一週間前、346プロ
一同「なっ……765プロと合同合宿ーーーー!?」
346P「少し急になりますが、ちょうど一週間後に三日間の合同合宿を行うことになりました。
スケジュールの調整は済んでおりますので、あとは各自……」
未央「ま、まさかあの765プロと……! ついに私たちもここまで来たかって感じ!?」
莉嘉「ねぇねぇPくん! 765プロってことは、美希ちゃんとかも居るの!?」
346P「はい。765プロの方も12名全員が参加されます」
みりあ「すごーい! 本当に765プロの人とお泊りできるんだ!」
李衣菜「765プロってほんとすごいもんねー。
テレビとか雑誌とか、毎日何かで見てる気がするもん」
みく「流石の李衣菜ちゃんも765プロは知ってるんだね……安心したにゃ」
元スレ
小鳥「今日は皆さんに」 ちひろ「殺し合いをしてもらいます」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1451043217/
小鳥「今日は皆さんに」 ちひろ「殺し合いをしてもらいます」 2
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1454423048/
アーニャ「765プロ……。私も、知ってます。可愛い人、きれいな人ばかりですね」
きらり「みんなとーってもキラキラハピハピしてて、きゃわいいにぃ!」
かな子「お、お菓子たくさん持って行かなきゃ! 765プロの人たち、食べてくれるかな?」
智絵里「うう、なんだか緊張してきちゃった……」
蘭子「つ、ついに、遂に我が力を、い、頂きに立つ者達へと示す時が……!」
美波「ふふっ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。
って……あら? 凛ちゃん、どうかしたの?」
凛「えっ? あ、いや……。なんかみんな大げさじゃない?
私たちだって一応アイドルなんだし……」
未央「し、しぶりん、なんて大それたことを……! 765プロの凄さを知らないとは!」
卯月「そ、そうですよぉ!
近頃は765プロに憧れてアイドルを目指す子も少なくないって聞きます!」
凛「あ、そうなんだ。いや、すごいのは知ってるんだけど……」
杏「っていうかプロデューサー、よく合同合宿とかできたよね。
こう言っちゃなんだけど、知名度とかで言えばあっちの方が断然上でしょ?」
346P「それは、その通りかも知れません。しかし皆さんも着実に知名度は上がってきています。
そしてそのことは765プロの方も認めてくださっています。
シンデレラプロジェクトも、765プロに決して劣ることのない魅力を持っていると」
みく「ほ、本当!? じゃあみくたちもあんな風になれるの!?」
346P「はい。私はそう信じています」
未央「な、なんか燃えてきた! よーっし、765プロの人に良いとこ見せるぞー!」
ちひろ「ふふっ……なんだかみんな、いつにもまして元気になっちゃいましたね」
346P「千川さん……。はい、皆さんとても……」
ちひろ「『いい笑顔』。ですよね?」
346P「……その通りです」
ちひろ「そう言えば今回の合宿所の近くには海があるそうですが、
プロデューサーさんは水着はお持ちですか?」
346P「は? いえ、アイドルの皆さんには休憩時間は自由に使っていただくつもりですが、自分は……」
ちひろ「プロデューサーさんも一緒の方が、きっとみんなも喜びますよ。
アイドル達と親睦を深めることも大事ですし、ね?」
346P「け……検討させて、いただきます」
・
・
・
亜美「ねぇねぇ兄ちゃん! 346プロってどんなとこなの?」
真「最近よく仕事で一緒になったりしますよね?
あ、でもシンデレラプロジェクトの人とは会ったことないなぁ」
765P「彼女たちが有名になり始めたのは最近だからな。
でもその成長っぷりはみんなも知ってるんじゃないか?」
貴音「確かに……。近頃はめでぃあへの露出も急増しているようです。
頂点を目指す立場としては、決して無視できない存在と言えるかも知れません」
伊織「ふんっ。でもまだまだ私たちの方がずーっと上よ。
そう簡単に追いつかれたりなんかしないんだから」
あずさ「あらあら~。伊織ちゃんは負けず嫌いさんねぇ」
伊織「当然でしょ? 競争相手なのに意識しない方がどうかしてるわよ」
真美「ねぇ兄ちゃん、ライバルと一緒に合宿なんてしちゃって大丈夫なの?
真美たちの人気の秘密を盗まれちゃったらやばいっぽいよー?」
765P「そんな盗まれて困るような秘密なんて持ってないだろ……。
それに、確かに彼女たちはライバルかも知れないが、敵視することはないぞ?」
律子「今回の合宿も、互いに利があると判断しての決定よ。
彼女たちが信条とする『パワーオブスマイル』。
これは私たちの方針と近いところもあるし、きっと何か得るものがあるわ」
765P「そういうことだ。これは互いを高め合ってより上を目指すための合宿でもある。
まぁお前たちに限ってそんな心配はないと思うが、
変に張り合ったりするんじゃなくて、志を共にする仲間だと思って参加して欲しい」
伊織「……今あんた、私の方見て言わなかった?」
765P「え!? いやそんなことは……」
美希「いやーん、でこちゃん怖いのー。
こんな人が765プロに居たらきっと346プロの人たち怯えちゃうって思うな!」
伊織「う、うるさいわね! そういうことならちゃんと仲良くするわよ!
あとでこちゃん言うな!」
春香「合同合宿かー。どんな風になるんだろ……楽しみだね、千早ちゃん!」
千早「そうね……。良い刺激になりそう」
響「よーし! 自分、かっこいいところ見せてやるさー!」
やよい「うっうー! すっごく楽しみですー!」
雪歩「な、なんだか緊張しちゃうよぉ。
大丈夫かなぁ、私、足引っ張っちゃったりしないかなぁ……」
真「あははっ、大丈夫だよ雪歩。いつも通り、ボク達らしくやろう!」
小鳥「みんな楽しそうですねー。今回の合宿も海の近くですか?」
律子「はい、その予定です。っていうかすみません、毎回留守番お任せしちゃって……」
小鳥「いいんですよ。それが私の仕事なんですから」
765P「ありがとうございます、音無さん。またお土産買ってきますね!」
小鳥「まぁ! ふふっ、それじゃあ楽しみにしてますね、プロデューサーさん」
こうして、765プロと346プロ(シンデレラプロジェクト)の合同合宿が決定した。
片や全国的に有名なトップアイドル。
片や人気急上昇中の新進気鋭の新人アイドル。
双方相手に感じる思いは様々ではあったが、
この合宿へのやる気が十分であることは両者に共通していた。
知らせを受けてからの一週間、これまで以上に仕事にレッスンに励み、
合宿へ向けてますます気合を充実させていった。
当日は各々貸切のマイクロバスに乗って事務所を出発。
765側も346側も道中いつものように賑やかで、これから始まる楽しい三日間を予感させた。
しかしその移動中。
運転手を除く全員の記憶が、ぷっつりと途絶えた。
・
・
・
千早「春香。起きて、春香」
春香「ん……。あっ、ご、ごめんなさい! 私居眠り……あれっ?」
伊織「これで全員起きたわね……」
春香「えっと……ここ、どこ? 合宿所?」
千早「分からないわ……。みんな目が覚めたらこの部屋に。それに、この首輪も」
春香「えっ?」
春香たちが目を覚ました場所、
そこは白い壁に囲まれた殺風景な部屋だった。
ただ隅にぽつんとテレビが置いてある以外は何も無い。
その部屋に765プロのアイドルたちが全員揃って、どうやら眠っていたようだ。
春香「な、何だろこの首輪……。あ、そうだ! 346プロの人たちは? もう来てる?」
律子「それが本当に何も分からないのよ。
千早がさっき言ったとおり、全員いつの間にか寝てて、目が覚めたらここに居て……。
さっきからプロデューサーや小鳥さんに電話してるんだけど全然出ないし……」
亜美「しかもドアが開かないんだよー!」
真美「うあうあー! 真美たち、閉じ込められちゃったよー!」
貴音「これは所謂どっきり企画……というものなのでしょうか?」
響「ハム蔵ー、居ないのかー? おーい、ハム蔵ってばー!
うぅ、やっぱりこの部屋には居ないみたいだぞ……」
美希「もしかしてこれ、夢の続きなの? だったらもう一回寝たら目が覚めるかなぁ……あふぅ」
あずさ「あらあら……ダメよぉ美希ちゃん。ほら起きて、ね?」
雪歩「も、もしかして私たち、ずっとこのままなんじゃ……!」
やよい「はわっ!? そ、それは嫌ですー!」
真「テレビの企画とかだったら、そろそろ説明があってもいいはずだけど……」
と真が呟いたのとほぼ同時。
部屋の天井にあるスピーカーから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
小鳥『全員目が覚めましたね、おはようございます』
・
・
・
未央「えっ? この声……」
凛「ちひろさん……だよね」
同時刻、346プロのアイドル達。
彼女たちも765プロのアイドル達とまったく同じ状況に立たされていた。
ちひろ『それでは説明を始めます。
質問は最後に受け付けますので、しっかりと聞いていてください』
淡々としたその言葉を聞き、アイドル達は俄かに静まり返る。
それを確認したか、ちひろは説明を始めた。
ちひろ『これから皆さんには、765プロの人たちと殺し合いをしてもらいます』
小鳥『まずテレビ画面を見てください。この無人島が殺し合いの場になります』
ちひろ『期間は三日間。お互いに相手の事務所の人間を殺し合って、
三日後の24時までに多く生き残っていた方の勝利となります。
どちらかが全滅した時はその時点でゲーム終了です』
小鳥『勝敗が決まると同時に敗者チームは全員首輪を爆破され死亡します。
生き残るのは勝者チームのアイドルのみです』
ちひろ『引き分けだった場合は両チーム全員の首輪が爆発します。
その場合、生存者はありません。765プロ346プロ共に全員死亡します』
小鳥『また当然ですが、自殺はおすすめしません。
自分の死が敗因となって、仲間が全員死ぬ事態を招く恐れがあります』
ちひろ『ちなみに首輪は絶対に外れないし、無理に外そうとしても爆発します』
小鳥『ゲーム開始前に皆さんはもう一度眠らされ、島の中にランダムに配置されます』
ちひろ『その時、ゲームに勝つための道具がランダムに一つずつ配られるので、
目が覚めたらまずは傍に置いてあるカバンを確認してください』
小鳥『他に配られるのは三日分の水と食料、時計、懐中電灯、
必要事項の書かれた書類、それから地図とコンパスです』
ちひろ『地図にはエリアの区分と、自分がどこに配置されたのかが記されています』
小鳥『また、日中は同じエリアにずっと止まっていることは禁止されています。
エリア区分は地図で確認してください』
ちひろ『止まるのが許されているのは、19時から翌朝の7時までです。
それ以外の時間に、同じエリアに1時間以上留まっていると首輪が爆発します』
小鳥『なお、ゲーム終了後には勝者の記憶は改ざんされ、これまでの生活に戻されます。
以降の生活に殺人を犯したことによる精神的影響はありません。安心して殺し合ってください』
ちひろ『これらのことは配布される書類に記載してあります。必要に応じて参照してください』
小鳥『説明は以上です。ではこれから質問を受け付けます』
説明を聞き終えたが、346プロのアイドルたちは全員静まり返っていた。
状況を整理するのに頭が追いつかないのだろう。
しかしそんな中、未央がおずおずと、ぎこちない笑みを浮かべて手を上げた。
未央「えーっと、ちひろさん……?」
ちひろ『はい、なんでしょう』
未央「えっと、その……ど、どうやったら相手を『殺した』ことになるの?」
ちひろ『相手の心臓が止まり生命活動を停止したら、です。手段は自由です』
未央「……ちょ、ちょっと待って。殺し合いって、本当に殺し合うわけじゃないよね?
そういう雰囲気のゲームでしょ? ほら、サバゲーっていうの? ああいう感じの……」
ちひろ『本当の殺し合いです』
未央「い、いやいやいや……。ないでしょ、え? 殺し合いってそんな……」
アーニャ「アー、えっと……? こ、ころしあい、ですか?
人を殺す……ということですか……?」
ちひろ『そうです』
みりあ「だ……ダメだよそんなの。人を殺しちゃうのって、いけないことなんだよ……?
ね、そうだよね? 莉嘉ちゃん、きらりちゃん!」
きらり「あ、えっ? そ、そうだよ、もちろん、そう……!」
莉嘉「当たり前だよ! そんなのゲームでもなんでもないじゃん!」
凛「あのさ……これドッキリとかじゃないの?
あり得ないでしょ? 殺し合いのゲームとか……」
卯月「そ、そうですよ! ちひろさん、ドッキリですよね!
何かの番組のドッキリ……」
ちひろ『ドッキリではありません。本当に殺し合ってもらいます』
美波「っ……ちひろさん、この扉を開けてください!
このままじゃ話が進みそうにありません!」
ちひろ『扉を開けることはできません。
どうしても信用できないようでしたら、テレビに向かって右側の壁を見てください』
それを聞き、天井のスピーカーに向いていた皆の視線は壁へと誘導された。
すると数秒待たず、真っ白な壁が左右に開き、ガラスの壁へと姿を変える。
そしてその向こう側には首輪をした猫がいた。
アイドル達のものとよく似た形の首輪をした猫が。
李衣菜「……ね、ねぇ、あれってまさか……」
ちひろ『皆さんの首に付けられているものと同じものです。少し小型ですが。
それでは実際に作動させてみましょう』
みく「作動……ま、待って!? それって……!」
これからの展開を察したみくがスピーカーに向かって叫ぶ。
しかし次の瞬間。
何の前触れも、警告音すらなしに首輪が破裂し、ガラスに真っ赤な飛沫が散った。
突然の惨状に数人は同時に叫び、残りの数人は口元を押さえ目を見開いたまま固まっている。
しかしそんな彼女たちなど意に介していないかのように、やはりちひろは淡々と言った。
ちひろ『これで信じてもらえましたか?』
智絵里「ぃっ……いや、嫌ぁ……!」
かな子「だ、誰か……誰か助けてください! 誰かあっ!!」
凛「や……やばいよコレ! 早く逃げなきゃ!!」
未央「ド、ドア!! あのドア破ろうよ!!」
ちひろ『助けは来ませんし、ドアの破壊もガラスの破壊も不可能です。
もう質問がないようなら、ガスで眠らせた後ゲームを開始しますがよろしいですか?』
部屋の中の阿鼻叫喚など聞こえもしないかのように静かな声が流れ続ける。
しかしそんな中、唯一その声に返事を返す者が居た。
杏「待った!! 質問あり!!」
きらり「え……あ、杏ちゃん……?」
ちひろ『はい、なんでしょう』
杏「杏たちが生き残る方法って、殺し合いゲームに勝つ以外には絶対に無いの?」
ちひろ『ありません。あらゆる不正、抜け穴の可能性を想定し、その全てが潰してあります。
ゲームに勝利する以外で生き残ることは不可能です』
杏「……そっか。それじゃもう一つ。死んだ子の今後の扱いってどうなるの?」
ちひろ『事故死あるいは行方不明として扱われます』
杏「勝ったら本当に記憶消してくれるの?」
ちひろ『はい、間違いなく。勝者には平穏な日常が約束されます』
ちひろの声と同じように淡々と連続して質問を投げかける杏。
そんな杏に周りのアイドルたちは困惑の表情を向けている。
杏はそれに気付いていないのか気付かないふりをしているのか、天井を見つめ質問を続ける。
杏「相手チームの人数は?」
ちひろ『14人です』
杏「島の広さは?」
ちひろ『外周はおよそ9km。
地図には100mごとに罫線が引いてあるのでそれを参照してください』
杏「……わかった。じゃあもういいよ。質問終わり」
きらり「あ、杏ちゃん……? どうして……?」
『どうして』。
この一言に込められたきらりの感情を、杏は察した。
だからきらりが最も欲しているであろう答えを返す。
杏「心配いらないよ、一応聞いただけ。どうせなら色々質問しときたいと思ってさ」
ちひろ『もう質問がないようなので、ガスを注入します』
杏の言葉に対してきらりが口を開く前に、ちひろが先を急かすように言った。
346プロのアイドル達のこの部屋での記憶は、これが最後だった。
・
・
・
伊織「は……はぁ? 何言ってるの? 冗談にしちゃ趣味が悪すぎるわよ……」
亜美「そうだよピヨちゃん! もういいからネタばらししてよ!」
真美「真美たち十分ドッキリしたっしょ!? だからもう終わりでいいよ!」
律子「あの……小鳥さん。本当に悪趣味過ぎじゃありませんか?
この子達はまだ中学生だし、346プロには小学生の子も居ますよね?
小鳥さんはこの程度の分別は付けられる人だと思ってましたけど……」
響「そうだぞぴよ子! こんな酷い冗談、自分だって怒るぞ!」
小鳥『冗談でもドッキリでもありません。全て事実です』
真「じ、事実って……そんなわけないじゃないですか!
そんな、殺し合いのゲームなんて……!」
やよい「わ、私! 嫌ですそんなの! 絶対やりたくないです!」
小鳥『不参加は認められません。全員強制的に参加になります』
伊織「あんたねぇ……いい加減にしなさいよ!
こんな悪趣味なドッキリどこの誰が企画したの!?
教えなさい! 文句言ってやるんだから!」
小鳥『ドッキリではありません』
怒りや困惑を顕にする皆に対し、ほとんど感情の篭っていない返事を繰り返す小鳥の声。
伊織はそれに痺れを切らしたようにスピーカーから目を逸らした。
伊織「っ……あっそう! もう良いわよ!」
そう言ってポケットを探り、携帯電話を取り出した。
そしてどこかへ電話をかけ始める。
やよい「い、伊織ちゃん? どうするの……?」
伊織「新堂に言って調べてもらうの! ったく、冗談じゃないわ。
こんなふざけたこと考えた奴、どう責任取ってもらおうかしら……あっ、新堂?
調べて欲しいことがあるんだけど。……え? ええ、そうだけど……。
……ちょ、ちょっと、何言ってるの? 新堂……?」
皆が見守る中、受話器に向かって何度かうわ言のように相槌を繰り返す伊織。
いつの間にか初めの勢いは完全に姿を消していた。
そして遂に、
伊織「……新堂……」
伊織は震えた声で執事の名を呟き、そして電話を持った手を力なく下げた。
その様子を見て一同は最悪の状況を察した。
小鳥『これで信じてもらえましたか?
なお今の通話は信用してもらうために許可しましたが、これ以降は繋がりません』
伊織「……なんでよ。なんで、こんな……」
伊織の執事が彼女に何を言ったのかは分からない。
しかし、決して常識に欠けていることなど無く、
寧ろリーダーとしての高い資質を備えているはずの彼女が、
『殺し合いゲーム』を事実であると認めた。
そのことが、これ以上ない説得力を以てアイドル達に非情な現実を突き付けた。
しかし当然ながら、全員が伊織の判断にすぐさま納得できるわけではない。
それを真っ先に指摘したのは亜美だった。
亜美「ま、まだ分かんないよ! いおりん!」
伊織「え……?」
亜美「しんどーさん、このゲームが本物だって言ってたんだよね?
でもしんどーさんもドッキリの仕掛け人ってこともあるじゃん!
だから、いおりんに嘘ついてるってことも……」
客観的に見れば当然考えうる可能性。
しかし落ち込む伊織を勇気付けようとしたはずのこの言葉を聞き、
伊織は形相を変えて怒鳴った。
伊織「新堂は……新堂は嘘なんかつかないッ!!」
伊織「新堂は、ずっと私の味方で……私を、いつも助けてくれて……。
私を思っての方便ならまだしも、こんな最低な嘘をついたことなんか一度だって無いわ!!
つくわけがない!! それに、それに……!」
あずさ「伊織ちゃん! 少し落ち着いて、お願いだから……!」
亜美に掴みかかり取り乱す伊織を見かね、あずさが仲裁に入る。
伊織はその時になってようやく亜美の怯えた表情に気付き、唇を噛んで視線を逸らした。
そしてそれから少しの間を置き……
小鳥『これでも信用できないのなら、テレビに向かって右側の壁を見てください』
静かに響いた小鳥の声。
その先の展開は、346プロのアイドル達に起きたものと同じだった。
壁が開き、ガラスが現れ、そして同じように、首輪を付けた猫が殺された。
悲鳴を上げる者、息を呑む者……。
765プロのアイドル達の反応も346プロのものと大差なかった。
そして765プロのアイドル達の中でいち早く会話へと思考を移すことができたのは、
貴音「……小鳥嬢、答えなさい。なぜ、このようなことをするのですか……」
スピーカーへ向けて静かに、しかしこれ以上ないほどの怒りを露にする貴音。
しかしやはり返答は、淡々としたものだった。
小鳥『娯楽です。アイドル達が殺し合うという事実を楽しむ人たちのための』
貴音「なっ……!?」
その常軌を逸した答えに、貴音は二の句が告げなくなる。
そんな彼女に変わって反応を返したのはやはり、伊織だった。
伊織「な……何よ、それ……。ふざけるんじゃないわよ!!」
娯楽で猫を殺し、自分たちを狂ったゲームに参加させる存在。
目に見えないその存在に対し、伊織は怒声を上げる。
しかし次いでその怒りの矛先は、スピーカーの向こうに居る小鳥自身へと向けられた。
伊織「大体なんで……なんであんたはそんな風にしていられるのよ!?
こんなわけわかんないこと私たちにさせて……!
私たちの誰かが死ぬかも知れないっていうのに、なんであんたは平気でいられるの!?」
小鳥『……』
いつの間にか、伊織の目から大粒の涙がこぼれていた。
ぼろぼろと涙を流し、喉が裂けんばかりに叫ぶ伊織。
しかし小鳥は何も答えない。
それでも伊織は叫び続ける。
ただただ感情に任せ、無機質なスピーカーに向けて怒りと悲しみをぶつけ続けた。
伊織「仲が良いと思ってたのは私たちだけだったってこと!?
あんたの笑顔も、今まで私たちを助けてくれてたのも嘘だったの!?
私だって、いつもあんたに助けられて、感謝して、なのに……! バカみたいじゃない!!」
小鳥『……』
伊織「最低よ!! こんなことならあんたと仲良くなんてするんじゃなかった!!
こんなことならあんたなんか……! あんたなんか死ん……」
美希「待って、伊織!」
伊織の叫びを美希が止めた。
そんな美希の普段とまったく違う様子にアイドル達は、伊織すらも、思わず目を向ける。
そして美希は真っ直ぐに伊織の目を見て、静かに言った。
美希「ミキね、小鳥が平気なわけないって思うな」
伊織「っ……なんでそんな」
美希「だって平気なわけないもん。あの小鳥がミキたちにこんなことして、平気なわけないよ」
ふざけた様子もなく真剣に、ただそう言い張る美希。
何の根拠もない言葉だったが、「あの小鳥が」というこの一言が何よりの証拠であると、
その場の全員に思わせる説得力がそこにはあった。
千早「……私も美希の言う通りだと思う。それに、音無さんの声……少し震え」
小鳥『もう、質問はありませんか?』
伊織が怒りをぶつけている間ずっと沈黙し続けていた小鳥だったが、
ここで唐突に話の流れを切るように質問を促した。
伊織はこれを受けて、不確定ながらも小鳥の心情を察した。
他のアイドル達もまた同様だった。
小鳥『もう質問が無いようでしたら……。最後に一つ、大切な説明をします』
”大切な説明”
この言葉に、一同は一言も聞き漏らすまいと身構える。
数秒後、小鳥はやはり淡々と、
小鳥『765プロのアイドルの数は律子さんを含め13人。対して346プロは14人。
数の上での公平を期すため、765プロ側として私も参加します』
・
・
・
ちひろ「……っ」
小鳥「ぅくっ……うっ……」
男「お疲れ様でした、お二人とも。見事な演技でしたよ」
ちひろ「どうして……どうして、こんなっ……」
男「おや、説明しませんでしたか? その方が面白いからですよ。
見知らぬ男に説明されるより、親しい間柄の者に淡々と説明される方が……」
小鳥「そうじゃありません!!
どうしてあの子達がこんな目に遭わなきゃいけないんですか!?」
ちひろ「みんなとても優しくて、いい子なのに……! 普通の女の子なのに、どうして……!」
男「あなた方、さっき自分で言ってたじゃないですか。娯楽のためですよ」
小鳥「っ……」
ちひろ「……もう、いいです……! それより、約束は守りました!!
プロデューサーさんを離してあげてください!!」
男「ええ、もちろん」
そう言って、男は指を鳴らした。
するとそれを合図に背後の扉が開き、
そこには顔にあざを作ったプロデューサー達が複数の男に囲まれ立っていた。
「プロデューサーさん!!」
ちひろと小鳥は同時に叫び、各々の事務所のプロデューサーの元へと駆け寄る。
周囲の男はプロデューサーを半ば突き飛ばすように前へと押しやった。
765P「……すみません、音無さん。俺のせいで……!」
346P「千川さん……申し訳、ございません……」
小鳥「プロデューサーさんは悪くなんか……!」
ちひろ「それより二人とも、お怪我は大丈夫ですか!?」
765P「は、はい、大丈夫です」
346P「私たちは、何も……。それよりあなた方お二人が……」
男「おや、ずいぶん仲がいいですね。敵同士だというのに」
男「特に765の事務員さんは346の人にとってはとんでもない人だと思いますけどね。
まさかわざわざ自分から参加を志願するとは……。
まあ、人数を公平に出来るというのならこちらとしても助かるので良かったですが。
外見も美しくいらっしゃいますからね。顧客は大喜びでしょう。
しかしそんなに346のアイドルを殺したかったのですか?」
765P「やめろ! 音無さんはそんな人じゃない!」
男「そうですか。でもそんな人じゃないかどうかは関係ないと思いますけどね。
ですよね、346のお二方?」
ちひろ「っ……私からは、何も言うことはありません」
346P「音無さんの気持ちは、私にも痛いほど分かります……。
彼女の決断、またこれからの行動についても……私共からは何も……」
男「ほう、人間ができていらっしゃる方たちだ。
ま、それは置いといて。765の事務員さん以外には、ゲーム終了まで休んでいてもらいましょう」
男のその言葉を合図に、周囲で待機していた別の男たちが小鳥を除く三人に手錠をかけ、
そして別室へと乱暴に連行する。
小鳥はただ黙って彼らの背中を見送ることしかできなかった。
しかしドアをくぐる直前。
765プロのプロデューサーが不意に振り向き、そして叫んだ。
765P「お……音無さん!」
1.どうか生きて帰ってきてください!
2.どうか誰も殺さないでください!
3.あいつらのこと、よろしくお願いします!
>>47
47 : 以下、名... - 2015/12/25 23:08:34.91 8RGUjlpEo 40/8543
765P「あいつらのこと、よろしくおねがいします!」
小鳥「っ……!」
プロデューサーの力強い呼びかけを受け、小鳥は喉元がきゅっと締まるのを感じた。
だが言葉を返す前にドアは閉まり、
小鳥は返事を喉にとどめたまま、黙ってドアを見つめ続けた。
男「さ、ではあなたも眠りますか。
次に目が覚めた時がゲームの始まりですから、そのつもりで」
男の言葉に小鳥は反応を示さない。
ただ俯いて、震えを抑えるかのように胸元で両手を握り締める。
そんな彼女の背中を、男はやはり強引に押して別室へと連れ出した。
そこで小鳥は、アイドル達と同じ方法で眠らされ、
気付いたときには見知らぬ森の中に倒れていた。
50 : 以下、名... - 2015/12/25 23:21:25.06 4GOSwQl2o 42/854今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日か明後日に投下します
一応先に言っておくと、男はもう出てきません
アイドル達が殺し合ったり殺し合わなかったりするだけのSSです
15:00 我那覇響
響「……ッ!!」
意識が戻ったと同時に響は飛び起きた。
慌てて辺りを見回すと、今いる場所は深い木々に覆われた森の中のようだった。
服は普段のトレーニングウェアに着替えさせられている。
響は直前の記憶が夢ではなかったことを悟り、吐き気にも似た感覚を覚えた。
視界がじわりと滲む。
伊織は執事との電話で『殺し合いゲーム』が事実であると信じていたようだが、
正直に言うとあの時はまだ自分は、やっぱりドッキリなんじゃないかと心のどこかで思っていた。
しかしあの後、猫が殺されて、本当に部屋にガスが注入されて、
そして目が覚めるとこんなところに寝かされていた。
つまり、本当なんだ。
冗談やドッキリなんかでこんなこと……するはずがない。
しかし響が絶望感で動けずに居たのは数秒のこと。
はっと思い出したかのように、響はすぐ隣に置いてあったカバンに目をやった。
中身を探ると、記憶にある説明の通りのものが入っていた。
水は500mlのペットボトルが三本、食料は栄養調整食品が数種類。
時計、地図、コンパス。
それから……
響「……これって確か……」
響はそれを手に取り、また見えやすい位置にあった紙を広げて見た。
『スタンガン(改造済み)』
大きめに印刷された文字が目に映る。
そしてその下には武器の説明が丁寧に分かりやすく書いてあった。
どうやら使い方が分からずに困ることはなさそうだった。
しかし現状、これまでで最も最悪な形で困っている。
一体なぜ自分がこんな目に……。
響は一度出したものを再びカバンにしまい込み、
そんな思いをぶつけるように、また不安をかき消すように、目一杯叫んだ。
響「おーーーい!! 誰かーーーーーッ!!」
その後数秒待ったが、返事はない。
しかし仲間を求めて響は叫び続ける。
響「貴音ーーーーーーーッ!! 返事してくれーーーーーー!!
美希ーーーーーーっ! 真ーーーーーーー!! 春香ぁーーーーーーッ!!」
大声で仲間の名を呼び続ける響。
そしてそろそろ全員呼び終えようかという頃……。
響「おーーーーーい!! 誰か……んぐっ!?」
突如背後から口元を押さえつけられた。
貴音「響、静かに。大声を出してはなりません……!」
響「……!」
一瞬身を強張らせた響だが、その声を聞いて安堵した。
親友である貴音が来てくれたことを喜び、
意志の疎通を示すため何度もコクコクと頷く。
それを確認して貴音はそっと手を離した。
響「た、貴音! 良かったぞ、自分……」
貴音「響」
貴音は静かに響の言葉を遮り、口元に指を当てて声を抑えるよう促した。
それを受けて響は一度深く息を吐き、気持ちを落ち着かせる。
響「……も、もう大丈夫。落ち着いたぞ」
貴音「何よりです。以降は気を付けてください。
大声に呼び寄せられるのは、味方だけとは限りませんから」
響「え……そ、それって、つまり……」
貴音「その可能性は、十分に有り得ることです。ですから……」
やよい「響さーん! どこですか! 返事してくださいー!」
貴音「!」
響「や、やよい!?」
やよい「あっ、響さん! 貴音さんも! 良かったですー!!」
響「しーっ! やよい、大声出しちゃダメだぞ!」
少し距離のあるやよいにギリギリ届く程度の声で響はそう伝える。
やよいは初め、響が何を言っているのかわからなかったようだが、
口元に指を当てている響のジェスチャーを見てようやく理解した。
そして口を両手で押さえたまま二人の元へ駆け寄り、
囁くような声で問いかけた。
やよい(えっと、響さん。どうしてダメなんですか?)
響「え……? ご、ごめん、聞こえなかった。なんて……?」
やよい(あの、どうして、大声出しちゃ、ダメなんですか?)
貴音「……やよい。静かに話すのであれば普通に喋っても構いませんよ」
やよい「えっ? あ、はい! えっと、どうして大きな声で話しちゃダメなんですか?」
貴音「やよいは……今私たちの置かれている状況を理解できていますか?」
やよい「あ……」
二人に会えた喜びが大きく、ほんの一時頭の片隅に追いやられていた事実。
それを思い出し、やよいの表情は一気に暗くなった。
貴音はそのことに心を痛めつつも、言葉を続ける。
貴音「これは響にも言ったことですが……大声に誘われるのは味方だけではないということです。
初期の配置はらんだむとのことでしたが、私たちがこうして互いに近い位置で
目覚めたことを考えると、346の者もすぐ近くに居るかも知れません」
やよい「……それって……346プロの人たちが、私たちを……?」
貴音「はい。あまり考えたくはありませんが……」
響「で、でも、そんなこと本当にあるかな……」
貴音「……と言いますと?」
響「自分、人殺しなんて絶対にしたくない……。
それは346プロの人たちも同じのはずだぞ。
だから、346プロの人たちと協力すればいいって自分思うんだ」
やよい「協力……そ、そっか。そうですよね!」
響「そうさー! みんなで力を合わせれば良いんだ!
そしたらこんなふざけたゲームなんか……」
貴音「残念ですが、それには同意しかねます。
恐らく彼女たちも、私たちのように
『殺し合いげぇむ』が事実である証拠を見せられているはず。
そしてこれが事実である以上、響の考え方は些か楽観的に過ぎるかと思います」
やよいと響は一瞬、貴音の言葉に耳を疑った。
しかしその後に続く言葉は、彼女たちに真っ向からの反論を許さなかった。
貴音「私たちは互いに、仲間の命を人質に取られているようなもの。
仲間と他人の命を天秤にかければ、自らの手を汚してしまっても構わないと……。
そう考える者が出てもおかしくはありません」
響「そ、それは……! でも、だから、みんなで協力すればきっと別の方法が……」
貴音「必ず見つけられると言い切れますか?
望みの薄い可能性に賭け、全滅のリスクを負える者ばかりだと思いますか?
この状況下で疑心暗鬼にならずに相手と協力しようとする者ばかりだと思いますか?」
響「っ……じゃ、じゃあどうするの!?
本当に殺し合えって、346プロの人を殺せって、そう言うのか!?」
貴音「そうは言いません。人殺しを忌避するのも当然の感情です。
ですが……警戒は必要です。それに、覚悟も」
響「か、覚悟……? 覚悟って何!?」
貴音「……」
響「や……やっぱり殺すんじゃないか! 自分、嫌だぞ! 人殺しなんて絶対……!」
やよい「ひ、響さん落ち着いてください! 声が大きくなってます……!」
響「あっ……ご、ごめん……。で、でも、自分……」
貴音「殺せ、とは言いません。しかしいざと言う時、自分で自分の身を守る覚悟を……
渡された武器を使う覚悟を。私たちは全員、持っているべきではないでしょうか」
響「……そんな……」
やよい「あぅ……」
響とやよいは、貴音の言葉に沈黙してしまう。
貴音はやはりその様子に胸を締め付けられる思いをしたが、表情には出さず冷静に続けた。
貴音「……まずは確認させて頂いてもよろしいでしょうか。
私たちが今持つ自衛の手段……。支給された武器を」
そう言って貴音は右手を静かに挙げ、
その手にずっと握られていた物を見えやすい位置に掲げた。
貴音「私はこの鉄製の棒……。確か『ばぁる』、と言いましたか。これが鞄に入っておりました。
やよい、貴女の鞄には何が入っていましたか?」
やよい「あ……え、えっと、私は……!」
やよいは貴音に促され、慌ててカバンを探る。
そして少々難儀しながら、それを取り出した。
やよい「私はこれでした! これって、弓矢ですよね……?」
貴音「弓矢……とは少し違いますね」
響「そ、それ、見たことあるぞ。本物じゃないけど……」
やよい「でも私、使い方がよく分からなくて……」
貴音「……私と同様であれば、説明書があるはずですが」
やよい「えっ? そ、そうなんですか?」
バールにもわざわざ説明書が付けてあったのか、と
その必要以上に丁寧すぎる対応に響は困惑と共に微かな苛立ちを覚えた。
そんな響を尻目に、やよいは再び自分の鞄を探る。
そして数秒後、
やよい「あ……ありました! これですよね?」
そう言ってやよいは響たちに取り出した紙を見せる。
そして彼女たちの目に真っ先に飛び込んできた大きな片仮名。
『クロスボウ』
その下に書かれた武器の説明は、
概要だけでもそれが十分な殺傷能力を持っていることは十分に伝わるものだった。
響「……なんだよ、これ……。こんなの使ったら、本当に……!」
武器を見、そして説明書を見、響は改めてこのゲームの狂気を実感した。
自分のスタンガンや貴音のバールとは違い、指先一つで簡単に人を殺せる武器。
こんなものが他のアイドル達にも配られているかも知れないのだ。
怒りからか恐怖からか拳を震わせる響に対し、貴音はやはり冷静に声をかける。
貴音「あくまで自衛……警告や交渉の道具としてなら、十分以上です。
それより、響。あなたも……」
響「わ、分かってるぞ! 自分はこれ! スタンガン!」
不安を取り払うかのように響は勢いよく返事し、
そして鞄からスタンガンと説明書を取り出して二人に見せる。
やよい「あ、それは知ってます! ドラマで見ました。
電気がバチバチーってなって気絶しちゃうやつですよね?」
貴音「しかし実際には気絶するほどの威力はない、とプロデューサーから聞いたことがあります。
このすたんがんがどうなのかは分かりかねますが……」
響「い、いや……。これ、改造して威力が高めてあるって書いてたぞ。
だから使えば失神もさせられるって……」
貴音「……なるほど。しかしそれでも『くろすぼう』とは違い
まさに自衛のための武器、といったところでしょうか」
やよい「あ、あの……。でも私のは……」
貴音「……そうですね」
貴音は呟くようにそう言い、考えるように目線を伏せた。
二人がその様子を疑問に思い声をかけようとした直前。
貴音は再び顔を上げ、そして言った。
貴音「提案なのですが……。道具を交換するというのは如何でしょうか?」
やよい「えっ?」
響「道具を交換……?」
貴音「はい。くろすぼうは、やよいが扱うには文字通り荷が重いかと……。
ですから、くろすぼうは私が持ちます。
代わりにやよいには、響のすたんがんを持たせては如何でしょうか。
すたんがんなら、小柄なやよいでも十分扱えると思うのですが」
響「そ、そっか。確かに……じゃあ自分は、貴音のバール?」
貴音「そういうことになります。
以上が私の提案ですが、意見があれば聞かせてください」
やよい「え? あ、あの……」
響「べ、別にないって言うか……。すぐに意見なんて思い付かないぞ……」
貴音「……そう、ですね。ではもし何か思いつけば、遠慮せずすぐに言ってください。
それまでは私の案を採用する、それでよろしいですか?」
響「う、うん……。わかった」
やよい「は、はい、大丈夫です」
貴音「では少しの間、説明書をしっかりと読みましょう。
特にやよいと私には必要……。っ!」
と、貴音は途中で言葉を切り、視線を二人から外した。
そして何もない森の中をじっと険しい表情で見続ける。
やよい「あの、貴音さん……? どうかしたんですか?」
響「も、もしかしてそっちに誰か居るのか……!?」
貴音の様子を不安に思い、二人は声をかけた。
しかし数秒後、貴音はふっと視線を戻す。
貴音「いえ、気のせいだったようです。ただ……私たちが武器の理解に時間をかける間、
何者かが近寄って来ないとも限りません。
ですから響はその間、周囲の警戒をお願いできますか?」
響「えっ? う、うん、わかったぞ……!」
貴音「その後、南下して海岸へ出てみましょう。
海岸沿いを歩けば、何か手がかりのようなものが見つかるかも知れません」
こうして三人は説明書に目を通した後、海岸へ出ることに決めた。
15:03 諸星きらり
きらり「はぁ、はぁ、はぁっ……!」
歩きなれない森の中を、きらりは必死に駆けていた。
大きな体と長い髪を小枝が擦り、少なからず傷付けていく。
しかしそんなことなど意に介さずきらりは駆け続けた。
目覚めた少しあとに聞こえた大きな叫び。
きらりにははっきりと聞こえ、声の主が346プロの者ではないということも分かった。
距離は多少あったようだが、
『殺し合いゲームの敵が居る』という事実はきらりの恐怖心を十分以上に煽った。
急いでこの場を離れなければ。
そう判断し、きらりはすぐに鞄を抱え込むように持ち、声とは逆方向に走り出した。
地図など見る暇もなく、ただがむしゃらに走ったきらりだったが、
しかしこれが恐らく正解だった。
少し走ると波の音が聞こえ、そしてすぐに視界が開けた。
海に出たのだ。
きらりはどちらに逃げようか迷い、視線を右から左に動かす。
そして左の一点で、ぴたりとその目は止まった。
海沿いを歩く一つの影。
きらりは一瞬それが誰か分からず全身の毛穴が開くような感覚を覚えたが、
すぐに自分がそのシルエットをよく知っていることに気付いた。
きらり「か、かな子ちゃん……!」
それが346プロの仲間、三村かな子であると知るが早いか、きらりは再び全速力で走り出した。
少し走り、ある程度近付いた頃、きらりは抑えきれない感情を声に出した。
きらり「かな子ちゃーーーん!!」
かな子「えっ!? あっ……き、きらりちゃん!?」
波の音に足音をかき消されたか直前までまったく気付かなかったが、
自分の名を大きな声で呼ばれ、かな子は驚いて振り返った。
そして直後、
かな子「きゃあっ!?」
きらり「かな子ちゃん、良かった、良かったぁ……!」
かな子「きらりちゃん……。だ、大丈夫だよ、だから落ち着いて……。
っていうか、く、苦しい……」
きらり「あっ……ご、ごめんね! ごめんね!」
自分がかなりの力で締め付けていたことに気付き、きらりは慌てて離れる。
開放され、かな子はふぅと息をついて言った。
かな子「でも、私も良かった……。こんなことになって、
それで目が覚めたら本当に、一人ぼっちだったから……」
そう言ってかな子は目元を拭う。
その時初めて、きらりはかな子の目が赤くなっていることに気付いた。
きらり「……かな子ちゃん……」
ほんの一瞬まではただただ不安と恐怖に怯えていたきらりだったが、
かな子の、友達の涙を見て、ほんの僅かだがその感情は影を潜めた。
そうだ、怖いのは自分だけじゃない。
自分が怖がっていたら、周りのみんなまで怖がらせてしまう。
怖がるより、いつも通り元気な自分で居ないと。
きらり「でも……もう大丈夫だよね! きらりも怖かったけど、大丈夫だもん!
きらりにはかな子ちゃんが居るし、かな子ちゃんにはきらりが居るから!
だからハピハピ! 怖くなんかないにぃ!」
かな子「! う、うん……ありがとう、きらりちゃん」
そう言って互いに、心の底からではないにせよ、笑顔を向けあった。
しかし当然、それで問題が解決したわけではない。
これから先どうするか、考えなければならない。
かな子「……やっぱりまずは、みんなを探した方が良いかなぁ」
きらり「うん……。きらりも、そう思うにぃ。
それで、みーんなで、どうしたら良いか相談しよ!」
かな子「うん、そうだね。でも……765プロの人たちは、どうするのかな。
もしできれば、765プロの人たちも一緒に相談した方がいいよね?」
きらり「あっ……」
かな子の言葉を聞いて、きらりは先ほどの自分の行動を後悔した。
そうだ、逃げちゃダメだったんだ。
冷静に考えれば765プロの子たちだって、こんなゲームやりたくないに決まってる。
だから敵とか味方とかじゃなくて、みんなで一緒に協力しなきゃいけなかったんだ。
かな子「……? きらりちゃん? どうしたの?」
きらり「ご……ごめんね。さっき森の中に765の人が居たんだけど、きらり、逃げちゃって……」
かな子「えっ。そ、そうだったの?」
きらり「ごめんなさい……」
かな子「い、いいよいいよ、謝らなくても! 仕方ないよ!」
きらり「どうしよう……。今から戻ったら、会えるかなぁ。
かな子ちゃん、きらりが居たとこまで戻ってみよ!
そしたらきっと765プロの子たちにも会えるにぃ!」
かな子「あ、えっと……」
自身の考えを改めたきらりは、765プロのメンバーに会いに行くことを提案した。
しかしかな子は、何か少し煮え切らない様子だ。
きらりがその反応への疑問を口にする前に、かな子は口を開いた。
かな子「ご……ごめんなさい。私、さっきはああ言ったけど、でも……。
ほ、本当は、ちょっと怖いの。
もしかしたら、765プロの人は……そ、その気なんじゃないか、って……」
きらり「その気って……え? そ、そんなことないよ。
人を殺すなんて、そんなことやりたがる子なんて居るわけ……」
かな子「で、でも! もしかしたらって思うと、やっぱり……ご、ごめんなさい……」
『そんなはずはない』
かな子も基本的にはそう考えたい、信じたいと思っているのはきらりにもよく分かった。
しかしやはり、もしかしたらという不安は簡単にぬぐい去れるものではない。
そして何より……震えるかな子に無理強いさせてまで
自分の考えを押し通すことはきらりにはできなかった。
きらり「……ううん、きらりこそごめんね。それじゃ、私たちから会いに行くのはやめよっか!
たまたま会って、それで大丈夫だってなったら、一緒に頑張ることにしよ!」
かな子「う、うん……! ありがとう、きらりちゃん」
きらり「元々、きらりが逃げちゃったのが悪いんだし……。
それより、これからどうすゆ? あ、そうだ! 島の周りをぐるーって歩いてみようよ!
そしたらきっと誰かに会えるし、もしかしたら何かいい方法が見つかるかも知れないにぃ!」
かな子「そうだね……うん、そうしよう!」
そうして二人は島の東側海岸を北上することに決めた。
そうと決まれば、とかな子は地図を探すため鞄を開けたが、その時にふと思い出した。
かな子「そう言えば……きらりちゃん、鞄の中何が入ってた?
私はこれだったんだけど……」
そう言ってかな子が取り出したのは、催涙スプレー。
護身の為の道具として広く一般に普及しているものだ。
きらり「そっか。すっかり忘れてたにぃ……」
きらりもかな子に倣って鞄を開ける。
しかし中を覗いた瞬間、ぴたりとその手が止まった。
かな子と同じ催涙スプレーかあるいはそれと同等のものが入っていると、
きらりはすっかりそう思い込んでいた。
しかしそこにあったのは、
きらり「な……え? に、偽物、だよね……?」
震える手で取り出したそれは、映画などでよく見る銃。
それも拳銃ではなく、両手で扱うようなものだった。
そしてきらりが取り出したのと同時に、紙が地面に落ちる。
かな子はその紙の正体に覚えがあった。
拾って見ると、やはりそれは銃の説明書だった。
二人が説明書に目をやると、
『短機関銃(サブマシンガン)』
大きな文字で書かれたその文字がまず目に入った。
その下に、丁寧かつ分かりやすく書かれてある文章は、
それが玩具ではなく本物の、殺傷能力を持った銃であることを示していた。
きらり「や……やだ。こ、こんなのいらない……!」
きらりはそう言って、散弾銃を地面に投げ捨て、先に進もうとする。
しかしかな子がそれを止めた。
かな子「ま、待ってきらりちゃん! 捨てちゃダメだよ!」
きらり「えっ……ど、どうして?」
かな子「だ、だって、もしもの時に……」
きらり「こ……こんなの使ったら死んじゃうよ! きらりは、誰も殺したくなんか……!」
かな子「お願い、きらりちゃん! 捨てないで、お願い……!」
そう言ってすがるかな子の目。
その目を見てきらりは、かな子が抱いている不安を思い出した。
そしてそうなった以上、きらりの取る選択は一つだった。
きらり「わ……わかった、捨てないよ。念の為に、持っておくね……」
この返事を聞き、かな子は安堵の表情を浮かべる。
きらりはそんな彼女にぎこちないながらも優しい笑みを向け、
武器を鞄へとしまって再び歩き始めた。
92 : 以下、名... - 2015/12/26 22:33:35.99 SAcy3JSKo 74/854
15:20 秋月律子
律子「……」
いつまでもこんなところに居ても仕方ない。
考え事は歩きながらでもできるはず。
律子はようやく、この場を動くことを決意した。
自分をこんな状況に追いやった者から与えられた道具を使うのは
正直言って気が進まなかったが、しかしそんなことも言ってられない。
気休め程度にしかならないかも知れないが使えるものは使っておくべきだ。
そう思い、脇に置いてあった防災ヘルメットを被って律子は立ち上がった。
自分が目覚めた場所は海岸沿いの砂浜だった。
東側はそれなりに遠くまで見渡せるが、西側にはすぐ傍に高い岩場があり視界が遮られている。
律子は少し迷ったが、
見たところ東側に行ってもあまり有益なものは得られそうにないと考えた。
西側から、取り敢えず海岸を探索してみよう。
もしかしたら船が通るかも知れないし、他にも何か脱出の糸口が見えるかも知れない。
それに自分と同じ考えて海岸を目指すアイドルがきっと何人か居るはずだ。
その子達と協力して解決策を探そう。
色々と思考を重ね、律子は西側へと歩き出した。
が、しばらく歩くと律子が思っていたよりも早く事態は展開した。
「きらりちゃん……みりあちゃぁん、どこぉ……。ぇぐっ……お姉ちゃあん……」
律子「っ! あの子、確か……」
涙声で友達の名を、また姉を呼びながら歩く少女。
その姿を律子は知っていた。
人影を見て一瞬警戒はしたが、様子を見てその必要はないと判断した。
律子「あなた、城ヶ崎莉嘉よね……?」
莉嘉「ひっ!?」
律子「ああごめんなさい! 大丈夫心配しないで!
私はあなたに危害を加えるつもりはないから!」
声をかけた途端に怯えた目を向けられ、
律子は慌てて自分に敵意がないことを示す。
律子「ほら、私が持ってるのはこのヘルメットよ!
武器なんかないわ。だから安心してちょうだい」
莉嘉「あ、えっと……?」
律子「信用、してもらえるかしら……。もし信用できないなら、私は今すぐここを離れるわ」
莉嘉「! う、ううん、大丈夫!」
律子の対応が良かったか、あるいは莉嘉の一人ぼっちになる不安が優ったか、その両方か。
莉嘉は律子の敵意がないという言葉を信じた。
それを受け、律子は安堵のため息をつく。
莉嘉「あ、あの、お姉ちゃん、765プロの人?」
律子「ええ……。765プロで竜宮小町のプロデューサーを担当してる、秋月律子よ」
莉嘉「ア、アタシ、城ヶ崎莉嘉! 346プロで、シンデレラプロジェクトで……」
律子「凸レーションのメンバー、よね?」
莉嘉「えっ。し、知ってるの?」
律子「もちろん。本来は一緒に仕事をする相手だったんだもの」
莉嘉「あ……そっか。本当は、765プロの人たちと、合同で……。
ね、ねぇ! えっと、プロデューサーは何か知らないの!?
どうしてアタシたち、こんなことになってるの!?」
律子「待って、落ち着いて。まずは冷静になりましょう。
冷静に、状況を整理するの。目が覚めるまでに何があったか、
私たちが持っている情報を共有しましょう。まずはそこからよ!」
莉嘉「あ……う、うん、わかった」
律子はこの異常な状況においても、いや、異常な状況だからこそ、
努めて冷静に行動することを固く心に決めていた。
ただ、自分が思いつく限りの手が尽きた時、果たして冷静でいられるか……。
表には出さないが、それが律子にとっての最も大きな不安の一つだった。
それから数分、律子と莉嘉はお互いの持つ情報を話し合った。
猫を首輪で殺害したという話を聞き、
律子は小鳥の説明が本当に冗談でもなんでもなかったことを改めて確信した。
莉嘉「アタシたち、どうなっちゃうのかな……。アタシ、殺すのも殺されるのもやだよ……!」
律子「……大丈夫よ。これを考えて実行したのが人間である以上、『完璧』なんてことはないわ。
どこかにきっと穴がある。こちらが最善の手を打てばなんとかなるはずよ。
だから、いい? 絶対に諦めちゃダメよ?」
莉嘉「プロデューサー……。う、うん、そうだよね、なんとかなるよね!」
律子「それじゃ、そろそろ行きましょうか。まずは海岸沿いを探索しましょう。
それから、私のことは律子でいいわ。私も莉嘉って呼ぶけど、それでいい?」
莉嘉「う、うん! よろしくね、律子ちゃん!」
本来ならさん付けで呼ばせるところだけど……
と律子は一瞬思ったが、今はそんなことはどうでもいい。
こうして二人は、島西部の海岸沿いを北上し始めた。
15:30 島村卯月
卯月「……」
目覚めて30分ほど経つが、卯月はその場から動けずに居た。
訳のわからない状況に立たされ、何をどうしていいのかまったく分からず、
未だにただただ武器の説明書と地図を交互に見返すことしかできていない。
今の卯月には何のために地図を見ているのか、
どうすれば事態が進むのか、
そもそも事態を進めるべきなのか、
何も分からない……いや、分からない以前に思考がまともに働いているかどうかすら怪しかった。
そしてそんな卯月の背後から突如、声がかかった。
「島村卯月ちゃん……よね?」
卯月「わあっ!?」
小鳥「あっ、ご、ごめんなさい! 驚かせるつもりはなかったの!」
卯月「え……あ、いえ! こ、こっちこそごめんなさい!」
そう言って卯月は慌てて頭を下げる。
それを見て小鳥は、努めて優しい声で声をかけた。
小鳥「あの……なんだかずっと動いてなかったみたいだけど、大丈夫?
もしかして、どこか怪我したの?」
卯月「い、いえ、違うんです。ただ、これからどうしようかなって考えてて……。
みんなと会いたいんですけど、どうすればいいのか、分からなくて……」
小鳥「みんなっていうのは、346プロの子達よね?」
卯月「あ、はい!」
小鳥「もし良かったらだけど、私も一緒に手伝いましょうか?」
卯月「え……い、いいんですか!」
と、小鳥の提案に卯月はぱっと顔を輝かせた。
そして何の疑いもなく嬉しそうに、
卯月「あ、ありがとうございます! 私、一人で何か考えるのってまだちょっと苦手で……。
あっ、私、島村卯月です! 346プロで、ニュージェネレーションズっていうユニットで
アイドルをさせてもらってます! よろしくお願いします!」
まるで今自分が置かれている状況を理解していないかのように
いつもと変わらない調子で元気に自己紹介する卯月。
それを見て小鳥は強く胸を締め付けられるのを感じた。
しかしすぐに取り繕い、薄く笑って自己紹介を返す。
小鳥「私は765プロで事務員をしてます、音無小鳥です。
えっと、卯月ちゃんって呼んでもいい?」
卯月「はい! えっと、それじゃあ……小鳥さん、よろしくお願いします!」
小鳥「ええ、よろしくね。さて、早速だけど……私はそこの上から階段で降りてきたの。
それで降りる前にね、向こう側に誰か居るのが見えたのよ」
卯月「えっ!? 本当ですか!」
小鳥「ええ。遠くだったからはっきりとは分からなかったけど、多分346プロの子じゃないかな?」
小鳥が指差した方向は、海岸沿いの北側。
しかし砂浜に立つ崖に遮られ、向こう側は見えない。
確認するには、崖沿いに歩いて向こう側へ行くしかなさそうだ。
卯月「そ、それじゃあ行ってみましょう!
えっと、すぐ準備しますからちょっと待っててくださいね!」
そう言って卯月は、手に持っていた紙を折りたたみ始める。
と、ここで小鳥がその手を制止した。
小鳥「あっ、待って! その前に、えっと……それ、見せてもらえないかな?」
卯月「? これですか?」
小鳥が指したその紙を卯月は素直に手渡す。
そしてそれは小鳥の考えた通り、卯月の持つ武器の説明書だった。
『散弾銃(ショットガン)』
その文字を見て、小鳥は微かに息を飲んだ。
自分のことを疑うことも警戒することもなかった、この優しく穏やかな少女。
そんな彼女にこの強力な武器が渡ったという事実を、小鳥は幸運に思った。
もし卯月でなければ、この武器は765プロにとって大きな脅威になり得ただろう。
小鳥「卯月ちゃん……これ、今、その鞄の中に?」
卯月「あっ……はい。なんだか怖くて触ってないですけど……。
私が触ったら、間違えて大変なことになっちゃいそうなので」
小鳥「……あの、一応聞いてみるけど……。
卯月ちゃん、今自分の身に何が起こってるか分かってる……わよね?」
卯月「え? それは……分かってると思います。
えっと、酷いゲームに参加させられてるって……」
卯月「でも、大丈夫ですよね! 私一人だとどうしようもないかも知れないけど、
みんなで頑張れば、きっと家に帰れますよね!」
そう言って笑顔を浮かべる卯月を見て、小鳥は再び胸を痛めた。
卯月は言葉ではそう言っているが、その目には隠しきれていない感情があった。
小鳥は直前まで、卯月の不自然すぎるほどの危機感のなさに違和感を覚えていた。
自分を見てもまったく警戒しようとしなかったこと、
まるで日常の中に居るような明るさ、
銃の存在に大して怯えもせず無関心であるかのような態度……。
しかしこれらの違和感の全てに今ようやく合点が行った。
言ってしまえば現実逃避だ。
殺し合いを強制され、相手を殺さなければ自分も仲間も全員死ぬという現実……。
その点に一切目を向けようとしていない。
それが卯月の今の状態だった。
小鳥「……ええ、そうね。きっとみんなで帰れるわ」
そんな卯月の心情を思い、小鳥は卯月が求めている返事を返した。
そしてそのまま更に言葉を続ける。
小鳥「ごめんね、おかしなことを聞いて。
それで、えっと……その銃なんだけど、卯月ちゃんの言う通り、
やっぱり危ないわよね? だから、良かったら私が預かろうと思うんだけど」
卯月「えっ? で、でも危ないですよ? それに結構重たいですし……」
小鳥「だ……大丈夫! こう見えて私、力持ちなんだから!
それに重たいなら余計、卯月ちゃんは大変でしょう?」
卯月「え、っと……それじゃあ、ごめんなさい。お願いしてもいいですか?」
小鳥「ええ、もちろん!」
卯月「その、ありがとうございます!」
深々と頭を下げて礼を言い、卯月は鞄の口を広げる。
小鳥はその中から散弾銃と予備の弾を取り出して、自分の鞄の中へ入れた。
小鳥「さて……それじゃ、行きましょうか。
きっと今からなら追いつけるはずよ」
卯月「はい、行きましょう!」
そうして二人は崖の向こう側を目指し、
東側の海岸を北上し始めた。
15:30 前川みく
みく「あのー! 誰か居ませんかー!」
扉を開けてそう呼びかけるのも何度目か。
家屋はあれど人の気配はまったくない。
この村はどうやらもう長く人は住んでいないようだと、
みくが薄々感じていた予感は確信に変わり始めていた。
みくが目覚めたこの場所は、村というより集落に近かった。
しかしみくが考えている通り、もう何年も人は住んでいない。
というより、この島自体が無人島と化してから長い。
人が居ないなら、何か別のものを。
はっきりとした目的は定まっていないが、みくは探し物を変更して探索を続けることにした。
それからしばらく経ったが、やはり大したものは見つけられなかった。
成果と言えばただ野宿するよりはマシな場所を見つけた、という程度だ。
それも探索の成果ではなく自分がたまたまそこに配置されたからに過ぎない。
しかし、みくはこれを幸運と考えていた。
地図にははっきりとこの集落が示してある。
島にはもう一箇所、ここから南東の辺りに集落があるようだが、
もしかしたら誰かこちらを目指してやって来てくれるかも知れない。
そうすれば、これから先の行動を相談できる。
ただ出来れば346プロのアイドルの方が……。
と思うが早いか、その時は訪れた。
「み、346プロの人だよね……?」
みく「っ!?」
突然横から話しかけられ、慌ててそちらを向く。
するとそこに立っていたのは、
美希「あ、あの! ミキ、星井美希だよ! は、はじめましてなの!」
みく「へっ? あ……み、美希ちゃん!?」
美希「! ミキのこと、知ってるの……?」
みく「知ってるよ! だってテレビでよく見るもん!」
美希「わあ、嬉しいの! でもミキも知ってるよ! えっと……前川みく、だよね!」
みく「ほ、ほんと!? 美希ちゃんがみくのこと知ってるなんて、すごく嬉しい!!」
美希「あれっ? でも言葉遣いがちょっと違うような……。
あんまり『にゃあ』って言わないんだね」
みく「えっ? そ、そんなことないにゃ! みくは可愛い猫ちゃん目指、し……」
状況を忘れさせるような盛り上がりを見せていた二人だが、
皮肉にもその時の会話が、みくに思い出させた。
目の前で大好きな猫が爆死させられた、あの光景を。
そして自分たちが置かれている現状を。
美希「……? みく? 大丈夫?」
みく「あ……う、うん。ごめんね、大丈夫……」
美希「なんだか顔色が悪いの……。ちょっと座った方がいいって思うな」
みく「う、ううん、大丈夫。ありがとう……」
美希「……やっぱり、そうだよね。こんな訳わかんないことになって……」
そうして二人とも黙り込んでしまう。
しかしいつまでもこうしているわけにはいかない。
そう思い、みくは顔をあげた。
みく「美希ちゃんも、こんなゲーム絶対嫌だよね? 殺し合いなんて、しないよね?」
美希「そ……そんなの当然なの!」
みく「みくも同じだよ……殺し合いなんて絶対に嫌……。
だからみくは、何か別の方法を探すことにしたの!
美希ちゃんも手伝ってくれるよね! まずこの近くに何があるか見てみようよ!」
美希「近くに、何があるか……? 何か見つけたら、解決できるの!?」
みく「え、えっと、それはまだ分かんないけど……。でも、きっと……」
美希「あ……。うん、そうだね! ミキもそう思うの!」
そう言って美希が見せた嬉しそうな笑顔を見て、みくも同じように笑顔になる。
それと同時に、持ち前の明るさが少しではあるが戻ったようだ。
敢えて明るく振舞おうとしているというのもあるかも知れないが、
少なくとも見た目には普段のみくに戻りつつあった。
みく「よーし、やってやるにゃ! 絶対解決策を見つけてやるにゃー!」
美希「あはっ! 本当に『にゃあ』っていうんだ。なんだか可愛いの!」
みく「えへへっ、当然にゃ!」
いつもと変わらぬ様子の美希に、元気にそう返すみく。
そしてみくは足元に下ろしていた鞄を持ち、肩にかけた。
みく「じゃあみくは、あっちを探すね!
何かあったら呼ぶから、美希ちゃんも呼んでにゃ!」
美希「うん、ありがとうなの!」
笑顔でお礼を言う美希に、みくは同じく笑顔を向け、それから背を向けて歩き出す。
美希はほんの少しその背中を見つめてから、反対方向に歩き出した。
126 : 以下、名... - 2015/12/27 22:46:18.95 jXEZSTR5o 97/854今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分明日投下します。
あと>>89できらりの武器が散弾銃になってますが、短機関銃の間違いでした。
15:40 新田美波
伊織「止まりなさい!!」
美波「ッ……!」
こちらに気付いた伊織の悲鳴にも似た叫びに、美波は足を止めざるを得なかった。
双方の間にはまだ数十メートルは距離がある。
伊織は明らかに美波のことを警戒している。
それに気付いた美波は、大声で敵意のないことを伝えた。
美波「だ……大丈夫! 私はあなたと戦うつもりはないわ!
ただ協力しようと思ってここまで来たの!」
しかし伊織はまったく警戒を解く気配を見せず、叫び返す。
伊織「その手に持っている物は何!? 支給された武器でしょ!?」
美波「武器……? ち、違うわ! 武器なんて持ってない!
これは探知機よ! 他の子たちの居場所が分かるの!」
伊織「……!」
美波に支給されたものは、アイドル達の居場所が分かる探知機。
それを聞き伊織は表情を変えた。
警戒の色を僅かにではあるが弱め、そしてゆっくりと美波に向かって歩みを進める。
美波は取り敢えずは信用してもらえたことに安堵し、
同じように伊織に向かって歩き始めた。
徐々に二人の距離は縮まり、10メートルを切った。
伊織は相変わらず警戒心を顕にしているが、
美波は歩を進めながら出来るだけ優しく、穏やかに声をかける。
美波「あなた、水瀬伊織ちゃんだよね? 竜宮小町のリーダーの……」
伊織「……待って」
と、伊織はここで再び美波を制止した。
美波は素直に従って足を止める。
そして伊織は数メートル先の美波に、静かに言った。
伊織「その探知機、こっちに投げてもらえる? 確認しないと信用できないわ……」
美波「……もちろん、良いわよ。それじゃあ投げるね?」
美波は下手でそっと探知機を伊織の胸元めがけて投げ、
伊織はそれを落とすことなく受け取った。
美波「右側にスイッチが二つあって、それでズームインとズームアウトが出来るの。
探知できるのは半径300mくらいまでみたいだけど、
765プロの子と346プロの子で色分けがされてあって分かりやすいわ」
伊織「……」
説明を聞き、伊織は美波を気にしながらも目線を手元に下ろす。
そして探知機を色々と操作した後、再び美波を見て、静かに言った。
伊織「本当に探知機みたいね。それじゃ、お返しにこれを渡すわ」
そう言って伊織は鞄から何か円筒状の物を取り出す。
伊織の言葉を聞いてすぐに構えた美波だったが、
美波「えっ……!」
伊織はそれを美波の胸元へ向けて真っ直ぐではなく、大きく弧を描くように高く投げた。
思わず美波はそれを目で追い、落とすまいとして注視する。
だから気付くことができなかった。
投げた直後、伊織が耳を塞いでうずくまったことに。
伊織の投げたそれが放物線を描き落下し始めたと思った、次の瞬間。
美波「ッッ!!??」
辺り一帯を覆い尽くすほどの強烈な光と爆音が、美波を襲った。
『音響閃光手榴弾(スタングレネード)』
屋外では効果が薄れると言われるこの武器だが、
それでもただの女子大生を一時的に行動不能にするには十分な効果を発揮した。
突然の脅威から身を守ろうと、
美波は呼吸すら忘れてただ体を丸めて身を固くすることしかできなかった。
しばらく経って恐る恐る目を開けた時には、伊織は既に姿を消していた。
強い光を直視したせいでまだ視界がはっきりとしない。
追いかけるのは不可能だった。
美波は少なからずショックを受けた。
何にショックを受けているのか、それは自分でも分かっていない。
ただ視界の不良を差し引いても、しばらく動く気にはなれそうにないと美波は感じた。
しかしそれから長くは待たず、美波の表情に落ちた影は取り払われた。
アーニャ「美波っ……美波!!」
背後から聞こえたその声に振り向くより先に、
座り込む美波の目の前にアナスタシアが半ば倒れこむようにして回り込んできた。
アーニャ「美波、Ты в порядке!?」
美波「えっ?」
アーニャ「Что случилось!? Есть ли какие-травмы!?」
美波「ア、アーニャちゃん、ちょっと……!
私は大丈夫だから、お、落ち着いて? ね?」
アーニャ「あ……ご、ごめんなさい。えっと、大丈夫、ですか!?
美波、怪我はないですか!? 何がありましたか!?」
アーニャ「いきなり大きな爆発、聞こえました!
私、見に行ったら、美波が居ました! 倒れてるの、見ました……!」
美波「あ……う、うん。でも大丈夫、びっくりして倒れちゃっただけ。
どこも怪我はないから、心配しないで?」
泣きそうな顔で声を荒げるアナスタシア。
そんな彼女をまずは安心させなければと、美波は優しく微笑みかけた。
アナスタシアをそれを見てようやく少し落ち着きを取り戻したらしく、
今度は確認するように静かに聞いた。
アーニャ「ほ、本当、ですか? 怪我、してないですか?」
美波「ええ、本当よ」
アーニャ「っ……美波!!」
美波「きゃっ!?」
アーニャ「Я рад……! 安心しました、私、美波に何もなくて……!」
無事を確認した途端、アナスタシアは勢いよく美波に抱き着いた。
美波には表情は見えなかったが、直前の表情と声色から、
彼女が涙を流していることは分かった。
抱き着かれた瞬間は驚いた美波だったが、すぐに両手をアーニャの背に回して抱き返す。
美波「ありがとう、アーニャちゃん……。ごめんね、心配かけちゃって」
アーニャ「謝ること、ないです! 私、嬉しいですから……!」
それからもう少しだけ二人は互いの温もりを確認し合った。
しかしそうしてばかりは居られないのも事実。
美波はアナスタシアの肩に手を置き、体を離して言った。
美波「アーニャちゃん……。まずは確認させて欲しいことがあるの」
アーニャ「? なんですか……?」
美波「今私たちがどういうことになってるか、理解はできてる?
眠らされる前の説明、ちゃんとわかった?」
アーニャ「あ……。Да、わかりました。
私たち、765プロの人達と、えっと……殺し合い、するんですね?
負けた時と、ничью、引き分けの時は、みんな死ぬ……ですね」
美波「うん……それでね。私、人殺しなんてそんなの絶対嫌だから……。
さっき765プロの水瀬伊織ちゃんに会って、それで、一緒に協力しようと思ったの。
でも、逃げられちゃった……。伊織ちゃん、映画に出てくるような、
光と音が出る爆弾を持ってて、それで……」
アーニャ「……Такой……そんなことが、あったんですね……。
私、見たことあります。イオリ……中学生のアイドルです」
美波「あの子、完全に私のことを、346プロのことを敵だって思ってた……。
もしあの子が人を傷つける武器を持っていたら、使ってしまうかも知れないわ。
ううん、あの子じゃなくても、他にもそんな子が居るかも知れないって……。
そう思ったら、私……」
アーニャ「美波……」
自分の肩に置かれる美波の手が震えている。
アナスタシアはそれに気付くと、そっと美波の手に自分の手を重ね、
それから自分の胸元で彼女の手をぎゅっと握った。
アーニャ「大丈夫です、美波」
美波「え……?」
アーニャ「協力してくれる人、きっと居ます。私、一緒に探します。
それから、もしも美波に酷いことをする人が居たら、私が守ります。
だから美波? 怖がらないで。私たち、ラブライカ……ずっと一緒です」
美波「……アーニャちゃん……!」
優しく心強いアナスタシアの言葉。
それを聞き、美波は笑顔でアナスタシアの手を握り返した。
その時にはもう美波の手は震えてはいなかった。
アーニャ「そう言えば、美波? 私、美波に聞きたいことあります」
二人で手を握り合って少し経った後、
不意に思い出したようにアナスタシアは美波に聞いた。
アーニャ「美波、武器はなんですか? 私は、これが入ってました。
見たことないですが、強そうです。これならきっと、美波のこと守れます」
そう言ってアナスタシアは鞄から武器を取り出した。
武器自体は美波も見たことはなかったが、その如何にも攻撃的な形状に少し物怖じした。
美波「……こ、これが、アーニャちゃんの……?」
アーニャ「Да……. ここに、色々と書いてあります」
次いでアナスタシアは説明書を取り出し、美波に手渡す。
見るとそこには、美波が武器の形状から抱いたイメージとは少し違う名称が記されていた。
『モーニングスター』
美波がこの名前を見たのを確認し、アナスタシアは呟くように言った。
アーニャ「Утренняя звезда……朝の星、という意味ですね」
そういう意味ではアナスタシアにお似合いの武器かも知れない。
しかしそれでも見た目は武器そのもの、用途は当然人の殺傷である。
美波は親友が自分のためにこんな武器を使おうとしていることを辛く思った。
が、アナスタシアは困ったようなぎこちない笑顔で続けた。
アーニャ「名前は、好きです。でも、形はとても怖いです。
でも、あー……だから、みんなも、怖がると思います。
атака、攻撃してきた人も、逃げてくれると思います」
美波「! ……そっか、そうだよね。使わなくても、きっと……」
アーニャ「Да. それで、美波の武器はどうですか? 怖い武器ですか?」
美波「私は探知機……えっと、人を探す機械だったんだけど。
さっき伊織ちゃんに持って行かれちゃって……」
アーニャ「あ……そう、ですか。でも、大丈夫ですね?
二人で一緒に、探しましょう。協力してくれる人、きっと見つかります」
美波「うん……そうだよね!」
アーニャ「では、行きましょう。
私は、маяк……灯台に行ってみたいですが、
美波、どこか行きたいところはありますか?」
美波「灯台……島の北側にあった灯台ね? 私もそこでいいと思うわ」
美波は地図を広げ、灯台の位置を確認する。
自分とアナスタシアが歩いてきた道を戻ることになるが、
灯台ならひょっとすると何か得られるものがあるかも知れない。
そう思い、二人は島北部の灯台を目指すことにした。
15:00 双海真美
真美「っ! あ、亜美……亜美ぃーーーーーーーーッ!!」
目が覚めた真美の最初の行動は、
状況を整理するでもなく、鞄を探るでもなく、双子の妹亜美を呼ぶことだった。
そしてそれは、向こうも同じだった。
真美「……!」
確かに聞こえた。
毎日聞いているあの声が、自分の名前を呼ぶ声が、自分の声に重なって確かに聞こえた。
そう確信した真美は二度目を叫ぶことなく走り出した。
声がした方向に向かって一直線に走る。
するとほんの少し走ったところで、正面に鏡が置いてあると思えるほど
まったく同じようにこちらへ走ってくる影が見えた。
亜美「真美!」
真美「亜美!」
双子の姉妹は同時に互いの名を呼び、
そしてそのまま走り寄り、飛びつくようにして抱き合った。
真美「亜美ぃ! どうしよ、どうしよ……!」
亜美「そ、そんなの分かんないよ! 真美も考えてよー!」
涙目になりながら二人でとにかく混乱を共有する亜美と真美。
だがいつまでも混乱しているわけには行かない。
ここで先に話を切り出したのは亜美だった。
亜美「ま、まずは『情報のキョーユー』からだよ!
困った時はそうしろってりっちゃんが言ってた!」
真美「じ、情報のキョーユー?」
亜美「亜美が知ってることと真美が知ってることを二人で教えあうんだよ!」
真美「で、でもそんなの同じじゃん! 亜美も真美も、完璧に同じ状況っしょ!?」
亜美「うっ……そ、そうかもしんないけど、でも……!」
亜美がせっかく律子から教わった手もいきなり塞がったように思えた。
しかし今度は真美が気付く。
自分たちに同じではないものがあるということに。
真美「あっ……ま、待って亜美! そう言えば鞄!
鞄にはみんな違うものが入ってるって言ってた!」
亜美「! そ、そうだ! じゃあ鞄を……あれっ!?」
真美「そ、そうだ! 鞄、さっきのとこに置いてきちゃったんだ!」
亜美「早く取りに戻らなきゃ! 真美、あとでね!」
真美「亜美もあとでね!」
二人は互いにそう言い残し、背を向けて同時に走り出した。
そして数十秒後。
二人は無事に再会できた。
状況を考えると荷物を取りに行く間にも何が起きるか分からなかったが、
互いの距離が近かったことが幸いした。
二人は先ほどと同じ場所で今度は座り込む。
そして鞄を開け、その中身を確認した。
とは言っても確認が必要だったのは真美の方だけだった。
亜美はその鞄から既に武器が半分近くはみ出していた。
亜美「やっぱりそうだ……。これ、ゴルフのやつだよね? 真美のは?」
真美「真美はこれ……。っていうかこんなの説明書いらないじゃん!」
『ゴルフクラブ』と『鎌』
それが亜美と真美に支給された武器だった。
そしてこれらにも例に漏れず説明書が添付されている。
亜美「そーだよ! っていうかなんでこんなの入ってんの!?」
真美「意味わかんない! 真美たちのこと馬鹿にしてるっぽいよ!」
何の変哲もないただのゴルフクラブと草刈用の鎌。
それにわざわざ説明書が付けられていることに対し二人は憤慨する。
そして二人とも、なぜここでゴルフクラブと鎌が支給されているのか理解できていなかった。
つまり、人を殺すためにこれらの道具を使うという発想がそもそも無いのだ。
しかしそんな無知で無邪気な子供で居ることを、
この懇切丁寧な説明書は許さなかった。
真美「……ま、待って、え? な、何、書いてんのコレ……?」
亜美「な、何これ……。やだよ、亜美、そんなのやだよ……!」
ゴルフクラブで、あるいは鎌で、どのようにすれば人を殺すことができるか。
説明書には殺人の方法が亜美と真美にも分かりやすい文章で丁寧に書かれていた。
読み進めるうちに二人は否応なしに現状を再認識させられる。
自分たちは今、殺し合いゲームに参加しているのだと。
真美「や……やだ!! 真美、こんなの絶対いや!!」
亜美「あ、亜美だってやだよ! 人殺しなんてしたくないもん!!」
真美「亜美、作戦会議だよ! これからどうすればいいのか考えなきゃ!」
亜美「うん! 人なんか殺さなくてもいいように考えよ!!」
絶対に人なんか殺したくない。
その確固たる意思を以て、これからどう行動すべきか。
亜美と真美はまず二人でそれを考えることから始めた。
15:02
あずさ「っ……」
鞄の中の説明書を読むうちに、あずさは手が震え始めるのを感じた。
鞄を開けた時にプラスチックのような容器に入った液体が初めに見え、
何の気なしに蓋を開けてみた。
するとその瞬間に強い臭いが鼻をつき、慌てて蓋を閉めた。
そして次に手に取った説明書には、大きな文字でその液体の名が書いてあった。
『フッ化水素酸(フッ酸)』
あずさにとって聞いたことがあるような無いような名前だったが、
まず間違いなく危険な薬品か何かであることは分かった。
そして説明書を読み進めると改めて確信に変わった。
間違いなく一般人が手にしていい薬品ではない。
あまりにも危険すぎる。
あずさは一瞬、ここに置いていってしまおうかと考えた。
しかし万が一、誰かがこの薬品を見つけたら。
誤って害を被ってしまったら。
そう考えると、自分がこの手で持ち運んだ方が
他のみんなにとっては危険が少ないのかも知れない。
しばらく悩んだ結果、あずさはその薬品を鞄の中に閉まった。
そして立ち上がり地図を持って歩き始めた。
ここからなら海が近いはず。
一度海に出て、海岸沿いを歩いてみよう。
あずさはそう決め、歩き出した。
15:45 神崎蘭子
蘭子「……!?」
どこか遠くから聞こえた大きな音。
それを聞き、蘭子は初めて顔を上げた。
そしてこれが彼女にとってある意味最大の幸運でもあった。
蘭子は目が覚めてからの数十分間ずっと蹲っており、
この音が無ければずっとその体勢のまま動かなかったかも知れない。
もしそうなれば一時間以上同じエリアに留まっていたこととなり、蘭子は死んでいた。
しかし今、蘭子はそのルールを思い出した。
時計を見て、慌てて立ち上がる。
そして鞄を持ち、取り敢えず今いるところから離れることにした。
少し走ったところで地図を広げる。
ここで初めてしっかり地図を見た蘭子だが、一つのエリアは案外狭いらしい。
それならばもう安心だろう。
そう思い、蘭子は一人ホッと胸をなで下ろした。
だが安心している場合ではないことは本人も十分に分かっている。
これからの行動を考えなければならない。
蘭子は地図を見、そして目に付いたのが集落だった。
集落は二箇所にあるようだが、
ここからならまっすぐ西に進んで行ける方が分かりやすいかも知れない。
蘭子は混乱しながらも考え、そう判断した。
そうして蘭子は二つある集落のうち、北西側にある方を目指して歩き始めた。
15:50 萩原雪歩
雪歩「はあっ、はあっ、はあっ……!」
ほんの少し前まで進んでいたのとは90度向きを変え、雪歩は半泣きで走っていた。
その目線は進行方向と手元とを忙しく行き来している。
そうしてしばらく走り続けた後、ようやく雪歩は足を止めた。
息を整えながら、やはり手元に目をやる。
雪歩の手元には、10分ほど前まで美波が持っていたのと同じ物が握られていた。
探知機は765側と346側にそれぞれ一つずつ支給されており、
765側でそれを引き当てたのが雪歩だった。
そしてこの探知機こそが、雪歩がたった今全力疾走した理由だった。
海岸で目覚めた雪歩は、やはりしばらくは恐怖で動けずにいた。
しかしこのままでは駄目だと思い立ち、その場を動くことを決意した。
そしてまずは集落に向かおうと島の中心部を目指して歩き始めたのだが、
ふと手元の探知機に目をやった途端、雪歩の心臓は跳ね上がった。
自分が今まさに進んでいるその先に、346プロのアイドルを示す印が表示されていたのだ。
しかも、自分の居る方へ向かって進んでいるようだ。
探知機を見るのが遅かったため、かなりの接近を許してしまっている。
そのことに気付いたと同時に、雪歩は向きを変えて走り出した。
とにかく恐怖に頭を支配され、必死に走り続けた。
そして今に至る。
これからどうするべきか、雪歩は必死に考えた。
結果、やはり集落を目指すことに決めた。
ただし先ほど探知機に映った者との遭遇を避けるため、思い切り遠回りをして。
しかし今にも、もしかしたらその人がこちらに歩いてきているかも知れない。
そう思い、雪歩は探知機を気にしつつ再び早足で歩き始めた。
180 : 以下、名... - 2016/01/03 19:15:40.20 koB5u9Vgo 125/854
16:00 天海春香
海沿いを歩きながら、春香は20分ほど前に聞こえた音のことを考え続けていた。
距離が遠くまた波の音に混ざっていたためはっきりとは分からないが、
何かが爆発した音のように聞こえた。
爆発音ではないか。
一度そう思ってしまうと、想像はどんどん嫌な方向に進んでいく。
爆弾の音だったのかも知れない。
誰かが爆弾を使ったのかも知れない。
だとしたら誰が、何のために?
まさか本当に戦ってるのか。
じゃあ誰と誰が?
爆弾で誰か死んでしまったのか。
誰が死んでしまったのか……。
一歩歩くごとに嫌な想像が頭の中を駆け巡る気がする。
ただ歩いているだけなのに心臓が早鐘を打つ。
そしてしばらく歩いた後、その心臓は一際大きく跳ね上がった。
「春香……?」
突然のその声に、春香はほとんど反射のように顔を向けた。
まず目に映ったのは防波堤とその向こうに広がる海。
声はどうやら防波堤の下から聞こえてきたらしい。
視界を遮る壁はそう高くない。
春香は聞き覚えのあったその声の主を確かめるべく、
急いで壁の上から身を乗り出して下を見た。
するとそこに居たのは、
千早「やっぱり、春香だった……!」
千早「下から春香の頭とリボンが見えて、もしかしてと思ったけど……」
安心したようにそう言ってこちらを見上げる親友の顔を見て、
春香の感情は一気に高ぶった。
返事をすることも忘れ、勢いをつけて壁に上り、そして、
千早「ちょっ、春香!? 危な……きゃっ!?」
2メートルほどの高さから、千早に向かって飛び降りた。
千早は慌てて春香の体を受け止めたが、当然落下の勢いのままに砂浜に倒れこむ。
千早「も、もう! どうして急に飛び降りたりなんか……」
倒れたままの態勢で、自分にしがみついている春香を軽く叱ろうとした千早。
しかし春香の様子がいつもと違うことに気付いて、言葉を飲み込んだ。
春香「千早ちゃん、良かった……! 千早ちゃん……!」
千早「春香……」
自分の胸元に顔を押し付けたまま涙声で安堵の声を漏らす春香。
千早は初めて見る春香の姿にどうしていいか分からず、ただ黙って春香の頭を見続ける。
しかし泣いている親友をこのまま見ていることしかできないのも嫌だ。
そう思い千早は、右手を春香の肩からゆっくりと、頭へと移した。
そしてそのままぎこちなく、春香の頭を撫でる。
春香「……千早ちゃん……?」
髪に触れるその感覚に、春香は千早の胸から顔を上げた。
涙目ではあるが既に泣き止み、きょとんとした目で千早を見つめる春香。
そんな春香の反応に、千早は慌てて頭から手を離した。
千早「あっ……ご、ごめんなさい。
その……どうすればいいか、分からなくて……。」
千早「春香に、えっと……同い年の女の子に抱き着かれて泣かれるなんて初めてで、
だから、その……。……い、嫌だったかしら。ごめんなさい……」
しどろもどろと一生懸命弁解する千早。
そして最後にはなぜか落ち込んでしまった。
それを見て春香はほんの少し間を置いたあと、にっこりと笑った。
春香「ううん……ありがとう、千早ちゃん。
おかげですっごく落ち着いた! もう大丈夫だから心配しないで!」
千早「そ、そう? だったら良いんだけど……」
春香「それから、ごめんね。いきなり飛びついちゃって……。怪我してない?」
千早「あ……いえ、良いの。気にしないで。でも次からは気を付けた方が良いわね。
いくら砂浜とは言っても、やっぱり危ないから」
すっかりいつも通りの調子を取り戻したような二人。
だが当然状況はいつも通りではない。
春香が元気になったし互いに怪我も無いのなら、
と千早は表情を改めて話題を変えることにした。
千早「それより、春香。少し前に、遠くで何か音が聞こえなかった?」
春香「あ……う、うん。すごく、大きな音だった……」
千早「そうね……。何か、爆発音のように聞こえたわ」
春香「だ、誰か、戦っちゃってるのかな……。
あ、あの爆発で誰か、死んじゃったのかな……!?」
千早「春香、落ち着いて。悪い方に考え始めたらキリがないわ……。
それより、これからどうするか考えましょう」
春香「あっ……そ、そうだね。ごめん、また私取り乱しちゃって……」
春香は千早の言葉を受け、再び冷静さを取り戻すことができた。
そうだ、悪い想像ばかりしていても仕方ない。
ここは最大限ポジティブに考えて、今やるべきことを優先しよう。
春香「えっと……これからどうすればいいか考えるんだよね!
私はね、まずはみんなで集まったほうが良いと思うんだ」
千早「みんなというのは……765プロのみんな?」
春香「本当は346プロの子たちも集まれれば一番良いんだけど、
それはもしかしたら難しいかも知れないから……。
取りあえずは765プロのみんなで集まって、できたら346プロの子達も一緒で、
それでみんなでどうすれば良いか考えようよ!」
千早「……そうね。私も賛成よ。みんなで考えれば良い案が思い浮かぶかも知れないし。
ただやっぱり……万が一のことも、考えておいた方が良いと思うの」
春香「え……? ま、万が一って……」
千早「……346プロの子が襲ってきた時、どうするか。一番に考えるのは説得でしょうけど、
もしそれが駄目だった時……。逃げるか、戦うか……早く決めておかないと、
きっと後悔することになると思う」
「そんなことはない」「襲ってくる子なんて居るはずない」
少し前までなら春香は恐らくそう答えただろう。
しかし、どうしても忘れがたいあの爆発音のことがある。
ポジティブに考えようとはしているものの、それで他の可能性が消えるわけではない。
春香も当然そのことは分かっており、無責任に「大丈夫」とは言えず視線を落としてしまう。
そしてそのまま黙り込んでしまうかに見えたが、数秒後、春香は搾り出すように答えた。
春香「……私は、本当は逃げたい。でも、もし逃げられなかったり、
逃げたせいで他の誰かが襲われたりしたら……」
春香「だから私は、戦った方が良いと思う……。
で、でも殺したりするんじゃなくて、気絶とか、動けないようにするっていう感じで……」
恐らくこれまで春香が口にしたことのない、精一杯の「攻撃的」な言葉。
それでも悪く言えば中途半端で、声にも不安や辛さがにじみ出ている。
しかし千早はこれを聞き、表情を変えずに頷いた。
千早「私もそうするべきだと思う。攻撃する意思のある人を放ってはおけない。
なんとかして説得を続けるにしても、無力化してからでないと駄目だと思うから。
ただもちろん、相手の武器によるけれど……」
と一瞬思案するように目を逸らした千早だったが、
春香が何か言う前に再び視線を戻した。
千早「春香、あなたの武器を教えてもらえるかしら。
戦うのに適したものだといいんだけど……。私は少し、頼りない物だったから」
そう言って千早は足元に視線を落とす。
春香がその視線を追うとそこには、先端の無いモップが落ちていた。
千早はそれを拾い上げ、困ったように言う。
千早「他のみんなもこの程度なら良かったんだけど、
あの爆発音を聞く限りそれは少し楽観的過ぎよね……。
だから春香、あなたの武器を教えて欲しいの」
春香「あ、えっと、それが……」
千早の質問にバツの悪そうな表情を浮かべる春香。
そして申し訳なさそうに、小さな声で言った。
春香「お、置いてきちゃって……。怖かったし、絶対使わないって思ったから……」
千早「え? 置いてきたってどこに……?」
春香「あの灯台が私が目が覚めたところなんだけど、そこに……」
そう言って春香は離れたところに見える灯台を指さした。
千早はチラと灯台を見、再び春香に視線を戻す。
千早「……それで、何だったの? 春香の武器って」
春香「毒入りの……ちょ、ちょっと待ってね。えっと……」
口で説明するよりその方が確実と思ったのか、
春香は鞄の中を探って武器の説明書を取り出して千早に手渡した。
そして千早はそれを読んだ途端、嫌な想像が頭をよぎった。
『水・食料(毒入り)』
本来の水と食料とは別に配られた、毒入りのもの。
それが春香の武器だった。
春香「一応見分けは付くように小さく目印は付いてるみたいなんだけど、
なんだか私、間違っちゃいそうで……。
それに使うつもりも無いんだから、ってそう思って置いてきちゃったんだ……」
積極的な攻撃のためでも自衛のためでもない、明らかに騙し討ちを想定した武器。
春香が絶対に使わないと判断したのも頷ける。
しかし……
千早「す……捨てたんじゃなくて、置いてきたの? 灯台のどこに……?」
春香「えっ? えっと、一階にあったテーブルの上、に……。ッ!!」
ここでようやく春香も気付いた。
そう、それが毒だと知っているのは今ここにある説明書を読んだものだけ。
つまり何も知らない者がそれを見つけた場合どうなるか。
可能性としては決して高いとは言えないだろうが、しかし……。
千早「急ぎましょう。最悪の事態が起こってしまわないとも限らないわ……!」
春香「そ、そうだね! 急ごう!」
言葉も少なに、二人は灯台に向かって走り出した。
16:00 渋谷凛
波の音が聞こえ、更に歩くと木々の隙間から海が見えた。
しかし凛は焦らず、先ほどまでと変わらず慎重に進む。
今からちょうど一時間ほど前……目が覚めた直後に聞こえた声。
あの声を頼りに歩いた先に居たのは、765プロのアイドルが三人。
遠目でしかも多くの障害物越しだったため
はっきりとは見えなかったが、何か話し合っているようだった。
内容までは聞き取れなかったが、
武器を手にして険しい顔つきで話すその様子を見て積極的に接触しようとは思えなかった。
あまり考えたくはないが、その三人は既に覚悟を決めてしまっている可能性だってあるのだから。
凛はそう思い、彼女らと距離を取ることに決めた。
そして間違って発見されてしまわないよう、
また他の765プロのアイドルに接触してしまわないよう、
慎重に歩みを進めて今ようやく海岸へとたどり着いた。
視界が開け、凛はほっとため息をつく。
左右の見通しはよく、これなら森の中のように神経を張り詰める必要はなさそうだ。
そんな風に一瞬思った凛だったが、
海岸に出てふと森を振り返るとその楽観的な考えはすぐに消えた。
そうだ、もし今あの森の中に誰かが居ても、自分は多分気づけない。
でも向こうからは、自分の姿は丸見えなんだ。
これはひょっとすると森の中を進んだほうが安全かも知れない……。
と、再び森に戻ろうと早足気味に歩き出した凛。
しかし直後その足は、また視線は、ぴたりと止まった。
自分と同じく森から出てきた者の姿が少し離れたところに見えた。
凛は一瞬身を固くしたが、それが誰かを確認してすぐに力は抜けた。
次いで、向きを変え小走りにそちらの方へ駆け出す。
ある程度距離が縮まったところで、凛は少し声を張って名を呼んだ。
凛「智絵里!」
智絵里「っ! り、凛ちゃん……!」
唐突に名を呼ばれ、智絵里は一瞬怯えたようだったが
すぐにその表情には安堵の色が浮かぶ。
そして彼女も凛の方へと駆け寄った。
と、ここで凛は智絵里の右手に光る物に気が付いた。
彼女の小さな手に握られたそれは、どう見ても拳銃だった。
智絵里「凛ちゃん、わたし、わたし……!」
凛「う、うん、大丈夫。大丈夫だから……」
凛の元へ着いた智絵里は喜びからか現状への不安からか泣き出してしまう。
凛は彼女の右手が気になってはいたが、取りあえずは智絵里が泣き止むのを待つことにした。
しばらく寄り添い、声をかけたり背中をさすったりするうちに、
ようやく智絵里は会話を出来る程度には落ち着いた。
凛「もう平気? 話せそう?」
智絵里「う、うん……ごめんなさい」
凛「良かった……。じゃあ、早速聞きたいんだけど……それってやっぱり、本物なの?」
凛の視線を追うように智絵里も手元に視線を下ろした。
そして凛の言う『それ』が、自分が握り締めている銃を指しているのだと気付く。
智絵里「あっ……。そ、そう、本物みたい……」
凛「……あの、さ。それ、入れ物とか無いの?
危なくない? そんな風にずっと手に持ってたら……」
智絵里の持つ銃に気付いてから、凛はずっとそれが気がかりだった。
見たところトリガーに指はかけておらず、
五指でグリップを握り締めるような形になっているから
うっかり発砲してしまう可能性は低そうではあるが、それでも気になるものは気になる。
普通こういうものはホルダーか何かに入れておくものでは……
と凛はそう考えていたのだが、智絵里は首を横に振った。
智絵里「入れ物みたいなのは無くて……。
それに、危ないのは分かってるんだけど、でも……怖くて……」
智絵里が怖いと言っているのは拳銃のことではない。
言葉は少なかったが、文脈的にも心情的にも十分それは理解できた。
もちろん智絵里は引き金を引くつもりなどないし、
誰かを傷つけたいとも思っていない。
しかしこの異常な状況下で自分の身を守ってくれる
唯一の道具を手放せるような性格でもなかった。
またそれは凛も同じである。
彼女も移動の間中ずっと、鞄の中にあったサバイバルナイフを手放せないでいた。
凛「……わかった。取り敢えずそれはそのまま持っといて良いとして、まず移動しようよ。
実はさっき向こうの方で765プロの人達を見たんだ。
あんまり考えたくないけど万が一ってこともあるから、逆方向に行きたいんだけど……」
智絵里「な、765プロの人……!? う、うん、じゃあこっちに行こう!」
こうして二人は765プロのアイドル達……響、貴音、やよいの三人から離れるように、
島南側の海岸近くを西へと進むことにした。
16:00 星井美希
美希「みくー! ここに居るのー?」
美希は玄関に脱いである靴を見て、中に居るであろうみくに大きく声をかけた。
すると奥から返事が聞こえ、すぐにみくが姿を現す。
みく「はーい! 美希ちゃんどうした……わっ!?」
美希「? どうかしたの?」
みく「び、びっくりしたにゃ……。美希ちゃん、バットずっと持ち歩いてるの?
逆光で美希ちゃんのシルエットが完全に不審者だったにゃ……」
美希「えっ? あ、えっと……バット、色々便利だよ?
ミキすぐ疲れちゃうから、杖がわりにできて助かるの!
っていうか不審者なんて失礼だと思うな!」
みくの発言に対しふくれっ面で怒ってみせる美希。
しかし本気で怒っているわけではないことはすぐ分かり、みくは笑いながら謝った。
みく「えへへ、ごめんにゃ。それで、どうしたの? あっ、もしかして何か見つかった!?」
美希「違うの。ミキが探してた辺りの家はもう探し終わっちゃったから、
みくはどうかなーってこっちを手伝いに来たの」
みく「そっか……。ありがとう、美希ちゃん!」
みくは笑顔で礼を言いながら、玄関で靴を履く。
それを見て美希は笑い、
美希「あはっ! みくって真面目なんだね。
どうせ誰も住んでないんだから、靴なんて履いたまま上がっちゃえばいいのに」
みく「えー? ダメにゃそんなの。お行儀が悪いにゃ!」
美希「空家なんだからそんなの気にしなくていいの」
みく「ダメにゃダメにゃ! 美希ちゃんはトップアイドルなんだから、
そういうところからきちんとした方がいいにゃ!」
美希「むー。みくってばウチのもう一人のプロデューサーみたいなの。お説教は、や! なの」
外へ出ながら和気あいあいと話す二人。
そして玄関の扉を閉めたところで、美希は少し表情を改めて聞いた。
美希「あ、そうだ……。ミキの方はダメだったけど、みくは何か見つけた?」
みく「ん……みくもこの家で最後だったんだけど、何も見つからなかったにゃ」
美希「……そっか」
みく「でもでも、まだまだやることはあるにゃ! 次は誰か人を探してみようよ!
みんなで力を合わせて、物を探したり、色々考えたりするの!」
暗くなりかけた空気を振り払うように、みくは殊更に元気な声を出した。
これで打つ手がなくなったとは思いたくなかったのだろう。
そして美希もみくの様子を見て、少しの間を開けてにっこりと笑ってみせた。
美希「うん、ミキ的にもそれが良いって思うな! 流石みく、頼りになるの!」
みく「! と、当然にゃ! みくの方が美希ちゃんよりちょっとだけお姉さんなんだからね!」
美希「あはっ、頼もしいの!」
みく「それじゃあ、もう一回手分けして今度は人を探すにゃ! みくは向こうを探すね!
日が暮れるまでには美希ちゃんも、ここに帰ってくるにゃ!」
そう言ってみくは背を向け、
美希はその後頭部へ向けて、思い切り金属バットを振り下ろした。
美希「っ……はあっ、はあっ、はあっ……!」
声も漏らさず、みくは地面に倒れ伏した。
聞こえるのは美希の荒い呼吸のみ。
美希はその呼吸を抑えようともしないままに、バットを手放してみくの鞄へ手を伸ばす。
口を開けひっくり返すと、中から出てきたのは食料、水、地図、そして……フライパン。
このごくごく普通のテフロン加工済のフライパンが、みくに支給された「武器」だった。
美希は一瞬、本当の武器は別にあってこのフライパンはこの集落で調達したものではないか、
とそう思った。
しかし説明書が出てきたのを見て、その可能性は諦めた。
まともな武器がないのなら、この鞄に用はない。次の行動を起こさなければ。
そう思い美希が立ち上がった瞬間。
みく「……ぅ……」
美希「っ……!」
微かにだが、確かに聞こえた。
前川みくの声が。
まだ、生きている。
あんなに強く殴ったのに、思い切り殴ったのに、まだ生きている。
その事実に、美希は内蔵が裏返るような感覚を覚えた。
美希はその感覚を飲み込み、再び震え出した手を、バットへと伸ばす。
そして立ち上がり、ゆっくりと振り上げ……
李衣菜「おーい、みくー? 居るんでしょー? どこー?」
美希「っ……!?」
決して遠くない距離から聞こえたその声。
それを聞いた瞬間、美希は全速力でその場を離れた。
そして俄かに静かになった集落に、ただ一人の声がこだまする。
李衣菜「おーい、みくってばー! ……おかしいなぁ。
確かにこっちの方から聞こえたと思ったんだけど……。おーい! 返事してよー!」
李衣菜はそう呟いて頭を掻き、辺りを見回した。
あれだけはっきり聞こえたんだから気のせいということはないはずだ。
そう思い、李衣菜は親友の名を呼び続ける。
と、その声は唐突に止まった。
そして直後、
李衣菜「っ……!」
李衣菜は一直線に駆け出した。
そして地面に膝をつき、確認する。
みく「ぅ、ぁ……」
李衣菜「み……みく! ど、どうしたの、大丈夫!?」
李衣菜「ね、ねぇみく! しっかりして、ねぇ!」
李衣菜は呼びかけるが、みくはただうめき声を上げるだけでそれ以外の反応を示さない。
そしてそれから数分間、状況は何も変わらなかった。
横たわるみくの隣に座り、李衣菜は涙目でみくに声をかけることしかできていない。
取り敢えず仰向けにしてはみたものの、どうすれば良いのか分からない。
一体なぜ倒れていたのか。
原因が分からなければ対処の仕様がない。
とは言え仮に何か取るべき行動があったとして、今の李衣菜にそれが可能かは疑問である。
それほどまでに李衣菜は動揺していた。
もしこのままみくの容態が回復しなかったら、と悪い方に悪い方に考えてしまう。
が、不意にその時間は終わりを迎えた。
みく「……あ、れ……? 李衣菜、ちゃん……?」
李衣菜「っ! みく!」
李衣菜「良かった、目が覚めて……!」
ようやく目を開け、みくは李衣菜を認識した。
それまで不安でいっぱいだった李衣菜の表情は一気に明るくなる。
しかし……
数秒も待たずその表情は再び、いや、より強い負の表情へと変わった。
みく「えっと、ごめん、みく寝てて……!」
そう言って、慌てた様子でみくは勢いよく上半身を起こした。
口調自体はしっかりしている。
だが発言の内容が何かおかしかった。
みく「い、今何時!? ライブは……!? ま、まだ間に合うよね!」
李衣菜「……え?」
みく「なんでみく、こんな大事な日に……。って、あれ?
ここ、どこ……? ライブ会場ってこんなとこだっけ……」
李衣菜「な……何言ってんの? みく、ちょっと……?」
みく「え? 何って、みくは……っ……。あ、あれ、ごめん、何か……! ッ……」
次の瞬間、内容はともかくとして一見普通に話していたみくの様子が急変した。
顔色を変え突然口を押さえたかと思えば、
手と口の隙間から吐瀉物が溢れ出した。
李衣菜「ッ!? みく……!」
みく「ゲホッ!! ゴボッ……!!」
李衣菜「やだっ、やだ……! なんで!? どうしよう、どうしたらいいの!?
しっかりして、お願い、みく……!」
突然の嘔吐に、李衣菜は完全に狼狽してしまっている。
半泣きで必死に声をかけながら背中をさする。
そしてその甲斐があったのかは分からないが、
内容物を全て吐き出したであろう頃に、ようやくみくの嘔吐は止まった。
吐瀉物まみれの地面に両手をつき、肩で息をするみく。
そして李衣菜が何か話しかける前に、みくは涙に滲んだ目を李衣菜に向け、
そして申し訳なさそうに眉根をひそめて言った。
みく「……ごめん、いきなり吐いちゃって……。
なんだか気分が悪いの……頭もすごく痛い。
だから今日のライブは……出られないかも……」
李衣菜「な……何言ってんの!? ライブって何!? どうしちゃったの!?」
みく「え……?」
李衣菜「覚えてないの!? 私たち、765プロの人と合宿に来て、
でも合宿じゃなくて、目が覚めたらワケ分かんないゲームに参加させられて……!」
みく「っ……李衣菜ちゃん、ごめん……!
頭、痛いの……だから、もうちょっと静かに……」
李衣菜「あ……ご、ごめん! でも、みく何か変だよ……どうしたの……!?」
みくは李衣菜の言葉を受けて目を伏せる。
目が覚めてからずっと頭が痛く、気分が悪い。
しかし何かこの頭の痛みはただの頭痛とは違うことに、みくはようやく気付いた。
それに加え、李衣菜の言葉が頭の中でぐるぐると回る。
そうだ、自分は少し前まで、何かしていたはずだ。
何かが起きて、そう、合宿……。
ライブじゃない、合宿が決まって、765プロの人と、それで……白い部屋……。
みく「っ……そうだ、みく、さっき美希ちゃんに……」
ここでやっと、みくの記憶の混乱が治まった。
倒れる直前のことも、今ならはっきりと思い出せる。
李衣菜「美希ちゃんって……星井美希? 765プロの……?」
みく「美希ちゃん……美希ちゃんは!? 李衣菜ちゃん、美希ちゃんのことどこかで、っ……」
李衣菜「だ、駄目だよ動いちゃ! な、何? 星井美希がどうかしたの!?」
みく「さ……さっきまで、みく、美希ちゃんと一緒で、それで……」
みくは自分が覚えていることをすべて話した。
そして言葉にして話すうちに、なぜ自分が倒れていたのか理解していった。
つまり、美希に殴られて倒れたのだということを。
みくはそれを口には出さなかったが
聞いていた李衣菜もやはり同じ結論に至り、唇を震わせて言った。
李衣菜「そ……それって、星井美希でしょ!? 星井美希が殴ったってことだよね!?」
みく「……多分、そう……だと思う」
李衣菜「多分って、絶対そうじゃん!!
765プロは、の、乗り気なんだ……! わ、私たちのこと本気で……!」
みく「そう……なのかな。やっぱり、そうなのかな……!?」
みく「嫌だ、怖い……怖いよ……」
李衣菜「……みく……」
いつからかみくは顔面蒼白で全身が小刻みに震えている。
それが頭部へのダメージによるものでないことは明らかだった。
話に聞いただけの李衣菜ですら強い恐怖を感じている。
ならば直接その身に人間の殺意を、暴力を受けてしまったみくは当然言うまでもない。
そしてそんな親友の姿を見て李衣菜は、恐怖とは別の感情が心の奥から湧いてくるのを感じた。
李衣菜「絶対、守るから……」
みく「え……?」
李衣菜「私が絶対! みくのこと守るから! だから大丈夫!
みんなで帰ろう! 生きて、みんなで帰ろう……!」
自分の覚悟を宣言するように、李衣菜はみくを真っ直ぐに見つめて言う。
みくはそんな李衣菜を数秒見つめ返した後、
下唇を噛んで、しっかりと頷いた。
・
・
・
美希「はあっ、はあっ、はあっ……!」
山中を走り続け、呼吸が限界近くなった頃にようやく美希は止まった。
膝に手を付き、荒れた呼吸が止まる間もなく、美希は胃の中の物を吐き出した。
最悪だ。
呼吸を整えながら美希は激しく自己嫌悪する。
島で目が覚めた時に、既に覚悟は決めたはずだった。
このゲームが本物であることは間違いない。
それなら取るべき行動は一つ。
やるしかない。
みんなで話し合って他に方法を探すというのも、初めは当然考えた。
でもたった三日間でそんな方法が見つかるだなんて思えない。
だったら、やるしかないんだ。
人殺しなんて絶対に嫌だ。
でもそれ以上に、765プロの友達が死ぬほうがもっと嫌だ。
765プロは自分の居場所なんだ。
家とは違う、もう一つの大切な場所なんだ。
ただいまって、帰れる場所なんだ。
そこを壊されるくらいなら、なんだってやる。
だってどうせ記憶には残らないんだし、人を殺すくらい、やってやる。
大切な人達を失うくらいなら、何人だって殺してやる。
……そう覚悟を決めた、はずだった。
でも出来なかった。
失敗した。
演技までして、あんなに元気で明るくて優しい良い子を騙して。
そこまでして失敗した。
逃げる前にもう一度殴ろうと思えば殴れたはずなのに、やらなかった。
覚悟はしてたはずなのに。
いや、違う。
本当に覚悟を決めてたなら、最初にみくが手分けして何か探そうと言ったあの時に、
出会って最初に背を向けたあの時に、殴っているはず。
でも自分は殴らなかった。
『もしかしたら何か見つかるかも知れない』
『何か見つかれば人殺しなんてせずに済むかも知れない』
そうやって期待してしまって、殴れなかった。
中途半端だったんだ。
失敗したのもそのせいだ。
絶対に失敗しちゃいけなかったんだ。
あんな最低で最悪な方法を取ったのに。
失敗したらもっと最低で最悪だ。
前川みくは生きてる。
それで、あの声……。
誰かは分からないけどあの子に助けられて、元気になるかも知れない。
いや、きっと元気になってしまう。
元気になる前に集落に戻ってもう一度……いや、駄目だ。
倒れたみくを見て、きっともう一人の子は765プロを警戒してしまってる。
そうなると騙し討ちは使えない。
武器も分からないし、金属バットでは戦うのは危険すぎる。
もう手遅れだ。
これじゃ、ただあの子たちに「765プロは危険な敵だ」って教えてしまっただけだ。
もしかしたら次はあの子たちが、戦う気が無い765プロの誰かを殺してしまうかもしれない。
自分のせいで。
自分が中途半端だったせいで。
自分のせいで、765プロの誰かが殺されるかも知れない。
自分のせいで、みんな、死ぬかもしれない。
美希「ッ……!」
美希は傍にあった木に両手を添え、そこに思い切り自分の頭を打ち付けた。
一瞬遅れて、鈍く重い痛みがやってくる。
しかし、最悪な気分はほんの少しだけ和らいだ。
終わったことは仕方ない。
後悔するのはもうやめよう。
そしてもう二度と、後悔はしない。
次だ。
次は絶対に躊躇ったりなんかしない。
次は絶対に失敗なんかしない。
嘘でも演技でもなんでも、どんな手を使ってでも……
美希「ミキが、みんなを守るんだ……!」
16:00 音無小鳥
卯月「あっ! 本当です、居ました!」
しばらく歩いた後、卯月は嬉しそうに小鳥に向かって言った。
しかし小鳥は言われるまでもなく気付いていた。
自分が少し前に見た人影が、海岸の岩場でじっと座っていることに。
ちらりと横の卯月を見ると、今にも声をあげて走り出しそうな表情をしている。
小鳥はそんな彼女の肩をつつき、耳打ちするようにして言った。
小鳥「卯月ちゃん。あんまり大きな声を出したらびっくりさせちゃうかも知れないから、
もう少し静かに近付きましょう? 声をかけるのはそれからでも良いわよね?」
卯月「! そ、そうかも知れないですね。はい、そうします!」
卯月は素直に小鳥に従い、二人はもうしばらく黙って歩いた。
しかしその時間はあまり長くは続かなかった。
まだ少し距離のある段階で、向こうがこちらに気付いたのだ。
その小さな人影は接近してくる二人に気付くと、
脇に置いてあった何か長い物を持って勢いよく立ち上がった。
そして卯月は向こうがこちらに気付いたのを見て、
嬉しそうに笑って手を振りながら彼女の名を呼んだ。
卯月「杏ちゃーん! 私です、卯月でーす!」
しかし杏は答えない。
ただ黙ってじっとこちらを見……そしてほんの1~2秒の後、
杏は卯月と同じようににっこりと笑った。
杏「卯月ちゃーん! 会いたかったよー早くこっち来てー!」
手を振って名を呼び、卯月の歩みを急かす杏。
そして卯月もまた友達の元へ早く行きたかったのだろう。
杏の言葉のままに駆け出そうとした。
しかし、
小鳥「ま、待って卯月ちゃん!」
卯月「えっ? は、はいなんでしょう!」
小鳥「ご、ごめんね。私、ちょっと疲れちゃって……。
杏ちゃんには悪いけど、もう少し一緒に歩いて欲しいの……駄目かな?」
卯月「あっ、ごめんなさい! 私気付かなくって……。
えっと……。杏ちゃん、ごめんなさい! すぐ行くから、もう少し待っててくださーい!」
卯月は口の横に両手を添え、杏に向かって大きな声でそう伝えた。
実際、双方の距離はもうすぐにでも数メートル程度にまで縮まるだろう。
だから特に何の問題も起こるはずはなかった。
しかし卯月の返事を聞いた杏はその直後、
満面の笑みを浮かべていたその表情を180度変えた。
杏「いいからこっちに来て!! 早くッ!!」
卯月「えっ……? あ、えっと……?」
突然怒ったような顔でそう叫んだ杏。
しかし卯月はそんな杏に戸惑ってしまい、すぐに足を踏み出すことができなかった。
そして困惑する卯月の隣で、小鳥は杏の叫びの意味に気が付いた。
杏も自分のことを敵視しており、卯月と自分とを引き離そうとしているということに。
小鳥「っ……動かないでッ!!」
杏に続き、今度はすぐ傍から聞こえた怒声。
卯月はびくりと肩をはねさせ、慌てて横を見た。
するとそこには、少し前に自分が手渡した武器をこちらに向けた小鳥の姿があった。
卯月「え……?」
卯月は何が起きたのか分からないという表情を浮かべる。
しかし小鳥はそんなことに構わず、再び声を張り上げた。
小鳥「杏ちゃん、だったわね……! ゆっくり近付いて来て!
それからその手に持っているものをこっちに渡しなさい!」
杏「っ……」
杏は唇を噛み、指示に従うべきか数秒ほど悩んだようだった。
しかし取るべき行動が他に思いつかず、
自分の武器を握り締めたままゆっくりと小鳥たちに向けて歩を進めた。
卯月はそんな杏と小鳥との間を、困惑した表情で視線を行き来させる。
卯月「こ……小鳥さん? え、えっと、どういうことですか……?」
小鳥「……」
卯月の質問に小鳥は答えない。
ただ黙って銃口を卯月に、視線を杏に向け続けている。
小鳥は、初めからこうするつもりだったのだ。
卯月の散弾銃を預かったのは、預かるという名目で武器を奪うためだった。
卯月と行動を共にしたのは、
彼女を人質に取り、次に出会った346プロの者を無力化させるためだった。
杏は初めから小鳥の敵意に気付いていたわけではない。
気付いたのは、卯月が自分の元へ駆け寄るのを阻まれた時だ。
もっと早くに気付いていれば。
あるいは、もっと上手く卯月を小鳥から引き離す方法を思い付いていれば、
展開は変わっていたかもしれない。
もっとこうしていれば……と、杏の頭は後悔でいっぱいだった。
だが今更そんなことを考えても仕方がない。
今はとにかく、この状況の打開策を考えなければ。
杏はそう思考を切り替え、
不審に思われない程度にゆっくりと歩いて可能な限り考える時間を作る。
自分が今手にしているのは白木の鞘に納まった『日本刀』。
自分と小鳥との距離は既に10mは切った。
卯月と小鳥との距離は1~2m。
この状態で自分も卯月も助かるにはどうすれば良いのか。
……しかしどれだけ思考しようと、ロクな案が思い浮かばなかった。
何か一つ小鳥の意に沿わない行動を起こしてしまえば、
その瞬間に発砲してしまうかも知れない。
そうなればあの至近距離だ、卯月にはほぼ確実に命中してしまうだろう。
小鳥「……止まって。そこから、その刀を私の足元に投げて」
その指示に杏は従わざるを得ず、
刺激せぬよう、下手でそっと小鳥の足元へ刀を投げた。
まずい、このままでは最後まで相手の言う通りにしてしまう。
「最後」というのが何を指すのかは分からない。
相手が自分たちを殺す気なのか、それとも武器を奪えば満足してくれるのか。
後者であればまだ良い。
このまま大人しくしていれば命だけは助かるはず。
しかし前者であれば……もうなりふり構っている場合ではない。
危険な賭けだろうがなんだろうが、何か行動を起こさなければならない。
杏は小鳥の目的を見極めるべく、全集中力を小鳥の表情を読むことに当てた。
だから本来なら真っ先に気付けていたはずなのに気付けず、
代わりに卯月が気が付いた。
自分たちが歩いてきた方向から二人やって来たことに。
卯月「き、きらりちゃん、かな子ちゃん……!」
無意識に漏れた卯月の声。
その声と視線に誘導されるように、小鳥は注意と銃口を卯月から逸らしてしまった。
見ると確かに二人、距離はあったが卯月の視線の先に立っていた。
そして、これがいけなかった。
卯月は先程までは敵意と凶器を自分に向けられ、その恐怖から動くことができなかった。
しかし今は違う。
今この瞬間は、自分は脅威から解放されている。
考えたわけではなく直感的に、卯月はそう感じた。
だからほとんど無意識に、卯月の足はその場から離れようと動いた。
小鳥「っ……!」
走り出した卯月に、一瞬遅れて小鳥は反応した。
視線と銃口を戻した小鳥の目に写ったのは卯月の背中。
そして次の小鳥の行動は、何かを考えてのものではなく咄嗟の行動だった。
小鳥は卯月の背中へ向けて、引き金を引いた。
次の瞬間、強い反動と大きな音が小鳥を襲い、思わず一瞬目を閉じてしまう。
そして直後に開かれた小鳥の目に映ったのは、
卯月「ぅ、ぁっ……」
地面にうつ伏せに倒れた卯月の姿だった。
そしてそれから一秒も置かずに、今度は杏の声が響き渡る。
杏「ッ……森に走って!!」
その声は遠く離れたきらりとかな子に向けられたものだった。
小鳥がその叫びに反応して目を向けた時、既に杏はかなりの距離まで遠ざかっていた。
次いできらりとかな子へ目を向ける。
すると二人は肩をびくりと跳ねさせ、数歩後ずさったのちに森へと駆け出した。
小鳥は、そんな彼女たちのあとを追う気には全くならなかった。
それより今は、すぐ目の前の光景で頭がいっぱいになっている。
卯月「ぃ、たい……。痛ぃ、痛いッ……!」
いつの間にか彼女の背中は、ウェアの下からにじみ出た血で赤く染まっている。
痛みに声を出しているが、地面に這いつくばったままで全く動かない。
本当はすぐにでもこの場から離れたいのだが、痛みのせいで体を動かすことができないのだ。
卯月「や、だ……嫌……だれ、か……。
た、すけて……凛ちゃ……未央、ちゃん……!」
涙をこぼしながら、蚊の鳴くような声で助けを求める卯月。
小鳥はそんな彼女にただ黙って近付き、次弾を装填し、後頭部に銃口を押し当て、
そして、引き金を引いた。
島村卯月 死亡
16:15 双葉杏
杏「はあ、はあ、はあ……!」
森の中をしばらく走った後、杏は立ち止まった。
息を切らせながら見るその先には、地面に座り込むきらりとかな子の姿があった。
杏「……二人とも、大丈夫……?」
息が少し整ったところで杏は声をかける。
その声を聞いて初めて杏の存在に気付いたかのように
きらりとかな子は同時に顔を上げ、そしてきらりが血相を変えて叫んだ。
きらり「た……助けに行かなきゃ! 卯月ちゃん、助けに……!」
涙を流し、卯月の救出を請うきらり。
しかし杏は唇を噛み、きらりの眼差しから目を逸らした。
杏「……無理だよ。もう、無理……」
きらり「ど、どうして!? なんで……」
杏「きらりも聞いたはずだよ……あの後もう一発銃声が聞こえた。
卯月ちゃんはもう、殺されてる……」
きらり「……そんな……」
かな子「っ……ぅあぁあああ……あぁあああああん……!」
きらりはその場にへたり込み、かな子は声を上げて泣いてしまう。
杏はそんな二人に何か声をかけようとしたが、途中で飲み込んだ。
そしてほんの数秒目を閉じ、開け、静かな声で言った。
杏「……悲しんでる暇はないよ。次は杏たちがやられるかも知れないんだ」
そのあまりに落ち着いた声に二人は一瞬体を強張らせ、恐る恐るといった様子で杏に目を向ける。
二人の注意が自分に向いたことを確認し、杏は続けた。
杏「杏たちが死んだら、こっちのチームが負けになるかも知れない。
そしたら杏たちだけじゃなくてみんな死んじゃうんだよ。
シンデレラプロジェクトのメンバー、みんな……」
そこで杏は一度視線を落とす。
しかしすぐに上げ、二人の目を真っ直ぐ見て言った。
杏「杏はそんなの絶対嫌だ。友達が殺されるなんて絶対に嫌だ。
だから二人とも、力を貸して。生き残るために精一杯のことをするんだ……!」
これまで見たことのない表情で語られた杏の気持ち。
それを受け、きらりとかな子の心持ちは変化を見せた。
友人を失った悲しみもショックも消えるはずはない。
しかし杏の言葉で、「これから」のことを考える方向へとほんの少し気持ちが向かった。
かな子「で……でも、力を貸すって、どういう……?」
杏「まずは二人が持ってる武器を教えて。
杏は刀を持ってたんだけど、さっき逃げる時に置いてきちゃって……。
今、身を守る方法が無いんだ。だから二人の武器が頼りなんだけど……」
それを聞き、まずはかな子が反応した。
慌てて鞄を開けて、中から自分の武器を取り出す。
かな子「わ、私は催涙スプレー……。
あ……あんまり、役に立たないかも知れないけど……」
杏「ううん、無いよりはずっとマシだよ。それじゃあきらりは?」
きらり「……きらりは……」
ここで言い淀むきらりとその表情を見て、杏は察した。
そして数秒後に杏の推測は確信に変わる。
きらり「きらりは、これ……」
そう言って鞄の口を広げ、中身を見せる。
それを見て杏は、運がいい、と思った。
杏「ねぇきらり、それ杏が預かるよ」
きらり「えっ?」
杏「きらり、それ鞄から出す気もないんでしょ? 勿体無いよ。
さっきみたいな人が襲ってきても、
それならただ持ってるだけでも追い払えるかも知れないのに」
きらり「で、でも、杏ちゃん……」
杏「威嚇射撃とかも、多分きらり怖がってできないでしょ? だから杏が持っててあげるよ」
きらり「……でも……」
杏「……もしさっきの人がもう一回襲ってきたら、今のままだとみんな殺される。
でもそれがあったら逃げられるんだよ。だからきらり、お願い。
杏……これ以上みんなが傷つくの嫌なんだよ」
そう言って杏は真剣な顔できらりの顔を見上げる。
その表情を見て、きらりはついに折れた。
きらり「う……うん……」
か細く消え入りそうな声でそう答え、杏に短機関銃を引き渡した。
杏はきらりの手からそれを両手で丁寧に受け取る。
やはりそれなりには重いが、想像していたよりずっと軽かった。
これなら自分でもなんとか扱えそうだ。
と、杏はほんの少しだけ安心した。
杏「ありがとう、きらり。これならきっとみんな助かるよ」
薄く笑ってそう言う杏だが、きらりはそれに笑顔を返すことなく、ただ黙って頷いた。
次に杏はかな子にも目を向け、
杏「……それでこれからなんだけど」
そこで一度言葉を区切り、杏は鞄から地図を取り出す。
そして一箇所を指差した。
杏「取り敢えずここに行ってみようと思うんだ」
杏が指した場所は、島の集落。
二つある集落のうち、南東部に位置する方だった。
杏「ここならきっと建物とかもあるし、森の中にずっと居るよりは快適でしょ?」
かな子「……で、でも……それならこっちの方が近いんじゃ……」
そう言ってかな子は、もう一つの集落を指す。
しかし杏は首を捻って、
杏「確かにそうなんだけど……。そっちよりこっちの方が傾斜がなだらかなんだよ。
だから距離は伸びるけどこっちの方が良いかなって思ったんだ。
坂道キツイと普通に歩くよりずっと疲れるし」
確かに杏の言うとおりだった。
地図には等高線があり、それを見ると傾斜の違いは明らかだった。
きらりとかな子にはこれだけ見てもどの程度の傾斜なのかは分からなかったが、
杏にはイメージが付いているらしい。
かな子「じゃ……じゃあそれで良いかな……」
杏「そっか。きらりもそれでいい?」
きらり「……うん」
杏「……。よし、それじゃ早速行こうか。多分完全に暗くなる前には着けるよ」
そうして杏は先頭に立つ。
それと同時にチラリと後ろを振り向き、二人の表情を見る。
しかしそのまま何も言わず、再び前を向き歩き始めた。
16:20 如月千早
千早「……それじゃあ、開けるわよ」
春香「うん……!」
灯台に着き、千早は入口の扉に手をかけて確認を取った。
ここへ来たのは、春香が置いてきたという毒を誰かが口にしてしまうことを防ぐためだ。
理屈で言えば今この中に人が居る可能性は決して高くなく、
また誰のものかも分からない水や食料を口にするとも考えづらい。
だが時間の経過に伴ってその確率は高くなっていく。
早い段階で、可能性をゼロにしなければ。
しかし忘れてはならないのが、仮に現在この灯台に人が居た場合……
その者が自分たちに敵意を持っていないとも限らないということだ。
少し前に聞こえた爆発音。
あれの元凶になった人物がここに居るかも知れない。
そう考えると千早も春香も慎重にならざるを得なかった。
だが今覚悟を決めた。
千早は春香が頷いたのを見、可能な限り音を立てずに扉を開けた。
すると一歩中に入った途端、はっきりと聞こえた。
誰かの声だ。
千早は確認のために春香を振り向く。
春香は黙って何度も頷く。
間違いない。
すぐ目の前にあるもう一枚の扉。
その向こう側に誰か居る。
千早はモップの柄を握り締め、扉にゆっくりと近付き……
「そう言えば少し喉が乾いちゃったな……。アーニャちゃんも、飲んでおいた方が良いよ?」
この声を聞いた途端、春香は全身の毛穴が一気に開いたような感覚を覚えた。
同時に一切の思考は消えて足が動いた。
前に居た千早の脇をすり抜け、壊れるかと思うほどの勢いで扉を開ける。
そして次に春香の目に映ったのは、驚きの表情でこちらを見る二人のアイドルと、
そのうちの一人の手に握られたペットボトルだった。
春香「だっ……駄目ぇええええッ!!」
美波「きゃあッ!?」
そう叫び春香は美波に思い切り飛びついた。
美波は突然のことに全く対応する間もなく、バランスを崩してそのまま床に倒れこむ。
そして、
アーニャ「ッ……!!」
『敵が襲ってきた』『美波が襲われた』『守らなければ』。
アナスタシアが咄嗟にそう判断したのも仕方のないことだった。
アナスタシアはほんの一瞬だけ、美波から目線を外す。
その先にあるのは壁に立てかけてあった彼女の武器。
本当は使うつもりなどなかったはずだが、
そんなことは今のアナスタシアの頭からは消え去っていた。
今頭にあるのは敵から美波を救い出すことだけ。
アナスタシアは壁へと走って武器を手に取り、
そして美波に覆いかぶさる敵に向け、振りかぶった。
が、それを振り下ろす直前。
アナスタシアもまた、美波と全く同じように床に倒れ込んだ。
今度は千早がアナスタシアに飛びついたのだ。
しかし、アナスタシアは武器を手放さなかった。
美波を守りたいと願うその強い心が、彼女に武器を握らせ続けた。
倒れた直後に、自分に飛びかかってきた敵は起き上がろうとした。
駄目だ、ここで起き上がらせたら駄目だ。
敵が何かする前に、早くしないと、美波を守れなくなる。
直感的にそう感じた。
だからアナスタシアは、敵が行動を起こす前に、
倒れたままの体勢で武器を振り上げ、そして……
美波「待ってアーニャちゃん!!」
美波の声でアナスタシアはそのままの姿勢でぴたりと止まる。
それと同時に、千早は急いでアナスタシアから離れた。
しかしアナスタシアは動けない。
呼吸は浅く早く、目には涙が浮かび、なお武器を握り続けたままで固まっている。
そんな彼女に美波は駆け寄り、そして武器を握る手を優しく包んだ。
美波「大丈夫……。アーニャちゃん、大丈夫だよ」
手の温もりと優しい声に、アナスタシアの硬直はようやく解けた。
数秒美波を見つめた後、ようやく武器を手放す。
そして美波に抱き着き、声を押し殺して泣いた。
美波「えっと……天海春香ちゃんと、如月千早ちゃんだよね?
説明をお願いできるかしら……。二人共、私たちに危害を加えるつもりじゃなかったのよね?」
アナスタシアが落ち着くのを待ち、美波は春香と千早に目を向けて言った。
しばらく傍で黙って立っていた千早達だが、この問いに春香が慌てて反応した。
春香「こ、ここに置いてあった飲み物と食べ物は、食べちゃ駄目なんです!
毒が入ってて、私が置きっぱなしで、だから……!」
千早「春香、落ち着いて。順を追って説明しないと」
春香「う……ご、ごめんなさい」
千早「その……。ここに入った時、テーブルの上に水と食料が置いてあったはずです。
実はそれは春香に支給された武器で――」
春香の代わりに千早は事情を説明した。
美波もアナスタシアもそれを黙って真剣に聞く。
そして全ての説明を終えたあと、アナスタシアは震える唇を開いた。
アーニャ「ごめん、なさい……。私、勘違い……でしたね。
ハルカ、チハヤ……。とても優しい人でした。私たちのこと、助けるためでした……。
なのに、私……私っ……」
そう言ってボロボロと涙を流すアナスタシア。
それを見て春香は再び慌て出す。
春香「ああっ、いいの大丈夫だから!
私が紛らわしいことしちゃったのが悪いんだよ!
アナスタシアちゃんは悪くないよ! だよね、千早ちゃん!」
千早「えっ? え、えぇ、そうね……。結果的には誰も何ともなかったのだし……」
正直、飛びついたあと顔を上げると
武器を振り上げた彼女が目に映った時は心臓が止まるかと思ったけれど。
と言うと更に泣いてしまいそうだったので千早はその言葉は飲み込んだ。
ただ、もし自分が殴られていたらどうなっていただろうか。
春香はどうしていただろうか……。
そんな風に意味の無い想像をしてしまいそうになるのを千早は懸命にこらえた。
そしてアナスタシアに薄く笑いかけ、
千早「私は気にしてないわ。これからはお互い、冷静に行動するよう気を付けましょう」
春香「そうそう、これから気を付ければいいんだよ!
だからアナスタシアちゃんもそんなに気にしないで、ね?」
アーニャ「……ハルカ、チハヤ……。ありがとう。やっぱり、とても優しいですね……」
春香「そんなこと……。それに、優しいのはアナスタシアちゃんだと思う。
さっきは美波さんを守りたい一心で……だったけど、
本当は人を傷付けたくないんだって、すごく伝わってきたから」
そう言って春香にほほ笑みかけられ、アナスタシアにもようやく笑顔が戻った。
美波もその様子を優しい笑顔で見ている。
と、今度はそんな美波に春香は顔を向けて言った。
春香「でも、本当に間に合って良かったです! もう少し遅かったらって思うと私……」
美波「あ……え、えぇ、そうね。ありがとう、春香ちゃん」
少し言い淀み、少しぎこちない笑顔を浮かべる美波。
それを見て千早は察した。
そしてきょとんとする春香の横顔に向けて、
千早「春香……。もしかして新田さんが飲もうとしていたのは、自分の水だったんじゃ」
春香「え!?」
思わず声を上げ、春香は美波に顔を向ける。
すると美波は少し表情を強ばらせた後、やはりぎこちない笑顔で微笑みかけた。
その笑顔はつまり千早の考えを肯定するものであると、春香にも分かった。
春香「じゃ、じゃあ私、早とちりで……。ご、ごめんなさい!」
美波「い、いいの気にしないで! 私も紛らわしいことをしちゃったんだし……」
千早の言葉によってつい先ほどと似たようなやり取りが繰り返されようとしたが、
それを止めたのも千早だった。
千早「それより、二人に確認したいことがあるんです」
真剣なその声を聞き、途端に場の空気がぴりっと引き締まるのを春香たちは感じた。
そして千早は少し間を置いて問いかけた。
千早「少し前にこの灯台の東側から大きな爆発音のようなものが聞こえました。
そのことについて何か知っていることがあれば聞かせてくれませんか?」
美波は千早の問いに正直に答えるべきか少し悩んだ。
しかし状況が状況だ。
下手に嘘をつくとそれが後になってどう影響するか分からない。
だから美波は、自分の身に起きた出来事を全て話した。
そしてあの爆発音の正体を聞き、
春香の手は動揺に震え、千早は目線を落として眉根を潜めた。
春香「……伊織が、そんな……」
千早「……」
春香「ま……まさか伊織、本当に、こ、殺したりなんかしないよね?
み、346プロの人のこと、怖がってるだけだよね……?」
千早「……ええ。ただ武器を奪って逃げたということは、そういうことなんだと思う」
春香「そ、そうだよね! じゃ、じゃあもし伊織に会ったら、
みんなで協力するように言ってみようよ!
美波さんとアナスタシアちゃんのことをきちんと知ってもらえれば、
伊織だってもう怖がったりしないで済むはずだよ!」
千早「ええ……そうね」
殺意があったのなら、美波に危害を加えていたはず。
そういう理屈で千早は春香の焦りや不安を落ち着かせた。
だが千早は、実際がどうかは分からないと、口には出さなかったがそう思っていた。
伊織は相手との体格差を考えて撤退しただけかも知れないし、
強力な武器が手に入れば殺傷も厭わない覚悟を既に終えているかも知れない。
春香とアナスタシアは少なくとも表情には出ていないが、
美波も千早と同じ考えに至っているようで、その顔には僅かに影がさしていた。
だが美波も千早も、今は周りを不安にさせることよりも安心させることを優先した。
それから四人は話し合い、
今後は闇雲に動き回るのではなくこの灯台を拠点とすることとした。
誰かがここを目指して来てくれるかも知れないし、
上にのぼって外に出れば何かあった時に発見もしやすくなる。
野宿することもなく、体力も温存できる。
必要に迫られれば当然ここを離れるが、
それまでは腰を落ち着けてじっくりと話し合い、考えた方が良い。
灯台内部でもまだ調べられるところはあるだろう。
そのようにして四人は今後の方針を結論づけた。
ただ恐らく無意識ではあったが、四人には共通の認識があった。
今ここに居る者に関しては信頼できるだろう。
しかしやはりこの場に居ない他事務所のアイドルには全くの無警戒では居られない。
外を動き回って、もし襲われたら。
その可能性に対する無意識下での警戒心や恐怖心が、四人をこの場にとどめていた。
16:30 神崎蘭子
蘭子「あ、あの……誰か……」
地図を頼りに、蘭子はようやく集落にたどり着いた。
しかし着いたは良いものの、それはそれで蘭子にとっては不安だった。
ここに346プロの人が居れば良い。
だがもし、765プロの人だったら。
前に聞こえた大きな音のことが頭から離れない。
ひょっとすると、ここに来たのは間違いじゃなかったのか。
人を探すのをやめてすぐにでも森の中へ引き返すべきじゃないのか。
蘭子がそう思い始め、目にじわりと涙が浮かんだのとほぼ同時。
すぐ横の民家の扉が勢いよく開かれた。
蘭子「ひっ!?」
突然の出来事に蘭子はほとんどかすれ声のような悲鳴を上げ、頭を抱えてうずくまる。
しかし次に聞こえた声が目線を上げさせた。
李衣菜「やっぱり、蘭子ちゃんだった!」
蘭子「あ……り、李衣菜さん……?」
李衣菜「あ、あぁごめん、びっくりさせちゃったね」
しゃがんだまま涙目で李衣菜を見上げる蘭子。
それを見て李衣菜は自分が蘭子を驚かせてしまったことに気付く。
しかし謝罪もそこそこに、すぐに話題を次に移した。
李衣菜「えっと……蘭子ちゃん今、一人だよね?」
蘭子「えっ? は、はい……」
李衣菜「それじゃ取り敢えず中入って! 早く!」
李衣菜に急かされて蘭子は慌てて立ち上がる。
そして手を引かれるがままに、扉をくぐった。
蘭子「お、お邪魔します……」
混乱しているのか礼儀として習慣付いているのか、
蘭子はこんな時にも関わらず挨拶を口にする。
次いで靴を脱いで上がろうとしたが、それは李衣菜に止められた。
李衣菜「脱がなくて良いよ。どうせ空き家なんだし、
それに、何かあった時にすぐ動けるようにしてなきゃ……」
蘭子「え……何か、って……」
と、蘭子は歩きながら疑問を口にしたが、その答えが返って来る前に、
もう一人の声によって李衣菜との会話は中断された。
みく「あ……ほんとに蘭子ちゃんだったんだね」
みく「良かった……。大丈夫、蘭子ちゃん? 怪我とかしてない?」
李衣菜「ちょっ、駄目だって! 起きるのは一時間に一回って言ったじゃん!
出来るだけ安静にしてなきゃ!」
蘭子「あ、あの、えっ……? み、みくちゃん、どうして……?」
何故か横になっていたみくと、起き上がろうとするのを止める李衣菜。
その二人のやり取りを見て、
友達に出会ったことで多少は和らいでいた蘭子の不安が再び色を濃くする。
李衣菜はそんな蘭子の不安を感じ取り、
一度目を伏せてからゆっくりと顔を上げて言った。
李衣菜「何があったか説明するよ……。適当に座って」
その李衣菜の表情は蘭子の不安を更に掻き立てた。
ごくりと喉を鳴らし、蘭子は恐る恐る李衣菜に向かい合うように、みくの横に腰を下ろした。
それから李衣菜は自分たちの身に、主にみくの身に起きたことを話した。
そして李衣菜の話を聞いて、蘭子は手が震えるのを止められなかった。
765プロの人達が、自分も少なからず憧れていたあの人達が、
自分達を殺そうとしている。
頭が真っ白になっていく。
視界が滲み始め、喉が閉まり、唇が震える。
みく「蘭子ちゃん……」
蘭子「っひ、ぇぐっ……」
みくは手を伸ばし、蘭子の手を優しく握る。
そして李衣菜は弱々しく嗚咽を漏らす蘭子を見て、拳に力が入るのを感じた。
守らなければいけない。
自分が絶対にこの子たちを守るんだ。
例え何があろうと、何をしようと、絶対に……。
続き
小鳥「今日は皆さんに」 ちひろ「殺し合いをしてもらいます」【2】