1 : 以下、名... - 2017/05/29 22:36:29.92 bFsZ+F6g0 1/33

元スレ
【モバマス時代劇】一ノ瀬志希「及川藩御家騒動」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1496064989/

2 : 以下、名... - 2017/05/29 22:41:52.06 bFsZ+F6g0 2/33

 家老棟方愛海が悪政を敷いていた頃、及川藩には1人の天才がいた。

 一ノ瀬志希。

 彼女は上流武家の出身で、幼い頃から学識を得る機会に恵まれた。

 しかし藩内で大成することはなかった。

 出仕する前に家が取り潰しになったためである。

 棟方の度を越した女色に諫言したことが、一ノ瀬家の仇となった。

 志希はなんとか武士としての身分を保ったが、藩内で就ける仕事はなく、

 自身の研究に没頭した。それを許すだけの財産は残されていた。

 志希が主に興じたのは薬化学と数学。漢学や剣術などは、彼女の性には合わなかった。

 志希はその才を生かし、あるいは商人や学者として成功できたかもしれぬ。

 そうはならなかった。否、できなかった。

 天才として生まれた因果か、それとも棟方による暴政の犠牲になったためか、

 彼女には真っ当な社会倫理が備わらなかった。

 病人に強心剤と称して火薬を飲ませたり、町の中で突然声をあげては、地面や屋敷の壁に
 
 幾何学な落書きを残したり、奇行の例を挙げればきりがない。

 しかし、彼女にとっては、それでよかったのやも。

 藩内での成功は、すなわち棟方からの警戒につながるためである。

 武家社会でも、町人社会のなかでも志希は孤立した。

 当人はまったく気にもせず、孤高に研究を重ねた。

 だが、その研究は程なくして棟方に目をつけられた。

 志希が興じていたのが、あろうことか兵器開発に変わっていためである。

 家に引き続き、この研究が仇となって志希は処刑された。

 だが、その成果はひっそりと残された。


3 : 以下、名... - 2017/05/29 22:44:03.82 bFsZ+F6g0 3/33

「して、その成果とはなんだったのじゃ」

 及川藩主は家来に尋ねた。 

 歳はすでに60に近く、本来であれば藩主としての任をおりるべき年齢を過ぎている。

 しかし後を継ぐべき娘の雫は、精神に異常を来しており、言葉がまともに話せぬ。

 藩内の人間らは、雫のことを“牛女”と影で噂している。

「わかりませぬ。ですが、雷鳴が轟くが如き音を立て、

 住民達を震え上がらせたといいます」
 
「それを見つけ出せば、あるいは…」

 及川藩は御家騒動の真っ只中にあった。

 藩主の娘である雫は心神喪失の身。

 藩主としての仕事が真っ当に務まるはずもなく、また、他に姉妹もいない。

 家老達は「分家である岡崎家の泰葉様を次期藩主に据えるべし」、と意見を纏めている。

 その泰葉は気弱ではないが、自立の志が低く、滅多なことでは人の意見に逆らわない。

 家老達が、彼女を傀儡として藩政を行おうとしているのは、明白であった。

4 : 以下、名... - 2017/05/29 22:48:39.64 bFsZ+F6g0 4/33

 現藩主である及川氏は、第二の棟方の誕生を許すわけにはいかない。
 
 よって自分が死ぬまでには、雫の精神を回復させ、彼女に藩主の座を継がせねばならぬ。

 雫か、泰葉か。

 この議論は圧倒的に分が悪かった。そこで及川氏はお上に縋ることにした。

 だが、ただで力を貸してくれるはずもない。

 藩主が金銭でお上に取り入ったとなれば、後世の誹りを免れぬ。

 かといって及川藩には、献上できるような資源も工芸品もない。

 そこで今亡き天才、一ノ瀬志希の研究に白羽の矢が立った。

「それでは、その成果とやらを誰に探させるのじゃ」

 及川氏は重々しく家来に問うた。
 
 無論、藩内の人間に頼るわけにはいかない。

 気が触れている女と、少々控えめな女。

 どちらが次期藩主にふさわしいかは、火を見るより明らかなためである。

「藩外からふさわしい人物を呼んでおります。
 
 物探し、刺客に打ち勝つ剣術、どちらにも優れた者達です」

 無流野太刀、白坂小梅。

 タイ捨流、星輝子。

 巌流、輿水幸子。

 及川藩に入るは、以上の3名。

5 : 以下、名... - 2017/05/29 22:50:43.86 bFsZ+F6g0 5/33

「及川様にも困ったものですね…」

 家老の三船美優は静かにため息をついた。

 自身の娘を藩主に据えるため、お上に袖の下を渡そうとは。

 やはり、朱に交われば赤くなるということか。

 かつての棟方を思い出し、三船は再びため息をついた。

 無論、この暴挙を家老陣としては見逃すわけにはいかない。

 及川側…もし可能ならば雫の暗殺も行うつもりである。

 御家老会議で挙げられた人物は以下の4名。

 二天一流、南条光。

 念流剣術、橘ありす、龍崎薫。

 無流、赤城みりあ。


 彼女達が剣術に長けているのは言うまでもないが、他にも共通点があった。

 いずれも若く、純真で、非常に“ものわかりがいい”。

 つまるところ、上の人間の言葉に従順であるということ。

 いつの時代も汚れ仕事を行うのは、そういった人間達である。
 

7 : 以下、名... - 2017/05/29 23:05:53.64 bFsZ+F6g0 6/33


 時刻は夜。場所は及川藩領内、北西部の山。

「もう、カワイイボクが藩主になればいいんじゃないですかね!?」

 山の木々をかきわけながら、輿水幸子は言った。

 腰の長い刀が木々に引っかかって、非常に動きづらそうな様子である。

 ほのかに菫がかった髪が、夜風に揺れる。

「私も…それが、いいと思う…フヒ」

「あの子も…それがいいって言ってる…よ」

 返したのは輿水の友、星輝子と白坂小梅である。

 輿水に比べれば温度の低い2人であるが、3人は昵懇の間である。 

 出身こそちがうが、浪人同士連立ち相立って、現在の稼業を営んでいた。

「い、いやいや、ダメですって!!

 あと、一ノ瀬さんは私達より年上なんだから、“あの子”はダメですよ!」

 輿水は、妙なところで真面目くさって白坂に指摘した。

「せっかくボク達を案内してくれてるんですから!」

 

8 : 以下、名... - 2017/05/29 23:07:32.61 bFsZ+F6g0 7/33

 白坂は霊媒師を生業にする家系に生まれた。そして、一族最初の霊媒師だった。

 彼女の能力を使えば、一ノ瀬志希の成果を発見することなど

 造作もないことである。

「あっ…ちょっと待って」

 その白坂が声を上げ、輿水と星を手で制した。

「森に人が入ってきてる…3人と、遅れてもう1人」

 家老達の差し金。一同はすぐに察した。

「それで、どうします?」

 幸子が尋ねた。3対4なら勝機もある。迎え撃つか。

 それとも振り切るか。

 「4を1で割って…幸子ちゃん、全員倒してきておくれ…」

「えーっ!?

 ま、まあカワイイボクなら、4人でも10人でも倒せますけど!!」

「フヒヒ…こいきな、冗談だ…」

 星は刀を抜いた。すると、その瞬間彼女の人相が、すうと変わった。

「オレと幸子で2人ずつ。小梅は先に行け」

9 : 以下、名... - 2017/05/30 11:59:56.71 KNm5BNRE0 8/33

「夜の山って、なんだか楽しー!」

「ああそうだな。

悪の秘密基地に乗り込むって感じだよな!!」

「2人とも、静かにしてください。

遠足じゃないんですから…」

橘ありすは、龍崎薫と南条光を諌めた。

「わかってまー! 

かおるはせんせえの言いつけ通り、

ちゃんとわるいひと斬るよ!!」

「そうだぜ、ありす! 

悪の手先は容赦しねぇ!!」

「橘です!

あと、位置がバレますから静かにしてください!!」

3人はきゃあきゃあ言いながら山を登っていく。

まるで子どもの遠足である。

橘は警戒していた。

気の触れている娘の雫を、

次期藩主に据えようという及川氏。

その及川氏が金で雇った、凄腕の剣客達。

無論正義はこちらにあるが、

意気込みだけでは勝てぬ。

叶うことなら、相手に気づかれる前に不意打ちをかけたい。

橘はそう思っていた。

しかし、その願いは裏切られた。

相手は、彼女達よりはるかに上手だった。
 
「ヒャッハー!!」

 前方から飛び出してきたのは、光沢のある長い銀髪の女。

 けだもののように目が見開かれ、口は大きく横に裂けている。

 笑っているのだ。

 楽しくて楽しくて仕方ないというように。

「わっ」

 龍崎は驚きながらも刀を受けた。

 だが体勢が悪かったのか、2人で斜面を転がり落ちていく。

「龍崎さん!」

 橘は声を上げる。

 だが、相手はもう1人迫っていた。

「なんだ、悪の手先め!」

 南条が、菫がかった短髪の女を抑えている。

 自分はどちらに加勢すべきか。

 橘は一瞬で判断した。

 南条は1人でも勝てる。そういう相手だ。

 橘は斜面をかけ降りて、龍崎の加勢に行った。



10 : 以下、名... - 2017/05/30 12:04:24.10 KNm5BNRE0 9/33

「チビッコが出歩いていいような時間じゃあないぜ!
 
 なあ!?」

 星は2人を相手に怯むことなく、声を張り上げていた。

 先ほどとはまるで様子が一変している。

 刀を抜くと人が変わってしまう、そういう気質の女であった。

「貴方だってチビでしょうに!」

「そういやそうだった!!」

 星は哄笑を上げる。

 その様子に、橘と龍崎は圧倒されていた。

 悪を討てという命を受けやってきたが、相手がここまで傾いているとは。

「貴方、名前と流派は?」

 橘は尋ねた。

 こういった形式を重んじ、社会の中で生きていこうとする少女である。

 それゆえに、保身的な家老達にいいように使われる。

「星輝子、タイ捨流!
 
 生きて帰ったら周りに広めとけよ?
 
 ギャハハハハ!!」

 星は短刀を抜いている。

 構えはなく、手と足をぶらぶらさせている。

「念流剣術! 龍崎薫!」

「同じく念流、橘ありす。
 
私たちは正義の剣を振るいに来ました。

覚悟してください!」

自らを奮い立たせるため、2人は気勢を張った。

「正義…知らない言葉だな。
 
帰ったら辞書で引いておくぜ! 

 ギャハハハハ!!」

 星はまた笑った。

 橘と龍崎の対手にふさわしかろう姿であった。


11 : 以下、名... - 2017/05/30 12:06:44.12 KNm5BNRE0 10/33

「たった1人でボクと戦う。
 
 その度胸だけは褒めてあげますよ。フフーン!」

「お前のよう悪の手先は、アタシ1人でも十分だ!
 
 名前と流派を名乗れ!!」

 南条は読み物のような台詞を吐きながら、相手に問うた。

「輿水幸子、巌流です!」

 南条はふっと笑った。自分の予想が当たっていたからだ。

「アタシは南条光、二天一流だ!
 
お前はアタシに絶対勝てない!!」

「宮本武蔵気取りですか!

 創作と現実の区別がつかないのは、子どもだから仕方ありませんね!
 
 カワイイボクは、そんな南条さんを受け入れてあげますよ!!」

「いや、それだけじゃねえ」

 南条は輿水の腰を指差した。

 3尺の太刀。木々の中で振り回すには、あまりに長すぎる。

 枝や幹にひっかかり、動きが止まり、相手への隙になる。

 だが、輿水はその太刀の他には武器がない。

 山道を歩くために置いてきてしまったのだ。

「なるほどなるほど、それはよく研究されますね。

 “百戦危うからずや”というわけですね、フフーン!

 でもまだ、ボク自身のカワイサには手が及んでいないようですね!」

 輿水は、太刀を鞘からゆっくり抜いた。

 その時点でガサガサと周りに引っかかり、音を立てていた。

「ふん、思い上がっていられるのも今のうちだ!

 アタシが正義の鉄槌を下してやる!」

 南条は2振りの小太刀を素早く、音もなく抜いた。


12 : 以下、名... - 2017/05/30 12:08:09.76 KNm5BNRE0 11/33

 及川雫は、ぼんやりと月を眺めていた。

 霞みがかった意識の中にくっきりと残る5人の女。

 彼女を守るために命を賭した女達。

 雫の記憶の底で、彼女達は怨嗟の声をあげていた。

 及川氏は娘の発狂の原因が、棟方にあると考えている。

 しかし、ひょっとすれば、雫が本当に壊れてしまったのは、

 川島瑞樹が切腹した時であったかもしれない。

 雫はその様子を見ることはなかった。いや、できようはずもない。

 川島がどのような目で自分を見るのか、雫は知りたくなかった。

 考えたくもなかった。だから、正気を手放した。

 雫は低く呻いた。

 神崎蘭子、高峯のあは地獄で呪っているだろうか。

 高垣楓、依田芳乃は日本のどこぞやで恨んでいるのではないか。

 及川藩と雫は、彼女達にそうされて然るべきことを犯した。

「ゔー、ゔー」

 声にならぬ声を上げて、雫は涙を流した。

13 : 以下、名... - 2017/05/30 12:11:39.94 KNm5BNRE0 12/33

 南条光は、木々を回り込みながら、輿水幸子を惑わそうとする。

 その姿はさながら忍である。

「どうだ! 手が出せまい!!」

「ちょっとすばしっこい武蔵さんですね!」

 肩に刀を担ぎながら、輿水は目で南条を捕まえていた。

 南条はそれに気付きながらも、焦ることはない。

 たとえ相手が自分を見ていたとしても、太刀を満足に振れまい。

 南条は徐々に接近した。

 すぐにでも勝負を決め、橘と龍崎に合流しなければ。

「ボクは燕返しを使えませんが…そこはボクの圧倒的カワイサで何とかしましょう!!」

 輿水は太刀を八相に構えた。その姿は、まるで木こりのようだった。

 腰を重く据え、相手を狙う。

 だが、その目はもう南条から外れていた。

「世迷言を!!」

 南条は輿水の背後に回り込み、斬りかかろうとした。

 だが真横から、津波のように森が押し寄せて来た。
 
 輿水が剣を振り、周囲の木々が根こそぎ薙ぎ倒されたのである。

 輿水の辞書には難所という言葉がない。

 屋内戦なら柱や鴨居ごと斬り、洞穴の中なら岩ごと斬る。

 それが輿水の剣である。

 木々に身体を挟まれ、南条は身動きがとれなくなった。

 いや、それだけでない。

 骨と内臓がいくつか擦り潰され、腹腔で混ざり合っていた。

「冥土の土産に教えてあげましょう!

 実際の宮本武蔵は、とんでもない卑怯者として有名です!!」 

 そんな南条にとどめを刺すがごとく、輿水は南条に告げた。

 南条は笑った。ひどく悲しげな表情であった。

「でも…後世の人が“英雄”って呼んでくれるんだろ…アタシはそれでいい…」

 輿水は、無言で彼女の首を刎ねた。

 感傷的になっている暇はない。

 もう1人、分担が残っている。

14 : 以下、名... - 2017/05/30 12:14:47.56 KNm5BNRE0 13/33

 タイ捨の“タイ”には、好きな字を当ててよい。

 星輝子の師匠はそう言った。

 昔の星は臆病で、人を傷つけることができなかった。

 しかし、それでは武家社会で生きていくことはできぬ。

 星は、“体”の字をあてはめた。

 身体を捨て、臆病な我を捨てる。

 だから現在の星は、平気で残忍なことができる。
 
「いたい、いたい…せんせぇ…たすけて…」

 龍崎薫は血まみれになって、地面を這っていた。

 失血が深刻で、おそらく長くは保つまい。

 橘ありすの身体は八つ裂きにされ、それぞれ木々に“ぶら下がって”いる。

「“せんせぇ”とやらは来ねぇぞ。

 弱っちいお前より、もっと弱っちいから、お前がここにいるんだ。
 
 ギャハハハハ!!」

星は、何度目かもわからない狂笑を上げた。

その背後には、新手が迫っていた。

「いまの剣術すごいね! 

みりあもやるー!」

 星の笑いが止まった。

 天真爛漫そうに見える少女の腕には、輿水幸子の首があった。

「……やれるもんなら、やってみろ!!」

 己を鼓舞するために星は叫んだ。

 輿水は星より、はるかに強い剣士だった。


15 : 以下、名... - 2017/05/30 12:16:30.85 KNm5BNRE0 14/33

白坂は山の奥にある、大きな祠の中にいた。

 冷たく、しっとりとした空気を吸い込みながら、彼女は泣いた。

 白坂のそばには、輿水幸子と星輝子がいた。

 今はもう、ふれることのできない姿となって。

 白坂は霊と戯れることができる。

 しかし、彼女は無感情になることはできなかった。

 死に到るまでには苦痛がある。
 
 死の間際には、深い穴に、無限に落ちていくような恐怖と不安がある。

 白坂小梅は、能力によって死を間接的に体験しつづけている。 

 だからこそ、それがどんなにつらいものか知っているのだ。

 「ごめんね…幸子ちゃん…輝子ちゃん…」

 白坂は、袖で涙を拭って2人に詫びた。

 彼女は一ノ瀬志希の研究を見つけ出した。

 それは大きな千両箱の中にあった。

 大きな千両箱いっぱいに詰まった、泥であった。

 一ノ瀬志希の亡霊は、きゃっきゃっと笑っていた。

 いたずらに引っかかった大人達を見る、童のように。

16 : 以下、名... - 2017/05/30 12:17:15.70 KNm5BNRE0 15/33

千両箱を抱えながら、白坂は及川家の離れ屋敷に戻った。

赤城みりあからの追跡は、輿水と星の協力によって免れることができた。

「私たちは…なんのために…」

ひどい無力感が残った。

気が触れている及川氏の娘のために、命を張る。

これはまだ耐えられる。

しかし、ただの泥塊のために親友2人が命を落とすとは。

「でも、まだ…」

白坂小梅にはまだやるべきことが残っている。

及川雫が正気を取り戻すまで、彼女を守らなければならない。

輿水幸子と星輝子を葬った、赤城みりあの手から。

「刀…新しく…」

白坂は誰にともなく言った。

部屋の中にただよう、3つの気配を感じながら。

17 : 以下、名... - 2017/05/30 12:18:56.44 KNm5BNRE0 16/33

2週間後。

夜。

及川家の離れ屋敷を取り囲んだのは、赤城みりあの他10人の手勢。

皆まだ幼く、純粋な目をしていた。

星輝子と輿水幸子の技量を知った家老らが、新しく見繕った少女達である。

「やっほーっ! みんなできちゃったよ!」

赤城は戸口を叩いて、住人を呼び出した。

「…こんばんわ…」

白坂小梅は千両箱を抱えて、屋敷から出てきた。

「一ノ瀬志希の研究は差し出す…だから…雫様は見逃してほしい…」

白坂は、千両箱をどさりと地面に下ろした。

赤城は2人に指示して、それを家老達のところまで運ばせた。

「やんないの?」

「やらない…」

白坂は戸口をぴしゃりと閉じて、屋敷の奥へと戻った

18 : 以下、名... - 2017/05/30 12:20:51.82 KNm5BNRE0 17/33

「そっかー…やんないか…」

赤城は残る8名とともに屋敷に踏み入った。

目にしたのは、異様な空間であった。

奥の寝間で、及川雫がおびえた様子ですくんでいる。

その前にある座敷に白坂が立っている。

彼女を囲むように、五本の刀が畳に突き刺さってる。

4人がまず、別々の進路で白坂に近づいた。

だが部屋に入るやいなや、“障子ごと”身体をぶった斬られた。

その4人が倒れるのが見えた時、白坂は姿を消していた。

「ギャハハハハ!!」

白坂の劈くような哄笑が、屋敷中に響いた。

少女達の苦痛に歪む叫びが、障子紙を破いた。

白坂小梅は、家老達が言うような邪悪そのものだった。


19 : 以下、名... - 2017/05/30 12:23:33.04 KNm5BNRE0 18/33

力で相手を捻じ伏せ、不条理を押しつける。

どうしようもない現実を、顔をひっつかんで直視させてくる。

白坂は3人の中で最強の剣士だった。

8人やそこらでは、到底叶わぬ程の。

再び座敷には、血塗れになった白坂が立っている。

残されたのは赤城みりあ1人だった。

「すごいねー!本当に、すごいねぇ!! 」

赤城は白坂のもとに駆ける。

嬉しかった。

正義の信徒として、目を背けたくなるような暴力に立ち向かう。

彼女は初めてそうすることができた。


20 : 以下、名... - 2017/05/30 12:24:23.58 KNm5BNRE0 19/33

「あなたはだあれ? ひょっとして、おばけ?」

赤城は尋ねた。

白坂の剣術は、輿水幸子と星輝子だった。

巌流やタイ捨流ではなく、死んだはずの彼女達自身だった。

「我はここに在り!」

白坂の口調は一変していた。見れば、握る刀を変えている。

表情も全く別人のように見える。

白坂の構えは蜻蛉。それは、示現流の構えである。

「それ、みりあもやるー!」

赤城も同様に構える。そして、叫び声を上げて白坂に斬りかかる。

その攻めは苛烈。まさしく、示現流の動きだった。

21 : 以下、名... - 2017/05/30 12:25:23.57 KNm5BNRE0 20/33

相手の流派を鏡のように写し取る。

そして自分のものとする。

それが赤城みりあの持つ才であった。

ゆえに特定の流派を学ぶことはせず、真剣の舞台に身を置き続けた。

だが、もし相手が複数の流派を、高速で切り替えることができなたら。

「…なかなかの力ね…斬るのが惜しいわ…闇に飲まれよ!」

白坂小梅は刀を持ち替え、立ち替え、赤城に斬り返す。

分厚い剣戟の中に、鋭く刺すような一撃が交差する。


22 : 以下、名... - 2017/05/30 12:26:41.77 KNm5BNRE0 21/33

赤城は写すのをやめた。

そして、膨大な写生図の中からいくつかを取り出し、

破き、重ねて一枚の絵にした。

示現流をしのぐ一撃と、心眼流を超える身体さばき。

白坂の刀がそれぞれ弾かれる。そして、白坂が新しい刀を手にする。

「やるじゃない」

その刀は、布のようにはためき、赤城を斬り刻んだ。

刀の軌道をまったく読むことができない。

血塗れになりながら赤城は歓喜した。

「それ、みりあにはできないね!!」 

赤城の思考、経験、直感の範疇外にある、白坂の剣術。

その姿は、羽衣を纏った天女のようであった。


23 : 以下、名... - 2017/05/30 12:28:26.48 KNm5BNRE0 22/33

「うー、」

音が止んだあと、雫はのろのろと寝間から這い出してきた。

戦いを見た。白坂小梅の動きを見た。

高峯のあ、神崎蘭子、川島瑞樹がいた。

「何回守ってやれば…私達のこと信じてくれるのよ…」

白坂は血の塊を吐きながら、雫に言った。

『羽衣』を使ってもなお、赤城みりあは白坂の動きについてきた。

そして死の間際で、白坂に致命傷を与えた。

白坂は荒い息をはいていた。

血を失いすぎて、元から白い肌が、さらに青白くなっていた。

「“私達”、怒ってないわ。そして後悔もしてない」

 白坂自身は怒りと後悔でいっぱいになっていた。

 どうして星輝子と、輿水幸子が死ななければならなかったのか。

 だが白坂は雫に教えた。

 そういう、あまりに優しすぎる女だった。

 だからこそ亡霊達は、彼女を慕った。

24 : 以下、名... - 2017/05/30 12:30:20.78 KNm5BNRE0 23/33

一方その頃、家老達は旧棟方家に集まっていた。

 かつての家老棟方愛海は、ため込んだ私財によって、

 藩主のものよりも豪奢な屋敷を立てた。

 棟方の死後も、壊すのが惜しい程の出来であったので、

 家老の会合の場所として用いられていた。

 家老達は、届けられた千両箱を検分していた。

「どこからどう見ても、泥ですね…」

 三船は肩を落とした。

 及川氏と自分達は、こんなもののために剣士を集め争っていたのか。

「…一ノ瀬の怨念かもしれませぬな」

 家老の1人が呟いた。一同は静かに身を震わせた。

 自分を放逐し、ついには殺した武家社会への怨念。

 それが今回の騒動を生み、うら若き剣士達を祟り殺した。

「いや、彼女なりの復讐やも」

 また別の家臣が言った。
 
 たしかに、これを棟方が見つけていたとしたら、

 自分達と同じでやるせない気持ちになっただろう。

 こんなもののために自分は何をやっていたのか、と。

 一同は苦笑した。
 
 どちらにせよ、志希の掌の上で転がされていたというわけだ。

「それにしても、妙に甘い香りがしますな」

 煙管をくわえた家老の1人が、千両箱に近づいて匂いをかぐ。

 一ノ瀬志希の亡霊は、彼女達のそばでげらげら笑い転げていた。

25 : 以下、名... - 2017/05/30 12:31:12.73 KNm5BNRE0 24/33

 及川藩の御家騒動は、雫が次期藩主になり決着がついた。

 心神喪失であるというのは、根も葉もない噂。

 次期藩主にふさわしいのは、私めに御座ります。

 雫は、自身の口でお上に伝えた。

 その剛毅で、見様によっては不遜な態度にお上は鼻白んだ。

 だが雫が及川氏の直系であり、
 
 また岡崎泰葉を推していた家老達が、謎の爆死を遂げたので、

 彼女の藩主就任を阻む者はなかった。

 ちなみに雫は、藩主となった後も、“牛女”と呼ばれ続けたそうである。



26 : 以下、名... - 2017/05/30 12:32:08.37 KNm5BNRE0 25/33

「同窓会の場所は通そうかい…ふふっ」

 高垣楓と及川藩の関所の前に立った。

 関所の門には、刀が深々と突きさっていた。

 それはかつての楓の刀であった。

 楓がそれを引き抜こうと苦心していると、

 誰かに腰をぐいと引かれて、尻餅をついた。

 その拍子に刀はぽっきり折れてしまった。

「お久しぶり、でしてー」

 腰を引いたのは、依田芳乃であった。

27 : 以下、名... - 2017/05/30 12:33:32.03 KNm5BNRE0 26/33

おしまい

28 : 以下、名... - 2017/05/30 12:34:19.49 KNm5BNRE0 27/33

家老達は人間の屑

29 : 以下、名... - 2017/05/30 12:39:05.39 LOGXttDbo 28/33

志希の発明したのは火薬だったんか
爆発オチって元はこういう結末なのかな(違
乙!

30 : 以下、名... - 2017/05/30 12:51:48.51 uNdjjB9Uo 29/33

含水爆薬に自前で香水作って匂いつけたとかもありそうね

34 : 以下、名... - 2017/05/30 19:21:39.38 VokQ2fZwO 30/33

>>29>>30
兵器かつ甘い匂いかつ心臓の薬とくればニトログリセリンでしょ

35 : 以下、名... - 2017/05/30 20:19:38.60 KNm5BNRE0 31/33

>>34

お美事

37 : 以下、名... - 2017/05/30 20:29:53.48 LOGXttDbo 32/33

憎悪剣はこれで終わり?

38 : 以下、名... - 2017/05/30 20:41:55.03 KNm5BNRE0 33/33

何も考えず勢いで書いちゃったからなぁー

続きは未定

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