1 : 以下、名... - 2017/06/02 12:02:55.22 pVIxyO240 1/35

希望のあった人情物。

剣士は出てこない。

第1作 【モバマス時代劇】本田未央「憎悪剣 辻車」
http://ayame2nd.blog.jp/archives/15863913.html

第2作 【モバマス時代劇】木村夏樹「美城剣法帖」
http://ayame2nd.blog.jp/archives/15992525.html

第3作【モバマス時代劇】一ノ瀬志希「及川藩御家騒動」
http://ayame2nd.blog.jp/archives/16021765.html

第4作【モバマス時代劇】桐生つかさ「杉のれん」
http://ayame2nd.blog.jp/archives/16126759.html

第5作【モバマス時代劇】ヘレン「エヴァーポップ ネヴァーダイ」
http://ayame2nd.blog.jp/archives/16126866.html

読み切り 

【デレマス時代劇】速水奏「狂愛剣 鬼蛭」
http://ayame2nd.blog.jp/archives/16021782.html

【デレマス時代劇】市原仁奈「友情剣 下弦の月」
http://ayame2nd.blog.jp/archives/16126788.html

【デレマス時代劇】池袋晶葉「活人剣 我者髑髏」
http://ayame2nd.blog.jp/archives/16126830.html

【デレマス時代劇】塩見周子「おのろけ豆」
(今作)

元スレ
【デレマス時代劇】塩見周子「おのろけ豆」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1496372574/

2 : 以下、名... - 2017/06/02 12:05:03.10 pVIxyO240 2/35

塩見周子は京の町に入った。

利休白茶に光沢がついたような銀髪。

切れ長の瞳。

少し尖った鼻。

性格は陽気で飄々としている。

物事の深いところにあまりつっこまず、

適当に楽しく生きようとする。

それで人付き合いもあっさりしていたから、

軽薄と悪しく言われることもあった。

あだ名は塩見屋の銀狐。

老舗の菓子屋を継ごうともせず、

冬眠中の狐のようにぐうたらしていたから、

こんな名前をつけられた。

そして「穀潰しはいらぬ」と追い出されたのが数年前のこと。

此度は久しぶりの帰郷である。

3 : 以下、名... - 2017/06/02 12:06:21.93 pVIxyO240 3/35

一方小早川紗枝は、京の大地主の娘。

艶めいた黒の長髪。

目尻はおだやかに下がる。

たおやかな物腰で柔和。

いわゆるはんなり美人で

人に優しく、人から慕われた。

周子と正反対の優等生であった。

しかし、周子が唯一、心の友としたのがこの紗枝であった。

あるいは紗枝のような友を最初に持ったから、

他の者が物足りなくなったのも知れぬ。

4 : 以下、名... - 2017/06/02 12:07:59.35 pVIxyO240 4/35

2人にはある共通点があった。

時折、妙に強情な態度をとることである。

周子が、形式だけでいいものを

家を継がなかったのもしかり。

紗枝が、周りが悪しく云うのも気にせず

周子と付き合いつづけたのもしかり。

その強情さゆえであった。

5 : 以下、名... - 2017/06/02 12:09:38.67 pVIxyO240 5/35

2人の両親は、土地柄と職業柄もあって仲が良かった。

しかし彼女達は、自分たちの娘らが

親しくなるとは予想もしていなかった。

正反対の性格。

唯一の共通は強情さ。

相容れぬように思われた。

両親達だけでなく、京の住人達も「あの2人では…」などと言った。

大方の評に反して、周子と紗枝は肝胆相照らす仲になった。

強情者同士馬があったのやも、と町の笑い話になった。

6 : 以下、名... - 2017/06/02 12:10:10.37 pVIxyO240 6/35

周囲が「おのろけ」に呆れるほど、

周子と紗枝はぴったり寄り添って大きくなった。

「紗枝はん」

「周子はん」

そう互いに言い合っているでけで、日が暮れることもあった。

7 : 以下、名... - 2017/06/02 12:10:59.59 pVIxyO240 7/35

この2人は、また、新しい遊びをよく思いついた。

その中で一等気に入っていたのは、『茶会話』であった。

これは、2人が形式張った、

退屈な茶会に招かれた時に考案された。

要は茶菓子を用いた意思疎通である。

8 : 以下、名... - 2017/06/02 12:11:44.13 pVIxyO240 8/35

たとえば葛餅は『嫌い』。

ひなあられは『おめでとう』。

最中は『退屈』。

このような具合に、菓子に言葉を当てはめた。

対応した菓子を相手に送って、

また相手が返すことで会話がつながる。

これに、こっそり周りを巻き込むこともあった。


9 : 以下、名... - 2017/06/02 12:12:14.66 pVIxyO240 9/35

打ち合わせもせず、気にくわない相手に2個

葛餅を送ってしまった時など、互いに笑いを堪えるのに苦労した。

無論その人は遊びなど知らないから、きょとんとする。

10 : 以下、名... - 2017/06/02 12:13:41.18 pVIxyO240 10/35

さて、周子が京に帰ってきたのは、この紗枝に会うためであった。

今度開かれる茶会は、紗枝が最後に参加するもの。

紗枝は肺に水がたまる病にかかって、現在療養中の身。

数年前は彼女が声をかけ、日がな集まって、茶会をやっていたものだ…。

塩見にはそれが、つい昨日のことのようである。

本当に楽しい日々であった。それが永遠に続くかと、周子は思っていた。

11 : 以下、名... - 2017/06/02 12:14:45.46 pVIxyO240 11/35

だが、2人を決定的に引き裂いてしまう出来事があった。

周子は、まだ紗枝が元気だった頃に、

彼女が大切にしていた茶器を借りた。

それを過失で壊してしまった。

紗枝は周子ならと信用して貸したわけであるから、怒った。

周子は彼女がそこまで怒るとは思っておらず、口を滑らせて、

「たかが茶器のことぐらいで」と言い返してしまった。

強情さが仇になった。紗枝は口を聞いてくれなくなった。

12 : 以下、名... - 2017/06/02 12:16:20.26 pVIxyO240 12/35

周子は、それをなだめるために、

彼女の好物である羊羹を茶会のたびに持って言った。

無論、謝罪の意味が当てられている。

しかし紗枝は5度の茶会で、その羊羹を人に譲った。

『絶対に許さぬ』、そういうつもりであった。


13 : 以下、名... - 2017/06/02 12:17:26.82 pVIxyO240 13/35

こうなってくると周子も頭にきて、

茶会に顔を出さなくなってしまった。

それどころか、京の町から飛び出してしまった。

家との関係悪化が主因なのは間違いがない。

しかし周子が抵抗もなく家を出たのは、紗枝との折り合いが悪く、

京にいるのがいたたまれなくなったからでもあった。

14 : 以下、名... - 2017/06/02 12:17:58.79 pVIxyO240 14/35

そうして口も聞かず、顔も合わせないようにして、数年経った。

しかし今度の茶会は、紗枝が顔をだす最後の茶会。

もしかすると、今生の別れになるやもしれぬ。

なので周子は京に戻ってきた。

15 : 以下、名... - 2017/06/02 12:18:57.01 pVIxyO240 15/35

京には死の匂いが充満していた。

周子が発つ前から、にわかに飢饉の予兆があったが、

まさかここまで深刻なものになろうとは。

凶作だけなら、余所から作物をもらうこともできたのだが、

まったく不運なことに、瀬戸内を蝗害が襲った。

打つ手がなかった。

16 : 以下、名... - 2017/06/02 12:22:13.09 pVIxyO240 16/35

貧しい住民達はおかしくなっていた。

死体を食らうことはなかったが、

毎日大量に出る遺灰を、これでもかと畑にまいていた。

それで作物が育つと思っているらしい。

多くの畑が灰白っぽく、三途の河原のようになっていた。



18 : 以下、名... - 2017/06/02 12:23:50.15 pVIxyO240 17/35

まさか、紗枝も畑の肥やしになるのか。

周子はふとそう思ったが、それはありえぬことであった。

京は富裕層と貧困層で分断されている。

富商や上流武家などは、金をかけて

食料を蓄えているから、まだ被害が少ない。

人死が出ても、それなりの葬儀をして

墓を作ってやることができる。

とはいえ周子が、紗枝の未来に

心を沈ませてしまうのは、しようのないことである。

19 : 以下、名... - 2017/06/02 12:24:24.76 pVIxyO240 18/35

周子は塩見家に戻った。

家族らは帰郷の理由を承知である。

だから何も言わず、周子を菓子蔵に通してくれた。

飢饉の最中でも、職人としての矜持がそうさせるのか、

菓子は毎日作られているようであった。

20 : 以下、名... - 2017/06/02 12:25:18.57 pVIxyO240 19/35

周子は棚の前で頭を悩ませた。

茶会にどの菓子がふさわしかろうか。

また羊羹など持っていて、

工夫のないやつと思われては悔しい。

かといって、平然と他の菓子を送ることもできぬ。

口で素直に詫びればいいものを、

周子の強情さが、彼女の邪魔をしていた。

21 : 以下、名... - 2017/06/02 12:26:17.50 pVIxyO240 20/35

ふと、大皿いっぱいに盛られた

おのろけ豆が目に入った。

豆に、あまじょっぱい煎餅をまとわせた菓子である。

形が悪いものがはじかれて、よく幼い周子と紗枝のおやつになった。

2人で、ぴーちく言いながらつまむから、「おのろけ雀」などと

たがいの両親がよく笑った。

豆ばかり食ったから、一時期吹き出物がひどくなったが、

それも「顔に豆ができた」と笑いあった。

紗枝と共に育った日々は、本当に、楽しい毎日であった。

22 : 以下、名... - 2017/06/02 12:27:16.85 pVIxyO240 21/35

茶会が開かれる日になった。

場所は、小早川家の座敷。

外出がつらい紗枝に配慮してのことである。

冷夏のせいか、座敷から見える

庭園の花々には皆元気がない。

それが日差しでくっきり照らされているものだから、周子はぞぉっとした。

23 : 以下、名... - 2017/06/02 12:28:05.15 pVIxyO240 22/35

以前の紗枝は、美しく均整のとれた身体をしていた。

しかし病のせいか、頰がこけ、腰回りが頼りないほど細い。

もしかすると、無理をして此度の茶会に出てきたのかもしれぬ。

自分に会うためか、と周子は思い上がらなかった。

参加は飛び入りで、周子が来ることを

紗枝は知らなかったはずである。

24 : 以下、名... - 2017/06/02 12:28:42.26 pVIxyO240 23/35

彼女は、他の来客と、にこやかに話などしている。

しかし周子の方は一瞥もしない。

やはり、まだ怒っているのか。

25 : 以下、名... - 2017/06/02 12:30:02.97 pVIxyO240 24/35

そうなると菓子が不安になった。

おのろけ豆を皆に一粒ずつ持ってきた。

安価で、食べると大きな音が出る。

さらに粉もぽろぽろ零れるから、

通常茶会には向かぬ。

菓子代をけちっていると思われる。

まして豆粒1つずつであるから、

周囲は興冷めするにちがいない。

「菓子屋の娘がなんとまあ…」などと。

26 : 以下、名... - 2017/06/02 12:30:31.04 pVIxyO240 25/35

だが、周子にとっては『以前のように仲良くしよう』。

そういう意味を込めた。

紗枝なら必ず意味を察するであろう。

許してくれる確証は全くないが。

27 : 以下、名... - 2017/06/02 12:31:01.44 pVIxyO240 26/35

紗枝が茶を汲んで、皆に配り始めた。

菓子の見せ合いはもうすぐである。

周子は、そわそわと脚が落ち着かない。

実は、信玄袋に羊羹も忍ばせてあった。

取り替えるなら今のうちである。

28 : 以下、名... - 2017/06/02 12:31:47.45 pVIxyO240 27/35

だが、周子がぐずぐずしていると、

他の者が小さな羊羹を取り出して、

勝手に紗枝の盛り皿に置いた。

あっと周子は声を上げそうになった。

そいつは、かつて周子と紗枝が、葛餅を送った女である。


29 : 以下、名... - 2017/06/02 12:33:01.84 pVIxyO240 28/35

手前勝手で、まったく忌々しい。

周子はきりきりと胃がもたれた。

普段の飄飄さが、まったく息を潜めてしまっている。

しかし、こうなっては仕方がない、腹を決めよう。


30 : 以下、名... - 2017/06/02 12:33:34.30 pVIxyO240 29/35

紗枝が茶を配り終わった。

先ほどの羊羹女を除いて、

皆もそわそわしはじめた。

いつもは、茶会には慣れている連中である。

しかし今回は、

紗枝の送別会のようなものであるから、

小さな失敗も笑い話にできぬ。

31 : 以下、名... - 2017/06/02 12:35:37.25 pVIxyO240 30/35

皆が、一口分の菓子を全員分持っていて、

互いの盛り皿にのせる。

出て来る菓子は立派であった。

姫かのこ、越乃雪、村雨。

いずれも上等で、高価な菓子。

遠方から取り寄せたものもあるだろう。

紗枝のことを慮れば、当然のこと。

32 : 以下、名... - 2017/06/02 12:36:29.85 pVIxyO240 31/35

それに比べ豆菓子一粒など、

まさに吹けば飛ぶようなものである。

33 : 以下、名... - 2017/06/02 12:37:16.55 pVIxyO240 32/35

周子は、衝撃を受けていた。

紗枝も、びっくりしているようであった。

それぞれの皿には、おのろけ豆が“二粒ずつ”盛られていた。


34 : 以下、名... - 2017/06/02 12:38:56.42 pVIxyO240 33/35


くは、と周子は情けない声を漏らした。

紗枝の方は、昔のようににっこりとした。

そして2人の頰に、ほろり、と涙が伝った。

もちろん周りは、困惑するばかりである。

35 : 以下、名... - 2017/06/02 12:39:26.50 pVIxyO240 34/35

おしまい

37 : 以下、名... - 2017/06/02 13:01:06.93 pVIxyO240 35/35

会話が少なくてすまぬ。

キャラが分からないという批判は
甘んじて受け入れる。

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