1 : 以下、名... - 2017/03/31 00:06:57.27 n/U0KpIm0 1/10

五十嵐響子ちゃんのSSです 鬱展開なので苦手な人は避けたほうが良いかと

「プロデューサーさんっ、ネクタイ曲がってますよっ」

「お、悪いな響子、ありがとう」

ーー私、五十嵐響子は、誰かに何かをしてあげるのが好き。

ーー特に、大切な人に何かをして喜んでもらえたり、ありがとうって言ってもらえると、幸せな気持ちになる。

「プロデューサーさん、お茶にしますか? コーヒーにしますか?」

「いや、響子もさっきまで収録で疲れてるだろう、少し休んでてくれ」

「いいんですよっ、そのほうがおちつきます」

「そうか......悪いな」

ーーまだまだ新人だけど、だんだん仕事も増えてきている。

ーーもっともっと、いろんなお仕事がしたいな。

「おねーちゃん、テレビ見たよ! すっごくキラキラしてたー!」

「えへへ、ありがとう! 今度帰ったとき、一緒に歌おうね!」

「わーい!!!」

ーーお仕事で疲れていても、テレビ通話で弟たちの屈託のない笑顔を見ると、疲れが吹き飛ぶ。

ーー私は、周りにいる人たちを幸せにしたい。周りの人たちの、笑顔がほしい。

ーーだから私は、明日もアイドルを頑張るんだ。

「五十嵐響子で、「恋のhumburg」でしたー!」

「響子ちゃーん!」「さいこー!」

ステージに向かって大きな歓声が吹く。

決して大きいとは言えない会場だが、今日の響子のライブも大成功だった。

「今日も良かったな。この調子でどんどん売り出していこう」

「はいっ!ありがとうございますっ」

かわいらしい顔、お姉ちゃんキャラ、15歳にしては相当魅力的なスタイル。

アイドル、五十嵐響子の人気は、日に日に上がっていった。

「響子、明日は〇〇局のバラエティ、そのあとはラジオの収録だ。」

「わかりました、お弁当作っていきますね」

「あまり無理はするなよ、昨日も今日も仕事で疲れているだろうに」

「大丈夫ですよっ、プロデューサーさんこそ、あまり夜遅くまで仕事してちゃだめですよっ」

「やれやれ、響子にはかなわないな。」


ーーよし、明日も頑張ろうっ。

朝、響子は起きて弁当を作る。普段よりも高いトーンの鼻歌を奏でながら。

ーープロデューサーさん、喜んでくれるといいな。

「おねーちゃん、今日学校でかけっこのれんしゅうがあるんだー」

「そうなの、頑張ってね、お姉ちゃんもお仕事しながらおうえんしてるね。」

「うん、がんばるー!」

朝のテレビ通話は、もはや日課となっていた。

ーーようし、わたしも今日一日がんばろっ。

「はい、お疲れ様ー、響子ちゃん、よかったねー」

「ありがとうございますっ、おつかれさまでしたっ」

収録を終え、響子は今日も一日頑張ったという満足感に満たされる。

元スレ
響子「わたしのほしいものは」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1490886416/

2 : 以下、名... - 2017/03/31 00:09:52.51 n/U0KpIm0 2/10

ーー帰り道ーー


「響子、ドラマに興味はあるか?」


夜の高速道路に車を走らせながら、プロデューサーは響子に尋ねる。

「えっ?」

「〇〇監督がな、響子を次製作するドラマのヒロインに抜擢したいそうだ。」

自分のアイドルが業界ではかなりの立ち位置の人間に目を向けてもらえたのが誇らしいのか、しきりにひげを触りながら響子に説明する。

「ほんとですか、わたし、やりたいですっ」

響子が快諾するのはわかっていた。

響子はアイドルとしては高いスペックを持っていると思うし、それに伴う向上心もあるのはわかっていた。

ましてや今回声をかけてくれた監督は割と業界でも有名で、これを断らない手はない。

「大丈夫か、学校もあるし、ただでさえほかの仕事もあったりするんだから、もう少し考えてからでもいいんだぞ」

「なにいってるんですか、まだまだ駆け出しなんですから、貪欲にいかないとですよっ」

今思えば、どうして俺は響子にこんなことを言ったのだろうか。

普通なら、響子の二つ返事に俺も快諾する。

それでいいじゃないか。

けしてベテランとは言えない自分だが、なぜかプロデューサーのカンのようなものがこの時響子を止めるべきではないのか、そんな気がした。

「わたしは、もっとみんなに笑顔になってほしいんですっ」

「そうか、頑張ろうな」

そんなもやもやした気持ちを煙に巻くために、プロデューサーは響子に小言を言われる覚悟を決めてタバコをくゆらせた。



響子が主演を務めることになった朝ドラは、勢いに乗ってるアイドルが主演をするという話題性もあってか、一話目から異例の視聴率をたたき出した。


「響子ちゃん、最近すごいね、今度うちの番組にも来てほしいなー。」


そのせいか、今、響子はいろんな番組から引っ張りだことなっている。


「恐縮です、うちの五十嵐に伝えておきますね」


「スタッフへの態度もいいし、何よりひたむきな姿勢がグッとくるねー」


「こんど新しい企画があるんだけどぜひそっちにも....」



「と、言う感じだ。響子、今まで頑張ってきたかいがあったな」


「はいっ! すっごくうれしいです、まさか私がこんなに人気が出るなんて...」


自分の今の立ち位置を実感できていない、どこかふわふわ夢の中にいるような年相応の表情を浮かべながら、響子は嬉しそうにうなずく。

こういうところは、やっぱり15歳なんだなと思う。


「さっそくだが、これが次の番組の台本だ、目を通しておいてくれ。」

「はいっ」



3 : 以下、名... - 2017/03/31 00:12:36.07 n/U0KpIm0 3/10


ーー響子自宅ーー


ーー私、なんかすごいとこまで来ちゃった。 テレビで見るような人気アイドルに、まさか自分がなれるなんて。

ーーわたしが頑張れば、もっとみんなの笑顔が見られる。

ーーさて早速、明日のお仕事の準備をしなきゃ。


「......以上、五十嵐響子でお送りしましたー」

「はいお疲れさまー、響子ちゃん、来週もよろしくね」

「はいっ、ありがとうございましたっ!」

「オッケー、響子ちゃん、今回もいい演技だったね、次もよろしくね」

「はいっ!よろしくおねがいしますっ」

「...いいよいいよ、もっとこう、小動物のようなポーズ、できるかな?」

「こうですか?」

「いいね、良いのがとれた!」


ラジオにドラマにグラビアにと、響子はしばらくまとまった休みがない日々が続いた。

それでも彼女は愚痴ひとつ言わず気丈に仕事に励むが、普通なら音を上げてもおかしくない多忙さだ。


ーー事務所ーー


「ふぅ、疲れたな...」

「おつかれさまです......」

さすがに疲れているのか、普段よりも響子の声に張りがない。

「明日は久しぶりのオフだから、ゆっくり息抜きしてくれ」

「はい、おつかれさまですっ」


ーーガタンゴトン。

電車に揺られながら、響子はガラスに映った自分と目が合う。

ーー明日は久しぶりのオフだなあ、かれこれ1か月くらいだろうか、最近、まともに遊んだ記憶がない。

ふと携帯を開くと、芸能ニュースのアプリを開く。無機質なスマートフォンの画面には、とても賑やかな文章が自分自身を彩っている。自分は今最も話題のアイドルといっても過言ではないのかもしれない。

ーーわたしは、たくさんの人を笑顔にしたい、みんなの笑顔がほしい


<ほんとうに、それだけ?>


「えっ?」周りには聞こえなかったが、うっかり声を上げかけた。


<私、毎日頑張ってるじゃない、そろそろ自分自身にも>


<私自身が、ほしいものをーーー。>



どくん、と、胸が高鳴った。


響子はその性格と親からの信頼から、収入のほとんどの管理を自分自身の自由にさせてもらっている。といっても、浪費はおろかほとんど使われていないまま、その収入は口座に貯まっている。

けれどその気になれば、その辺の平均的な16歳よりはるかに贅沢することも可能なのだ。

ーーでも、だめだよ、そんなの。

ーーわたしは、ほんのすこし自分のために使えればいい。家族のみんなや、プロデューサー、ファンの人たち、いろんな人が喜んでくれることが、私にとっては一番ほしいものだから。

そう言い聞かせ、得体のしれないささやきから耳をふさごうとする響子に味方するように、最寄り駅についた電車がドアを開く音を上げる。


4 : 以下、名... - 2017/03/31 00:14:11.91 n/U0KpIm0 4/10

ーーそれからさらに数か月がたった。


「響子ちゃーん、今日のあの場面、もう少し気の利いたコメント言えなかったの?」

「す、すみませんっ」

「人気だからってあんま適当な仕事して乗り切れるほど、この業界は甘くないよ」

「五十嵐さんは3ページ、んでこの子たちは巻頭10ページのグラビアをお願いします」

「えっ、でも最初はわたしが巻頭の予定でしたし、この内容はちょっと過激すぎじゃ...」

「おい響子、何言って」

「いやなら、ほかの人にしてもいいんだよ? プロデューサーくん、彼女ずいぶん偉くなったみたいだね?」

「大変申し訳ございません、ぜひ受けさせていただきたいです。ほら、響子も頭下げろ...ったく」

「す、すいませんっ」



「最近、あの子が上がってきてるね、そろそろラジオの趣向変えてみよっか。響子ちゃんも、だんだんマンネリになってきたし。」


「......わたし、もうだめなのかな」


「響子、気にするな。」


最近、響子が笑顔でいることが減った。


元々わかってはいたことなのだ。


入れ替えが激しいアイドル業界において、なかなか長い間重宝されることは少ないこと。


最初はお姫様のように扱ってた周りの人間も、やがてはその輝きに目が慣れ、その辺の小娘にしかみえなくなること。


しかしその現実は、まだ若いアイドル達が受け止めるにはあまりにもつらいということ。


「はい......」



ーーガタンゴトン。


帰りの電車に乗りながら、響子はいつも通りガラスの自分と目を合わせる。


ーーわたしは、このまますたれちゃうのかな。みんなを、笑顔にできなくなるのかな。


ーーううん。そんな弱気じゃダメ、がんばらないとっ。


そう自分を奮起させ、響子は自宅へと帰る。





5 : 以下、名... - 2017/03/31 00:16:44.76 n/U0KpIm0 5/10

久しぶりに、弟たちとテレビ通話をした。他愛のない会話が、わたしの心を癒してくれる。

「じゃあお姉ちゃん、そろそろ寝るから、切るね。」

「うん!そうだ、お姉ちゃん」

「どうしたの?」

「今日帰り道で、近所のおばちゃんたちがお姉ちゃんのお話をしてたよ!」

ーーへぇ。私も地元ではすっかり有名なのかな。三重県の希望の星、なんてね。

「なんていってたの?」


「えーと、「きょうこちゃんももう下り坂」とか、「人気があったのも、まくらえいぎょうだったんじゃない?」っていってた、
どういういみかわからなかったけど」


暖房の利いた部屋なのに、体調も悪いわけではないのに、体がとても冷たくなった気がした。

「ーーそっか。」

「おねえちゃん?」

「ごめんね」

ーーかろうじてその一言を絞り出し、私は電話を切った。

手が止められなかった。

電話としての役目を終えたスマートフォンのブラウザを開き、響子は自分の名前を検索エンジンに尋ねる。

検索エンジンからの返答は、プラスの内容もあった。けれど、冷静さを失った響子には、自身についてのマイナスの記事しか見えなかった。


サイトを開く。


掲示板を開く。


蛇口をひねれば水が出るように、検索をかけるたびに不特定多数の負の感情があふれるのを、響子はただ眺めるしかできなかった。


ーーなんで?


ーーわたしは、みんなに笑顔になってほしくて、頑張ってきたのに。


ーーひたむきに頑張ってれば、きっと答えてくれると思ってた。


ーーみんなの笑顔がほしい。


ーーなんで、なんで手に入らないの?


ーーがんばった。休みも惜しんで、遊びも惜しんで、アイドルとして頑張ってきたじゃないか。


ーーほかのお友達は、遊びだったり、休みだったり、恋だったり、ほしいものを手に入れてるのに。私は何一つ手に入れられてない。


ふと顔を上げると、目の前の窓ガラスに映る自分の顔と目が合う。


<いいよね?>


今の彼女に、もう一人の自分の声を無視するすべはなかった。


<わたしだって>


甘美な心の声が、彼女の疲れ切った心にしみる。


<ほしいものが手に入ったって、いいよね?>


目の前の窓ガラスに映る目の黒色が深く感じたのは、夜の暗闇のせいなのか彼女にはわからなかった。

6 : 以下、名... - 2017/03/31 00:18:43.39 n/U0KpIm0 6/10


「響子、最近変わったな」


「そうですかー? ふふっ、女の子はころころ変わる生き物なんですっ」


響子は、以前より派手な服を切るようになった。昔はピアスなんてしていなかったのに、いまは両耳に大きめのピアスをしている。


「あー......響子、お茶を入れてくれないか」


「えー。 今ちょっと手が離せないので、ほかの人にお願いしてもらっていいですか」


「そうか、すまないな」


「最近朝もバタバタして大変なんですよー、服選んでたら時間なくなっちゃって。」


「ところで、今度の雑誌のグラビアの話だが......ほんとにいいのか?」


そんな響子の小言を聞きながら確認する。


「なにいってるんですか? せっかくのお仕事なんですよ」

「まあ、それはそうだが......」


響子は一時期よりは人気は落ち着いたが、完全に落ちぶれたわけではなく、今でもそれなりに仕事はある。


「どんどんお仕事していかないと、売れ残っちゃいますからね」


相変わらず仕事にひたむきな姿勢は変わらない。


「今月はお洋服とお化粧のグッズの支払い、あとパーティーもあるから、今月は頑張らないと...」


ただ一つ変わったことがある。


彼女は、以前のような正統派アイドルではなくなったことだ。


{スキャンダル!? アイドル五十嵐響子、都内クラブでイケメンと交流}

{過激なグラビア、新境地に挑戦か?}


「......はあ」

新聞や雑誌を見て俺はため息をつく。

派手なメイク、露出の多い衣装。

いずれも彼女自身の意向で彩られたアイドル五十嵐響子は、以前とは明らかに別人だった。

それはそれで、需要があったらしく割と仕事はもらっている。

ただし、少し色物というか、落ち目の女性芸能人がやるような企画の仕事が多い。

しかしかつては日の目を見たアイドルがそういう番組に出るという売り文句は強いらしく、未だなかなか人気は高い。

だが仕事の系統上、それに対する批判、アンチも多くなる。

ネットで 五十嵐響子 と入れた後の予測検索は、とても彼女を昔から応援していた人に見せられたものではない。




7 : 以下、名... - 2017/03/31 00:19:54.11 n/U0KpIm0 7/10



「プロデューサー、私、今とっても楽しい。好きな事して、好きなもの食べて、好きなお洋服着て、好きなお化粧をして、ほしいものが、全部全部手に入るんです」

「知ってますか?プロデューサー、町のお店に行くと、みんなが私をみて笑顔になってくれるんですよ。ほしいものを手に入れて、きれいになったわたしを、みんなやさしく受け入れてくれるんです。」


そんな俺の心配をよそに、響子がまくし立てる。心なしか、しゃべり方も以前の柔らかさがなくなったような気がする。


「......そうか。 なあ響子、最近ご家族と連絡とってるか?」


「いえ、とってないですよ、でもたまに電話してくるんです。忙しいって言ってるのに...」


「お前にとっての家族は、何よりも大切なものじゃなかったのか」


「......うるさいなあ、忙しいんですよ。仕事をおろそかにしてるわけじゃないんですから、ほっといてください。
私はこの後用事があるので」


部屋を出ていく響子を見送る。


俺は、もしかしたら失敗したのかもしれない。


確かに今はいいかもしれない。けれどこのままじゃ、明るい将来は見えない。


しかし、響子は今もまだ人気はある。その流れを絶つことは、俺のキャリアにもかかわる。


...どうすれば正解なのだろう。


あの時、少しでも仕事の量をセーブしてあげられたら。


少しでも響子自身の心に目を向けてあげられたら。


こんな風にはならなかったのかもしれない。


もう取り返しは、つかないのだろうか。




8 : 以下、名... - 2017/03/31 00:20:46.21 n/U0KpIm0 8/10

ーー欲しいものはたくさん手に入った。


ーーでも、まだまだ足りない、もっと、もっと欲しい。


ーーだけど、何が足りなくて、何が欲しいのか、私にも分からない。


ーーそうして、私はいつもの場所に行く。


ーー今日は、もっと楽しいものが欲しいな。




ーー...ここはどこ?


ーーとなりには、いつもたのしいところにいるおにいさんがねている。


ーーだれかのいえかな。わからない。けれど、わたしもおにいさんもふたりともはだかだ。


ーーおにーさんがくれたじゅーすをたくさんのんだんだ。ふわふわする。みんなわらってた。うれしいなあ。


ーーどうしたんだろう、おにいさんが、あわてたかおをする。


ーーおまわりさんが、はいってきた。



9 : 以下、名... - 2017/03/31 00:22:16.49 n/U0KpIm0 9/10

ーー??ーー


「響子」

「......なんですか」

「もう1週間家から出てないだろ。たまには外に出ろ。」

「プロデューサーさんが、私を追い出せば済む話なんですよ。ここはプロデューサーの家なんですから。」

「......それができたら、苦労してねえよ」


響子は行きつけのクラブで、知らない男にそそのかされ、飲酒及び淫行に走った。


その町では割と有名なやり手だったらしい。薬物の取引も行っていた。幸い響子が唾を付けられたのはその時が初めてらしく、薬はやっていない。


警察がその男の居場所を特定し逮捕に及んだ際に、運悪く響子も居合わせていたそうだ。


当然なんもお咎めがないわけがなかった。


事務所は、響子に無期限の謹慎処分という形をとった。


プロデューサーである俺は責任を取る形で、正式にクビとなった。


響子がアイドルを始めてから3年以上がたっていた。その事件があったのが高校を卒業してからだったのがせめてもの救いか。


家族とは半分絶縁状態。


いや、絶縁というよりは、まるで人が変わった娘とどう向き合えばいいのかご家族の方もわからないのだろう。


自責の念もあって、俺は響子を自分の家に住まわせている。幸いお互い貯金があるので、すぐに衣食住に困るわけではなかった。


薄暗い部屋に男女二人、当然何もないわけではなかった。


しかし、俺たちの生活には何もない。喜びも、怒りも、悲しみも、楽しさも。


響子はこの家に来てから、ほとんど言葉を発していない。


「じゃあ、俺は買い出し行ってくるから。」


ぎゅ。


袖をつかんだ響子の、光を失った黒で塗りつぶしたような目は、自分ではない何かを見つめているようで。


それはまた、俺自身の目を映しているのだと気付いて。


「.....響子は、なにがほしい?」


壊れた自分自身から目をそむける代わりに、俺は響子に聞いた。



「.....ほしいものは、特にないよ」



「そうか、なら適当に買ってくるよ」


10 : 以下、名... - 2017/03/31 00:23:06.48 n/U0KpIm0 10/10

ーーみんなのために何かをするのが好きだった。


プロデューサーを見送ると、響子は彼のマンションの一室から出る。


ーー家事が趣味なのも、喜んでくれる相手の顔がみたかったからだ。


曇り空からわずかに差す日の光さえ、今の彼女の目をくらませるには十分だった。


ーーアイドルを始めたのも、楽しんでくれるファンのみんなの顔、私が活躍することで周りの人がうれしくなるのを見たかったからだ。


階段を上る。それは昔登っていたキラキラした目に見えない階段ではなく、コンクリの無機質な、冷たいものだ。


ーー私が私のために何かをしても、結局満たされなかった。


目的地にたどり着く。


ーー私自身が、わたしのためにほしいものって、なんだったんだろう。


コーティングされた針金でできた柵の向こう側は、アイドルになる前テレビから見ていた景色のようで。


ーーわたしのほしいものは。


<わたしのほしいものは、わたしがこわしてしまったんだから>


ーーまだみつからない。そして、これからもみつかることはないのだろう。









「ごめんね」


私は、柵を超えてその景色の中に飛び込んだ。





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