財布から、日高舞さんの顔が書かれた万札を春香に見せる。もちろん、おもちゃのお金だ。偽札ってわけではないはず。

春香「ほ、本当に舞さんだ……。ってこれ、おもちゃのお金じゃないですか!!」

「ははっ、ようやく気付いたか」

春香「だますなんて悪趣味ですよー! 10年間で何が変わったか私全然知らないんですよ? 今の総理って誰です?」

「総理はな、10年前大阪で知事をしていたよ」

春香「ちゃ、茶髪の風雲児……」

「アメリカじゃ俳優出身の知事も大統領だっているんだ。弁護士出身の総理も珍しくなんかないぞ?」

春香「い、いや……。なんというか意外というか納得できるというか……」

「それよりも、注文しようぜ。ちらちらとウェイターがこっちを見てるよ」

春香「水だけで過ごすって思われてるんですかね?」

 早く注文を決めて欲しそうなウェイター君に心の中で謝り、日本語で書かれていないメニューの解読に苦労しつつも、なんとなく美味しそうなものを注文する。

177 : VIPに... - 2012/05/23 01:15:37.16 9TZcmBFw0 131/383

春香「ミラノ風ドリアとかおいてないんですね」

「当然だろ。そもそもあれ、ミラノ風って着いてるけど別にミラノ風じゃないからな」

 料理が来るまで、他愛のない話をする。特に空白の10年のことは春香にとって驚きの連続のようだ。さっきの舞万円みたいに嘘を言っても信じてくれそうなぐらいには。

春香「今のアメリカの大統領ヒラリーなんですか!?」

「ああ、アメリカ初の女性大統領だな」

春香「まだコナン君続いてるんですか……」

「何年やってるんだろうな、あれ。ワンピとかはとっくに終わったぞ」

春香「そうなんですか? 単行本とか持ってたりします?」

「一応全巻そろえたぞ」

春香「じゃあ帰ったら読ませてください!」

「構わないぞ」

 おしゃれな雰囲気には合わない、騒がしい2人。静かであることを義務付けられる場なため、周囲からの目線が多少痛い。

ウェイター「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ」

 ウェイター君が料理を運んでくる。名前を何というか知らないが、財布泣かせのお値段に見合った味であることを心から願いたい。これでまずけりゃ裁判を起こしてやろうか?

178 : VIPに... - 2012/05/23 01:27:43.15 U/xWHzXa0 132/383

春香「ほ、本当に食べていいのかな……」

 ここを選んだのは他ならぬ春香だが、流石の彼女も気負っているみたいだ。

「頼んだんだから食べないとな」

春香「じゃ、じゃあいただきます……」

 ぎこちなくフォークとナイフを操る春香。ボリューミーなステーキを小さく切り、人々を魅了する歌をつぐむその口に入れる。

春香「……」

「ど、どうだ春香?」

春香「う、美味い!」

 テーレッテレーと聞こえそうなリアクション、ありがとうございます。あっ、ウェイター君も嬉しそうだ。君作ってないけどね。

春香「プロデューサーさんも! 食べてみてくださいよ! ほっぺたが落ちますよ!」

 むしろそうでないと困る。期待を胸に膨らまし、口に入れる。

「美味い!」

 テーレッテレー! って何やってんだ、俺。

179 : VIPに... - 2012/05/23 01:38:38.90 ZMlrLB7p0 133/383

春香「でしょ!」

「ああ、今まで食べて来たものはなんだと言いたくなるな」

春香「どうだ参りましたか!!」

「なんで春香が威張るんだ?」

 どこまでもマイペースに、ディナーを取る。時折外を見ると、飛行機が光りながら飛んでいくのが見える。634mの世界から見る夜景は、とてもとても綺麗で。もし俺が女性だとして、ここでプロポーズされたなら、ムードに流されて首を縦に振るような気がする。

春香「はぁ、こんなところでプロポ-ズされてみたいなぁ。チラっ、チラッ」

「チラチラ口に出すな!」

 2つのリボンの間ぐらいを軽くチョップする。

春香「いで!」

「馬鹿言ってないで食べなさい」

春香「プロデューサーさんのいけず……」

 ジト目で俺を見る春香を無視して、食べ続ける。

180 : VIPに... - 2012/05/23 01:41:19.54 ixX1A2YD0 134/383

最悪だあああああ! 致命的なミスを犯してしもた……。春香の年齢設定が16だったり18だったり……。どーしましょ……。2の時から始まって、飛行機事故がその1年後、それで10年だから……。色んな人の年齢設定を間違えて来たんじゃなかろうか……。冷静になるため、今日はこれで終わります。下手こいた……

182 : VIPに... - 2012/05/23 14:41:38.40 ixX1A2YD0 135/383

バイトまで少しだけ投下します。それと混乱しそうな年齢設定ですが、8月28日までに生まれたアイドルは1準拠+2(春香18歳)、それ以降は+1(真18歳)で行きましょう。(ひびたかは2の年齢-1スタート)10年後の皆は、11歳上で。

183 : VIPに... - 2012/05/23 14:49:01.70 9TZcmBFw0 136/383

春香「いやぁ、美味しかったですねー」

「おかげで俺の財布はすっからかんだがな……」

 美味しかったが、いかんせん値段が高すぎる。目が飛び出そうになったぐらいだ。恐らくもう行くことはないだろう。

春香「ねえ、プロデューサーさん」

「? なんだ?」

春香「あずささんの結婚式ってどんな感じでした?」

「あー、それかぁ。仕事の都合で行けなかったんだよな。後々写真は見せて貰ったけど、ウェディングドレスが似合ってたよ。旦那様もイケメンだったから、傍から見たら理想の夫婦なんだろうな」

春香「……そうですか」

 なぜか影を落とす春香。さっきまでの元気はどこへやら、テンションは一気に下がる。

「どうした、春香?」

春香「い、いえ! 何でもないですよ! はぁ、あずささんのお子さんだから、すっごく可愛いんだろうなぁ」

 何でもないというが、一瞬だけ見せた苦い顔を俺は見落とさなかった。もしかしてこいつは……。

「引け目、感じてるのか?」

春香「え?」

184 : VIPに... - 2012/05/23 14:59:30.57 U/xWHzXa0 137/383

春香「プロデューサーさん、いきなり何を……」

「いや、あずささんだけではないな。美希だってそうだ。少なくとも、彼女たちは俺に惚れていた。春香が俺を好きになったように」

春香「自意識過剰ですね……」

「そういうなよ。もっとも、気付くのに相当時間がかかったけどな」

 あずささんが望んだ、運命の人に俺はなれなかった。いや、なろうと思えばいつでもなれただろう。でも俺が選んだのは、隣で歩く彼女なわけで――。

春香「わっ!」

 ネガティブになりつつある恋人を抱き寄せる。肌から伝わる体温が心地良く、いつまでもこうしていたいぐらいだ。

「あのな、春香。俺はお前を選んだ、運命の人だと思った。それで良いじゃないか」

春香「プロデューサーさん……」

「俺と結婚できなかったあずささんは不幸せなのか? それは違うと思う。経緯は確かになし崩し的だったかもしれないけど、2人の子供に恵まれて、きっと彼女も後悔していないはずだよ。俺が言うのも変な話だけどな」

春香「……そう言ってくれると、嬉しいかな?」

 小さく笑顔を見せる春香。俺達は何も話すことなく、手を繋いだまま家へと帰る。週刊誌が怖いが、今更彼女たちをネタにする物好きもいないだろう。掲載される頃には、もういないんだから……。

185 : VIPに... - 2012/05/23 15:10:31.01 9TZcmBFw0 138/383

 10年と言う時間は、沢山のものを奪って、沢山のものが生まれたんだ。辛いとき一緒にいてくれた家族は、寿命には勝てず、天国から自分たちを見守ってくれているだろう。あずささんやにぃにぃの飼育が良かったのか、それとも寿命が長いのか、オウ助やワニ美、ブタ太はまだ生きていた。それでも、寄る年波には勝てないのかな、ブタ太はすっかり弱り切っている。元気なのは寿命自体が相当長いオウムのオウ助とワニのワニ美、自分と一緒にタイムスリップをしたハム蔵だけ。なんとも淋しい家族構成になっちゃったな。

 でも悪い話だけじゃなかったぞ! にぃにぃが結婚して、2人の子供を産んだんだ。あっ、これじゃあにぃにぃが出産したみたいだぞ。

あずさ「響ちゃん、入っていいかしら?」

「あっ、あずささん。構わないぞ」

 あずささんと結婚したなんて、予想も出来なかったけどな。

186 : VIPに... - 2012/05/23 15:21:47.35 9TZcmBFw0 139/383

あずさ「ごめんなさいね~、寝ようとしていたかもしれないのに……」

「なんくるないさー。少し考えことしてて、眠れなかったんだ」

 生っすかのこと、最後のライブのこと、色々あるけど、それよりも……。

「ねぇ、あずささん」

あずさ「なにかしら?」

「どうして、にぃにぃと結婚したの?」

 理由はなんとなくわかる。あまり言いたくないけど、同じ悲しみを持つ者同士が互いを慰めあった結果。そう思えてしまうんだ。そうだとしても、嘘を吐いてほしかった。にぃにぃとは事故の前から付き合っていた、実は小さいころからの友達だった――。下手糞な嘘でもいいから、あずささんの口から真実だけは聞きたくなかった。

あずさ「響ちゃんのお兄さんは、とてもいい人よ。優しくて、頼りになって。みんながいなくなったとき、悲しみに暮れていた私を励ましてくれたの。年齢が近いってのもあったと思うけど、彼も私たちと同じ、遺族だったから……」

「……本当に、それで良かったの?」

あずさ「え?」

187 : VIPに... - 2012/05/23 16:08:18.21 9TZcmBFw0 140/383

「本当ににぃにぃが、運命の人だったの?」

あずさ「そ、それは……」

「分かってるよ……。だってあずささん、プロデューサーのことばかり見てたもん」

あずさ「響ちゃん……、私は……」

「ご、ごめんなさい……。そんな責めるわけじゃなかったんだ」

 目に涙を浮かべるあずささんを見て、なんて愚かなことをしたんだと後悔する。きっとあずささんも悩んできたんだ。ずっと運命の人と思ってきたプロデューサーは振り向いてくれず、きっとにぃにぃからプロポーズを受けた時も、あずささんのことだ。どこかしら罪悪感があったんだろうな。にぃにぃをプロデューサーの代わりとしてみてないか、自分だけ幸せになっていいのか。そしていなくなった自分のことも。自分なんかには計り知れないぐらい、あずささんだって苦しんできたのに。

あずさ「仕方ない、のかしら……。でもね響ちゃん。私はこうも思うの。切っ掛けは響ちゃんの消失だったかもしれない、でも偶々それが切っ掛けになっただけで、響ちゃんが事故に遭わなくても、きっと私とあの人は出会ってたと思うの。今と変わらない、温かな家庭を作って。それが運命だったのよ。だから……、響ちゃんは悪くない」

「あずささん……」

あずさ「それでも自分を責めるなら、デコピンしてあげましょうかしら?」

「デコピン!?」

あずさ「ええ、娘達には効くのよね~」

「じゃ、じゃあ今後気を付けるぞ……」

 怒ったら怖そうだしなぁ。クワバラクワバラ……。

あずさ「ふふっ」

188 : VIPに... - 2012/05/23 16:13:06.42 ZMlrLB7p0 141/383

あずさ「じゃあお休みなさい」

「うん、お休み。あずささん……。ってあずささん、何か用があったんじゃないの?」

あずさ「用? えっと……、忘れちゃったわね~」

「そう? じゃあまた明日ね。今度は迷子にならないでよね!」

あずさ「き、気を付けるわね……」

 あずささんは苦笑いをしながら部屋を出る。この部屋には、自分とハム蔵だけ。

「なぁハム蔵」

ハム蔵「キュ?」

「自分、馬鹿だったぞ」

ハム蔵「キュキュ」

「何をいまさらって、こらぁ!!」

ハム蔵「へけっ!」

 慰めや同情だけで、家族なんか出来ないもんな。あずささんとにぃにぃ、すっごくお似合いだぞ!


P「神はサイコロを振らない」【中編】

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