1 : 以下、名... - 2017/04/13 22:49:01.46 PhYPsiSJ0 1/363単発でスレ立てまくるのも悪いので書いたものをまとめてここに置いていきます。
作品内の時間で十分程度、百合な場面を書いています。
ほとんどが別の世界線です。
好きなシチュとか書いてくださると考慮します。
一回だけの愛のキス。
つり革を掴む右手が痛む。でも、あなたがうとうとしていて危なっかしいから離せないのよね。
あと、三つか。我慢しましょ。
思わず頬がほころぶ。疲れからか、表情がうまくコントロールできない。
部活の後に生徒会を手伝ったから、疲れたんでしょうね。
紫の頭がフラフラしている。
こんな状態でよくバランスが取れるわね。
あっ。つむじ見えた。
人の群れの中にいるのに誰も私たちを気にしないっていうのは嬉しい。
きっと私が性的マイノリティーとわかったらこうはならないわ。
どうしようかしらね。
電車がカーブに差し掛かる。希の頭が倒れてくる。
とっさに右腕で希の頭をキャッチする。左手を上げて腰を支える。
「あっ。ごめんえりち。ちょっと寝ててな。」
驚いたような第一声。その割には続く言葉が舌足らずだ。
いい子ね。何も謝ることはないのに。
こんな姿のあなたが見られただけで、天にも昇る気持ちなのよ。
「そのまま寝ててもいいわよ。疲れたでしょう。体重かけてもいいから。」
悪いからそんなことできないと言いながら、次第に体がこっちに寄りかかる。
可愛い。あなたのためならどんな重荷も背負えるのよ。知ってた?
腰に回した手で彼女を引き寄せる。
ダンスをするように。恋人を優しく抱くように。
こくりこくりと揺れる彼女。今ならどさくさに紛れて何かしても気づかなさそう。
頭の位置が正面に来るように調節する。
興奮してきちゃった。期待と興味で。
唇をひたいに落とした。彼女の頭がふいと上がった時に。
私以外誰も知らない。一回だけの愛のキス。
あなたの唇が欲しかったけれど、それはできないわよね。
私は自惚れではなく、その気になればこの娘を落とせる自信がある。
でも、あなたの幸せを願うから、決して告白なんてしないわ。
ビアンの人が胸を張って歩くには、まだまだ時間がかかりそう。
たくさんの苦労をしてきたあなたには、明るい陽の下を歩いてほしい。
そこには私の居場所はない。外から友人として見守るだけ。
それでいいの。
だけど、それなのに、いいはずなのに、たまに自分が抑えられなくなる。
自分の弱さが嫌になる。結局私は、大人になったつもりの子供なのだ。
性別なんか関係ないって、大声で叫んで好きな子の手を取りたいのだ。
諦めたくて、諦めたくなくて、認めたくて、認めたくなくて、何が正解なのかわからない。
どうすればいいのよ。
今夜もきっとまくらを濡らすわ。
だから、これはただのわがまま、自己満足。
世界の何より美しくて、ヘドがでるほど憎んだ行為。
未熟な私の最後のあがき。
「希。次で降りるからそろそろ起きて。」
愛しい人へ、心のこもった優しい声をかける。
悲しみが混じっていることには誰も気づかない。
終わり
髪型交換しましょうよ
ウチは部屋の入り口の方を向いて読書中。
後輩に大和撫子がいると、先輩禁止とはいえ恥ずかしいところは見せたくないのだ。
一方でウチの集中力のほとんどを占める意中の人は窓の外を見つめている。
ウチからしたら、胸キュンもののかっこよさだけど、口から言葉が出るときはえりちはポンコツやな~に自動翻訳される。
誰かが来ない限り決して言わないけど。
背中を向け合って座っている。互いに気のおけない間柄。
分野にもよると思うけど、ウチは彼女の一番だろう。
そう考えると、嬉しくて嬉しくて目の前の本なんかどうでもよくなっちゃう。
ギーっと椅子の軋む音。
背筋を伸ばしているのかな。
あらら。ウチの髪の毛が遊ばれている。優しいタッチでおさげが踊る。
えりち体柔らかいなぁ。
「希~」
「ん~?」
ポンコツさんがウチのおさげで自分の顔を叩いている。アホやんなぁ。
もしかしてだけど、ウチのこと意識しているから、髪を顔に当てているのかな?
いや、ないか。
ウチもえりちのポニーテールに顔を突っ込んでいたいなぁ。
寝起きの朝とかに。好きな人の髪に。あっ、でもえりち寝るときは下ろしちゃうか。
「髪型交換しましょうよ」
返事をするやいなやえりちが立ち上がる。
ノリノリやん。
背後に立つと一つずつ丁寧にシュシュを外していく。
なんだか服を脱がされているみたい。反対に神聖な行為のようにも感じられる。
下ろした髪を手ぐしがつたう。
頭皮に当たる手が気持ちいい。
女の子同士ならよくある光景でも、ウチにとっては最高の時間。
手がスッと離れる。もう終わり?
「もうちょっと続けてな。」
彼女は、はいはい、といいながら手ぐしをかける。
ウチは目をつぶって身をまかせる。毎日こうしてくれたらいいのに。
毎日、この幸せがあったらいいのに。
「そろそろポニーテール作るわね。」
慣れた手つきで髪が集められる。この引っ張られる感覚、好きなんだよね。
毛量が多いから少し苦闘しているみたい。ちょっと申し訳ない。
ぎゅっとゴムが締められる。
「はい完成。可愛くできたわね。とっても美人よ。」
「当たり前やん。」
強がりながらも、照れてしまう。
あなたの髪型なのだから、可愛くないはずないんだよ。
ウチがえりちに結ってもらったえりちの髪型。
彼女のものになったようで気分が良くなる。
この髪型は、ウチと彼女だけのものなの。
そして、この髪の影には彼女がいる。ウチの中にえりちがいる。
「次はウチが作ってあげる。ほら座ってお客さん。」
背中を押して、肩に触って座らせる。
えりちのゴムは今、ウチの頭にくっついているのですでに髪は下りている。
ただ、ポニーテールにしていたせいでストレートにはならない。
手ぐしでとかす。
髪のいい匂いがする。頭皮の匂いってしないもんやね。
「えりちなんのシャンプー使っているの?」
「亜里沙が買って来たやつよ。高坂家と同じやつ。」
ふーん。後でウチのシャンプー買わせよ。
髪の束をすくって匂いを嗅ぐ。ふりをしながら金髪にキスをする。
希パワーたーっぷり注入!はーい、ちゅっ♡!
ちょっとムキになったかな。
おさげを作ってそそくさとシュシュで髪を留める。
「できたよ。」
「ありがとう。みんなが来たら自慢するわ。」
いやいや。それは困る!真似しそうな子たちが何人かいる。
せっかくのウチらだけの髪型なのに。
「う~ん。それはやめてほしいかな~?」
「えーなんで?」
ぽかんとしちゃって。素直に鈍感なんだから。
そこが魅力の一つだけれど、ウチに気持ちが向いていないことを再認識させられる。
少しくらいその髪型を大切にしてほしいな。
一言言ってやろう。
「別の人に同じことして、その髪型変えられたら悲しいやんか。」
ちょっとの沈黙の後に、急ににっこり笑顔になる。
「そうね~。」
機嫌のよくなったえりちが抱きついて頭をブンブン振り回す。
危ないわ。顔を赤く染める前に危機を感じる。
落ち着いたかと思ったら、おでこを合わせて来た。
急接近した無邪気な笑顔にどきりとする。
やめてよもう。
「今日はサボって帰っちゃいましょうか。」
好きな人に息がかかる距離でそんなこと言われて断わる方法、ウチは知らない。
終わり
私、恋しているみたい。
「希、そのイチゴジュース一口ちょうだい。」
「ええよ。」
頭の中は間接キスのことでいっぱいだけど、得意のポーカーフェイスで隠す。
イチゴジュースのパックを受け取る。
えい、と心の中でつぶやき口にストローを入れる。
甘すぎる液体を吸いながら、視線は桜から離さない。
少しの癖とやましい気持ちでストローをチロチロ舐める。
何食わぬ顔でありがとう。無事にジュースを返す。
今日は一段と会話が少ない。
公園で花見をしながら、落ち着いた時間を過ごす。
もうすぐ散ってしまうとニュースで言っていたから、私が連れ出したのだ。
結婚したら今みたいにお花見をしたいな、なんて。
女子高生の方がよっぽど風流がわかっているわね。
お酒を飲むためだけに来ている大人たちを見ながら思う。
風が吹き抜け、花びらが舞う。花吹雪が綺麗ね。
横に目をやると、隣に座る女の子は和の国の女神のよう。
やっぱり桜なんて見ている場合じゃないわ。
桜を着飾ったあなたは何より綺麗。
目に焼き付けながら、希の頭に手を伸ばす。
「花びらついてるから、とってあげる。」
あなたが欲しくて手を伸ばしたのだけれど、難しいからこれで妥協。
一枚一枚ゆっくりと取る。そうすれば、長くあなたを見つめていられるから。
その間にもまた桜がつくから、何やってるのって感じだけれど。
希も気づいているのかわからないけど、なされるがままってことは嫌ではないのよね。
私たちってはたから見れば、同性のカップルに見えるかしら。
別にいいわ。春の陽気に当てられたのよ。考えるのはやめましょう。
「あの子供達、めっちゃ走っとるなぁ。」
希がとても優しい目をしていた。
向こうでは子供達が必死に走って遊んでいる。
もし付き合うことになったとしても、私たちには子供はできない。
あなたとの子ども、いたら幸せだと思うわ。
とっても。
肌寒くなって来たのを実感した。
まだ四月上旬だしね。
ベンチに置いてある彼女の手を見る。
手、繋ぎたいわ。友達なら手を繋ぐのはよくあること。
だけど、いざやろうとすると勇気がいる。
いや、やるのよ。
手汗も大丈夫。
「えりち?」
「ちょっと冷えちゃったのよ。あと春のせい。」
ふふんと笑う彼女をぼんやりと見つめる。
胸が苦しくなる。
私、恋しているみたい。
終わり
『告白』
今日のえりちは落ち着きがない。
何をするにも行動が早くて、ちょくちょく息を飲んでいる。
後、目を合わせてこない。いつもだったら熱っぽい視線をこれでもかと浴びせて来るのに。
今日は希と大事な話があるとか言って、みんなを帰らせた。
告白されるんだろうな。
えりち、ウチのこと好きっぽいし。
友達というには度がすぎるスキンシップでわかっていた。
あんなにされて気づかないほどバカではない。
告白への答えは決まっている。
ごめんなさいだ。
ウチもこの娘を支えてあげたい。
だけど、そんな関係には慣れないよ。
この友情が愛情に変わることはないよ。
ごめんね。ウチが弱いからここまでさせてしまった。
友人だったら、きっぱり諦めさせるべきだったのに。
そうすれば、余計な気を使わせることもなかっただろう。
ウチにとっては初めて築けた固い絆。
それを壊してしまうのではないかと思うと怖くて、言い出せなかった。
その結果として、あなたに期待をさせてしまった。
執着されるのは心地よかった。
大切にされて、愛情を受けるのは幸せだった。
何年も欲しかったものだから。
だけど、このままではいけない。
あなたのために。そして自分のために。卑怯になる、勇気を出す。
あなたの気持ちを知っていながら。
あなたを利用するだけして捨て去る。
私は非道の行いをする。
どうか許さないで。
憎んで憎んで、そして、できたら忘れてください。
あなたは素敵な人です。
くるりとあなたがこちらを向く。
覚悟を決めた表情だ。
「ねぇ、希。」
終わり
『帰り道』
帰り道。
ポンコツはにこっちに感化されてスクールアイドルの話をしている。
なんでえりちが自慢げなの。
「いや、ウチそんな話されても知らんし」
拗ねる。つまんない話しないで。
話題がにこっちに移る。
にこにこうるさい。そんなに好きか。
このポンコツ。もっとウチのこと見てよ。
「何拗ねてるの?あ、昨日にこがね。これ面白いから希も気にいるわ。にこがアルパカでナポレオンしたの!!」
他人のことそんな夢中でウチに話さないで。
早く帰りたい。
そんな嬉しそうにしないで。笑顔にならないで。
口を開かないで。えりちかおうち帰れ。
ウチ以外と一緒に帰らないで。ウチ以外と楽しそうにしないで。
他の人の名前出さないで。ウチしか見ないで。
ウチのこと好きになって。
あれ。ウチって意外と重いな。
というかえりちのこと好きなのかな。
学校に通うのはえりちに会いたいから、生活の中心は結構えりち。
これってもしかするのかな。
まさかね、ウチに限って。
ああ、もう。にこっちのことはわかったから。
足を止める。
えりちが数歩前を歩く。
確かめよう。
「わしわしMAX!!」
「ちょおおおぉぉ!」
えりちの背中に顔を埋める。がっちり胸を掴んで離さない。
あかん。ウチの心臓、壊れてる。
えりちがプンスカ何か言っているが、聞こえてこない。
あかんなぁ。あかんわ。
これが恋かぁ。
終わり
『洗面室』
希は洗面室で服を脱いでいる。
お風呂は先にいただいたから、私はおとなしく待っている。
亜里沙に今日は止まっていくと連絡したら、希のところだとすぐ見抜かれた。
そんなに頻繁に来ているかしら。
希がお風呂場に入った音がする。リビングにいると聞こえるのよね。
洗面室に向かい、そこにある洗面台で化粧を落とす。
音を聞くために。
メイク落としを顔に広げてなじませる。
シャワーの音が絶え間なく続く。希は頭から洗う派なのだ。
リンスも流して、希がタオルを泡だてている隙に洗顔を終える。
スッピンを見せるのは若干の抵抗があるけれど、洗面室にとどまるためには仕方がない。
自分の歯ブラシを取り出して、歯磨き粉を探す。
わずかにタオルが擦れる音が聞こえる。
「希~。歯磨き粉がもうないんだけど~。」
そこにいる希の声が聞きたくて、わざわざここで文句を言う。
今、向こうでは裸の彼女が自分の体を擦っている。
そう考えると官能的だった。
「え~。後で買いに行くから、頑張って絞り出して。」
言われることはわかっていたのですでに歯磨き粉を絞ってある。
シャコシャコと鳴らせながら洗濯カゴを見つめる。
さすがにまずいのではないか。
バレたらここには来れなくなってしまう。
まずいでしょうよ。
でも本当はもう決めている。視界に入った時に。
希が湯船に入るのがわかった。気の抜けた声も聞こえてくる。
口をゆすぐ。
洗濯カゴに引っかかっているパンティーを持ち上げる。
希の歌が聞こえる。機嫌がいいのね。
鼓動が早くなる。
だめよ。それはいけない。
息が荒くなる。フー、フー、フー、フー。
これはダメ。信頼を裏切ることになる。
じっと動けなくなる。
頭の中では同じことが回り続ける。
一度すれば何度もしたくなる。フーフーフーフー。
「えりち~。歯磨き粉のついでにさ~、アイスも買いたいな~。」
とっさに、俊敏にパンティーを元の場所に戻す。
危ないところだった。
「いいわよ。」
名残惜しい。あんなに耐えたのに、何も残らない。
手の匂いを嗅ぐ。無臭ね。
罪悪感がこみ上げて来て洗面室を出る。
瞬きをしなかったのか目がしょぼしょぼする。
どんだけ興奮してたのよ。はぁ。
もうここには来ないようにしようかしら。
どうせ来ちゃうのでしょうけど。
早くアイス食べたいわ。
あ、歯を磨いた後だった。
深夜だから、ごめんなさい。
『チョコレイト』
食べさせてあげると、ンフーと満足げにする。
あざといなぁ。めちゃくちゃ可愛いわ。妹ができたみたい。
構ってやりたくなるから頬をムニムニと押す。
目を細めてされるがままのこの子は甘え方がわかってるんやね。
「もう一ついる?」
「やぶさかでもないわ。」
偉ぶって、生意気なこと言うのも年下のようで可愛らしい。
ヒナのように口を開けて待機している。美人さんが台無しやん。
「のほひ。ははく。」
ウチの千円をなんだと思っているんだ。
もうちょっと感謝してもいいんじゃない?
態度への不満と、チョコへの嫉妬で鼻を摘まみ上げる。
鼻高いなぁ。羨ましい。
「ん!何すんのよ。」
上機嫌だったのが一転。
期待していたチョコの代わりに不快な攻撃がやって来たので語気が荒くなる。
そんなに怒んなくてもええやん。
まだまだお子さんやんね。
折れてあげよ。
「ごめんな。ちょっと魔が差してん。うちのぶんも一個あげるから。」
えりちの視点がすっとチョコの箱に注がれる。
何もらうか決めてるんだな。
その必死さとやらしさに愛情がこみ上げる。
「そう。なら、これにするわ。もう決めたからね。」
ニヤニヤと待っているのは食べさせてほしいからなんだろうか。
仕方ないのでえりちの口元へ運んであげる。
と見せかけて、自分の口をわざとらしく開ける。
「あー!」
彼女が素っ頓狂な声を張り上げる。
何も考えてないんだろうね。知性が感じられない。
なんでも人任せにしたらあかんよ。
ひょいとチョコを与える。
んもー。希は信用ならない。とかなんとか抜かしながら自分のチョコを守ろうとする。
ウチもそこまでがめつかないわ。
次から次へとチョコを口へ運ぶ。
もはやチョコの味よりも食べることが目的と化しているんじゃないか。
時たまこちらの顔色を伺っては口角を上げている。
そこまでされると、買って来た甲斐があるなぁ。
いつのまにか最後の一つ。ばつの悪そうな顔で言う。
「ごめんなさいね。食べ過ぎちゃったかもしれないわ。」
わかっていたけどね。
しょうがないなといった態度でウチも一言。
「えりちが食べさせて。そうしたら許すわ。」
親指と人差し指でつままれたチョコが近づく。
逃げられないように、指ごとほうばる。
さっと、指を引っ込めた彼女は謝りながら手を体の後ろに隠す。
こちらもごめんねと事故のふりをしてごまかす。
このために買って来た。甘いチョコレイト。
終わり
『私ね。告白されちゃったのよ。』
「なんやえりち今日はテンション高いなぁ。」
んふふ。わかっちゃうかしら。
私お昼休みに後輩から告白されたのよね。
もちろん生徒会長兼スクールアイドルだし、話したこともない子だから断ったけど。
でも、他人に好意を向けられて嫌な人なんていないわ。
自信がつくし、単純に嬉しい。
あの子には申し訳ないけれど、上手く断れたと思う。
それにあの子も初めから成功するとも思ってなかったみたい。
自慢みたいに言いふらすのも悪いから、心に留めておくだけにするけど。
しかし、私ってそんなに魅力的かしら?
いや、でも、告白されたってことはね。
この学校に来てからもう何回か経験しているし。
やっぱりそうなのかもしれないわねぇ。
やり場のないこの気持ち。隣にはいつもの彼女。
「希。」
きりりとした表情で呼びかける。声のトーンもいつもより低く。
「なぁに?えりち。」
反応した希。そのブレザーに手をかけ、そのまま手を下に滑らせる。
ゆっくりと。相手の体をなぞるように。確かめるように。
一歩前に踏み出して彼女の視界を埋める。
唇同士が20センチ。
彼女は驚いて目を見開き、目線を下に落としてしまう。
照れてる照れてる。
わざと小さな声でささやきかける。
「私ね。告白されちゃったのよ。」
髪を撫で付けながら、途中で触れた耳をいじる。さわりさわりと指で囁く。
「なんて返事したらいいかしら。」
慌てるに違いないわ。私だってこんなことされたら動転するもの。
数秒黙った彼女はなんでもないといった風にこちらを見上げる。
ピシャリと手を叩かれる。
「ま、えりちはモテるからなぁ。忙しくて付き合うことはできないとかでええと思うよ。」
あれ。なんか思っていたのと違う。
そんな真面目に答えてほしいわけじゃないのに。
ちょっとだけショック。
落ち込んだ反動で、距離を取り、顔が見えないように横に並ぶ。
せっかくいい雰囲気ができたと思ったのに。
自信あったんだけど。
しょげちゃうかも。
「うち、先に屋上行ってるね。」
ああ、うん。行ってらっしゃい。
さっさと希を送り出す。
こうも反応が薄いと恥ずかしい。私が痛い子みたいじゃない。
でも、もうちょっと取り乱してくれたってよかったんじゃないかしら。
希に対する不満を、羞恥心を消すために悶々と思い浮かべる。
そうしてしばらく考えてわかった。
私、彼女に嫉妬して欲しかったんだ。
終わり
『たった二秒の恋。』
配られたプリントが回される。
彼女は毎回このタイミングでこちらを向くのだ。
いたずらっ子のように視線を上げて、ウチを見ると安心したように微笑むのだ。
いつからだろう、この笑顔に対する思いが変わったのは。
最初は隠れ蓑にする友達のつもりだったと思う。
狭い教室に集められてグループができた。
彼女は孤高だった。
立場や印象がそういう状況に彼女を追いやった。
普通とは違う見た目や、堂々とした態度は他人が近づきがたい雰囲気を出した。
対面する際に相手が緊張すれば彼女も緊張するのに決まっている。
それがまた固い印象の原因となった。
誰もが面倒臭がる責任も彼女に回ってきた。
優しい人に回ってくるのだ。
本当は周りとなんら変わらぬ女の子なのに。
そうして孤独を抱えた彼女は居場所を探していた。
同じ経験をしてきたからわかる。
お昼を一緒に食べようと誘った。
自分がぼっちに見られることを気にしたのか。
彼女を哀れに思ったのか。
らしくないと感じたけれど、何かがそんな気にさせたのだ。
傷を舐め合い、馴れ合った。当たり障りのない会話をした。
肩を寄せ合い、震えていた。次第に腹の中を見せ合うようになった。
彼女は心を開いてくれた。
彼女は私に居場所と安心を見出した。
ウチを見かけると柔らかい微笑みを浮かべるようになった。
あの微笑みを独占したくなった。
普通の女の子だと思っていた。だけれども、そんなことはなかったからだ。
彼女は高潔で、純粋で、快活で、美しい。
人間はこんな人に惹かれるのだ。
だんだんとウチは彼女がいなくなるのを恐れるようになった。
ウチの居場所はあなただけ。
彼女への執着は愛と呼ぶべきなのか。
笑顔を返す。それを確認すると彼女は嬉しそうにくるりと前を向く。
ほら、あの可愛らしい彼女にはウチが必要なんだ。
二人だけの目のやり取り。たった二秒の恋。
終わり
『プリクラ』
「久しぶりだからどんなポーズしたらいいのかわからないわ。」
高校に入ってからは全然撮ってないし。バレると恥ずかしいから言わないけど。
この密室ではいちゃつくことが推奨されている。
親友だからといえば何でもできる。
カメラが大胆なことも可能にしてくれる。
二人で遊びに行くのはいいけれど、プリクラは絶対に撮りたいと思った。
疲れた顔の希を誘ったら目を輝かせていた。
プリクラとか好きそうだもんね。
大事に大事にとって置いてくれそうだもの。
四百円を入れて荷物を置く。
「とりあえずピースとかにする?」
高い声で機械が急かしてくる。じゅう!きゅう!
「二人でハート作りましょ!」
手でハートの片割れを作って二人で合わせる。
シャッターが切られるまでの時間が妙に小っ恥ずかしい。
せっかくのプリクラなのに何だか普通ね。
普段の写真と変わりないわ。
はいっちーず!
次の撮影まであと五秒?
今度は早いわね。
「えりち。腕組も!」
言いながら腕を取られて密着する。これちょっと恥ずかしいわね。
カップルみたいじゃない。悪くないけど。
キメ顔するのもちょっとあれね。
とっさに希の髪にキス。欲望に忠実に。意外と悪くないじゃない。
希は特に気にしていない様子。次どうするか決めるので手一杯みたい。
もうちょっと大胆に行こうかしら。
強引に希を抱き寄せる。顔を寄せ合い笑顔を作る。
「ん。」
「ほら、希も笑って。」
これはどう?まだ許容範囲内?
はいっちーず!
あのポーズを何秒もさせるんじゃないわよ。
急に恥ずかしくなってくる。いや、親友ならあるいは。
後悔してきたわ。顔赤くならないかしら。
「えりち。そんまま動かないで。」
プリクラって白くなるし大丈夫か。
ウケ狙いのとってないし、ワシワシMAXがそろそろくるかしらね。
少し身構える。
はいっちーず!
後ろというより、斜め後方から顔に柔らかい感触。髪がちょっと当たる。
片目に映る彼女の顔。
「らくがきせんでええの?」
あんまりに素っ気なく言うから、当然のことのように思える。
確かに友達同士ならこういうプリもあるけど。
さっき抱きついたせいで、どういうつもりかなんて問いただせない。
平気な顔している。何のフォローもなくペンを持つ彼女。
何だか癪だからハートをいっぱいつけてやった。
これ、誰かに見せられないわね。
終わり
『言い訳』
十時に待ち合わせ。
お昼を一緒に食べてウィンドウショッピングに行く予定。
気に入ったものがあれば買う。
お揃いのアクセとか買いたいなぁ。
遊びに行くだけだけど、見方を変えれば立派なデートやん?
今回のデートの目標は手を繋ぐこと。
これは多分すぐ達成できる。
女の子同士で手を繋ぐのは割とよくあるし、ウチらは花も恥じらう女子高生だし。
重要なのはいつまで繋いでいられるか。
ランチのお店を出た後に手を繋げるか。
面倒臭いと思われないかな。
必死に繋いできて気持ち悪いと思われたら。
とにかく、手を握れるだけでも万々歳。そのあとはそのあと。
あと十分で家を出ないといけない。
選んだ服は三パターン。
スカートは決まっている。ちょっと短いやつ。
靴とストッキング。髪留め。つけて行くアクセも決めている。
上に何を着るかが決まっていない。
春だから明るめにしようかな。でも派手すぎない組み合わせ。
そうこうしていて鏡とクローゼットの前を行き来すること四十分。
決められない。
思わずベットにダイブ。
「えりち~。助けて~。」
携帯のアラームがなる。家を出る時間。
よし。これで行こう。気張らない。無理しない。
お気に入りの組み合わせ。
急いで着替える。脱いだ服はそのままに。
持って行くものは昨日作って置いた。
十五分早めに家を出るつもりだったけど、ギリギリ。
遅刻したらなんて言い訳しよう。
服も特別おしゃれなわけでもない。
えりちにしか見せんからいいかと思って。
心の中でファッションに対する言い訳もする。
きっとこのセリフを言うことはない。
あの人「可愛いわね」と「似合ってるわ」しか言わないから。
行ってきまーす。
終わり
『覗き見』
何やら真剣にスマホを見ながら打ち込むJK。
せっかくウチと一緒なんだからなんか喋らないのかなぁ。
カッカッカッカ。ブーブー。
煩わしい。マナーモードにして。
相手は誰かな。彼氏だったら嫌だな。
恋人でなくとも、二人の時間が誰かに取られるのは嫌。
たとえLINEの相手が彼女の友人でも嫉妬する。
ここにいないのにウチから彼女を取らないで。
「なぁ、えりち何しとんの?」
「LINE。」
見ればわかるわ。ポンコツ野郎。
スマホを取り上げてやりたいけれど、怒られそうだからやらない。
ひま。スマホに焼き餅妬くなんて。
愛しののんたんが寂しそうやん。構ってよ。
彼女の顔に微笑が浮かぶ。
「何笑ってるん?」
「ん~。ちょっとね。」
何がちょっとなのか。こっちに全然集中してくれないし。
覗いちゃおうかな。いやーでも良心が痛むなぁ。
ちらりと見るだけ。文は読まない。
アイコンも小さくて見えないから。
少し無理な体勢をして画面を盗み見る。
ポンコツは気づかない。
一行の会話。たまに長文。スタンプなし。人らしきアイコン。
随分と盛り上がっているようで。
ウチとのLINEだと、もっとわけのわからんロシアンスタンプ使うくせに。
やっぱり見なければよかった。
惨めになるだけだ。
あとどのくらいかかるのかな。
勝手に帰ったら、なんで何も言わずに帰っちゃったのよって言われる。
あなたのこんな姿が見たくないからだよ。
出かける約束とかを取り付けていたらどうしよう。
とられたくないなぁ。
時間潰そ。タロットカードを取り出す。
占うか。
やっぱりやめておこう。
終わり
『傘』
一度浸水した革靴は乾きにくい。
靴底に手を触れて確かめる。濡れてるわ。
替えはないのでそのまま足を入れる。
傘は持ってきてない。学校のを借りるのも面倒だ。
希の傘に入れてくれるよう頼んでおいた。
そのまま彼女の家に泊まり込もうと思っているが、まだ伝えていない。
「希。傘持つわよ。」
「ありがと。」
靴を履くのに邪魔だろうから持ってあげる。
希と歩くときは車道側。エスカレーターでは前に立つ。
男性のマナーらしいけれど、女の子が喜ぶなら私もやるわ。
彼女が靴を履き替えるのを少し待ってから二人で歩き出す。
傘は私が持ったまま、それをさして希を招き入れる。
少女がはにかみながら入ってくる。
彼女はカバンを前に抱えて濡れないようにする。
私の下で小さくなるその姿はとても可愛らしい。
彼女の傘なのに持ち主が濡れてしまっては申し訳ない。
自分の左半身が濡れる。
しかし、これは彼女の家でシャワーを借りる口実なのだ。
「えりち濡れてるやん。」
「傘を借りているんだから、これくらいさせて。」
彼女は少し困った顔。
いいのよ、好きにさせてくれれば。
二人で雨の中を歩く。たまにある水溜りを避けて進む。
ふと手に温かいぬくもり。
見れば、傘を持つ手に重なる希の手。
振り払うわけにもいかず、じんわりとした温もりを感じる。
傘を握る力が強くなる。
「手。かなり冷たくなってる。傘持つの変わろうか?」
悪いけど、一度やり始めたら最後までやり抜く主義なのよ。
それにどうやら体もあったかくなってきたみたい。
あなたの家に着くまでこのままでいいわ。
そろそろ言わなきゃね。
「お願いがあるんだけど。」
「ん?」
「希の家でシャワー借りていいかしら?」
終わり
『休憩時間』
「はーい。十分休憩。水分補給忘れないでね。あと体を冷やしちゃダメよ。」
キリのいいところで体を休める。みんなうだうだ言いながらもいい顔してる。
肩で大きく息をしながらスポーツドリンクに手を伸ばす。
濡れた体が努力を証明してくれる。達成感が気持ちいい。
口いっぱいにドリンクを貯めて飲み込む。
一直線にこちらに向かってくる人影。
隣に体を投げ出し、座り込む彼女。
息も絶え絶えで苦しそう。
喋るのも辛そうだから声はかけない。
余裕のない呼吸。はぁはぁと熱っぽい吐息にどきりとする。
汗で張り付いた髪。しっとりとした腕。
彼女の体温が汗の気化した湿気とともに伝わってくる。
彼女の生気を強く感じながら、その生き生きとした美に酔う。
タオルで自分の汗を拭く。
スポーツドリンクを彼女のひたいにあてがう。
何も言わないが、翡翠の目が感謝を伝えてくれる。
彼女も自前のドリンクを手に持つ。
その気だるげな動きが色っぽい。
ドリンクを飲み、大きく一息。
遅れてありがとうの言葉。
彼女はタオルを取り出して、顔、首、わき、胸、腹を拭く。
タオルが彼女の体を撫でるのをじっと見る。
疲れのせいで遠慮を忘れていた。
「そんなにじろじろ見ないで。なんだか恥ずかしいやん。」
弾かれたようにドリンクを飲む。
「別に減るもんじゃないでしょ。それに希っていい体してるから、見てたっていいじゃない。」
軽口叩いてごまかす。堂々と言ってしまえば怪しまれないものだ。
ほら、本人も照れはいるけれどまんざらでもなさそう。
と思ったらタオルを投げつけてきた。
顔でしっかりキャッチ。痛くはないけど心臓に悪いのよね。
「すけべ会長。」
ニコニコしながら彼女が立ち上がる。
背を向けられたのをいいことにタオルの匂いをちょっとかぐ。
湿っているだけね。
あと少ししたら私も行こう。
すぐそこで放心状態のにこにタオルを投げる。
びくっとなる小さな体。ちょっと悪いことしたわね。
でも、友達のタオルを大事そうにずっと握っていたら不審じゃない?
仕方のないことなのよ。
「さぁそろそろ再開しましょうか!」
各々が元気な声をあげる。
終わり
『結ばれた口』
最近、絵里から希へのスキンシップが減った気がする。
気づいたのかな。あいつがビアンだってこと。
何があったか知らないけれど、変化があったのは間違いない。
別に気まずくなったり、避けるようになったわけでもない。
スキンシップが減っただけ。
それだけだけれど、察しがつく。
確かにあいつの視線やボディタッチには時折疑問に思うことがあるけど。
でもみんな確信を持っているわけでもないし、まして友人に対して同性愛者なのかなんて聞けるわけがない。
幸いにもあいつの視線は絵里に向かっていることが多い。
だからみんなその違和感も個性だと割り切っている。
それを誰かが不快そうにしていたこともない。
ただ、自分には関係ないとは言わないまでも、二人の間で完結していてほしいと思っている。
誰も口には出さない。そんな関係。
「えりち~。膝枕して~。」
「いいわよ。どうぞ。」
あいつのお願いも素直に聞く。
そこに戸惑いは見られない。
春の日差しの中、絵になる二人。
彼女の性的指向を忘れてしまう。きっとそれがいいことなのに。
「まぶしい。」
「はいはい。」
絵里が希の目の上に手を置く。
息もピッタリ。私にはああいうことあまりないわね。ちょっぴり羨ましい。
リラックスした空気を邪魔できず、雑誌をひたすらに眺める。
ちらりと彼女たちを伺う。
窓の外に視線を送る絵里。
じっと動かない希。
美しく儚い彼女たちだけど、どことなく悲しい気持ちになる。
親友なのに、誰よりも近くにいるのに、決して心を開くことはないのだろう。
互いに卒業まであと少しの間、寄り添っているのだろう。
あいつはいつか打ち明けるのかな。
私に何ができるのかな。
絵里の手が微動する。
彼女は外に視線を向けたままだ。
無表情のまま。
絵里の手の隙間から一筋の雫が零れ落ちる。
希の口がぎゅっと結ばれる。
いたたまれなくなった。
少しの間、席を外そう。
終わり
『信号』
通学路には信号機がある。一分にも満たない待ち時間の。
ホームルームの前になると生徒たちの列ができるようになる。
模範的な生徒会委員としては余裕を持った時間で登校するけど。
ウチの歩く少し前方にスタイルのいい金髪。
声をかけるのにはためらわれる距離感。
彼女はよく挨拶をし、また同様にされる。
生徒会長として顔が知られており、さらには母校のスターなのだから当然だ。
一緒にいると黄色い声を聞くことも少なくない。
生徒会長、おはようございます。
絢瀬先輩、おはようございます!
ええ、おはよう。
と、ここからでも多少聞こえる。
彼女が渡る信号機が黄色くなる。
小走りの生徒が彼女に駆け寄りながら挨拶をする。
彼女は振り向きざまに返事をする。
あ、目があった。
一瞬かたまると、笑顔でこちらに小さく手を振る。
信号は赤になっている。
ウチも無視するわけにもいかないし、腰のところで手を振る。
声には出さずに口で「おはよう」。
彼女は何を思ったのか信号の向こう側で立ち止まる。
ウチにかまわず行けばいいのに。
道の端で待っている。
嬉しそうにこっちを見ていたけれど、ウチ以外の生徒の目に気づくと視線を逸らした。
こちらで数人信号待ち、向こうには一人。
ウチに挨拶してくれる子もいる。
それも嬉しい。だけどそれ以上に気になる声がする。
ウチの後ろでひそひそと話声が聞こえる。
もー。めっちゃ恥ずかしいわ。
信号待ちの人数が増える。
えりちもソワソワと落ち着きがない。
若干赤くなっている。
今更ウチを置いて歩き出せないのだろう。
早く青になれ!お願いします!
念じた途端に青になる。
急ぎ足で近寄る。彼女もホッとした表情だ。
「何やってるん。」
「もうやらないわ。」
二人していつもより早足で道を歩く。
終わり
『背中の文字』
次の授業は小テストがある。
最後の詰め込み。ブツブツ唱える。
背中を指でなぞられる感触。
「え」
すでに誰の仕業で何を書くのかもわかる。
こういうイタズラをされるのも悪くない。
けれども残念なことにテスト勉強中なのよね。
反応はしてあげられないわ。
「り」
きっと私の背後で彼女が頬杖をつき、暇を持て余しているのだろう。
眠そうに目を開けて、徒然に指を走らす。
チャイムが鳴ればすごすごと自分の席に戻るのだろう。
振り向いてやりたい気もする。彼女が最後の一文字を書き終えたら。
「ち」
制服に引っかからないように優しいタッチで描かれる。
二人きりだったら変な気分になってたかもしれないわ。
いや、ならないか。
読んでいない教科書を見つめる。
ブラのホックがつままれる。
引っ張っては離されて背中に当たる。
制服にシワがついたら恥ずかしいわね。
希の爪もたまに肌に食い込んで痛いし。
抗議のつもりで背中を揺らす。
「す」
ちょっとするとまた新たな文字が描かれる。
乙女心に予想する。
他に書くことがなかっただけかもしれないけど。
彼女が頬を染めながら書いているとは思えない。
「き」
画数が多いわね。
教科書を睨みながら表情は崩さない。
でも、嬉しいことは否定しない。
振り返ったらニヤケ顔になるに違いない。
「♡」
背中の文字も一種のラブレターと考えれば可愛いものね。
今度誰かにやろうかしら。
なんとも思っていないわよ、との意味を込めて音読の声を大きくする。
あの子かまってちゃんだから、悔しがるわね。
突然、胸が鷲掴みにされる。
反射的に背筋が伸びる。
体をひねる。
突っ伏した希の頭にチョップを入れた。
終わり
『アイス』
駅のそばにある某アイスクリーム屋にて。
スモールのダブルをコーンで注文。
ウチは新作のやつ。えりちはチョコとキャラメルリボン。
店の奥で秘密の密会。
席に着くとまず、相手が何味を頼んだのかを聞く。
「美味しそうね。」
テキトーな感想を言いながら、自分の方が美味しいと確信したドヤ顔。
冒険心を忘れちゃあかんよ。えりちいっつもそれやん。
ウチの怪しげな紫色は見た目から気合が入っているのだ。
えりちが上の方から一口。
こちらを見ながらうんうん頷く。
一口が大きいなぁ。
ウチはせっかくなので定員さんがつけてくれたスプーンでいただく。
最初は硬くてすくいづらい。
「えりちの味見させて。」
はいと出されたアイスをカプリ。
今更新しいコメントも出ない。
「希のも頂戴。」
スプーンであげると少ないだろうから直接かじってもらう。
歯型がついた。容赦ないなぁ。
互いの感想を言いながら自分のアイスを頬張る。
彼女はもう二個目に突入。
えりち、鼻の頭にアイスついてる。
さっと拭い去るところをウチは見ていた。
溶けたアイスが垂れてくる。
仕方ないから舐め取る。
その間にも反対側から垂れてくる。
この格闘がささやかな楽しみ。
うちもやっと二つ目に突入。スプーンは余計だからやめた。
えりちはコーンを大切そうに食べている。
もうアイスないやん。
ウチは唇を押し付け、溶けたアイスを舐める。
これは溶けていくアイスを上手く食べる技なのだ。
でもえりちと一緒の時にしかやらない。行儀悪い気がするから。
食べ終わった彼女はウチのアイスを見つめている。
ゆっくりと味わうメリットはここにある。
見せつけるように、わざとらしくぺろぺろ舐める。
彼女の羨ましそうな顔!と思ったらそうでもない。
だが、溶けたアイスはコーンと一緒に食べられて美味しい。
その点えりちはまだまだ甘いやん。
手についたベトベトをさっと舐める。これが難点。
ちゅっと音が出る。見られた。
手を舐めるところを目撃される。
「手、洗ってくるから荷物見てて。」
普段はこんなことしないんよ。言い訳するのも見苦しいのでトイレに逃亡。
終わり
『ファン』
一人でいる時の彼女はキョロキョロと落ち着きがない。
こちらから話しかけない限り、不安そうに縮こまっているのだ。
会話では愛想をよくしてくれる。
でも、どことなくよそよそしく感じる。
言うなればアイドルモードなのだ。
話せば面白いし、可愛いし、性格もいい。
だけど彼女が打ち解けてくれる気配はない。
もちろん彼女は人気があるのでぼっちでいることは少ない。
たまに彼女のそんな姿を見ると目が離せなくなってしまう。
絢瀬さんが教室に戻ってきた。
私にはわかる。彼女はクラスメイトと話す時には純粋な笑顔を見せないのだ。
彼女は苦笑いをしながら談笑していたグループを離れ、親友の元へ向かう。
背後から絢瀬さんの腰に手を回して抱きつく。
一言二言かわすとその状態のまま席まで行く。
歩きづらそうに大きく揺れながら進む。
着席後は自身の両の指を絡ませ、絢瀬さんの肩にかける。
手の上に頭を乗せ、べったりと密着している。
パーソナルスペースが極端に近いのだ。
彼女は絢瀬さんに何やら囁く。
恋人に甘えるように。
意中の人は授業の用意をしながら生返事。
会話が途切れたところで彼女が息を吹きかける。
身をよじる絢瀬さんを嬉しそうにからかう。
私たちにはあの笑顔が向けられることはない。
呆れて前を向いた絢瀬さんのポニーテールを触りながら、真面目な表情で話しかける。
なんの話をしているのかな。
勉強?遊び?やっぱり部活?
二人の間に何があるのかは誰にもわからない。
女同士で付き合ってるのではないかとの噂もある。
私はあり得ると思う。火のないところに煙は立たない。
ほら、見えにくいところで手をつないでいる。
やましいから隠しているのだろう。勝手にそう解釈している。
それにしても外でやっちゃだめでしょ。
ファンの中にはそれを見て、悲しむバカがいるんだから。
終わり
『ポッキーゲイム』
μ’sの中で私に敵うものはいないチカ。
クラスでまたまたまた流行っているポッキーゲイム。
誰かが買ってくるたびに大会が開催される。
最初は恥ずかしいから断ったけれど、10人くらい集まって来ちゃって結局やる羽目に。
みんなとっても喜ぶし、相手の頬を赤く染めるのは楽しかった。
さらに、ポッキーはチョコと勝利の蜜を与えてくれる。
あくることなくポッキーを買ってくる彼女たち。
無敵の私に挑んでくる乙女たちを撃退し続けた。
向かう所敵なしの私は当然、部活にポッキーを持って行った。
一年生は咥えたポッキーを相手の口に当てただけで降参した。
真姫はトマトになっていた。
二年生は危なかった。海未が止めに入らなければことりに負けていたかもしれない。
あの子底が知れなくて怖いのよね。
にこは感謝の言葉責めで撃破。
「〇〇の~なところ好きよ。」は数々の戦いで編み出した必殺技なのであった。
後輩たちは私に対する敬意を再確認したようだった。
ファンたちはクールビューティーに惚れ直した。
確実にみんなの好感度が上がっている。学校を歩く足も軽やかになる。
これが自己実現ってやつかしら?理想の姿と現実の姿が重なって行く。
残るはラスボス。ミーティングが終わった後、仕掛けた。
ポッキーを隠し持ち、対面座位になるように彼女の膝に座る。
すでに勝負は決まったも同然だ。
「希。ポッキーゲイムしましょう。」
メンバーの視線が集まり、期待が増して行くのを感じるわ。
「え~。普通に嫌やな~。」
いきなり心を折りにくるパンチが入る。そこまで言うことないじゃない。
希が腰を支えてくれないから落ちないように肩を掴む。
何度か勝負のお願いをしても曖昧な返答しかしない。
強硬手段ね。強引に片手を首にかけて抱きしめ、もう片方の手でポッキーの箱を取り出す。
希を抱きしめて安定性を保ったまま袋を破り一本引き抜く。
箱と袋はふんふん言っている花陽に渡した。
チョコの部分を咥えて肩に手を置きなおす。チョコは譲れないのよ。
照れているのか困り顔の彼女。
意外と弱いかも知れないわね。
「んほひ」
「やりたくない。アホなことはやめて。」
顔を背けてしまう。でももう後に引けないのよ。観念しなさい。
このままではポッキーがふやけてしまうわ。
彼女の頬に手を添える。グイグイとこちらを向かせようとする。
ポッキーの端を口元に寄せる。んむー。
「やってやりなさいよ。」
にこ、ナイスアシストよ。諦めたように彼女はポッキーを咥える。
ぽりぽりと食べ進める。すぐに鼻が当たりそうになる。
嫌に緊張した。私なにやっているんだろうって。
唇にポッキーを当てたまま、動けなくなる。
どうしよう。
目が逢う。
閉じられる。
触れるのを感じる。吸い付くように張り付く。柔らかく潰れる。
余韻を味わうようにゆっくりと唇を離す。
コツンと頭をぶつける。相手の目を直視できない。
「ごめんなさい。」
「だから嫌だって言ったのに。」
口の中のわずかに残ったポッキーを集めて飲み込む。
心地いい。彼女のそばから離れられなくて。酔いしれたようにぼーっとする。
「いい雰囲気のところ悪いけど、練習いくわよ。」
部長の声に照れ笑いを浮かべ立ち上がる。
自分の荷物を手に持って、彼女の方を盗み見る。
花陽のポッキーをムシャムシャ食べている。
おどけたようにメンバーにタッチしながら部室を出る。
あーあ。
終わり
『お邪魔しまーす』
「お邪魔しまーす。」
ウチに続いて彼女が部屋に入る。傘をたたんで立てかける。
二人が立つには狭い玄関。カバンを置き、彼女の肩を借りて濡れた靴と靴下を脱ぐ。
爪先立ちで洗面所に向かう。そこででタオルを取り出す。
玄関で突っ立っている彼女にそれを投げる。
足を拭いて靴下を干す。彼女のも受け取って横に並べる。
二人で並んで手を洗う。ハンドソープを譲り合う。
二つのブレザーをハンガーにかける。今日は天気雨だったからそんなに濡れていない。
リビングに行き、椅子に座って向かい合う。
「お菓子ある?私カントリーマウムあるわ。三つ。」
彼女は足をぶらぶらと揺らしながらカバンを漁る。餌付けされたんやろうなぁ。
ウチもバイト先でもらった煎餅がある。
「えりち飲み物いる?」
「水でいいわよ。」
煎餅をカウンターに置く。ウォーターサーバーからコップに水を注ぐ。
テーブルまでコップを運ぶ。彼女が煎餅を持って行く。
歩くたびにペタペタと音がなる。
席について足を揺らす。カントリーマウムの分け方を話しながら相手の足を軽く蹴る。
しっとりすべすべ。ちゃんとケアしてるやん。
とりあえず煎餅を食べる。えりちには不評みたい。
彼女はカントリーマウムを食べて席を立つ。
ベットに背を預けて座る彼女。煎餅美味しいのにもったいない。
「こっち来て、希。」
ゆっくりと立ち上がりお菓子のゴミを捨てる。
スマホをいじる彼女の横に座り込む。わざわざ隣に来たのに何かあるわけでもない。
どちらともなく口を開く。自分たちの作詞の話。
いまいち恥ずかしくて他の人には相談できない。
彼女がゴロンと横になる。投げ出された脚がウチの脚の上に重ねられる。
太ももを揉み揉みマッサージ。いい筋肉している。
「スカートにシワついちゃう。えりち。立って。」
億劫で後回しにしていたけど、ダメやんね。
「すぐ帰るからいいわよ。」
本人がそう言うならいいかな。
一人で過ごすには広い部屋。ゆっくりしていってほしいなぁ。口には出さないけど。
目の前の脚を眺める。
「えりち足の爪伸びてるやん。切ってあげようか?」
自分でやると言うが、やらなさそうなので爪切りを持って来た。
パチンパチンと音が響く。ちょっと足が強張っている。小さいけど刃物だからね。
はい終わり。落ちた爪を集めてゴミ箱へ。
「少し寝てもいい?」
「ベット使ってええよ。」
昼寝をすると一人でいる時間が増えるから一緒に寝ない。
うとうとしている彼女。髪留めを受け取ってテーブルへ。
課題でもやろうかな。眠る彼女に目をやる。
やっぱり本でも読もうかな。ベットの脇に座り込む。何時に帰っちゃうのかな。
終わり
『お弁当』
最近お昼を一緒に食べないことが増えた。
ユニットで集まるらしい。
ユニットでの練習がひと段落した後も、お昼には弁当を持って部室に行ってしまうようになった。
ウチはクラスの子と関わることが増えた。別に居心地の悪さは感じない。
でも、彼女が教室を出て行くときに胸が締め付けられる。
ウチ一人が置いてきぼりにされたようで、疎外感を感じる。
なんで行ってしまうの?ウチと一緒じゃ嫌?もしかしてウチのこと避けてる?
LINEのやりとりも減った気がする。
ちょっと前までは夜遅くまでした長電話のおかげで寂しくならなかった。
前はよくお弁当を食べさせあったりしたよね。
変に周りの目を気にしてあなたは嫌がったけれど、好きなおかずがあるときは積極的だった。
ウチの機嫌が良くなるから。
始めは互いの箸に口をつけないように気をつけてたよね、
自分の箸で触れたものは相手にあげなかった。
いつからか全く気にしなくなったけれど。いや、ウチは今でも気にしている。
向かい合って食べているとあなたの視線はお弁当に集中する。
ウチが見つめていると顔を上げて照れたようにはにかむ。
食べてる姿が好きなだけで、大食いとか思っているわけではないよ。
毎日一緒にいるのに話題が尽きることもない。
今となっては何を話していたのかあまり覚えていないけれど。
ウチのお弁当をよく褒めてくれた。
その言葉を期待して無理に早起きなんてしちゃってさ。
えりちのお弁当が羨ましいと言うと、自慢げに家族の話をするのだ。
亜里沙ちゃんはピーマン苦手らしい。
そう話すお姉さんはピーマンの肉詰めをドヤ顔で食べていた。
どうしてもお弁当が作れないときは一緒に購買まで行った。
わざわざついてこなくても良かったのに。
今は一人で階段を降りる。お弁当を作る頻度も減った。
キューティーパンサーは部室に集う。混ざりに行けばいいのに足が重い。
三年組になったら真姫ちゃんが部室に来づらくなってしまうかもしれない。
それに、えりちに会いに行くのが怖くて。
ウチが彼女に好意を持っていることを知られた可能性もある。
彼女ノンケっぽいし。気持ち悪いと思われたら。
お昼に一緒にいないだけ。それなのに、彼女に話しかける以前に戻ったようだ。
もう一度、小さな勇気を出してみようかな。
明日、昼食に誘おう。
にこっちにも一言お願いしておこ。
終わり
『保健室』
「保健室行くわよ。あとで先生には言っておいてあげるから。」
今日の希は具合が悪そう。時期的にも生理かしらね。
無理して頑張ってしまう子だから、あからさまに辛そうにはしないけれど。
生理の時は私が世話を焼いている。一番そばにいるし。
頼られるのは気分が良い。
えーとかうーとか呻く彼女を立ち上がらせて連れて行く。
手を握って廊下を歩く。彼女はゆっくり進む。
この手に下心がないわけではない。これくらいの報酬があってもいいでしょう?
彼女がどんな顔をしているのか、わからないから後ろは振り向かない。抵抗しないならいいのよね。
保健室までの道。いろんなことを考える。
彼女の手を握っていると頭の回転が速くなる。
大抵はどうでもいいことばかりだけれど。
今日は彼女に特製ボルシチ作ってあげようかしら。あったまるのよ。
材料は希の家に一度帰ってから買い出しに行きましょう。
また行くからちょっと多めに買おうかしら。おやつも買って彼女の家におこう。
保健室に到着。先生に話を通してベットを借りる。
生徒会やっていると先生と親密になれるのよ。
授業前までここにいよう。
「ありがとな。えりち。」
好きでやっているのだからいいのよ。
布団の下から手が出て来る。それを優しく両手でとる。
少し顔の青い彼女が満足そうにこちらを見る。
死に際に立ち会っているみたいになっちゃったわね。
外から見えないように医療用カーテンを閉める。
生理中の彼女は私を頼る。というか甘えてくれる。
それが嬉しくてこの時期が好き。本人には言えないけど。
彼女の頭を撫でる。心地よさそうに目を閉じる。
寝てる人がいるとつい撫でたくなるのよねぇ。可愛い妹がいるせいかしら。
スマホを確認。もうちょっとしたら行かなきゃ。
布団の上に頭ごと倒れかかる。彼女は何も言わない。
「私もここで寝て行っていい?」
「だめ。」
今度は私の頭が撫でられる。これって幸せな気持ちになれるのね。
彼女と目があうと自然と笑みがこぼれる。嫁にこないかしら。冗談よ。
「そろそろ行かんと。ウチを遅刻の言い訳にしちゃダメだからね。」
動きたくないわね。頭をポンポン、急かされる。
思いを振り切るように勢いよく立ち上がる。
「放課後迎えに来るから。」
「うん。」
先生に挨拶して保健室を出る。
早足で教室に戻る。素早く授業の用意をする。自分と彼女の帰り支度もしておく。
あと2時間もあるのね。
終わり
『シルエット』
暖かな日差しが心地いい。
一番窓側の席に座っている絢瀬さんが東條さんを手招きする。
日差しの強い日は教室のカーテンが閉められる。
彼女たちはその中で二人だけの時間を過ごす。
この学校は生徒が少ないとは言え、人の目を気にしなくてすむ場所などない。
あったとしてもトイレくらい?
だからあのカーテンの中が彼女たちの花園。
シルエットが多少映るが角度や影の重なり具合、風によるはためきで何をやっているかはわからない。
今は絢瀬さんの膝に東條さんが乗っている。
下半身はカーテンから出ている。
東條さんのスカートの上に絢瀬さんの手が置かれる。
シルエットが動く。おさげのある頭がに揺れる。
楽しそうに跳ねる。何の話をしているのだろう。
ペチペチと絢瀬さんの手が東條さんの太ももでリズムをとる。
足でも彼女を上げては落としてリズムを作る。
ガタガタと揺らされる東條さんは怒ったようなそぶりをするが、楽しそうな声だ。
でもすぐに止まってしまう。あれ体力使いそうだもんね。
東條さんが腕を後ろに回して絢瀬さんの首を捉えると、自身の頭に重なるように引きつける。
シルエットしか見えないけど、多分、自分のくちもとに絢瀬さんの耳が来るようにしたのね。
さっきまでの騒ぎようが嘘のように静かになる。
何を耳打ちしたのか。絢瀬さんの腕が東條さんを強く抱きしめる。
その体勢のまま、動かない。
緩急をつけて、ぎゅっとしたりふっと緩めたり。
時折どちらかの頭に微妙な動きがあるくらい。
もうすぐ授業が始まってしまう。知らせた方が良いのかもしれない。
だけどもしかして、もしかするかもしれない。だから誰も忠告できない。
バッと一思いにカーテンをまくってやりたい。
あの中で何が起こっているのか気になって仕方がないのだ。
キスとかしてたりしそうだもん。あの二人が。
あれだけ美人だとレズでもあまり嫌悪感を抱かないわね。
むしろ恋のライバルにはならないし安心。嫉妬することもない。
ちょっと引くけど。私には関係のない世界だし。
授業開始のチャイムがなる。
彼女たちが花園を飛び出して自分の席に急ぐ。
窓際の席の主人は苦笑いで席に着く。あの席、勝手に使っていたんだ。
幸いなことに先生はまだ来ていない。
澄ました顔で教材を取り出す彼女たち。顔を見合わせて微笑み合う。
風ではためく二人の花園。
終わり
『キスマーク』
昨日のウチはイラついていた。
確かに彼女の顔は整っているし、女子校の中では恋愛感情を抱かれることもあるみたい。
えりちも真面目な態度で接してはいるが、得意げな表情で癪にさわる。
希、希!ってウチを呼んではモテる自慢を披露するのだ。
いつもウチがテキトーに相槌を打つだけなのに。
えりちがすごいのはわかったから。
週に一回は聞かされる。あまりにしつこいので鬱陶しくなった。
もっとウチの機嫌を損ねたのは最近現れた積極的な後輩ちゃん。
どこからかえりちの連絡先を入手し、今度一緒に遊びに行くという。
えりちがペラペラ喋ってしまうから全部筒抜けなのだが、それが余計にウチを苦しませた。
放課後に待ち合わせて二人が校門から出て行くのを教室から見送った。
ちょびっと辛かった。
昨日の夜にお風呂に浸かって考えた。
彼女がいなくなってしまったら、ウチの高校生活が終わってしまう。
今まで積み上げて来たものを明け渡したくない。
初めてできた親友を、あろうことか女の子に。
ウチのアイデンティティのエセ関西弁も彼女のためのものなんだ。
彼女がいなくなれば、ウチは喋れなくなってしまう。
取り返してやることに決めた。
無意識に口につけていた、腕にキスマーク。肩にも。見せつけてやるつもりで。結構いっぱい。
そして今日、μ’sのペアで行う柔軟中、わざと彼女にだけ見えるようにした。
嫉妬して、怒ってくれないかな。叱って欲しいな。ちょっとマゾっぽい?
でも、気づいてもらえなかったら、どうしよう。もし見て見ぬ振りをされたら。
帰りたくなって来た。今ならえりちの気持ちわかるよ。
準備体操なのに心臓がばくばく。彼女に届きはしないかな。
そうこうしている間に体操終わっちゃうよ。えりち。
ねぇ。終わっちゃうよ。
「ウチ、ちょっとトイレ行ってくる。」
不安になって抜け出した。本当に帰ってしまおうかな。
でも、彼女が追って来てくれるかもしれない。
ゆっくりとお手洗いに向かう。少しでも時間を稼ぐ。
胸が裂けそう。昨日の決意はどうしたのか。
目頭が熱くなる。泣くことはない。
取られる云々も自分の勝手な妄想だ。
彼女の友人が一人増えるだけかもしれない。ウチとも仲良くなるかも。
そんなわけない。
ただの友達でも第三者が入ってくれば、疎遠になるに決まってる。
特にその人の気持ちがどちらか一方に向いていれ場合。
いつかは別れが訪れる。けど、この一年は、彼女だけは。
人には知ったようなアドバイスをするけど、ウチは聖人じゃない。暗い感情が湧き上がる。
後輩ちゃんをひっぱたいて、もう彼女に近づかないでと言ってやりたい。
彼女を連れて来て、思い切り言ってやりたい。ずっとウチのそばにいてって。
怒りと不甲斐なさで歯を食い縛る。
後ろから急ぎ足で歩いてくる音が聞こえる。
ただ急いでる他の人かも。いや、彼女だ。ウチにはわかる。
そっか。全部いらぬ心配だったみたい。
無理やり作る勝利の微笑。自分を鼓舞する。
計画通りやん。やっぱりウチ、えりちの扱いは上手いんよ。
「待って、希。話があるの。トイレの後でいいから。私ここにいるわね。大事なこと。」
「うん。」
短く返事をしてから、振り返らずに急いでトイレへ入る。
涙が出てくる。安心したせいかな。変に思われるから、泣き止まなくちゃ。
よかった。神様、ありがとうございます。
このチャンス無駄にはしません。今度はウチが勇気を出します。
深呼吸する。鏡で顔を確認。大丈夫そうかな。行こう。
「なぁに?どうしたん?」
終わり
『原稿』
生徒会の仕事と言っても、学校の行事の準備や先生の手伝いがほとんど。
今やっているのは体育祭の挨拶で発表するスピーチ作り。
おきまりの文句を並べればいいようでいて、なかなか浮かばない。
補佐の副会長は怪しげにタロットカードをめくる。
何を占っているのかしらね。
頬杖をつきながら彼女を傍観する。見慣れた姿。
考えるふりをしているだけで頭の中は真っ白。
彼女は私の視線に気づいたのか大袈裟な動作でいちいちリアクションをとっている。
目を見開いたり、口を開けたり。
そろそろ真面目にこの仕事を片してしまいましょうか。
ペンを走らせる。
七割ほど書き終わる。もともと大した量でもないしね。
「どのくらい進んだん?」
唐突に声をかけられて体が跳ねる。
吊り橋効果?心臓が少し高鳴る。
頭の中では突然現れた戸惑いと、よく知る人の安心とで混乱する。
なぜ気づかなかったのかと思うくらい、近くに彼女の顔。
髪がちょっと当たる。甘い匂いもする。嗅ぎ慣れた、好きな香り。
私の肩から生えた頭がニヤついているのがわかる。
これほど至近距離にいると彼女の方を向くこともできない。
鼻の先を横目で見るくらい。まつ毛が長い。
凝視するのも恥ずかしいから目の前の原稿に視線を落とす。
「近いって、もう。」
精一杯の反抗。なぜかはっきり喋れない。
固まっている私を気にも留めないで、原稿を手に取る彼女。
彼女の可愛いイタズラでしょうけど、こういうのは控えめにしてほしいわ。
現に彼女のせいでちっとも仕事が進まない。
ふーん、うーむ、と唸る声が聞こえる。ちゃんと考えているのかしら。
「ええんやない?」
随分と短い感想なのね。
不服だけど、彼女の意見は大事にしている。他の誰より信用しているから。
そうして、ここまで二人でやって来た。
あのスキンシップには閉口しているけれど。
「希。仕上げるから向こう行ってて。」
思ってもいないのに突き放すような言葉が出る。
彼女が私の肩に手を置いて停止する。
どうしたのかと首を回したその時。
ちゅっ。耳元で音がなる。キスされたわけじゃない。
見れば、彼女がにんまり笑う。
彼女の唇を見つめてしまう。少し厚めの唇。気持ち良さそう。
堂々と自分の席に戻る背中を目で追う。
席に着いた彼女がこちらを見てまた笑顔を送る。
自分でも理由はわからないのに、スッと目線を下げて、顔を隠す。
彼女を意識しているみたいで嫌だから、すぐに顔を隠していた右手を下ろす。
集中できないままペンを持つ。本当にもう、困ったものね。
どういうわけか顔が火照る。
終わり
『香水』
華やかな香りがする。彼女から流れてくる。
隣に座る彼女はどこか憂いを帯びた表情で。
大人っぽい。香水をつけている。
明らかな変化だった。
どうして急にそんなものをつけ始めたの?
それは誰に嗅がせるの?反射的に疑問が浮かぶ。
μ’sの中ではそういうのに常日頃興味がありそうな子は少ない。
ことりちゃんとか真姫ちゃんあたりかな?
それとも、この学校の外の人かな。
ウチの片思いの相手が誰かに向けたこのアピール。
思索を巡らしてその誰かの影を追う。
見つけられるはずがない。そんなものがあれば既に気づいている。
隣を見やるとウチを置いて、彼女が大人になってしまったようで切なくなる。
今までのウチらには異質な感じ。誰かと成長が壁になってる。
自分が少し身構えているのがわかった。
「香水つけたん?」
「ええ。」
彼女は照れ臭そうに答える。
背伸びしているように思えて照れている。
まだ大人になりきれていないその反応にホッとする。
彼女はウチの知っているえりちのままだ。
「この匂いどうかしら?」
いい匂いだと思うよ。あなたにあってる。いいチョイス。
でも、そう言われて喜ぶあなたは見たくない。
ウチの助言で自信をつけて、デートにでもつけていくの?
「ええ匂いやん。」
わかっているのに目の前の、あなたの笑顔に勝てはしない。
気を良くしたのか揚々と魔法の瓶を見せつける。
元から自慢するつもりだったのね。
「ウチにもつけさせて。」
はいどうぞって、ちょっと考えた後に渡してくれた。
なんでためらうの?ウチがそれをつけたら嫌?
でも渡してくれたっていうことはいいってことだよね。
手につけたらつまらない。耳の後ろに軽く吹きかける。
「えりち、嗅いでみて。」
彼女は一度、自分の頬に手を添えて戸惑いの声をあげる。
どうしたら良いのかわからないみたい。
何をそんなにためらっているのかと思ったとき。
正面から急接近。とっさに2センチ仰け反る。
彼女の顔は耳元に逸れて行った。
わざわざ正面から来なくても、そんなんだから勘違いする子が出るんだよ。
嗅ぎやすいように頭を若干傾ける。
彼女のシャンプーの匂いが少しする。
首に当たる鼻息がくすぐったい。
首にキスとかしてくれないかな。
すっと彼女が離れていく。ずっと嗅いでいてくれても良かったのに。
「私の鼻に狂いはないわね。」
満足そうなエリチカ。ちょっと美人な高校生。
彼女を意識していることがバカらしくなって友人に戻る時がある。
褒めて欲しがる彼女を見ると庇護欲がわく、そんな時に。
「ウチも香水欲しいかも。どこで買ったん?」
なんだか素直になってしまった。
誰へのアピールとか関係なく単純にチャーミングなアイテムが羨ましくなった。
女の子なら憧れるもんやん?
むしろつけていなかったのが自分でも不思議なくらい。
「教えないわ。」
「えー。教えてな。」
「希はそのままでいいわよ。」
ウチが駄々をこねてもウンと言わない。
きっちり生徒会長状態。瓶をしまってしまう。
ブランドくらい見ておけば良かった。
挙句には手で扇いでウチの香りを消そうとしてくる。逆に広がってるし。
彼女の手が耳たぶにピチピチ当たる。その手をつかもうと躍起になる。
ウチが香水を手に入れてやろうと彼女のカバンに手を伸ばす。
彼女が自分のカバンをひっつかんで立ち上がった。
「だーめ。部活いきましょ。」
終わり
『夜の歩道で』
μ’sに生徒会で遅くなった帰り道。
体は疲れて頭も重い。
だけれども、不思議と気分は悪くない。
むしろ疲れのせいでテンションが上がっている。
街灯が一定の間隔をあけて立ち、歩道のタイルを照らす。
時刻は八時を回ったところ。
人がまばらになる時間帯。
夜風が疲れた体を爽やかに包み込む。
夜の匂いがする。
彼女と二人、寄り添うように歩く。腕が当たるが不快じゃない。
寄りかかったり、体重をかけられてふらついたり。
ボソボソと話せば可愛らしい笑い声が響く。
引きずるように二人でクスクス笑う。
大きく一息。
彼女が鼻歌を歌いだす。
まだ歌詞がつけられていない、真姫が作成中の曲。
足取り軽やかに数歩前へ躍り出る。
「希、バッグ持ってて。」
彼女にバッグをパスする。
街灯の明かりをスポットライトに、昔の記憶を頼りに。
革靴だけれど踊りだす。やり方は体が覚えている。
手を伸ばし、足を張る。緩急入れて飛び上がる。
滑るように光の下へ入り込む。
1、2、3、4。5、6、7、8。
リズムに乗って優雅に舞う。
無心に回転、後方にいる観客に見せつける。
鼻歌は消えてしまったけれど、頭の中で曲が流れている。
たくさん練習した。腕を縮めて咲くように開く。
真剣に、一切の妥協もなく全身で表現する。
彼女に周りを踊りながら周回する。もう終盤。
曲が終わる。指先からつま先までポーズを固める。
力を抜いて彼女に抱きつく。
強く飛び込んだせいでよろめく。
息を切らしながら彼女の匂いを嗅ぐ。
感情が高ぶってどうにかなってしまいそう。
ここまでいろんなことがあったわ。
「希。」
「なに?」
「私、今幸せよ。」
「うん。」
背中に手を回されてさすられる。
涙が溢れる。おかしいわね。泣くほどのことかしら。
静かに声を上げずに泣いた。夜が私たちを見守ってくれた。
無言で彼女の存在を感じる。
「帰ろっか。」
「そうね。」
腕を解いて歩きだす。涙を拭ってカバンを受け取る。
小恥ずかしくて顔は見れない。
虫の声もしない。静穏な帰り道。
「今日は私の家に泊まっていかない?」
「じゃあ、お邪魔しようかな。」
もうちょっと一緒にいましょう。
終わり
『手紙』
ウチはあなたに色々送る。
朝にはおはようの挨拶とあくび。
ホームルームでは次の授業とその日の予定の指示。
一限目にはすこーしだけ眠そうなあなたへの視線。
休み時間に流行の話題の振り。
二限目にウチの妄想。
お昼休みにお弁当のおかずと占いの結果。
三限目にえりち実況ラジオ。
授業後にあなたの似顔絵を乗せた紙飛行機。
四限目に応援、ドリンク。
着替え中にタオルと制服のシャツ。
五限目に愛のLINEと投げキッス。
休み時間に謝罪の言葉。
六限目に懺悔と告白。
部活前に軽い冗談とお菓子。
練習中に恋の歌。
放課後にプレゼントと日頃の感謝。
一人の家からとりとめのないLINE。
ベットの中から私の気持ち。
毎日たくさん送っているのに、ほとんどが届いている様子が見られない。
でもたまに、ふとこちらを向いて微笑んでくれる。
届いていますか?良ければあなたも送ってください。
そろそろ寝ます。
おやすみなさい。
終わり
『夢見心地』
私、犯人わかっちゃったかも。
この使用人が犯人よ。私の直感がそう言っているわ。
ロシアン探偵エリーチカ、冴えているわね。
ベットの中から魔の手が忍び寄る。
顔をベタベタ触られる。
これは別に構わないわ。
映画が見にくいけれど。
「えりち~。それ明日でええやん。寝よ?」
手を払いながら頭を振る。
確証が得られるまでは寝られないわ。
事件の真相を明かさないと。
目にかざされた手を掴んで自分の胸元に固定する。
「ね~。わしわししていい?」
「だめよ。」
執事が意味深な回想を始める。
怪しい雲行き。違ったかしら。
やっぱり領主が犯人かもしれないわね。
「今ちょっと寝てた。」
力の抜けた手が頭を撫でる。
後三十分だから、そしたら寝るから。
私の肩に希の腕がだらりと垂れる。
「えりち~。なぁ。寝ちゃうよ~。」
「もうちょっと。」
寝ぼけた指が私の唇をこする。
擦れて痛い。口をすぼめる。
「えりち~。」
私の名前を呼ぶ、か細い声が聞こえる。
うす暗い部屋だと尚更怖い。
でもここでやめたら明日後悔するわ。
指で優しく撫ぜられる。
口をいじる指を咥える。
少ししょっぱい。そっと抜いてシャツで拭く。
眠いからってこれはまずいわね。
他意があったわけじゃないのよ。
ただ口元に指があったから食べただけで。
朝には覚えていないといいけれど。
「希?起きてる?」
返事はない。手も力なく死んでいる。
振り返れば寝顔。私の親友。
テレビを消して隣に潜り込む。
どうでもよくなっちゃった。
続きは明日、早く起きればいいわ。
「おやすみ希。」
「映画。ん。終わったん?」
「ええ。」
目も開けられないみたい。言葉も詰まってる。
トロンとした声が可愛い。
「えりち。あんなぁ~。」
「ん?」
「おやすみ~。」
「おやすみなさい。」
終わり
『ほっぺ』
えりちの顔を両の手のひらで挟む。
柔らかな頬をムニムニと揉む。
ちょっと怪訝そう。
「希~。放してくれないかしら。」
「そういえばなぁ、今日夢にえりちが出てきたんよ。」
手を動かしながら続ける。
「えりちウチのことそんなに好きなん?」
二年生の授業でやってた、誰かが夢に出てくるのは自分を好いているからだって。
ウチが上機嫌に尋ねているのにむすっとしたまま。
「好きよもちろん。どんな夢だったの?」
なんだかなぁ。
照れてるえりちは可愛いんだけどなぁ。
夢の内容なんて覚えてないし。
「うーんと、内緒。」
「えぇー。気になるじゃない。」
適当言っちゃお。
顔を近づけ小声で囁く。
「ちょっとえっちなやつ。」
えりち固まってる。
ウチもすこーしだけ恥ずかしい。痛み分け。
十五分の休み時間、誰も聞いてはいない。
顔を揉まれながらえりちが言う。
「忘れているのかもしれないけれど、夢に人が出るのは両思いの場合よ。」
忘れてたなぁ。
それにしても、どやチカ、それ認めているようなもんやん。
何事もないように会話を続ける。
「そっかー。」
「そうなのよ。」
頬に添えた手を離すと真っ赤なほっぺ。
終わり
『デート』
休日にお出かけ。
二人でデート、暇つぶし。
ふらっと距離を取る彼女を引き寄せようと、彼女の肘を掴む。
ほんの10センチ程度だけど、離れるのは許さないわ。
その度に心細くなってしまうもの。
バランスを保とうと彼女が力む。
ちょっと強く引きすぎたかしら。
「ごめん、希。」
彼女を気遣うように、手首までそっと手を走らせる。
そこから先は触れない。
その撫で方が図らずも愛撫のようになってたかも。
小さく後悔。
彼女が困り顔で笑う。
「ええよ、ええよ。次からは優しくエスコートしてくれれば。」
あなたのことだもの。
私の気持ちに気づいているわよね。
彼女にこんな顔をさせてしまう自分が嫌になる。
親友のはずなのに、変な気を使わせたくはない。
でも、もしかしたら。
強引にでも迫ったら受け入れてくれるかしら。
エゴだけど、あなたのためになんでもするわ。
どんな努力も厭わないから。私を見てくれたなら。
不意に手首が掴まれる。
隣の彼女ははにかみながら。
「何考えとんの?」
「なんでもないわ。」
手首に意識が集まる。
私、彼女と手をつないでいるみたい。
実際はつないでいないけど。
ただ、彼女とつながっている。
あと少しだけ彼女の手が下にあればその手を握れる。
これは関係を先へ進める合図なのか。
それとも、ここでやめろと言う警告なのか。
彼女が私のために善意で恋人ごっこに付き合ってくれているのか。
どれでもいいわ。
今、こうしていられるのなら。
「あそこのお店入りましょ。」
「あっ。あの服ええなぁ。」
「じゃあ、希の方でいいわ。」
「先にえりちの見ようよ。そっちの方が近いし。」
「遠い方でいいのよ。」
「ふーん。」
二人でゆっくりゆっくり歩いて行く。
あそこのドアに手をかけるまで。
終わり
『キス』
放課後の教室。
いつもの調子でおしゃべりした後。
もどかしい距離がウチらの間を邪魔する。
彼女がその手をウチの腿に置いた。
たったそれだけで一線を超えたのがわかった。
「いい?」
彼女が問いかけてくる。
ゆっくりと瞬きする。
探るように、恐る恐る唇が近づく。
彼女の頭を撫でる。髪の感触がクセになる。
ウチの後頭部が優しく掴まれる。
唇同士を押し付けるだけの不器用なキス。
離れるタイミングがわからなくて鼻息が荒くなる。
彼女がウチの唇を食むように動かす。
目をぎゅっと閉じる。
喜びや興奮や快楽でキスをするのがやっとだった。
彼女の頭を優しく撫でる余裕なんてなくて首と肩にしがみつく。
自然と口が開いてしまう。
えりちがウチを食べようとする。
ついばみ、吸い付き、舌で舐める。
乾かぬうちに、答えるように彼女を貪る。
一瞬でも止まったら死んでしまう。
狂ったように抱きしめる。
せわしなく体をさする。
口内に舌が入ってくる。
なんとか捕まえようと舌を絡める。
うねうねとした動きが気持ちいい。
歯茎や舌の裏がジンと熱くなる。
彼女を見るため目を開ける。
白い頬や綺麗な鼻、金の髪とまつげを見逃すまいと焼き付ける。
顔の角度を時々変えて、キスを続ける。
すっと開いた彼女の目。
青い瞳から目が離せない。
今、それは私しか写していない。
篭った嬌声と細かなキスの音が響く。
顔に当たる鼻息を気にしていられない。
求めても求めてもなんだか満たされない。
愛するあまりに焦ってしまう。
体は充実感であふれているのに。
どうにも発散できない、溢れる感情の波で涙が溢れる。
彼女が戸惑うのがわかる。
引き離すように体が掴まれる。
彼女はさっきまでの興奮が嘘のように愛情のこもった手つきをしている。
何もかもわからなくなってしまって彼女の胸に顔を埋める。
「えりち」
声をかけたきり、その後が続かない。
愛や憎しみ、安心や不安。
荒い呼吸と体の熱を感じる。
優しく頭を撫で付けながら彼女が言う。
「愛しているから。」
そう言われてしまうと、もう彼女を必死に抱きしめることしかできない。
時刻は七時二十五分。
校舎を出るまで恋人繋ぎ。
のぞえり百合ss終わり
432 : 以下、名... - 2017/05/28 23:52:33.36 NQup7cvL0 363/363二次創作に限界を感じたのでこのスレは終わらせます。
次に書くとしたらオリジナルにします。
ここまで見てくださった方々、ありがとうございました。