1 : ◆Q/Ox.g8wNA - 2017/07/15 22:47:39.51 duf40ItMO 1/18



死んだと思ったら、凛に生まれ変わっていた。


何を言ってるか分からねーと思うが、俺にも何でこうなったのか全く意味が分からん。


俺の名前はモバP。
まあそこそこデカい芸能事務所でアイドルのプロデューサーをやっている。

数年前、俺が新たにアイドルを発掘すべく街をブラブラしてると、
渋谷でアイドルのライブを放送している街頭モニターを見上げる、一人の少女を見かけた。

その瞬間、俺の中の第六感がビビッときた。
いますぐこの子に声を掛けろ、と。

俺は自分の本能の命じるままに、すぐさま彼女をアイドルにスカウトした。


話しかけて感じたね。コイツは金の卵どころじゃない、ダイヤの原石だって。


彼女の名前は渋谷凛、後に本当にトップアイドルまで上り詰める事になる俺の自慢のアイドルの一人だ。

どうだい? 俺の見る目の正しさがわかる話だろ?? 




元スレ
【モバマスSS】渋谷転生
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1500126459/

2 : ◆Q/Ox.g8wNA - 2017/07/15 22:48:05.04 duf40ItMO 2/18


凛は俺の唐突なスカウトに、最初はすげない態度だったけど、
機会を改めるたびに態度は軟化し、数度目に凛の実家の花屋を訪ねた時、遂に首を縦に振ってくれたのだった。

その瞬間、思わずガッツポーズをとった事を覚えている。

スカウトに自信が有るとは言え、期待の持てるアイドルをスカウトできた時の喜びは、何物にも代えがたいものだしな。


そうして俺は凛をプロデュースする事になった訳だ。


そんな俺が、何で渋谷凛本人になって都内の花屋で店番なんかしてるか…、だって??

まぁ聞けよ。

総ては凛が、年間で最も優れたアイドルを称える賞の一つ、シンデレラガールの称号を射止めた所から始まるんだ……。





3 : ◆Q/Ox.g8wNA - 2017/07/15 22:48:45.27 duf40ItMO 3/18


「本年のシンデレラガールは……渋谷凛さんですッ!!」


壇上の司会者がそう告げたと同時に、ステージ中のライトが凛を照らし出す。

凛は最初驚きと戸惑いの表情で、その後は何時もクールなその表情をクシャクシャに潰して、
両手で顔を覆って涙を流して喜んでいた。

頬に涙を流しながら、舞台脇の俺の方を向いて微笑む凛。 
俺はそんな凛に深く頷き、笑顔を返しながら、ビシッと親指を立てた。


良くやったぞ、凛――


俺はそう思いながら、凛と歩んで来たこれまでの事を感慨深く思い返していた。

売れるとは思っていた。
だが、こんなにも早く頂点に上り詰めるとは思わなかった。

いや、それは余りにも凛を見くびった発言だろうか。

凛は俺の想像以上に豊かな才能を持ったアイドルで、しかもストイックな努力家だった。

たとえ俺以外のプロデューサーが彼女をプロデュースしても同じことになっていただろう。

俺がそんな事を考えていると、客席の方が何やら俄かに騒がしくなっている事に気付いた。


どうやら見た所、結果に不満を持った一部のファンが暴れているらしい。


よく見てみると、二位に付けたウサミミアイドルの法被を着込んだ、アイドルに虫を食わせるSS書いてそうなデブのキモオタが、
選考のやり直しを強硬に主張して大騒ぎし、警備員に取り押さえられそうになっていた。

キモッ。
応援しているアイドルの事も考えてやれよ……、居たたまれな過ぎるだろ……。

ああ言うのを厄介って言うんだな。

俺がそう思っていたその瞬間、
キモオタは法被から銀色に輝く物を取り出し、警備員に向けて突きつけたのだった。

4 : ◆Q/Ox.g8wNA - 2017/07/15 22:49:11.36 duf40ItMO 4/18

ゲッ、マジか。
ナイフじゃねーか。それも完璧違法サイズの。

キモオタは滅茶苦茶にナイフを振り回すと、周りの警備員が怯んだ隙に包囲から抜け出し、
その鈍重そうな体格にしては身軽な動きでステージ上に駆けのぼり、ステージ中央の人々の輪に向けて走り出した。

その輪の真ん中にいる凛は、周りのアイドルの祝福に囲まれてキモオタの突進に全く気が付いていない様だった。

マズい。

俺は慌てて舞台袖から凛に向けて駆け出した。


するとキモオタは、訳の分からない叫び声を挙げながら人々を押しのけ、凛に向けてナイフで突きかかったのだ。


その寸前、やっとキモオタの存在に気付いた凛は、恐怖の表情を浮かべ身を躱そうとしたが、時既に遅くそのナイフを身体に――


受ける直前、何とか俺の身体が凛とキモオタの間に滑り込んだ。


俺の腹部にめり込んで来る異物感、その直後に感じる熱と鋭すぎる激痛。

おうっ……マジか……。
腹刺されるのって……、こんなに痛いんだな……。

激痛だけじゃない耐え難い程の嘔吐感まで込み上げて来る中、俺はただ後ろに居る凛の身を護る為、
何とか気力を振り絞ってキモオタと揉み合っていた。

すると、遅ればせながら駆けつけて来た警備員たちが、後ろからキモオタに飛び掛かり、
暴れるその身体を数人がかり抑え込んだのだった。


…もう、安心だな。


ふう、と一息ついた俺は、既にかなりの量の自分の血が流れたステージに、ゆっくりと崩れ落ちる。

「プロデューサー!!しっかりしてよ!!プロデューサーッ!!」

凛が俺の身体の脇に縋りつき、先程とは違った泣き顔で俺の名を大声で叫んでいるのが目の端に見えた。


良かった……、無事だったか……凛…。


俺はその事だけを確認すると、マジでどうしようもなく刺された腹が痛いので、
うっすらと意識が消えて行き始めた現状を歓迎して、大喜びで暗闇に意識を手放したのだった……。



5 : ◆Q/Ox.g8wNA - 2017/07/15 22:49:38.11 duf40ItMO 5/18


そんで、気付いたら病院だった。


…病院、だよな??

壁は白いし、手術器具みたいな物は周りにあるし、何より医者??っぽい人達が居る。

ああよかった。生きてたんだな、と思ったよ。
医者らしき人たちの身長が、普通の四倍くらいある巨人でさえなければ。

なんだこりゃ。
巨人の国に異世界転移でもしちまったのか?? チートは何だ??
そう思う間もなく、巨人の医者は俺を掴みあげようと俺の方に手を伸ばしてきた。

俺はその余りの恐怖に絶望の叫び声を上げようとしたが―― そこではじめて、自分が息が全く出来ない事に気がついた。

何やら肺の中に、水の様なモノが大量に入り込んでいる様な壮絶な息苦しさを感じる。

俺はその苦しさと、肺が押し潰される様な今まで経験したことが無い痛みに、情けない話ながら全力で泣き喚いた。


オギャア!オギャア!! オギャア!!!


まるで赤ん坊の様な情けない泣き声。 その泣き声にもなんら反応を示さない巨人は、構わずに俺を掴みあげると、

「おめでとうございます、元気な女の子の赤ちゃんですよ」

と、俺の頭上遥か高くに語り掛けた。


は?? 赤ちゃん? 女の子??


やっと息が吸える様になってきた俺が、その言葉に困惑しながら巨人の医師が語り掛けた方向を見ると、
そこにはなんと、顔見知りの顔が有ったのだ。

「そうですか……、良かった…」

そう言いながら母性溢れる表情で俺を見詰めているのは、先程俺が身を挺して庇ったアイドル、渋谷凛の母親だった。

凛をスカウトしていた時に何度も会い、時には図々しく朝ご飯まで食べさせてもらった仲だ。

見間違えはしない。

だが、細かい所で色々違いは有った。

前に見た時より大分若いし、失礼ながら目立ち始めていた目尻の皺も無い。
ぶっちゃけアイドルにスカウトしちゃいかねないくらいの若々しさだ。

それにこんな巨人でも無かったし。



6 : ◆Q/Ox.g8wNA - 2017/07/15 22:50:14.27 duf40ItMO 6/18


一体どうした事だろう。そう考えていると、凛の母親が俺に、

「始めまして、赤ちゃん……。もう貴女の名前は考えてあるのよ……?
凛、渋谷凛…。どうかな…?? 気に入ってくれると良いけど…」

そう、やさしくやさしく、語り掛けて来た。


は??凛?? 俺が?? それに赤ちゃんって????


頭の中をクエスチョンマークで一杯に染め上げる俺。 

まて、落ち着け俺。
素数だ、素数を数えろ、2,3,5,7……。

そう自分に言い聞かせて指折り素数を数える俺。
そして、漸く落ち着きを取り戻した俺は、自分のその折り曲げている指が、
冗談の様に小さくなっている事に今更ながらに気が付いた。


そして、慌てて自分の身体を見まわす。


何故か裸だ。

そしてちいちゃいぷくぷくしたおもちゃのような手のひら。

短い脚、ぷっくりとしたお腹。


何より股間に有る筈の、見慣れたビッグマグナムが綺麗に消えていた。


はあああああああああああああああああああああ??


そう、俺は何故か知らんが、産まれたばかりの女の子の赤ちゃんに転生していたのだ。

それもどうやら、自分がプロデュースしているアイドル、渋谷凛に。


俺は混乱と当惑の余り何をしていいか分からず、ただ一つ赤ん坊が出来る事……、つまり、泣き声をあげて喚き続けた。


なんで、どうして、どういうことだ。


しかし、俺のその絶叫は、周りにはただの赤ん坊の泣き声にしか聞こえないらしい。

凛の母親は分娩台の上で嬉しそうに俺を抱き抱えると、


「よしよし、良い子、良い子……」と、あやしつけ始めた。

いや、あの、奥さん……。
俺…、そんな事されてる場合じゃないんですけど……。

俺は凛の母親にあやされながら、自分の理解不能な現状と全く先が見えない不安を嘆く意味を込めて、
ただただ泣き声を挙げ続ける事しか出来なかったのだった……。




7 : ◆Q/Ox.g8wNA - 2017/07/15 22:50:45.50 duf40ItMO 7/18


そんな訳で現在である。


俺は渋谷凛として立派に成長し、その美しく成長した仏頂面で花屋の店番をしている。

アレから俺は渋谷凛として暮らしていた。

何度か凛の両親に真実を告白しようと思ったが、産まれて来た一人娘がアラサー寸前のオッサンの精神を持ち合わせていると気づいたら、
流石にショックだと思うので、それは止めておいた。


証明できないしな。


何故証明出来ないかと言うと、どうやらこの世界は単純に俺の居た世界ではないらしい、からだ。

この世界と前の世界は共通点は無数にあるが、細かい所も無数に違う。 

過去転生お決まりの公営ギャンブルの結果は全くアテにならないし、
ワン〇ースが何故かサ〇デーで連載しててジャ〇プが潰れ掛かってる。

ゲーム業界の覇権などS〇GAが握っている始末だ。

まあ、ソレくらいは別に構わないのだが、困った事に俺……、「モバP」という人間の存在の痕跡が全く存在しなかったのだ。


六歳になった頃、俺は始めて貰ったお年玉で、自分の暮らしていた家や勤めていたプロダクションの様子を見に行ってみた。

だが、その何れも綺麗になーんも存在してなかったのだ。

前の世界に俺と言う存在が居た事を証明できなければ、生まれ変わりを強硬に主張した所で、
ちょっと遅れて中二病が発動したと思われるのがオチだ。

俺はその時点で生まれ変わりを主張する事を諦めていた。


そして、俺が存在してないのに、俺がスカウトしたアイドル達は何故か変わらず存在している様で、
苦労して全国からスカウトして集めて来た筈のアイドル達が、既に他の事務所からデビューしていたりする。

楓さんやまゆ等の、俺が日本中から探し出したウチの大事なアイドル達が、
軒並み346プロとか言うプロダクションに根こそぎ持っていかれている事に気付いた時には、激しい怒りを覚えたりしたものだ。


クッソ、なんかすげぇ寝取られ感がする。


一度、あんまり腹が立ったので、その346プロとやらにアイドル達の様子を見に行った事も有る。

楓さん達は、俺の事務所に居た時同様にそこに居た。
 
変わらずに明るい笑顔で、周りのアイドルと楽しそうに言葉を交わしていた。


思わずホロリと涙が零れそうになる。


……とりあえず酷い扱いはされていない様で、安心した。

俺は、十数年ぶりに再会したアイドル達に懐かしさが込み上げて来た余り、思わず駆け寄って抱きしめそうになってしまったが、
完全にただのレズのストーカーになってしまうので、そこはまあ、我慢した。


その際、俺の存在に気付いたまゆが俺の顔をジーッと見詰めて来たのが気になったが……。

怪しい行動してたから、変な奴だと思われたかな……??  

やっべ。気を付けないとな。


8 : ◆Q/Ox.g8wNA - 2017/07/15 22:51:13.53 duf40ItMO 8/18

まあ、そんな訳で多少のNTR感はありながらも、お世話になってる渋谷家に迷惑を掛けない様に、
俺は渋谷凛として15年間を過ごしてきた。

つとめてクールに振舞い、素直じゃないけど可愛い所を見せつつ、たまに「ふーん…、まぁ、悪くないかな??」と言う毎日。


完璧に渋谷凛を演じきれていると思う。




そんな生活を続けながらも、時に思う事が有る。

15年たってもまったく元に戻る気配すら見えないこの現状。

おそらく俺は、渋谷凛としてこのまま生涯を送らなければならないのだろう。 

少なくともその覚悟はすべきだ。


そういった場合どうすればいいのか……。どうやって生活していけばいいのだろうか。

花屋?論外である。 

未だに花の違いなんて良く分からないし、仏花をプレゼントコーナーに並べてドヤされた事も有る。
知ってる花言葉など、昔のアニメで覚えた黄色いバラくらいである。

渋谷家の明るい未来の為に、選択肢に入れるべきではない。

そう俺は確信している。




9 : ◆Q/Ox.g8wNA - 2017/07/15 22:51:39.49 duf40ItMO 9/18

第一、俺が人並み以上に出来る事などアイドルのプロデュースくらいである。


だから適当に大学に入って、卒業したら何処かのプロダクションの面接でも受けようかなぁ、
そう思いながらダラダラと毎日を過ごしていた訳である。

そんな或る日、346プロに併設されているカフェで、前世で担当していたアイドルをウキウキウォッチングすると言う、
日課になってるミッションを達成した後、家に帰るその途中の道で、俺に声を掛けて来た一人の人物がいた。


「あの…。 少しよろしいでしょうか……」


何もよろしくはないが。

俺がそう思いながら振り向くと、其処に立っていたのは、一見して怪しい風体の凶悪な顔面をした男であった。

オマケにデカい、思わず見上げるような大男だ。しかも黒のスーツにネクタイ。凄まじい迫力である。


何だこの男は。
タイムパトロールか何かの刺客か??

俺がその男に正直、産まれて初めてほんのわずかにビビっていると、男は俺に名刺を差し出しながら、こう言ったのだ。


「アイドルに興味はありませんか――」 ――と。



10 : ◆Q/Ox.g8wNA - 2017/07/15 22:52:06.80 duf40ItMO 10/18


男は武内と名乗った。同時に346プロのプロデューサーである、とも。

俺はそれを聞いて、思わず、

「346プロォ!? てめーが楓さん達をNTRやがったのかっ!?」

と、ネクタイを掴んで引っ張り出した。
そのまま引きずってやろうと力を籠めるが……、クッソ、ビクともしねぇ。

そのまま大木にしがみつくコアラみたいになってる俺に、困惑の表情を浮かべる武内。

構わず俺がそのままの体勢で、奴には理解できないだろうNTRの恨み節をギャーギャー並べたてていると、
巡回中の警察が俺たち二人が揉めてるのを見咎めて、声を掛けて来たのだった。

やっべ、騒ぎ過ぎたか。

ポリスは不味い、ポリスは。
前世でスカウトに下手を売った時の事が、走馬灯の様に頭の中を過る。


だが、どうやら警察は見た目はJKの俺では無く、武内某の方を重点的に尋問してるようだ。

まぁ、そうなるよな。

一瞬、そのまま痴漢扱いしてコイツのプロデューサー人生を終わらせてやろうかとも思ったが、
それは流石にやめといてやり、警察にフォローを入れる。

プロデューサーの仕事で一番辛いのは、スカウトで痴漢扱いされる事だからな……。わかるわ。

元・同業者の武士の情けだ。
俺のフォローで警察は立ち去り、立ち話もなんだというので近場の喫茶店に入る。

そこで武内は俺を、渋谷凛をアイドルにスカウトしはじめたのだった。




11 : ◆Q/Ox.g8wNA - 2017/07/15 22:53:15.52 duf40ItMO 11/18


「受けて頂けますか――??」


一通り説明を終えて、武内は改めて俺に尋ねて来た。


とは言ってもなぁ。 俺がアイドルなんてなぁ。

俺はアイスコーヒーのストローを行儀悪くピコピコ揺らしながら、考える。

今の俺は確かに渋谷凛だ。 
その俺をスカウトして来た事は褒めてやらんでもない。いい目をしている。

だが、ソレとコレとは話が別だ。俺はアイドルのプロデュースがしたいのであって、アイドルに成りたい訳じゃない。

正直、ヒラヒラの衣装を着てステージで歌ったり踊ったりなんて無理無理むーりー、である。イヤくぼである。

速攻でお断りしたい。


しかし、俺も元プロデューサー経験者として、スカウトを考える間もなく断られる辛さは、身に染みている。

そこで、形だけでも話を聞いてやろうと仏心を出し、色々と武内某に質問をぶつけてみた。

「…CDデビューとか何時頃出来るの??」

「現在、企画中です」

なるほど。

「TVとかに出られる様になるの??」 

「それも企画中です」

ふむ。

「……ライブとかはやるのか…??」 

「それも企画中……」 「全部企画中じゃねーかっ!!ビジョンを示せ!!ビジョンをっ!!」

余りに適当で雑なスカウトに俺は呆れ果てて、喫茶店のテーブルをバンバンと叩いて武内に説教をする。

「そんなんでスカウトに乗ってくる頭のあったかい子なんて、この世に存在する訳ねーだろ!!スカウト舐めてんのかっ!?」

武内はそう叫ぶ俺を困った様に見つめながら、首の後ろに手を回す。

アカン、こいつ見る目は多少有るかもしれんが、正直ちょっと能力微妙だわ…。

見た事も無い笑顔を理由にスカウトした、とか超適当な事言いそう。


正直、仮にアイドルをやるにしても、コイツにプロデュースを任せるには不安が有る。有り過ぎる。


残念ながら、武内プロデューサーの今後のご活躍をお祈りするしかないであろう。


俺はそう思い、もう九割以上断る気満々で、最後に、

「……それで……、どういう方向性で売り出そうとしてるんだ…?? その腹案くらいは有るんだろ……??」

と、余り期待もせずに俺は武内に聞いた。

他の会社のプロデュース方針なんて聞いた事無いし、多少の興味は有ったからな。


12 : ◆Q/Ox.g8wNA - 2017/07/15 22:53:42.93 duf40ItMO 12/18

腹案も無いとか言われたら、即座に席を蹴り飛ばして帰ってやろう、そう思っていると武内は、

「はい……、まずは、当社が進めるプロジェクトの一つ、シンデレラプロジェクトに入って頂きます…」

「ふむ」

グループ売りか。まぁ、最近の主流だわな。

「そして、プロジェクト内で出た欠員三名…、その空きを利用して、
グループ内ユニットとして、三人組のアイドルユニットで売り出そうかと……」 

ほう、三人組ユニットね……。

「ふぅん、その内の一人が俺ね……。まぁ、それは悪くないけど、他のメンバーはどんな感じの子を予定してるんだ??
大体決まってるんだろ??」

俺がそう聞くと、武内は鞄の中からファイルを取り出し、テーブルの前に二枚の書類を並べた。

「現在、こちらの二名が最終候補に残っています……」

そう言いながら、俺の前に書類を差し出す武内。

何やらその二人の説明をしている様だが、俺の耳にはその説明は全く入って来なかった。


島村卯月。

本田未央。


差し出された書類に記載された顔写真とプロフィール。

俺はそれを見て、書類に目が釘付けになっていた。


俺が凛をスカウトした時に感じた、あの本能とも言える第六感。

それと同じくらいの強い衝撃を、この二人から感じていたからだった――



13 : ◆Q/Ox.g8wNA - 2017/07/15 22:54:45.70 duf40ItMO 13/18


「此処がその女の、ハウスねっ!!」

「いえ…此処は養成所でして…」

分かってるよ。ボケたんだよ。
恥ずかしくなるからいちいち訂正すんなや……。


結局、俺は武内と一緒に他のメンバーに会いに来た。
断る気は満々だったのだが、素質の有りそうな娘を見ると気になってしまうのが、ボクの悪い癖。

正直、この二人は凄まじい逸材だ。俺の第六感がビンビンに告げている。

この二人と凛――

つまり、俺が力を合わせて実力を出し切れたならば、一体何処まで行けるのか……。

俺はそれを思うと柄にもなく興奮し、自分の中のワクワクを押しとどめる事が出来なかったのだ。



そして俺は武内に、

「他の二人がスカウトを受けるのならば、アイドルやるのを考えてやらんこともない」

、と偉そうに告げた。

すると武内は、

「わかりました、この二人のスカウトに全力を尽くします…」

と、俺に宣言し、コレから二人の元に向かうと、早速やる気を見せ始めたのだ。

そんな訳でイイアイドルに弱い俺は、都内某所に有るアイドル養成所にホイホイ付いてきちゃったのだ。

相棒になるかもしれないアイドルを、直に見てみたかったしな。



養成所の中に入ると、書類に書かれていたアイドル候補生、島村卯月さんが養成所の所員らしき人と柔軟体操をしていた。

そこに入って来た巨漢の黒スーツの男(with美少女)

入るなり中の二人の表情は引き攣り、警戒感はマックスを振り切っている。 まぁ、そうなるな。

そして、所員さんに島村さんをスカウトにした事を告げて、話を聞くために島村さんの元にやって来たのだが……。


「ま、ママーッッ!!」


島村さんが武内の迫力にビビッて、話を聞くことが困難な状況になっている。 なにもしてないんだけどな、武内…。

目ん玉グルグルにして、頭を抱える様に座り込む島村さん。

困り果てて首の後ろに手を当てる武内。


俺は茶目っ気を出して、武内の背後から低めの声で、

「へっへっへ、泣いても喚いても人なんて来ないぜ……、お嬢ちゃん」と、島村さんに向けて呟いてみた。

それを聞いて、驚愕の表情を浮かべる島村さん。

「し、渋谷さんッ!!何をッ!!?? い、今のは違います!!私じゃありません!!」と、慌てて取り乱す武内。

しかし、島村さんは更に混乱した様子で、

「ま、ママーッ!!助けてっー!!ママーッ!!」と、大混乱である。

「お前がママになるんだよォ!!」俺は追撃の武内ボイスを繰り出したが、

「いいかげんにしてくださいっ……!」と、かなりの迫力で武内に凄まれたのでもうやめた。


正直、めっちゃ怖かった。


14 : ◆Q/Ox.g8wNA - 2017/07/15 22:55:12.96 duf40ItMO 14/18


十数分後、名刺を差し出した武内の話を聞いてやっと島村さんは落ち着いてくれた。

スカウトに来た事が判明したら、その愛らしい顔に満面の笑顔を浮かべて、

「本当ですかっ!?嬉しいです!! よろしくお願いしますっ!!」

と、即座に快諾したのだった。

なんだ、この満開スマイル…。一万点ぐらいあるぞ……。

つか、資料には先行オーディション落選って書いてあったけど、この世界のオーデションやってた奴等、この子落としてたの??

あもりにも無能すぎんだろ……。


そういう訳でアイドルになる事を快諾した島村さんと挨拶を交わす俺。

「おっす、オラ悟空!! 一緒に頑張ってドラゴンボール探そうなっ!!」っと言ったら、
ニコニコされながら戸惑い顔の生温かい空気でスルーされた。

ま、まさかのネタが通じない世代か?? ジェネレーションギャップだ……(現在・15歳)

島村さんは、

「あ、あの…、私、島村卯月って言います!!卯月って呼んでくださいねっ!!」と笑顔で自己紹介をしてくれた。

あー、めっちゃ可愛いな、この娘。

「うん、私、渋谷凛。私も凛って呼んでいいよ…??」

俺も名前を名乗り、呼び捨てでも構わない旨を告げる。

「わかりましたっ!!凛ちゃん!!えへへっ、一緒にお仕事する人が面白い人で良かったぁ……、頑張りましょうねっ!!」

と、ニッコリと告げて来た。

俺は、おもろい人間扱いされたので慌てて、

「うん……。私は消えない音を刻みたい…。ファンの心に…。一緒に残していこうか、私たちの足跡…!」

と、渋谷凛としての蒼さをアピールしといた。

どや、クールやろ??

卯月はきょとんとしていたが、まぁ、凛のクールさは充分通じたと思う。

凛、この世界でも俺はお前のキャラを崩さない様に頑張っているぞ……。

俺は遥か異世界に居る筈の凛に、グッと握り拳を作るのだった。




15 : ◆Q/Ox.g8wNA - 2017/07/15 22:55:38.10 duf40ItMO 15/18


「ただいまー……、はぁー、今日もオーディションダメだったよ……」

玄関の方からそんな嘆きの声が聞こえて来る。

「おかえりー、何かあなたにお客さん来てるけど……」

「お客さん??一体だれ??」

そんなやり取りの後、パタパタと廊下を駆けて来る音の後に、台所に本田未央が入って来た。

「よっ、お帰り」

俺はそんな本田さんに気軽に挨拶をすると、二個目のメンチカツに箸を伸ばす。

「………誰??」

そりゃそうだ、聞きたくもなるよな。

全く面識のない女の子二人と、巨漢のスーツ姿の男が自分の家の台所のテーブルで飯喰ってるんだから。




16 : ◆Q/Ox.g8wNA - 2017/07/15 22:56:45.97 duf40ItMO 16/18


島村さんをスカウトに成功した後、俺達は某県某所にある本田未央宅にやってきた。

島村さんも来たいと言うので三人パーティーで。

これでトリプラーが仕掛けられるな。 抜かるなよ。

んで、本田さんは留守だったので、居間に通されて本田さんのお母さんと色々話をしてたら、
盛大にお腹が鳴ったので、食事を勧められて今に至る。


戸惑う本田さんに、此方から最初に挨拶すべきだよな、ジッサイ、アイサツはダイジ。古事記にもそう書いてある。

「ご挨拶が遅れました。私、島村卯月って言います!頑張ります!!ぶいっ!!」
そう言いながら本田さんに笑顔でダブルピースをキメる俺。

「ちょっ!凛ちゃん!!それ私の名前っ!!あのっ!!わ、私が島村卯月です!!」
慌てて卯月が訂正する。

「そう、私は渋谷凛………、よろしく」

訂正されたので素直に名乗る事にした。
クールに決まった筈だ。メンチカツを箸で摘まみながらだが。

「うん……、それは解ったけど……、一体貴方達は何者なの??何で家に??」
うろんな目で俺達を見詰める本田さん。まぁそうだよな。

「それはコイツから説明を……、オイ、武内、説明しろ。二杯目のおかわり貰ってる場合じゃねーぞ」

本田さんのお母さんから、新たに盛られたお茶碗を受け取る武内に説明を促す。 
コイツも大概図太いよな。

そんな武内からスカウトの話を受けた本田さんは、胡乱な目つきが次第に光り輝いていく。

すげぇな、こんな怪しい奴の話聞いて、良くこんなに分かりやすくテンション上がるよな。 
感情の起伏の激しい子だよ。

思い込みだけで突っ走らない様に注意せなアカンな。


本田さんは、スカウトには一も二も無くオッケーしてくれた。どうやら相当にアイドルになりたかったらしい。

良し、コレで三人揃ったな。
後はデビューに向けてひたすら努力するだけだ。

俺は安心して、隣に居心地悪そうに座る本田さんの弟に、

「じゃあ、スカウトも終わったし、コレから猥談でもすっか!! 
なぁなぁ、あんなカワイイねーちゃん居て、弟としてはムラムラこないの??パンツ盗んだことある?? 
お風呂は何歳まで一緒に入ってた??」

と、肩を組んで聞いてみる。

本田弟は顔を真っ赤にして、

「な、なんだよアンタ!! そんな事する訳ねーだろ!!」と、恥ずかしそうに身を捩って逃げようとする。

そんなやり取りを見て、本田さんは、

「………もう、帰ってくれない??」

と、冷たい瞳で俺を見つめるのだった。



17 : ◆Q/Ox.g8wNA - 2017/07/15 22:57:11.69 duf40ItMO 17/18


そんな訳で本田家からガチ強めに追い出された俺達は、最寄りの駅まで卯月を送り、駅のホームで別れた。

電車が発車すると、俺達が見えなくなるまで満面の笑顔で手を振ってくれているのが見えた。

あんなにイジリ倒したのにな……、ええ子や………。

そして、駅が遠ざかった頃、俺は頭の後ろで手を組み椅子に腰かけ、隣に座る武内に、

「ふー……、何とか三人揃ったな…。ま、コレからはよろしく頼むぜ、プロデューサー??」

俺がそう、ニッと笑うと、武内は、

「それじゃあ……、スカウトを受けて下さるのですか…??」

と、俺に確認して来た。なんだよ今更。

「約束したしな……。 ああ、その代わり、しっかりプロデュースしてくれよ??」

俺が片目を瞑ってそう言うと、武内は、

「はい……、全力を尽くします……。必ず貴女方をトップアイドルにしてみせます……」

と、力強く答えた。

俺はそれを聞いて、
 
「バーカ。渋谷凛が居るんだぞ??トップアイドルくらい当たり前じゃねぇか、天辺だよ、頂点を目指すんだよ」

俺がそう言って頭上を指さすと、武内は「はぁ……」と、困った顔をして首の後ろに手を回す。

「必ず頂点に連れて行って……、そして、その先の世界を見せてくれ……、俺には…見せてやれなかった世界だからな……」

俺がそう、ボソッとそう呟くと、武内は、

「渋谷さん……貴方は……一体……」と、困惑した表情を見せる。

寂しそうに語る俺に、何か違和感を感じたのだろう。


…少し喋り過ぎたか。


「さあ…、なんなんだろうな……。俺が聞きたいくらいだけどな……」

そう言って話をはぐらかすと、俺は電車の外の星の出始めた夜空を見上げた。


俺はこの世界で、アイドルとして星を掴めるんだろうか?


何故、渋谷凛に転生したのか。理由も何も分からない。 

生まれ変わりと言う不思議を得て何をすべきか、それも全く分からない。

ただ、今の俺に出来る事はあの仲間たちと、そして何処か頼りないこのプロデューサーと一緒に、アイドルをする事だけだ。


そして頂点を目指そう――

凛に見せられなかった世界の先を見に行ってみよう。


そうすれば、俺が渋谷凛になった理由も、少しは見えるような気がするから――

俺はそう誓い、遥か異世界の自分と同じ顔をした少女を思い、ただ星を見詰めるのだった――








【終】

18 : ◆Q/Ox.g8wNA - 2017/07/15 22:57:39.28 duf40ItMO 18/18

[おまけ、ミニライブ終了後] 




モバ凛「ねぇねぇ、どんな気持ち??どんな気持ち?? 」
先輩のライブの盛り上がりを自分の実力と勘違いしちゃって、ドヤ顔で友達呼んじゃってどんな気持ち??」トントン

未央「…………っ~!!」(顔真っ赤でプルプル震える)

モバ凛「早く来ないと良い場所取れないよっ!!とか友達に言っちゃったりして、
ガラガラのステージ見せてどんな気持ち??ねぇ、どんな気持ち??」トントンステップ

未央「…っ!もうヤダッ!!あたし、アイドル辞めるッ!!」(ダッと走り去る)

モバ凛「あっ」

卯月「み、未央ちゃーんっ!!」(慌てて未央を追いかける)


モバ凛「………………………」

武内P「………………………」


モバ凛「何してんだよッ!? 未央、アイドル辞めるとか言ってるじゃねーかっ!!」

武内P「……煽ったの渋谷さんじゃないですか……」


モバ凛「この状況はなんなの?アンタはどうするつもり?? 納得のいく答えをきかせて!!」

武内P「私の方が聞かせて欲しいのですが………」


モバ凛「逃げないでよ!」

武内P「逃げるも何も……」


モバ凛「アンタ言ったよね!!此処に来れば今までと違う世界が有るって!!」

武内P「貴女にそんな事言った覚えは無いのですが……」


モバ凛「アンタは何を考えてるの……??」

武内P「私も貴女のそれを知りたいです……」
 

モバ凛「信じても良いと思ったのにっ!!」

武内P「私は貴女の正気を疑い始めてます……」





【おはり】

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