1 : 名無しさ... - 2017/08/31 23:46:40 HbZ 1/14

 需要と供給は配給者が需要者のニーズに応えているからこそ成り立っています。
 それは、アイドルのような職業でも当てはまるでしょう。
 私の持つ私へのイメージとファンの方々の要望や評価がかけ離れてしまってはいけません。
 かけ離れてしまえば、必然的に私、橘ありすというアイドルは整合性がとれず容易に崩れ去ってしまいます。
 私とファンの方々の相互作用によって、アイドルでいられるのを私は忘れてはいけないのです。


 ならば、日ごろタブレットを駆使して私に関する情報を収集するのは当然でしょう。
 少しもおかしくありません。ほめられたいとかではありません。
 どんな意見があったのか冷静に分析して、現状を振り返る、これが目的です。
 ほめられることだけを期待しまうほど子供っぽい甘い考えはこの、橘ありすにはみじんもありません。


「文香さん、いますか?」


 学校帰りに立ち寄った事務所に文香さんはまだいませんでした。
 代わりにちひろさんがデスクから顔を上げて応対してくれました。


「文香ちゃんなら今はいませんよ。どうかされたんですか」


「私が読みたかったミステリー小説がタブレットですと配信されていなかったので、文香さんが紙媒体でもよかったら、といってくれて。それで会う約束をしたんです」


「そうなんですか。しばらくすれば来られると思うので、待っていますか?」

元スレ
【デレマス】橘ありす「橘ありす進化表?」
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1504190800/

2 : 名無しさ... - 2017/08/31 23:47:11 HbZ 2/14

「そうさせていただきます」


 私がソファーに座ると、


「何か飲みますか?」


 給湯室からちひろさんの声が聞こえてきました。


「あ、ありがとうございます。では、紅茶を」


「お砂糖やミルクはどうしますか?」


「どちらもお願いします」


 別にストレートティーだって飲めますが、ここで私がお砂糖入りのミルクティーを選んだのには合理的な理由があります。
 私は学校帰りで疲労しています。
 そして、糖分は効率的な栄養補給が可能であるため、人はそれをおいしいと感じるように出来ているといいます。
 なおかつ、ミルクティーに砂糖を加えると成分同士が反応して風味とコクが格段に増します。
 お砂糖入りのミルクティーは状況に符合しているでしょう。


「どうぞ」


「どうも」

3 : 名無しさ... - 2017/08/31 23:47:31 HbZ 3/14

 テーブルに置かれた紅茶はゆらゆらと湯気を立てています。
 ミルクとお砂糖を加えてかき混ぜると透けていたカップの底の模様がミルクティーの色で見えなくなりました。
 ミルクティーを口に含むと紅茶の味が広がります。


「おいしいです」


「それはよかったです。あの、ありすちゃん」


「はい、何でしょうか?」


「しばらく席をはずさなければいけないので、その間に誰かわたしに用がある方が来たりしたら倉庫にいると伝えてもらえますか? といっても、特に誰が来るという話も聞いていないので心配しなくてもいいと思うんですけど」


「気にしないでください」


「ありすちゃんの用事が済んだら帰ってもらっていいので」


「ええ、わかりました」


 ちひろさんはありがとうございます、というと倉庫へと向かって事務所を出ていきました。


 事前にレッスンがあるとは連絡もらっていたので、私は文香さんがやって来るまでの時間を情報収集にあてることにしました。

4 : 名無しさ... - 2017/08/31 23:47:59 HbZ 4/14

 時間は効率的に使うべきです、有限ですから。


 では、ファンの方々意見についてチェックしましょうか。


 まずは、最近のトークショーイベントですね。
 トークショーはフレデリカさんとご一緒させてもらいましたが、彼女とこの手のお仕事をさせてもらうと、どうしてか会場での笑い声が絶えません。
 私としてはクールな面をプッシュしているつもりなのですが、ファンの方々とのギャップが生まれてしまいます。
 でも、反応が悪いわけではないのです。
 ネットで調べるとやはり、それを物語るようにコメントは楽しげなものが多いですし。


「うふふっ…………あっ!」


 頬がゆるんでしまっていましたね。
 肯定的な言葉をもらうとこうして心が浮つくのは本当に不思議です。これはいけません。第三者的な思考を阻害してしまいかねません。


「……」


 ミルクティーの入ったカップに口をつけます。


 わ、私はまだまだ子供ですから、感情を制御しきれないのは自然なことです。
 ほめられてよろこばないというのはほめてくださった方々に失礼でしょう。
 それに、あの現象を解明するにはまだ足りない点があるように思います。
 考察ためのヒントを得るためにも今後もデータを集めるべきですね。


 お仕事への反応などを知るのも大切ですが、ファンの方々が交流している場を覗いてみることで彼らの持つ私のイメージをポピュラーものからマイナーものまで満遍なくつかめるでしょう。
 私はいくつかの掲示板を巡回して興味深い記事があれば読むようにしています。

5 : 名無しさ... - 2017/08/31 23:48:25 HbZ 5/14

 タブレットの画面をスクロールしていると一つのタイトルが目に留まりました。


「橘ありす進化表?」


 ゲーム内キャラクターの成長後の姿や能力を把握するのに私も使ってますし、ニュアンスはそれとなく理解できます。
 私の進化先が一覧になっているのでしょう。
 私の進化先や制作された意図はまったく読めませんが。


 タブレットをタッチして記事を開くとタイトルの下に画像が映し出されました。
 私の顔写真を中心にして様々な方向に矢印が他のアイドルの方々の写真に伸びています。皆さん私のよりも年上で、それぞれ進化条件が書かれているので、これが橘ありす進化表なのでしょう。
 どうやら通常の進化先にあたるのは泉さんのようです。
 情報分析をされる点は私と共通しますが、どんな失敗にも折れず、むしろ糧にしてしまう適応力の高さもとい素直さには目を見張るものがあります。彼女は目指すべきアイドル像なのかもしれません。


 ファンの方々を軽んじていたわけではありませんがこのデータには脱帽です。
 他も進化先も方向性として非常に的を射た分析です。


 まぁ、いくつかは未知の領域ですが。特に……ヘレンさん。
 まれなことのようですが、彼女も私の進化先に含まれているのです。
 通常の認識では捉えきれない途方もない方だと思うのですけど。

6 : 名無しさ... - 2017/08/31 23:48:54 HbZ 6/14

 その時、廊下からテクテク、と足音が部屋に伝わってきたので横目でしばらく追っているとドアの前で止みました。
 ちひろさんが倉庫から戻ってきたのかな。


 視線をタブレットに移してヘレンさんの顔写真と向き合います。
 系統どころか生まれた星さえ違いそうです。
 ウサミン星出身の菜々さん地球でアイドルをしているんですから、別にもそういう人がいたと考えてもおかしくはないでしょう。
 でも、傍からすればヘーイ! とか言いそうなんですか、私。


「ヘーイ!」


 堂々とした掛け声とともに勢いよくドアがあけ放たされました。


「ひぃー!」


 突然のことに混乱した私は反射的にソファーの陰に身を隠しました。
 起こったことを確認するためにソファーから顔を少しだけだしてドアをみると、そこにはヘレンさんが仁王立ちしていました。


「予感がしたから事務所にきたのだけど……あら、愉快な格好ね。かくれんぼでもしてたのかしら」


 余裕しゃくしゃくといった態度でヘレンさんはいいます。


「愉快ではありません! びっくりしているんです!」

7 : 名無しさ... - 2017/08/31 23:50:10 HbZ 7/14

 ちひろさんが戻ってきたと思ったら大きな声が耳に飛び込んできたんです。誰だって防衛体制です。私がおくびょうなわけではありません。


 ヘレンさんはしばらく私の様子を観察してから、不敵に笑いました。


「あなた、私のオーラを感じているのね」


「へぇ……?」


「前から思っていたのよ、あなたには素質があると」


「な、何の素質でしょうか?」


「世界レベルのよ!」


「世界、ですか……」


 真剣なまなざしでヘレンさんが話すので、とても質問など挟めそうにありません。


「頂点に立つ者は最上級のパフォーマンスで世界中の魅了する義務があるの。その道程は生半可な力では歩むことすらままならないわ。けれど、ありす! あなたには世界へ挑む素質が備わっている。世界を背負うと決心したなら、その時は私の相手になってあげるわ」


「……」

8 : 名無しさ... - 2017/08/31 23:50:53 HbZ 8/14

 私は圧倒されて呆然としていました。そして、気がついた時にはヘレンさんの姿は消え去っていました。おそらく満足したのでしょう。


「……あっ! 橘ですー!」


 わずかであったとしても私にヘレンさんのようになれる素質があるという点に限っては疑わざるを得ない感じがします。彼女はすさまじいにも程があります。


 ほっとしたのもつかの間でした。すぐにまたドアノブが回ります。あまりの展開に声を荒げてしまいました。


「な、何ですか! お、驚かさないでくださいよ!」


 しかし、眼前の人物はヘレンさんではなく、文香さんでした。文香さんはまばたきを数度繰り返すと、深々と頭を下げてしまいました。


「えっ……あの……すみません」


「文香さん! いや、なんでもありません。うるさくてこちらこそごめんなさい!」


 必死に弁明すると納得してくれたようです。


「ヘレンさんに……その、動揺されていたのですね」


「はい、台風のような様で。前触れもなく現れると心臓に悪いですよ……」

9 : 名無しさ... - 2017/08/31 23:51:20 HbZ 9/14

 私のげっそりとした表情を見かねたのか、文香さんは慰めてくれます。


「……私は世俗な者ですので、計りかねますが。ヘレンさんのような聡明な方ならばこそ……感じるものがあったのでしょうね」


 そういった後、文香さんは思い出したようにバッグをテーブルに置いて中を探り始めました。


「……忘れないうちに、これをどうぞ」


「あっ、ありがとうございます。ずっと読んでみたかったんです」


 手渡されたのは一冊の推理小説です。今日はこれを借りることが目的であったのをすっかり忘れていました。


「マイナーな作品ですから……電子書籍にはなっていなかったのですね」


「えぇ、配信されていなければどうやっても読めないというのが電子書籍の辛いところです」


「……紙媒体でもよろしければ、今後も興味のある本があればいってください」


「本当ですか!」


「ふふっ……屈託のない笑顔というのは心が晴れ晴れとされますね」

10 : 名無しさ... - 2017/08/31 23:51:47 HbZ 10/14

 喜んでいる私は子供そのものでしたが、文香さんが微笑んでくれるなら構いませんでした。


 私が給湯室から二人分のアイスティーを持ってくると、文香さんはタブレットを前にあたふたしていました。


「どうしたんですか?」


「ありすちゃんが紅茶の準備をしている間眺めていたら……画面が真っ暗になってしまって」


「大丈夫ですよ」


 タブレットの電源ボタンを押して、先ほどまでの映っていた画面が表示されると文香さんはあんどしたようです。


「……よかった。画面にタッチしても変化がなかったので」


「勝手がわからないと無理もないですよ。……これを」


 私はアイスティーを文香さんの前に差し出します。


「レッスンでお疲れですよね? アイスにしておきました。それとお砂糖とミルク入れることをおすすめします」

11 : 名無しさ... - 2017/08/31 23:52:12 HbZ 11/14

「では、そうさせていただきます」


 お砂糖とミルクをストローで混ぜる文香さんの横で、私はタブレットを見ながらストレートのままのアイスティーを飲みます。


「ありすちゃんがいっていたものが……その画像ですか」


 私の進化先が一覧になっているというありす進化表。ファンの方々が作ってくださった重要なデータです。


「はい」


「可能性が多いということは……それだけありすちゃんの様々な資質があるということでしょうね。見抜いたファンの方々は……慧眼ですね」


「私では、想像もできなかった可能性を提示してくれる人達というのは貴重な存在なのでしょうね。そういえば、文香さんや奏さんものっているんですよ」


「それは……恐れ多いですね」


 十分に混ざり切ったミルクティーをストローで回す文香さん。
 彼女の奥ゆかしさはうらやましくってたまりません。
 私はつっけんどんでのせられやすいところがあるので。


「私、文香さんや奏さんの立ち振る舞いを取り入れてみたりしてるんです。まずは形からといいますから」

12 : 名無しさ... - 2017/08/31 23:52:51 HbZ 12/14

「えっ……」


 仁奈ちゃんがものまねが上手だというウワサを聞いた私は、時折彼女に文香さんたちの所作について事細かに教えてもらっていました。
 予習は万全です。


「そ、そうだ、まねてみるので似ているのか確かめてもらえませんか? 恥ずかしいですけど」


 その人のまねを本人の前で披露するというのはこそばゆいものがありますが、完璧に取り入れるには避けられないでしょう。

「……恥ずかしいのなら止めておきませんか」


「で、でも」


「その、私のものまねは私も目と耳を塞いでしまいそうなので奏さんのまねでしたら。……私も奏さんのものまねなら……見たいです。切実に……」


 いいだしてしまった以上、目的がずれてしまっても退くのは難しいのです。冷静さを欠いてしまった私は赤色めがけて突進する闘牛のようでしょう。


「そうですか。……わかりました、では!」

13 : 名無しさ... - 2017/08/31 23:53:26 HbZ 13/14

 興奮で乱れる呼吸をなんとか整え、照れくささを払拭して口を開きましたが、


「キスしてあげ……」


「文香、あなた練習着忘れていってたわよ」


 事務所に入ってきた奏さんによって固く閉じられました。
 見紛うなき奏さんです。正真正銘の奏さんの登場です。
 私たちを一べつして納得したように奏さんは頷きました。


「あら、橘さん。どうぞ続けて」


「あ、ありすです! っ違います! 橘ですー!」


 ………。
 ……。
 …。


 結果、橘ありすというアイドルは将来性がある種のアイデンティティであるのでは、という新たな見解を得ました。
 ですが、奏さんたちのようになるにはまだまだ研究を継続しなければいけません。


おわり

14 : 名無しさ... - 2017/08/31 23:58:20 HbZ 14/14

お読みいただきありがとうございました。

こちら、ありすの進化表が元ネタとなっております。
勝手ながら参考にさせていただきました。
作成者の方々ありがとうございます。

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